2. お前らはいったい何なんじゃ
五歳児の足で現場に急ぐ。
護衛の騎士は全部で四人。後ろを固めるようについて来る。
路地裏の奥、ゴミが散乱する開けた場所。そこで馬車から見た女が地面に押さえつけられていた。二人の男が女の服を無理やり引き裂こうとする。
「やめてください!」
「うるせえ!黙ってろ!」
――見上げたクズじゃ。
ワシはフリルまみれのドレスのままそいつらの前に進み出た。
「てめぇら。その辺にしとけや」
ワシの声に男たちがギョッとして振り返った。そりゃそうだろう。場違いなドレスを着た五歳のガキが立っているのだから。
ワシは後ろに控える護衛たちを顎でしゃくった。
「あのゴロツキどもを捕らえろ」
王女の命令は絶対のはずだが、どういうわけか四人の護衛たちはぐずぐずしている。剣の柄に手をかけたまま、一歩も前に出ようとしない。
……やはりか。
妃殿下が言っていた「騎士団長閣下は『戦時中の些細な問題』と仰ってましたわ」という言葉が脳裏をよぎる。
ワシらのその奇妙なやり取りを見て、ゴロツキの一人が状況を理解したらしい。ニヤニヤと汚い歯を見せて笑いやがった。
「なんだぁ?お嬢ちゃん。子供の見世物じゃねえんだよ。おままごとは他所でやりな」
――舐めくさった餓鬼じゃ。
ワシはくるりと振り返り、真後ろにいた若い騎士の頬を思い切り張り飛ばした。
パーン!
乾いた軽い音。
五歳児の力だ。痛みなんぞ当然のようにないだろう。
だがワシは睨みつけた。前世で何十年もかけて培った「組長」としての殺気を込めて。
「お前ら、いったい何なんじゃ」
ビクリ、と騎士の肩が震えた。
他の三人もワシのその眼光に気圧されている。
「聞こえんかったんか?お前らは何者じゃと聞いとるんじゃ」
「わ、我々はオズ王国騎士団……」
「騎士団が聞いて呆れるわ」
ワシは吐き捨てるように言った。
「どうせ、てめぇらの長である騎士団長がこのクズどもからショバ代でも貰っとるんじゃろう」
「なっ……!」
「図星か。だから見て見ぬふりか。同じ穴のムジナじゃのう、お前らも」
ワシがそう言い切った瞬間だった。
「クズだと!?ガキが粋がってんじゃねぇぞ!」
カッとなったゴロツキの一人がワシに向かって突進してきた。
護衛の騎士どもはワシの詰問に気を取られ、反応が完全に遅れている。
ワシの目には振り上げられた拳がスローモーションで見えていた。
前世の体なら軽く避けて懐に入り、タマの一つでも潰してやるところだが。
いかんせん、この体は五歳児。
頭で分かっていても、体がついてこない。
「ぐっ……!」
重い衝撃が左の頬を襲う。ワシの小さな体はまるで紙切れのように宙を舞い、ゴミの山に叩きつけられた。
「王女様!」
護衛の騎士が今さら慌てた声を上げた。その声にゴロツキどもも動きを止める。
「……王女?」
「まさか、本物の……?」
いくら最前線の小国とはいえ、王族を殴り飛ばせばただでは済まない。ゴロツキの顔からさっと血の気が引いていく。
ワシはゆっくりと体を起こす。口の中が鉄の味でいっぱいだ。
手の甲で口元を拭うとべっとり赤い血がついている。
だが痛みなんぞ、どうということはなかった。
「……この程度か」
ワシはゴミの山から立ち上がり、ゴロツキどもを睨み据えた。
「前世で銃で撃たれた時の方がよっぽど痛かったわ」
シン、と路地裏が静まり返った。
五歳の少女が大の男に殴り飛ばされた。普通なら泣き叫び、気を失ってもおかしくない。
だが、ワシは血を流しながら平然と立っている。それどころか、その眼光はまるで獲物を前にした獣だ。
ゴロツキどもが本能的な恐怖を感じたのか後ずさった。
ワシはゴロツキどもから視線を外し、硬直したままの護衛たちに向き直った。
「おい」
「は、はい!」
「王女と騎士団長、どちらの意見が優先されるとか、そんなくだらん話をしとるんやない」
ワシはゆっくりと一人一人の目を見て言った。
「お前らはいったい何なんじゃ」
「……」
「お前らは、そのピカピカの鎧を着て、立派な剣をぶら下げて、何のためにそこにおるんか」
騎士たちは誰も答えられない。ワシはゴロツキどもを指差した。
「このクズどもをのさぼらせるためにおるんか?」
五歳児の甲高い声。
だが、その声に含まれた凄みと圧力はその場の全員を圧倒していた。
殴りかかってきたゴロツキも、その仲間も、護衛の騎士たちも、そして被害者の女性までもが、口を開けたままワシを見ていた。
静寂を破ったのは一番若い騎士だった。
「……俺は」
震える声だった。
「俺は、騎士になったのは……」
ワシはそいつを真っ直ぐに見た。
「守るためじゃろ?」
ワシは静かに、しかし強く言った。
「なら、守れや」
若い騎士はワシの目を見つめ返した。
一瞬の逡巡。
次の瞬間、そいつの目に光が宿った。
カシャン!
金属が擦れる音。若い騎士が鞘から剣を引き抜いた。
「王女殿下のご命令により、不届き者を捕縛する!」
そいつがゴロツキの一人に向かって飛び出した。ようやく騎士らしい動きだ。
「何しやがる!」
ゴロツキもナイフを抜いて応戦しようとするが、素人と本職では話にならない。
「お前らも続け!」
若い騎士の叫びに、残りの三人も我に返ったように剣を抜いた。
「うおおお!」
「捕らえろ!」
はじめは抵抗しようとしたゴロツキどもだったが、四人の騎士には敵うはずもなかった。あっという間に組み伏せられ、地面に押さえつけられた。
「……ふん。ようやく仕事をしやがったか」
ワシは押さえつけられたゴロツキどもの前に立った。
「こいつらを連れて王城へ行け」
「はい!」
「縄は持っとるか?全員、数珠つなぎにせい。王城まで引きずってくぞ」
ゴロツキどもが「そ、そんな!」と喚いているが、知ったことか。
ワシは、さっきワシを殴った男の前にしゃがみ込んだ。
「おい。お前、ワシを殴ったのう」
「ひっ……!わざとじゃねえ!王女様だとは……!」
ワシはニヤリと笑う。血まみれの顔で笑う五歳児の姿はさぞかし不気味だっただろう。
「おどれの拳はワシに届いた。大したもんじゃ」
「……へ?」
ワシは立ち上がり、若い騎士に最後の命令を下した。
「それと、王城に着いたら騎士団長も呼んどけ」
「騎士団長閣下を、ですか?」
「おう」
ワシはフリルについた泥を払いながら告げた。
「『面白い見世物がある』ってな」




