23. 推参つかまつった!!
ヒョーラント共和国への外交から戻り、しばらく経ったある日のこと。
文官からもらった資料に目を通し、次に協力を取り付けるべき近隣国を絞り込んでいるところ、妃殿下がワシを呼び出した。
「マフィ。あなた、外国の子供と随分と仲良くなったそうね」
仲良く、というのは少し違う気もするが……まあ間違ってはおらんか。
ワシは曖昧に頷いた。
「はい、お母様」
「それならば、国内の貴族の子供たちとも交流を深めるべきだわ。将来の人脈作りは大切よ」
妃殿下は優雅に微笑んだ。
人脈。
その言葉にはワシも頷かざるを得ない。
組織の力は数の力、そして繋がりの力。
手足となって動く貴族たちとの絆は不可欠だ。
「おっしゃる通りです。それで、何をすれば?」
「お遊戯会を開きましょう!」
……おゆうぎかい?
ワシの脳裏に、幼稚園児が手をつないで歌う姿が浮かんだ。
それをワシにやれと?
「来月、貴族の子女たちを集めて王城の大ホールで劇をするの。きっと楽しいわ!」
拒否権はないようだった。
妃殿下の目はキラキラと輝いており、断ればこの場で泣き崩れかねない。
親孝行も任侠の道。ワシは腹を括った。
「……承知いたしました」
◇
それから程なくして、王城の一角に貴族の子女たちが集められた。
年の頃は五歳から八歳といったところか。
着飾った女の子や、良い仕立ての服を着た男の子が集まる。
指導を任されたのはマダム・エレノア。
以前、ワシに礼儀作法を指導してくれた女だ。
今回の劇は彼女の演出でやるらしい。
「今日からお遊戯会の練習を始めます。台本を配りますね」
エレノアが配った台本の表紙には『どんぐり山物語』と書かれていた。
ワシも一部受け取り、中身に目を通す。要約するとこうだ。
真面目なリスさんが冬のために貯めていたドングリを、悪いタヌキが全部奪ってしまう。
困ったリスさんはハチさんやクリさんと協力してタヌキの家に忍び込み、チクリと刺したり体をぶつけたりして懲らしめる。
最後はタヌキが「ごめんなさい」と謝り、ドングリを返して仲直りする。
パタン。
ワシは台本を閉じた。
なんだこのふざけた話は。
冬の食料を奪われたんじゃぞ?
それは生きるか死ぬかの瀬戸際じゃ。
それを「ごめんなさい」一つで水に流すじゃと?
タヌキが謝ったところで、一度裏切った奴はまたやる。
ケジメもつけさせずに仲直りなど、甘すぎる。
「……生ぬるい奴らじゃ」
思わず呟いた声が、近くにいたエレノアの耳に届いたらしい。
「殿下……?」
エレノアが恐る恐る近づいてきた。
「あの、殿下のお考えがおありでしたら……ぜひ、お聞かせいただけないでしょうか」
「いや、まあ確かに演目が生ぬるいとは感じたが……」
ワシはしばし考えた。
演目を変えるとしても、いい題材はあったか……。
魂を揺さぶるような不朽の名作……。
ワシは思いついた物語を、この世界に合うように改変しつつエレノアに告げる。
語り終えると、エレノアの顔色がサァッと変わった。
「これはまさに真の忠義の物語……!」
その目には涙が浮かんでいる。
「主君への忠誠。不当な権力への抵抗。そして、己の命を顧みない覚悟……」
エレノアは鼻息荒く宣言した。
「この内容で行きましょう!これこそが、貴族の子女が学ぶべき精神ですわ!」
こうして、演目は急遽変更となった。
題して『忠義の騎士達』。
どんぐりを巡るメルヘンな争いは、血と涙と刃が交錯する復讐劇へと塗り替えられた。
◇
エレノアの指導は熱血だった。
「違います!そこでの無念さは、もっと腹の底から絞り出すのです!」
しかし子供たちは無邪気なもので、必死に演技プランを吸収していく。
ワシも黙って見てはいられなかった。
「おい、そこの!剣の構えがなっとらん!」
ワシは主役のクラノス役をやる少年へ歩み寄った。
剣を持たせ、腰を落とさせる。
「重心を低く!殺るときは一撃で急所を狙うんじゃ!」
「は、はいっ!」
「あと、討ち入りの時の掛け声じゃが……もっとこう、気合を入れんかい!」
不思議な一体感が生まれていた。
ワシら一座は来るべきお遊戯会に向けて結束を固めていった。
◇
そして、お遊戯会当日。
王城の大ホールは、着飾った貴族の父兄たちで埋め尽くされていた。
最前列には国王と妃殿下が座り、ニコニコと開演を待っている。
「子供たちの可愛い姿が楽しみね」
「うむ。マフィの演技にも期待しよう」
そんな呑気な会話を交わす。
ブザーが鳴り、幕が上がった。
【第一幕。王城の廊下】
「殿中でござる!殿中でござるぞー!」
子供たちの迫真の演技で物語は幕を開けた。
王都の法務大臣から、度重なる賄賂の要求と嫌がらせを受けていた地方の領主。
彼は妻への侮辱に耐え兼ね、ついに城内で剣を抜いて大臣に切りかかる。
本来なら喧嘩両成敗。
しかし、法務大臣は裏で裁判官に手を回していた。
結果、領主だけが即日斬首刑。領地は没収、家名は断絶。
一方の大臣はお咎めなし。
「なんと無体な……!」
「神も仏もないのか!」
領主の家臣役の子供たちが舞台上で悔し涙を流す。
客席の空気がざわつき始めた。
単なる子供のお遊戯だと思っていた親たちの表情が、真剣なものに変わっていく。
【第二幕】
職を失い、路頭に迷う騎士たち。
彼らは復讐を誓うが、敵の目を欺くためにあえて堕落したふりをする。
昼間から酒場に入り浸り、へらへらと笑うクラノス役の少年。
だが、その背中で剣を握りしめる手は震えている。
「まだだ……まだその時ではない……」
その哀愁漂う演技に、客席の婦人たちがハンカチを目に当て始めた。
【第三幕 運命の雪の日】
舞台には紙吹雪の雪が舞い散る。
揃いのマントを身に纏った四十七人の騎士たちが、静かに舞台袖から現れる。
その先頭に立つのはクラノス役の少年。
静寂の中、ワシが合図の太鼓を打ち鳴らす。
ドンドン! ドンドン!
「……時は満ちた」
少年が剣を抜き放ち、叫んだ。
「亡き主君の鬱憤を晴らすため、推参つかまつった!!」
「「「おおおおおおおっ!!!」」」
子供たちの雄叫びがホールを揺らした。
憎き大臣の屋敷に討ち入りするのだ。
チャンバラが始まる。
「殺るか殺られるか」の気迫で、大臣の護衛役たちを次々と切り伏せていく。
そしてついに、炭小屋に隠れていた法務大臣を引きずり出す。
「見逃してくれ!金ならやる!地位もやろう!」
命乞いをする大臣。
クラノスは静かに首を振り、切っ先を突きつけた。
「その額の傷は、亡き領主がつけられた古傷!」
そしてそのまま見得を切る。
「我らが欲するは金にあらず、地位にあらず!ただ主君への忠義のみ!」
ズバァッ!
剣が振り下ろされ、ワシが小道具で照明を赤く染める。
本懐を遂げた騎士たちは主君の墓前に大臣の首を供え、全員で涙を流して合掌した。
そして最後。
彼らは逃げることなく、自分たちの罪を償うために王の裁きを受けるべく、整列して去っていく。
死を覚悟した、晴れやかな笑顔で。
幕が下りた。
静寂。
しばしの間、誰も動かなかった。
やがて――。
ワァァァァァァァッ!!
割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。
「なんという忠義心だ!」
「これぞ騎士の鑑!」
「ううっ……クラノス殿……!」
客席を見れば、貴族の親父たちがボロボロと涙を流して立ち上がっている。
婦人たちは感動のあまり失神寸前だ。
舞台袖でワシと子供たちは無言で頷き合った。
そんな中、最前列の妃殿下も涙を拭いながら、隣の国王に話しかけていた。
「素晴らしいけれど……」
妃殿下は少し困ったように微笑んだ。
「これ、お遊戯会でやるような内容ではないわよね……?」
国王も苦笑いしながら頷いた。
「うむ……教育上、いささか血なまぐさ過ぎるな」
「それに、マフィはどこ?なぜか役に出てこなかったけれど……」
「そ、そうだな。なぜだろうな……」
◇
翌年からのお遊戯会では、教育的配慮により『忠義の騎士達』は上演禁止となった。
だが、話はそこで終わらなかった。
あの日の感動を忘れられない貴族たちが、こぞって「もう一度見たい」と騒ぎ出したのだ。
その熱は王都の劇場にも飛び火した。
プロの劇団がこの脚本に目をつけて上演したところ――これが空前の大ヒットとなった。
連日満員御礼。チケットは高値で取引される。
劇中の決め台詞「推参つかまつった!」は王都で流行し、下町の子供が広場で叫んだ。
吟遊詩人は酒場で『忠義の騎士達』を詩にする。
――『忠義の騎士達』は、やがて王国を代表する演目となった。
やっぱり『忠臣蔵』は不朽の名作じゃのう。
ワシは一人、満足げに頷くのだった。




