27. ワシは馬か
ホルシア王がワシに忠誠を誓った後、ワシは間髪入れずに本題を切り出した。
「ホルシア王よ。お前の覚悟、しかと受け取った」
ワシは王の目を真っ直ぐに見据える。
「その覚悟を形にしてもらおうか。ワシがこの国に来た理由はお前たちの宝たる『名馬』のためじゃ。お前たちの『誇り』を、ワシに預けい」
ワシの言葉にホルシア王は深く頷いた。
迷いはなかった。
「……承知した。マフィ王女にはこの国を、そして名馬たちを救ってもらった。そのマフィ王女のために命を懸けるのであれば、馬たちも本望であろう」
そう言ってホルシア王は快諾した。
話は早かった。
ワシは早速、ホルシア王と具体的な支援の取り決めを行った。
あくまで競馬の興行や、今後の繁殖に支障が出ない範囲での譲渡だ。
種馬や繁殖牝馬まで根こそぎ奪っては強盗だ。
だが、さすがは国営で長年馬産を行ってきた国だ。
保有している馬の数は桁違いだった。
「これだけの数を……?」
提示された目録を見てワシも少し驚いた。
騎馬隊を数個中隊は組めるだけの数が記されている。
「今回の恩に比べれば安いものだ。それに、厩舎でただ太らせておくより、戦場を駆け抜ける方が彼らも喜ぶだろう」
ホルシア王は晴れやかに笑った。
これで機動力の問題は解決した。
魔王軍の喉元まで一気に駆け上がる足を手に入れたわけじゃ。
◇
翌日。
帰国の準備を進めていると、ドタドタと慌ただしい足音が廊下から響いてきた。
「マフィー!!」
部屋の扉が勢いよく開く。
飛び込んできたのはあの馬鹿娘――ポニーナ王女だった。
ワシは身構えた。
馬を愛しすぎるこの娘のことだ。
「馬を戦場に連れていくなんて許されない!」とわめき散らし、ひと悶着あると思っていた。
だがポニーナはワシに突っかかってこなかった。
それどころか瞳をキラキラと輝かせ、なぜか両手にはパンパンに膨らんだカバンを抱えている。
「……なんじゃ、お前。家出か?」
ワシが呆れて尋ねると、ポニーナは鼻息荒く宣言した。
「私もオズ王国へ行く!」
「は?」
思考が停止した。
なんじゃこの娘?
「私がオズ王国に直接行って、あの子たちがひどい扱いを受けないか見届けるの!馬の扱いに慣れていないオズの騎士たちに、あの子たちを任せておけないわ!」
ポニーナは胸を張って言った。
まあ、言いたいことは分からんでもない。
確かに我が国の騎士は馬の扱いに長けているとは言い難い。
専門家の指導があれば助かるのは事実だ。
だが、一国の王女がそう簡単に他国へ、しかも最前線の国へ移動できるわけがないだろう。
「……お前は王女じゃろ。王の許可は取ったんか?」
「取ったわ!」
「ほんまか?」
「お父様は『マフィ王女が良いと言うなら』って!」
責任をワシに丸投げしやがったな、あの親父。
「まあ待っとれ。ワシから王に確認する」
ワシはポニーナを部屋に残し、王の元へと向かった。
「……すまない、マフィ王女」
ホルシア王は頭を抱えていた。
その顔には深い疲労の色が滲んでいる。
「どうも、ポニーナはこの国を救ってくれたマフィ王女にすっかり心酔してしまったらしくてな……」
心酔、か。
嫌われるよりはマシだが、あの娘に好かれると厄介な予感しかしない。
「加えて、名馬がオズ王国に支援されると聞き、勝手に荷物をまとめてな。『オズ王国について行く、止められても一人で行く』と言い出してしまった……」
ホルシア王は眉間を揉みながら言った。
「あの娘は一度言い出したら聞かないのだ。城に閉じ込めても、きっと窓から脱走して馬に乗って追いかけるだろう」
「……やりかねんのう」
容易に想像できた。
「そこでだ。マフィ王女にあの娘を頼めないだろうか」
ホルシア王は真剣な眼差しを向けた。
「馬以外に興味を示した唯一の人物が君だ。見分を広げる名目でも構わない。あの娘をオズ王国に連れて行き、少し世間というものを教えてやってくれないか?」
王女の留学、といえば聞こえはいい。
だが要するに「手に負えんから引き取ってくれ」ということじゃろう。
ワシは深いため息をついた。
この王はワシを何でも屋か何かと勘違いしとらんか?
だが、ここで断ってポニーナが単独行動を起こし、野垂れ死にでもされたら寝覚めが悪い。
それに、馬の専門家としての知識は利用価値がある。
「……しゃあないのう。預かるだけじゃぞ」
「おお!感謝する!」
また変なのに好かれたのう……。
ワシはしぶしぶ、ポニーナを連れていくことになったのであった。
◇
オズ王国への帰路、そして到着してからの数日間。
ポニーナの働きぶりは予想以上だった。
「こら!手綱の引き方が強すぎるわ!もっと優しく、恋人の手を握るように!」
「ブラッシングは血行を促進するように、毛並みに逆らわずに!」
「馬房の掃除がなってない!やり直し!」
我が国の騎士団の厩舎で、ポニーナの怒声が響き渡る。
最初は「他国の小娘が」と反発していた騎士たちも、ポニーナが世話をした馬が見違えるように従順になるのを見て態度を改めた。
ワシはその様子を見ながら、満足して頷いた。
「案外、使えるかもしれんな」
適材適所。
馬のこととなれば鬼軍曹にもなる王女。
これなら連れてきて正解だったかもしれん。
――そう、仕事の面では。
問題は、プライベートの方だった。
ポニーナ王女は馬バカすぎて、好意の示し方が馬への接し方そのものになっていたのだ。
ある日の朝。
ワシが目を覚まし、ベッドから起き上がろうとした時のことだ。
「おはよう、マフィ!」
なぜか寝室にポニーナがいた。
満面の笑みで、手には最高級のブラシを持っている。
「……なんじゃ、朝っぱらから」
「髪を梳かしてあげる!朝のブラッシングは大事よ!」
「いや、侍女がおるからええわ」
「遠慮しないで!私、毛並みを整えるのは得意なの!」
ポニーナはワシの背後に回り込み、ワシの抵抗も虚しく髪にブラシを通し始めた。
「いけません、ポニーナ様!そのようなことを他国の王女様にやっていただくわけには……」
侍女長が慌てて止めようとするが、ポニーナは聞く耳を持たない。
「いいからいいから!ほら、じっとしててねー。よしよし、いい子だねー」
それ、馬を落ち着かせる時の声色じゃろ?
ポニーナの手つきは確かに絶妙だった。
適度な力加減で頭皮が刺激され、正直悪くない。
だが、扱われ方がどうにも人間に対するそれではない。
「……」
結果、ワシの髪は毎朝ポニーナがブラッシングすることになってしまった。
抵抗するのも面倒くさい。
そして極めつけは、角砂糖じゃ。
この娘、あろうことかポケットに常に角砂糖を忍ばせとるらしい。
廊下ですれ違うたび、執務が終わるたび、あるいは単に目が合っただけで。
「あ、マフィ!」
ポニーナは満面の笑みで駆け寄ってきて、角砂糖をワシの目の前に突き出してくる。
「はい、いい子だねー。ご褒美よ」
……ワシはペットか?
「ポニーナ、ワシは別に甘いもんを欲しがっとるわけじゃ……」
「遠慮しないで!頑張ってる子にはご褒美が必要でしょ?」
そう言って、角砂糖を乗せた手のひらを、指を揃えてピンと張って差し出してくる。
指を噛まれないようにする、馬に餌をやる時のあの独特の手つき。
「ほら、あーん。パクッとしていいよ?」
いや、だから直接口に運ぼうとするな!
ワシが書類を片付けた時も「よくできました」と言いながら口にねじ込もうとしてくる。
公務の合間にも、隙あらば餌付けじゃ。
「……ワシは馬か」
この相変わらずの馬鹿娘は、本当に人間と接する方法を知らんらしい。
馬への愛情表現がそのまま人間への親愛の情として出力されている。
悪気がないのが一番タチが悪い。
侍女たちが後ろで肩を震わせて笑っているのが気配で分かる。
笑い事じゃないわ。
ポニーナは今も、「よしよし、いい子だねー」という慈愛に満ちた声で角砂糖を渡してくる。
――前途多難じゃ。




