28. 食った分は働いて返せ!
◇ フリント視点 ◇
「……どうなっているのだ?」
俺は報告書と目の前の光景を交互に見比べ、驚きを隠せずにいた。
場所は最前線の砦、その兵糧庫の前である。
そこには、これまで見たこともない光景が広がっていた。
山積みになった小麦の袋。
木箱に詰められた燻製肉や干し魚。
木桶に入った大量の野菜やチーズ。
昨日まで底が見えかけていた倉庫が、今は入りきらないほどの物資で溢れかえっているのだ。
「これだけの量が、本当にヒョーラント共和国から……?」
俺は呆然と呟いた。
我が要塞は長年、慢性的な物資不足に悩まされていた。
魔王軍との戦いは激化しても後方からの支援は細るばかり。
兵士たちには薄い麦粥と堅いパンで我慢を強いる日々が続いていたのだ。
それが、どうだ。
マフィ王女が外交のために王都へ戻り、まだ大した時間は経っていない。
そのわずかな期間で彼女はこれほどの物資を引っ張ってきたというのか。
以前、彼女がここを去る際に言った言葉が脳裏に蘇る。
『ワシは王都に帰り、人類を束ねてくる』
不敵に笑う少女の顔。
彼女は本当に外交で人類を束ねようとしている。
俺は視線を砦の一角に陣取る集団へと向けた。
元ゴロツキの自警団――通称『マフィグループ』。
王都の荒くれ者たちをマフィ王女が束ね上げ、援軍としてやってきた連中だ。
彼らは正規の騎士ではないため、軍からの支給品は最低限に限られていた。
そのため、彼らは部隊を二つに分けていた。
半数は砦の修復や警備にあたり、もう半数は森や川へ出て食料を調達する係だ。
そうやって自給自足をしながら、彼らは俺たちと共に戦ってくれていたのだ。
だが、この大量の兵糧があれば話は変わる。
「……パンクを呼べ」
俺は近くの兵士に命じた。
◇
しばらくして、マフィグループのリーダーであるパンクが現れた。
人相が悪い。見た目は完全に悪党だが、その目は真っ直ぐだ。
「伯爵、話ってのは?」
「ああ。これを見ろ」
俺は兵糧の山を指し示した。
パンクが目を丸くする。
「うおっ、すげぇな!なんだこりゃお祝いか?」
「マフィ王女が送ってこられた支援物資だ。正規軍だけでは食いきれん量がある」
俺はパンクに向き直って告げた。
「これからはお前たちの分もここから支給する。もう森へ食料を探しに行く必要はない」
パンクは一瞬呆気にとられた顔をしたが、すぐにニカっと笑った。
「さすがは姫様だ!仕事が早え!」
「要塞の修復作業はまだ続く。そちらの人員は引き続き必要だ。だが食料調達に出ていた半数は……」
俺は言葉を選びながら言った。
「彼らは、もう王都に戻っても構わんぞ」
「……あ?」
「要塞の修復作業も順調だ。食料確保の任務がなくなるなら、これ以上、危険な最前線にこれだけの人員を留め置く必要はない。故郷に帰してやれ」
彼らは本来、兵士ではない。
王女への義理でここまで来た男たちだ。
命懸けの任務から解放されるなら、それが一番だろうと思ったのだ。
だが、パンクの表情から笑みが消えた。
彼は少し考え込み、そして言った。
「……とりあえず、連中を集める。話はそれからだ」
砦の広場に、食料調達を担当していたガラの悪い男たちが集められた。
皆、泥だらけの格好をしている。
毎日、魔王軍の脅威に怯えながら森を駆けずり回り、木の実や獲物を探していた連中だ。
パンクが彼らの前に立ち、大声で告げた。
「お前ら、よく聞け!姫様のおかげで今日から死ぬほど飯が食えるようになった!」
おおっ!と歓声が上がる。
「そこでだ。フリントの旦那から話があった。『食い物を探す必要がねえなら、食料調達班の仕事は終わりだ。要塞の修復班を残して、お前らは王都に帰ってもいい』とな」
広場がざわついた。
男たちが顔を見合わせる。
どう反応していいのか分からず、困惑しているようだった。
「……俺たちはな」
パンクが静かに語り始めた。
「マフィ姫に拾われる前は、ただのクズだった」
ざわめきが収まり、全員がパンクを見る。
「人を脅して、弱い奴から巻き上げて、女を泣かせて……それが『強さ』だと思って粋がってた。世の中なんてクソくらえだと思ってた」
パンクは拳を握りしめた。
「けど、姫様は教えてくれた」
「弱きを助け、強きをくじく。家族のためならば死にに行く。そんな生き方を『任侠』と言う!男の生き様だと!!」
パンクが叫ぶと、男たちの背筋が伸びた。
「俺たちはここで騎士の旦那たちと肩を並べて戦ってきた。石を積み、壁を直し、飯を探した。……誰かに感謝されたことなんて、今まで一度もなかった俺たちがだ」
パンクは一人一人の顔を見渡した。
「調達の仕事がなくなった?だったら別の仕事をすりゃあいい。俺はそう思う」
そして、ニヤリと笑った。
「けどな、お前らは今まで命懸けでこの前線を支えてきたんだ。十分に義理は果たした」
パンクは出口の方を指差した。
「だから、帰りたい奴は胸張って帰れ。俺は止めねえし、誰にも文句は言わせねえ。王都で温かい布団で寝て、酒を飲むのもいいだろう」
静寂が流れた。
風の音だけが広場を吹き抜ける。
誰も動かなかった。
一人として、出口へ足を向ける者はいなかった。
やがて、最前列にいた小柄な若い男が一歩前に出た。
「……パンクさんよ」
彼は照れくさそうに鼻の下を擦った。
「ここで帰ったら姫様に合わす顔がねえよ」
その言葉を皮切りに、次々と声が上がった。
「そうだ!飯がいらなくなったから帰りますなんて、そんな半端な真似ができるか!」
「俺たちは『マフィグループ』だぞ!最後まで貫き通すのが男ってもんだろうが!」
「それに、ここの飯は……王都の残飯よりずっと美味いんだよ!」
「お前ら……」
パンクが目頭を押さえた。
そして、照れ隠しのように咳払いをすると、俺の方を向いて勝ち誇ったように言った。
「聞いたろ、旦那。俺たちは残る!」
俺は喉の奥が熱くなるのを感じた。
彼らはもはや、ただのゴロツキではない。
騎士団のどの部隊よりも、固い絆と誇りで結ばれた戦士たちだ。
「……分かった。許可する」
俺がそう告げると、広場は割れんばかりの歓声に包まれた。
◇
それからの彼らの変化は劇的だった。
「この食料はマフィ姫のご配慮だ!一粒たりとも無駄にするな!その代わり、食った分は働いて返せ!」
パンクの檄が飛ぶ。
食料調達から解放された彼らは、新たな任務に就いた。
昼間は矢の補充、武器の手入れ、負傷者の搬送といった後方支援。
そして夕方からは――
「そこだ!踏み込みが甘い!」
「オラァッ!」
砦の練兵場で、正規軍に混じって剣の訓練を始めたのだ。
正直、驚かされた。
彼らは剣術の素人だ。
型はなっていないし、礼儀作法も知らない。
だが、強い。
路地裏での喧嘩で培ったのだろう。
相手の殺気を感じ取る勘、とっさの判断力、そして何より泥臭く生き残ろうとする執念が凄まじい。
型通りの剣術しか知らない若手騎士が、模擬戦で彼らに翻弄されている姿すら見受けられた。
「……見違えたな」
彼らの目はもう、よく見るゴロツキのような濁ったものではない。
守るべきもののために武器を取り、命を懸ける。
それは紛れもなく一人前の兵士の目だった。
「我らも負けてはいられんな」
俺はマントを翻し、執務室へと戻った。
そして数か月後、マフィ王女は再び前線に姿を現した。
今度は、見たこともない名馬の群れを引き連れて――




