15. たっぷりと話を聞かせてもらおうか
なんじゃ、ありゃ?
ワシは戦場を駆ける馬上から初めて魔王軍とやらの姿をまともに見た。
人類を脅かす魔王軍。
その名を聞いた時から、ワシは勝手に想像を膨らませておった。
獣のような見た目の化け物。醜悪な姿をした怪物ども。地獄の底から這い出てきたような、おぞましい連中に違いないと。
だが、どうだ。
目の前で剣を振るう敵兵たちの姿はワシの想像とはまるで違うておった。
真っ白な羽。
すらりと伸びた手足。
整った顔立ち。
――天使じゃないか、こいつら。
いや、天使という概念がこの世界にあるかは知らんが、少なくとも前世で見た宗教画に描かれていた存在に近い。
美形揃いで、スタイルも抜群。
醜悪どころか、どちらかというと人間の方が見劣りするぐらいだ。
「おい、兄弟!」
ワシは傍らで剣を構える領主に声をかけた。
「ワシの『兄弟の盃』を真っ先に空けたことは覚えとるぞ、フリント!」
フリントは、疲労困憊の顔に苦笑を浮かべた。
「光栄です、王女様」
「それで、あれが魔王軍か?鳥みたいじゃ!」
ワシがそう言って鎌をかけると、フリントは血走った目で敵を睨みながら答えた。
「ええ、鳥みたいな白い羽があって、見た目は確かに美しいな!だが奴らは人間を玩具みたいに弄び、笑いながら城壁を砕く魔物です!」
その言葉には長年最前線で戦ってきた者だけが持つ重みがあった。
どうやら、あいつらが魔王軍で間違いないらしい。
ワシは改めて戦場を見渡した。
そして、もう一つの違和感に気づく。
敵の動きがおかしいのだ。
戦っているというのに、必死さが伝わってこない。
むしろ楽しそうに見える。
剣を振るいながら談笑している奴もおる。
仲間が倒れても、悲しむでもなく怒るでもなく。
まるで遊んでいるかのようだ。
――なんじゃこの敵は?
とはいえ、こいつらがワシのシマを荒らした連中であることに変わりはない。
落とし前はきっちりつけさせてもらう。
ワシは戦場を注意深く観察した。
見たところ一人だけ少し上等な鎧を着た奴がおる。
周囲の兵に指示を出しているように見えるから、こいつが敵の指揮官に違いない。
「あいつが頭じゃ」
狙いは定まった。
まともにやり合えばこちらの被害も増える。絡め手を使うのが喧嘩の定石じゃ。
ワシはフリントに聞いた。
「おう、兄弟。この砦に裏から回れる道はあるか?」
フリントは少し考え込み、頷いた。
「東側の崖下に、かつて資材搬入に使っていた隠し通路がある。だが長年使っていない上に狭い。一度に通れる人数は多くないから実用に耐えるかは分からないが……」
「上等じゃ。少人数で構わん」
ワシはニヤリと笑った。
「それと、お前んとこの兵はまだ動けるか?」
ワシの問いにフリントは誇らしげに胸を張った。
「あいつら古参兵なら、死んでも動く」
見れば、砦の隅には包帯だらけの男たちが座り込んでいた。
どいつもこいつも満身創痍。血と汗で鎧が黒く染まり、立っているのが不思議なほどだ。
だが、その目の奥だけは死んでいない。
ワシとフリントの会話を聞きつけ、目にギラギラした光を宿してこちらを見ている。
「……ええ根性じゃ!」
ワシは満足げに頷いた。
「なら、ワシの合図で側面から突っ込め」
◇
作戦は単純明快。
だが、戦いにおいて単純な戦術が最も効果的だということは、前世の出入りで嫌というほど学んでいる。
まずは騎士団本隊が正面の城門から打って出る。
派手な旗印を掲げ、鬨の声を上げさせ、敵の注意を一点に引きつける。
「かかれぇぇッ! 騎士団の意地を見せろ!」
団長ケイトの号令と共に、銀色の鎧の波が魔王軍に激突した。
勢いに乗った騎士団は強い。油断して笑っていた「天使」どもの前衛を蹴散らしていく。
敵の指揮官らしき男が興味深そうにそれを見ていた。慌てる様子はない。
むしろ「おや、元気がいいね」とでも言いたげな余裕の笑みを浮かべている。
ワシは精鋭数名を連れ、フリントに教えられた隠し通路を駆け抜けていた。
カビ臭い洞窟を抜けて茂みをかき分けると、そこは敵本陣の真後ろだった。
「行くぞ!」
ワシの合図で、隠し通路組が背後から襲いかかった。
さすがに背後からの奇襲には魔王軍も予想していなかったようだ。指揮官の男が振り返る。
「挟み撃ちか? 人間にしては考えたな」
男は口元に薄い笑みを浮かべたままだった。
すぐに部下に指示を出し、背後の迎撃態勢を整えようとする。
戦慣れしている。
この程度の奇策、想定内だと言わんばかりの落ち着きっぷりだ。
――じゃがのう、ここまでは前座じゃ。
「うおおおおおおおおっ!!」
地響きのような咆哮が戦場の側面からあがった。
フリント率いる古参兵たちだ。
死にぞこない?
満身創痍?
関係ない。
守るべきものを守るためなら死兵と化す。それが目に力を宿した男たちの強さだ。
彼らは死角となっていた側面から捨て身の突撃を敢行した。
これには敵の陣形も崩れた。
正面、背後、そして側面。
三方向からの同時攻撃に、指揮系統が寸断される。
指揮官の周囲を守っていた親衛隊がフリントたちの決死の突撃によって引き剥がされていく。
がら空きになった本陣。
「そこじゃあ!!」
ワシの声に応え、護衛の騎士たちが一斉に指揮官へ殺到する。
護衛を失った指揮官は孤立無援。
あっという間に剣を突きつけられ、包囲された。
「殺すな!捕らえろ!」
ワシの号令に騎士たちが指揮官を取り押さえ、地面にねじ伏せた。
勝負あった。
……はずだった。
地面に這いつくばらされ、泥にまみれた金色の鎧。
普通なら、ここで屈辱に顔を歪めるか、最後まで抵抗して死を選ぼうとするはずだ。
だが、こいつは違った。
「くくっ……はははは!」
指揮官は笑っていた。
泥だらけの顔で楽しそうに笑っていたのだ。
「面白い!人間が僕を捕まえるなんて!」
抵抗する素振りすらない。
まるで鬼ごっこで捕まった子供が「あーあ、捕まっちゃった」と言うような軽さ。
「捕まるのも一興か。君たちの城の中を見るのも悪くないね」
――なんだ、こいつは。
こいつら、死ぬことも捕まることも怖がっとらん。
恐怖という感情が欠落しているのか?
自分の命すらゲームの駒の一つとしか思っていないのか?
「……気味の悪い連中じゃ」
ワシは吐き捨てるように呟いた。
異変はそれだけではなかった。
指揮官が捕らえられたというのに、残りの魔王軍は潮が引くようにあっさりと戦うのをやめたのだ。
兵たちは「今日はもう飽きた」「この砦は堕ちるまでまだまだかかるね」などと笑い合いながら去っていく。
仲間を助けようともしない。
仇を討とうともしない。
その光景を、ワシら人間軍は呆然と見送るしかなかった。
「……勝った、のか?」
誰かが呟いた。
砦を守りきった。敵将を捕らえた。
戦果としては大勝利だ。
だが、ワシの中に勝利の高揚感は微塵もなかった。
残ったのは得体の知れない不安と強烈な違和感だけ。
あの執着のなさ。
勝敗にすら興味がないような態度。
こいつら、腹の底が見えん。
ワシは縄で縛られ、騎士たちに引き立てられていく指揮官を見つめた。
まだヘラヘラと笑っている。
「……捕まえたこいつにたっぷりと話を聞かせてもらおうか」




