18. シマを守る方法は、銃だけやないけぇの
「お父様。魔王軍へ対抗する支援を増やすことはできませんか?」
王都へ帰還してすぐに行われた謁見。ワシは開口一番そう切り出した。
玉座に座る国王――今生の父の顔が、驚きで固まった。
「マフィ、良くぞ戻った。……開口一番にそんなことを言うということは、そんなに前線は難しい状況にあるのか?」
呆気にとられたような父の言葉に、ワシはハッとした。
――いかん。つい気が逸りすぎた。
半年ぶりに親の顔を見たというのに、挨拶もそこそこにカネと兵力の無心とは……
極道の風上にも置けん不義理じゃ。
ワシはドレスの裾を摘まみ、恭しく頭を下げた。
「ご挨拶が遅れました。長期の遠征からただいま戻りました。遠征にご理解いただき感謝いたします」
「うむ。誕生日の祝いに城下に降りたと思ったら、そのまま前線基地まで行ってしまったからさすがに驚いた。伝令は受けていたが、無事で何よりだ」
父の声には安堵の色が滲んでいた。
幼い娘が戦場へ赴き、半年も帰らなかったのだ。親としての心労はいかばかりだっただろう。
「はい。ありがとうございます。戦局についてですが……」
だが感傷に浸っている時間はない。
ワシは姿勢を正し、この半年間の戦況を報告した。
「……というわけで、前線の防衛は軌道に乗りましたが、魔王軍の領域まで攻め込むためには今一歩の支援が必要です」
一通りの説明を終えると、謁見の間には重苦しい沈黙が流れた。
王の目には、驚愕、感心、そして少しの戸惑いが渦巻いているように見えた。
「……そうか」
ようやく口を開いた王の声は抑揚がなかった。
「六歳の娘が歴戦の将でも成し得なかった戦果を挙げて戻ってきた」
王は一度目を閉じ、深く息を吐いた。
「感謝する、マフィ。予想以上の……いや、予想などしていなかった、というのが正直なところだ。お前が何を成すのか、私にはもう予想もできんな」
その声には、一人の「将」に対する信頼の響きがあった。
ここまで認めてもらえるなら話は早い。
だが、支援の増強――特に他国への働きかけに関しては、王は難色を示した。
眉間に深い皺を刻み、首を横に振る。
「しかし、魔王軍の領地への侵攻は前例がない。防衛のための支援ならともかく、敵地への侵攻となると……困難な交渉となるだろう」
中央諸国にとって、この国はあくまで「防波堤」だ。
防波堤が壊れない程度には金を出すが、防波堤が海を越えて敵を叩きに行くための金など出したくはない、というのが本音だろう。
だが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。
「あいつらは害獣じゃ。絶対に人類とは分かり合えんと断言できる」
あいつらにとって、我々は対等な生命体ですらない。
「この国が突破されれば、他国も同様の脅威にさらされるはずじゃ。全滅させるべき相手なんじゃ」
ワシの訴えに王はたじろぐ。
それでも王の表情は渋い。
国際政治というしがらみは、一国の王であっても容易には解けぬ鎖なのだろう。
ならば、ワシが動くしかない。
「ワシが実際に他国へ行き、交渉するのはどうか?」
現場を知る人間が直接行って啖呵を切る。それが一番手っ取り早い。
しばらく沈黙した後、王が重々しく口を開いた。
「お前の実績はともかく、六歳の王女を外交官として連れていくことはできない」
まあ、そうだろうな。
六歳の子供が外交のテーブルについても、相手は冗談だと思うだけだ。
「交流を深めることを目的に、外交団に随伴させるというのが限界だろう」
王の妥協案に、ワシは頭を下げた。
「感謝します。よろしくお願いします」
随伴で構わん。
ワシは床を見つめながら思う。
大事なのは、まず相手の懐に入ることじゃ。
テーブルに着けんでも、裏から回ればいい。
後はワシの土俵で勝負させてもらう。
感謝の言葉を聞いた王はふっと表情を緩め、柔らかな笑みを浮かべた。
「それはそうと、危険な前線からよく無事に戻った。今日は王城でゆっくりとくつろげ」
その顔には一国の王としての威厳ではなく、娘を労わる父としての優しさがのぞいていた。
ワシも少し表情を緩めて答えた。
「はい、お父様」
◇
謁見を終え、久しぶりに自室へ戻った瞬間、扉が乱暴に開かれた。
「心配したのよ、マフィ!」
涙ながらに駆け込んできたのは今生の母である王妃だった。
普段は淑やかで上品な母が、髪を振り乱してワシに抱き着いてくる。
「お母様、ご心配おかけしました」
「本当に心配したのですから!」
母の腕の力は強かった。
その温もりに包まれながら、ワシは自分が「子供」であることを思い出させられる。
「マフィを王都へ戻すように進言しても、王が『マフィを前線へ遠征に派遣することは王としての決定だ』などと言い始めるし、毎日のように進言し続けて半年にしてようやく受け入れてもらえて……」
母の目には涙が溜まっていたが、その奥には王に対する怒りが煮えたぎっていた。
これはまずい。
夫婦喧嘩の原因を作ってしまってはいかんな。
ワシは母の背中を小さな手でポンポンと叩いた。
「私のワガママにお二人を巻き込んだようで、申し訳ありません」
ワシが下手に出ると、母はようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「何はともあれよく無事に戻ってきましたね。今夜はゆっくりしなさい」
そこへ、横に控えていた給仕長の侍女が一歩前に出た。
「王女様が『帰還に合わせて作り直すように』と言われたので、本日はケーキを焼いてあります」
半年前、出陣の際に言い残した言葉だ。
あれを律儀に守っていてくれたのか。
それを聞き、母の顔がパァッと華やいだ。
「今日は途中で終わったマフィの誕生日祝いですね!」
その日の夜。
王妃や城の者たちに囲まれながら、半年遅れの誕生日祝いが行われた。
テーブルには山のような御馳走と巨大なケーキ。
煌びやかなシャンデリアの光。
先日まで前線で保存食を齧っていた身としては、なんとも豪華で目が回りそうだった。
「おめでとうございます、マフィ様!」
「無事のお戻り、心よりお喜び申し上げます!」
皆が笑っている。
ワシもつられて笑った。
だが、宴の途中で急激な眠気が襲ってきた。
緊張の糸が切れたのだろう。
精神は老練な極道であっても、肉体はわずか六歳の幼女だ。
前線の過酷な生活に加え、連日の移動。
この小さな体はとっくに限界を超えていたらしい。
ワシはベッドに入ると、泥のように眠り込んだ。
そしてそのまま、丸一日、一度も目を覚ますことなく眠り続けたのだった。
◇
一週間ほど王城で英気を養い、ようやく体力が戻ってきた頃。
他国への交流会の日程が決まったとの知らせが入った。
その一週間の間、ワシはただ寝ていたわけではない。
情報の武器を揃えるため、動き回っていた。
「入れ」
自室に王城の文官を呼びつけた。
真面目そうな男が大量の書類を抱えて入ってくる。
「王女殿下、こちらが資料です」
「そこの机に置け」
ワシは椅子に座ったまま、男を見上げた。
「それでどこの国に行くんじゃ?」
文官は咳払いをして説明を始めた。
「まず向かうのは隣国のヒョーラント共和国です。広大な農作地帯を持つ農業大国です」
文官は地図を広げた。
「食糧生産が盛んで、我が国の対魔王軍戦線へ兵糧などを支援してもらっています。重要な同盟国の一つです」
「ほう、飯の種か。それは重要じゃのう」
腹が減っては戦はできん。兵站の要ということか。
「……しかし実は、ここ数年で支援の量が減っているのです」
文官の声が少し曇った。
「減っとる?」
ワシの目が鋭くなる。
最前線で戦っている我が国への支援を減らすとは、どういう了見じゃ。
「表向きは『不作が続いた』とのことですが……」
「裏があるんか?」
「あくまで噂ですが……」
文官は声を潜めた。
「共和国内で『なぜ我々がオズ王国のために負担を強いられるのか』という声が強まっているとか……」
……なるほどな。
自分たちの庭に火がついていないから、対岸の火事だと思っているわけか。
「この国から支援を取り付けるのがワシの仕事か」
ワシはニヤリと笑った。
獰猛な笑みだったのだろう。文官がビクリと肩を震わせた。
出し惜しみか、あるいは誰かが支援物資を中抜きして私腹を肥やしている可能性もある。
どちらにせよ、綺麗事の交渉で解決する話ではない。
極道の世界でも同じだ。
抗争になれば金がかかる。
鉄砲玉だけでは組は守れん。
根回し、交渉、時には脅しと透かし――そっちの方が大事なこともある。
ワシは窓の外に広がる空を睨んだ。
「シマを守る方法は、銃だけやないけぇの」




