19. ありがたい話じゃ
共和国へ向かう日がやってきた。
ワシは前線から一緒に戻っていた少数の精鋭騎士を随伴させ、豪華な馬車に乗り込んだ。
複数台の馬車には国王と数名の大臣が乗っている。
ワシは国王と同乗することになった。
対面の国王の顔には、隠しきれない憂色が浮かんでいる。
「マフィ」
重い沈黙を破り、父が口を開いた。
「お前は賢い。それは分かっている。だが……その、なんだ。少々過激な言動が見られるのも事実だ」
父は言葉を選びながら、眉間を揉んだ。
「今回はあくまで親善と交流が目的だ。くれぐれも国際問題になりかねない言動は控えてくれよ」
釘を刺された。
まあ、当然の心配だろう。ワシの態度は騎士団長の失脚の場面から、良くも悪くも「武闘派」だ。
だが、ワシも元極道の組長。
相手の顔を立て、酒を酌み交わし、穏便に話をまとめる手腕も持っている。最初から波風を立てるような野暮な真似はしない。
今回は父の顔を立て、王女らしく振る舞うつもりだ。
「はい、お父様。心得ております」
ワシはフリルのついたスカートをつまんで笑みを浮かべてみせた。
父はワシの殊勝な態度に、少しだけ安堵したように息を吐いた。
数日後、ワシらはヒョーラント共和国の首都に到着した。
馬車の窓から見える景色に、ワシは目を細めた。
「……でかいのう」
石造りの立派な建物が並び、通りは着飾った人々で溢れている。
市場には色とりどりの果物や野菜が山積みされ、子供たちが笑いながら走り回っている。
国力の差が一目で分かる。
――やはり、農業大国は違うのう。
腹が満たされている国は余裕がある。
その余裕が街の活気に表れている。
逆に言えば、この豊かさの中にいれば、最前線で戦っている我が国の苦しみなど他人事に感じるのだろう。
到着したのは大統領官邸。
王城とは違う、どこか合理的な威厳を感じさせる造りだ。
ワシらは馬車を降り、官邸の中へと案内された。
「ようこそ、オズ国王陛下。そしてマフィ王女殿下」
出迎えたのは恰幅の良い中年男だった。
ヒョーラント共和国のトップ、ベーコン大統領だ。
顔は笑っているが目は笑っていない。狸のような男だ。
「遠路はるばる、よくお越しくださいました」
挨拶もそこそこに、大統領の横から一人の少年が進み出てきた。
髪を丁寧に撫でつけ、上等な服を着た少年だ。
「紹介しよう。私の長男のブレントだ」
「ブレントです。よろしく頼む」
年齢は十歳といったところか。
いかにもボンボンといった風貌をしている。
その目には隠しきれない傲慢さと、こちらを値踏みするような光が宿っていた。
――面倒くさそうなガキじゃ。
ワシは内心でため息をつきつつも、表面上はにっこりと微笑んだ。父との約束があるからな。
「ご紹介ありがとうございます。オズ王国の第一王女、マフィです。よろしくお願いします」
無難な挨拶。
普段の言動からは驚くほど穏やかな声が出た。
ブレントは鼻を鳴らし、興味なさそうに視線を外した。
挨拶が終わると、父や大臣たちは政治的な話をするために大統領と共に大広間へと案内されていった。
残されたのはワシとブレント、そしてそれぞれの護衛たちだ。
「では、子供たちは子供たちで交流を深めるとしようか」
ブレントが尊大に言った。
ワシらは別の応接室へと通された。
◇
通された部屋は、子供用にしては豪華すぎる調度品で埋め尽くされていた。
ふかふかのソファに座ると、メイドが紅茶と菓子を運んでくる。
ブレントはソファにふんぞり返り、まるで王様のような態度で紅茶を啜った。
「口に合うかな?」
ブレントがニヤニヤしながら聞いてきた。
「このお茶は、ヒョーラントが誇る茶畑で栽培された最高級の茶葉を使っていてね」
彼はわざとらしくカップを揺らす。
「もっとも、オズのような田舎から来た貴族様に、この高貴な香りと味が分かるかは怪しいものだが……」
そう言って、鼻で笑いやがった。
――ほう。
いきなりジャブを打ってきよったか。
典型的な金持ちのボンボンの嫌味じゃ。
前世でもようおったわ。親の七光りを自分の実力だと勘違いして他人を見下すクソガキが。
紅茶を一口飲む。
「いい香りですね。さすがは大国のお茶です」
ワシは笑顔で受け流した。
ここでキレては三流じゃ。大人の余裕を見せてやらんとな。
だが、ワシの反応がつまらなかったのか、ブレントはさらに言葉を重ねてきた。
「ふん。まあ、せいぜい味わって飲むといい」
彼は意地悪く目を細めた。
「聞くところによると、オズ王国は魔王軍などという、いるのかいないのか分からない連中を理由にして我が国から食料の施しを受けているそうじゃないか」
ピクリ、とワシの眉が動いた。
「施し、ですか」
「ああ、そうだとも。我が国で作った作物をタダ同然で恵んでやっているんだ。感謝してほしいものだね」
ブレントはソファの背もたれに体を預け、あからさまに見下すような視線を投げてきた。
「まさに『乞食の国』だな。そんな国の王女様が、いったい何しに来たのだ?また『恵んでください』と頭を下げに来たのか?」
クスクスと、ブレントの背後に控えていた護衛たちが笑う気配がした。
乞食の国。
そう言うたか、このガキは。
脳裏に浮かぶのは、最前線の砦だ。
歴戦の傷がついた鎧をまとい、剣を振るう兵士たち。
過酷な前線での戦いに、「これも国のためだ」と笑っていたフリントたちの顔。
あいつらが命を懸けて魔王軍を食い止めとるから、お前らはここで優雅に紅茶を飲んでいられるんじゃろうが。
そのあいつらを、乞食呼ばわりか。
穏便に仲良くなり、情報を聞き出していくことも考えていたが――やめじゃ。
舐められたままではいけない。
こがいな餓鬼に配慮してやる必要はない。
ワシはカップをソーサーに置いた。
カチャリ、と硬質な音が響く。
そして顔を上げた。
そこにあるのは愛想の良い外交用の笑みではない。
数多の修羅場をくぐり抜けてきた気迫を宿す。
「……乞食の国とはよう言うたもんじゃ」
ドスの利いた低い声。
ブレントがビクリと肩を震わせた。
「な、なんだ?急に……」
ワシはニヤリと笑った。
その笑みには、六歳児のものとは思えない凄みが宿っていたことだろう。
ブレントの顔から血の気が引いていくのが分かる。
「おい、お前ら」
ワシは後ろに控える護衛騎士たちに声をかけた。
「暇つぶしに持っとるじゃろ。貸せ」
「え?あ、はい」
騎士たちは戸惑いながらも、懐からサイコロやカードを取り出した。
前線では暇な時間にこういったもので遊ぶのが常だった。
ワシはそれを受け取り、テーブルの上に並べた。
「なんだそれは……?」
ブレントが後ずさる。
優雅なサロンには似つかわしくない、鉄火場の空気が漂い始めた。
ワシはサイコロを一つ摘まみ上げ、指先で弄んだ。
「田舎もんの相手をしてくれてありがたい話じゃ」
ワシはブレントを真っ直ぐに見据えた。
その眼光は、前線で敵将を睨みつけた時と同じものだった。
「それじゃあ、ワシと交流を深めるためにちょいと遊んでもらおうじゃないかのう!」
急にワシから放たれた気迫に、ブレントは驚いて後ずさった。
「な、何を……」
「何って、ゲームじゃ」
ワシはサイコロを手のひらで転がしながら言った。
「お前さんは高貴な大統領の息子様じゃろ?田舎もんの王女相手にゲームで負けるわけがなかろう?」
挑発だ。
こういう手合いはプライドが高い。
馬鹿にされたまま引き下がることはできんはずだ。
案の定、ブレントの顔が怒りで赤く染まった。
「ふん、いいだろう!田舎者に負けるわけがない!」
ブレントはソファから立ち上がり、テーブルの向かい側に座った。
懐かしい光景だ。
前世ではこがいな餓鬼どもから、ワシの賭場で小遣いを巻き上げたもんじゃ。
金持ちのボンボンほど、カモにしやすい相手はおらん。
世間知らずで、負けず嫌いで、いくらでも金を持っている。
ワシは内心でほくそ笑んだ。
この餓鬼にもちょいと世間というものを教えてやろうか。




