24. それはハイエナのやることじゃ
『忠義の騎士達』の熱狂も冷めやらぬ頃、ワシは執務室で地図を睨んでいた。
次の手じゃ。
ヒョーラント共和国から兵糧の支援は取り付けた。
だが、腹が膨れただけで戦争には勝てん。
魔王軍の支配領域は未だ人類には分かっていない。
奴らの本拠地までどの程度の距離があるのか分からない。
そして、魔王軍が魔王から生まれなおす性質上、奥へ行くほど敵の数も増えるだろう。
そんな中、狙うは魔王の首ひとつ。
必要なのは機動力。
一点突破で敵陣を切り裂き、魔王の首元まで一気に駆け上がるスピード。
「……車があればのう」
トラックか、ダンプか。
戦車があれば最高だが、ないものねだりをしても始まらん。
この世界にある最速の乗り物。
馬じゃ。
「おい」
ワシは控えていた文官に声をかけた。
「馬が欲しい。それも、とびきり速くて丈夫なやつが大量にな」
文官は眼鏡の位置を直しながら答えた。
「馬ですか……。それならば、ホルシア王国が有名でございます」
ホルシア王国。
地図を見る。我が国に隣接する国だ。
「あそこは国を挙げて馬産を行っており、その質は大陸一と言われます。かの国の最高級の馬ともなれば、一日千里を駆けるとも」
「ほう、そりゃあええ」
「ですが……」
文官は言葉を濁した。
「ホルシアの馬は高価で、他国への輸出数も厳しく制限されています。特に名馬クラスとなれば、王家の許可なく売買することはありません。大量購入など、とても……」
金と権力の壁か。
だが、無理と言われて引き下がるようなら極道はやっとらん。
「まあ、現物を見てみんと始まらんけぇの」
◇
しかし、一国の王女が他国へ行くとなれば簡単にはいかない。
「警備が」「日程が」と、調整に数十日を要した。
ようやく先方にねじ込んで勝ち取った滞在の表向きの名目は『馬とのふれあい学習』だ。
今回は執務がある国王は同行しないが、出発前、ワシの両肩を掴んでこう言った。
「マフィ。今回は私はついていけないが……。その、くれぐれも過激な言動は控えてくれよ?」
前回のヒョーラントでも、結局やりたい放題だった自覚はある。
今回も出来るだけ国王のメンツを潰さないようにするつもりだが……。
縋るような目で念押しされたワシは「善処します」とだけ答えて馬車に乗り込んだのだった。
ホルシア王国への道中。国境を越えたあたりから違和感はあった。
そして王都に入って、それは確信に変わった。
「……なんじゃ、こりゃあ」
馬車の窓から外を見る。
活気がない、というレベルではない。死んどる。
大通りだというのに露店の一つもなく、戸を閉めたままの店が目立つ。
道行く人々は皆、ボロ布のような服をまとい、頬がこけている。
子供たちの目は虚ろで道端に座り込んでいる者も多い。
ヒョーラント共和国で見た、あの豊かな光景とは真逆だ。
「……話が違うのう。名馬の産地なら、もっと潤っとるはずじゃ」
ワシは眉をひそめた。
案内されたホルシア王城もどこか薄暗く、手入れが行き届いていない様子。
壁の塗装は剥げ、庭の草も伸び放題だ。
「ようこそ、オズ王国のマフィ王女殿下。遠いところをよく来てくださった」
謁見の間で出迎えたのはホルシア国王。
まだ三十代半ばだろうか。
だが、その顔には深い疲労の色が刻まれ、実年齢より老けて見える。
着ている服も王族にしては質素で、袖口が少し擦り切れていた。
しかし、その瞳だけは澄んでいた。
人を疑うことを知らぬような、真っ直ぐで善人そのものの目だ。
「突然の訪問、申し訳ありません。馬を見せていただきたく参りました」
ワシは挨拶する。
オズ王のメンツを潰さないように、育ちの良い王女として振る舞う。
すると、ホルシア王は申し訳なさそうに頭を下げた。
「歓迎するよ。ただ、あまりもてなす余裕がなくてね。恥ずかしい限りだ」
一国の王が他国の幼い王女相手に頭を下げるか。
やはり、王とは思えんほど人が好さそうだ。
ワシは単刀直入に聞くことにした。
この男相手に腹芸は不要だと思ったからだ。
「王様。国が随分と荒れているようですが」
「……分かるかい?」
「街を見れば一目瞭然です。何があったんですか?」
ホルシア王は深いため息をついた。
そして、堰を切ったように話し始めた。
「……ここ数年、厄災続きでな」
まずは近隣の山岳地帯に住む蛮族の襲撃。騎馬隊を駆使してなんとか撃退したが、その戦費と被害は甚大だった。
次に、一部の地方で流行り病が発生。
そして、追い打ちをかけるような不作。
「泣きっ面に蜂とはこのことだ。民を救うために国庫を開放したが、それも底をついた。もはやこの国は虫の息だよ」
ホルシア王は自嘲気味に笑った。
「王である私が無能なばかりに、民にひもじい思いをさせている」
その言葉に嘘はなさそうだった。
自分の保身よりも、民の苦境を嘆く心。
為政者としては甘すぎるかもしれんが、人間としては嫌いじゃない。
「それで、どうするつもりなのですか?」
ワシが問うと、ホルシア王は苦渋の表情で窓の外――王室の厩舎の方角を見た。
「……売るしかないと思っている」
「何を?」
「国の誇りである、名馬たちを」
ホルシア王の拳が震えていた。
「我々は馬を育て、売ることで生計を立ててきた。だが、売るのはあくまで『並』の馬だけだ。血統を守り、国の象徴となる『名馬』だけはどんなに苦しくても手放さなかった」
それがブランドを守るということだ。
種籾を食ってしまっては明日がないのと同じこと。
「だが、背に腹は代えられん。隣国のナリキニア連合国から申し出があってな。名馬を買い取りたいと」
「……いくらで?」
「相場の半値以下だ。だが、今すぐ現金を用意できるのは彼らしかいない」
――足元を見られとるな。
弱っている相手を買い叩く。
商売の基本ではあるが、えげつないやり方だ。
「お父様!絶対にダメです!!」
突然、謁見の間の扉が開いて、一人の少女が飛び込んできた。
年の頃はワシと同じくらいか。活発そうな少女だ。
「ポニーナ、来客中だぞ!」
「だって!お父様があの子たちを売るなんて言うから!」
彼女はホルシア王国の王女、ポニーナらしい。
彼女はホルシア王に詰め寄った。
「あの子たちは国の宝よ!家族よ!それをあんな……馬を道具としか思っていないナリキニアの商人なんかに売るなんて、絶対に許せない!」
「しかしポニーナ、民が飢えているのだ。王家として民を見捨てるわけにはいかん」
「でも!お金なら他で作ればいいじゃない!」
ポニーナは涙目になって叫んだ。
「馬は一度売ったら戻ってこないのよ!?」
やれやれ。
どっちの言い分も分かる。
だが、現実は甘くない。
金がなければ国は滅びる。
馬を守って国が滅べば、結局馬も死ぬ。
このポニーナとかいう王女、馬のことしか頭にない「馬鹿」らしい。
純粋すぎる。
ワシは腕を組み、頭の中でソロバンを弾いた。
――これはチャンスだ。
ナリキニア連合国よりも少し高い値を提示すれば、ワシが名馬を総取りできる。
相場の半値以下なら、それでも格安だ。
オズ王国にとっても、ワシの軍団にとっても、願ってもない話だ。
喉から手が出るほど欲しい機動力が、捨て値で手に入る。
だが。
ワシはホルシア王の顔を見た。
苦悩し、身を切る思いで決断しようとしている、人の好さそうな顔。
そして、必死に馬を守ろうとする世間知らずの王女。
――気に食わんのう。
ワシは舌打ちをした。
弱っている相手の足元を見て、大事にしているものを買い叩く。
それはハイエナのやることじゃ。
極道にも仁義がある。
こんな善人から巻き上げるのは、ワシの流儀に反する。
ここで安値で買い叩けば、ワシはただの火事場泥棒じゃ。
そんな真似をして手に入れた馬で、魔王軍に勝てる気がせん。
「……王様」
ワシは一歩前に出た。
「その商談、少々お待ちください」
「え?しかし……」
「ナリキニアとかいう連中に虎の子の名馬を渡せば、この国は二度と立ち上がれなくなります」
名馬という生産手段を失えば、この国はジリ貧だ。
「だが、売らねば民が死ぬ……」
「馬を売らずに金を稼ぐ方法があればよいのでは?」
ワシはニヤリと笑った。
「私も少し情報収集すれば、良い案が浮かぶかもしれません」
ホルシア王とポニーナ王女がキョトンとしてワシを見ていた。
この国の立て直しじゃ。
一肌脱いでやるとしよう。




