22. 男ならまず背中で語れ!
帰国を翌日に控えた夜。
大統領官邸の大広間ではオズ王国一行を送るための盛大な宴が開かれた。
ワシはフリルたっぷりのドレスに身を包み、国王の傍らで愛想笑いを振りまく。
中身は還暦過ぎの元ヤクザでも、皮は六歳の幼女じゃ。ニコニコしていればそれだけで場は和む。
ワシの視線は鋭く会場の様子を観察していた。
会場の一段高い席にはベーコン大統領がいる。
その近くでワインをがぶ飲みしている肉塊のような男がポーク大臣だ。
脂ぎったあの顔がワシの国への支援をピンハネし、私腹を肥やしている張本人か。
――ええ度胸しとるのう。
あの腹の中には、最前線の兵士たちに届くはずだったメシが詰まっているわけか。
そのポーク大臣を隣の席からブレントがじっと睨みつけていた。
この数日、ワシも考えていた。
ブレントが掴んだ情報は決定的だ。
だが、全て分かっていても六歳の王女が証拠もなしに告発するのは無謀すぎる。
今回は見送りか。
この情報を持ち帰り、こちらの文官に裏を取らせる。確実な証拠を固めた上で次回の外交カードとして切る。
それが現実的なラインだろう。
もう少し時間がかかりそうじゃの……。
前線の連中には悪いが、もうしばらく耐えてもらうしかない。
ワシは内心で詫びながら小さくため息をついた。
その時、給仕たちが新しい料理を運んできた。
「む?」
ワシの目が釘付けになった。
皿の上に盛られているのは白く輝く穀物――米だった。
「これは……」
「南部の湿地帯で採れる『ライス』を使った郷土料理でして」
銀シャリそのものではなく、チーズや出汁で煮込んだリゾットのような料理だった。
だが、紛れもなく米だ。
ブレントがホスト役として気を利かせたのだろう。
好物だと言った甲斐があった。
ワシは匙を動かしながら、久しぶりの米の感触を噛みしめた。
ふむ、悪くない。
粘り気のある食感が懐かしい。
前世では毎日のように食べていた米がこの世界では貴重だ。
宴も中盤に差し掛かり、場の空気が和やかになってきた頃。
突然、隣のブレントが椅子を引いて立ち上がった。
「父上!」
まだ声変わりしていない少年の高い声が大広間に響き渡った。
「宴の席で無粋な話をお許しください。ですが、どうしてもこの場で申し上げねばなりません!」
ざわめきが広がる。
ベーコン大統領が驚いたように目を丸くした。
「ブレント?今は大切なお客様をもてなしている最中だぞ。座りなさい」
「いいえ、座れません!」
ブレントは大統領の制止を振り切り、声を張り上げた。
「僕は今回、オズ王国のことをホスト役として知っておくべきだと思いました。そこで我が国が行っている支援について調べたのです」
彼は懐から書類の束を取り出した。
「すると、支援物資の帳簿上の出荷量に対し、オズ王国への実際の到着量が著しく少ないことに気づきました」
会場の空気が一変した。
単なる子供の戯言ではないかもしれんと、大人たちが思った瞬間だ。
ワシは静かにブレントの横顔を見つめた。
「この消えた支援物資はどこに行ったのか?そう思って僕は運搬の道中に着目しました。そして、国境付近のある倉庫に違和感を感じたのです」
ブレントはテーブルの上に地図を広げ、ある一点を指差した。
「この倉庫はポーク大臣の御用商人の所有物です。そして、この商人の提出している売買の記録に……買い付けたはずのない食料を売り払っている記録が確認できました!」
ドッと会場がどよめく。
「子供の戯言だ!大統領、坊ちゃんを下がらせてください。宴が台無しだ!」
ポーク大臣が顔を真っ赤にして叫んだ。
だがブレントは怯まない。
「僕も、そんなはずはないと思いました。我が国の誇りある大臣が、そんなことをするはずがないと!」
ブレントは大臣を睨みつけた。
「ですが、帳簿を調べている途中、ポーク大臣ご本人の立ち話を聞いてしまったのです!」
「なっ……」
「『食料の値段を吊り上げるために支援物資をあえて着服している』と。『戦争が長引けばもっと儲かる』と、そう仰っていた!」
決定的な一言だった。
ポーク大臣の顔からさっと血の気が引いていく。
「こちらが証拠の記録です。文官に指示してまとめさせました」
ブレントは書類の束を大統領に手渡し、再び会場に向き直った。
「父上、そしてここにいる皆様」
ブレントの声が震える。
「僕は今日まで、我がヒョーラント共和国こそが世界で最も誇り高い国だと信じて疑わなかった。ですが……」
彼は拳を握りしめ、叫んだ。
「今の僕は恥ずかしくてたまらない!」
シーンと静まり返った会場に少年の悲痛な叫びが突き刺さる。
「オズ王国の方々は命懸けで魔王軍と戦い、僕たちの平和を守る盾となってくれている!その彼らの背中から石を投げ、あまつさえ金を巻き上げる……それがこの国が掲げる『正義』なのですか!」
ワシは震えるブレントの背中を見て、熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
――ええ口上じゃ。
ワシは静かに立ち上がった。
自分の国の恥を晒してでも、筋を通そうとした。
なかなかやるやないか、ボンボン。
ここからはワシが、その覚悟に花を添えてやる番じゃ。
「実際に前線で戦った騎士の報告によれば……」
王のメンツを潰さぬように、姫らしく振舞う。
ワシは穏やかな、しかし芯がある声で語り始めた。
「魔王軍は人間のことを『家畜』と呼んでいます」
ワシが直接聞いたとは言わない。
六歳の子供でも行ける程度の前線だと舐められては困る。
「彼らの目的はただ一つ……我々の魂を啜ることです」
ワシは一人一人の顔を見回しながら続けた。
「魂を啜られた人間がどうなるか。彼らは薄笑いを浮かべたまま生きた人形となり、二度と元には戻らないのです」
会場の空気が重くなっていく。
「しかも、魔王軍は死を恐れません。倒しても倒しても、魔王軍の領地で生まれ変わり、無限の兵力となって笑いながら襲い掛かってきます」
ワシは声を落とした。
「彼らは戦争に痛みも苦しみも感じておりません。ですから、交渉も、慈悲も、一切通用しないのです」
静まり返った会場で、ワシは少し間を置いて言った。
「……絶望的だと思われますか?」
そして、声に力を込める。
「いいえ、違います。我が国の勇敢な兵士はそんな怪物たちを押し返し始めました。彼らの血の滲むような努力が鉄壁の守りを築き、今や反撃の狼煙を上げるまでに至りました!」
会場の空気が変わり始めた。
「今が好機なのです!」
ワシはベーコン大統領を真っ直ぐに見据えた。
「ヒョーラント共和国の皆様。どうか、我々と手を取り合ってください」
会場全体に向けて声を張る。
「家畜として喰われる未来ではなく、人間として生きる未来を……共に勝ち取りに行きましょう!」
ベーコン大統領の顔を見る。
思案しているような表情だが、額には冷や汗が浮かんでいた。
息子の告発。王女の演説。そして会場の空気。
これらを天秤にかければ答えは一つしかない。
政治家として生き残るためにはどちらに付くべきか、狸なら分かるはずだ。
長い沈黙の後、大統領は重々しく口を開いた。
「……まずはブレント」
大統領は息子を見た。
「勇敢な報告をありがとう。この書類を見る限り、実際に不正があったのは明らかなようだ」
そして、厳しい目でポーク大臣に向き直った。
「ポーク大臣。たった今をもって貴様を免職とする。そして共和国の法に従って裁判に掛ける!」
「お待ちください!私はただ国の利益を……!」
「黙れ!衛兵、連れて行け!」
抵抗するポーク大臣は衛兵たちによって引きずり出されていった。
その見苦しい姿が消えると、大統領はオズ国王とワシに向き直った。
「大臣が不正を行い、オズ王国には多大なるご迷惑をおかけした。監督不行き届きを恥じるばかりだ」
大統領は顔に深い皺を寄せた。
「ぜひ勇敢なオズ王国に、今まで以上の援助を約束させてもらいたい。これは共和国としての贖罪であり、未来への投資だ」
会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。
オズ国王が安堵の表情で進み出て、大統領と固い握手を交わす。
「ありがとう。貴国の協力に感謝する」
……決まったな。
これで前線の兵糧は盤石になる。
ブレントの勇気が国を動かしたのだ。
ワシは隣に戻ってきたブレントに小声で囁いた。
「ようやったのう」
――これにて一件落着じゃ。
そう思ってリゾットの残りを平らげようとした、その時だった。
突然、ブレントがワシの前でドサリと膝をついた。
「……ん?」
なんだ?
まだ何かあるのか?
ブレントは濡れた瞳でワシを見上げ、熱っぽい声で言った。
「正義の心を持ち、僕を導いてくれたマフィ王女。あなたの大胆にして清らかなその心に、僕は感銘を受けた!」
お、おう……。
タマを握りつぶして脅しただけだが……感謝されたならまあええか。
ワシは適当に頷いた。
だが、次の言葉でワシの思考は停止した。
「どうかこの両国の友好をもって、僕と婚約してもらえないだろうか!」
「なッ……!」
――なんじゃワレ、ホモか!?
そう言いかけてハッとした。
そうだ。ワシは今、王女だ。
女だ。
先ほどまで王女然とした対応を心掛けていたが、実際の自分と結びついていなかったというか……
さすがに想定していなかった言葉に、生まれ変わって一番の混乱に陥っていた。
頭がぐるぐると回る。
気づけば口が勝手に動いていた。
「食糧支援で女を釣ろうとは何事じゃ!」
ドスの利いた声が会場に響き渡った。
お姫様言葉など、どこかに吹き飛んでいた。
「男ならまず背中で語れ!女を口説くんはそれからじゃ!」
ワシは仁王立ちになり、ブレントを一喝した。
「出直してこいや!」
しん、と静まり返る会場。
ブレントが目を丸くしてワシを見上げている。
国王がこめかみを押さえている。
ワシは我に返り、慌てて咳払いをした。
だが、もう遅かった。
◇
翌日。
ワシらは帰国の途に就いていた。
今回の外交成果は上々だ。
支援は倍増、不正も正した。
文句なしの大戦果と言えるだろう。
だが、向かいに座る国王がニヤニヤしながらこちらを見ているから、なんとも居心地が悪い。
「……なんですか、お父様」
「いやいや。マフィはモテると分かったなと思ってな」
「勘弁してください……」
ワシは深いため息をついた。
ブレントの件は「幼い二人の可愛らしい一幕」として処理されたらしい。
向こうの大統領も、息子がフラれたことに苦笑いしていたという。
国王は愉快そうに笑っている。
からかわれているのは分かっているが、反論する気力もなかった。
実際、いつかは王女として結婚することになるのだろうか。
王族であれば世継ぎなどの問題もあるだろう。
全く想像していなかったが、男と結婚するなどと考えると少し憂鬱だ。
前世では極道の組長として生涯独身を貫いた。
女房役の若頭はいたが、本当の女房はいなかった。
それが、今度は女として男に嫁ぐ側になるとは。
――せめて、ワシよりも男気のある男がええのう……。
そんなことを思いながら、ワシは馬車に揺られるのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
皆様の温かい応援をいただけるおかげで、ここまで物語を続けることができております。
本作もそろそろまとまった分量になってきた頃かと思います。
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これからもマフィ王女の大暴れを、どうぞよろしくお願いいたします。




