13. そがいな生き方を『任侠』と言うんじゃ
着替えさせられて椅子に座ると、目の前に湯気を立てる大皿が運ばれてきた。
「本日はシェフが腕によりをかけて朝食を準備いたしました!」
甘ったるいパンケーキかと思っていたが、蓋を開けてみて少し驚いた。
黄色い米料理だ。
魚介類がたっぷりと乗っている。
パエリアというやつに近い。
「王女様はご年齢の割に甘いお菓子がお好きではないようですから」
給仕長の侍女が、にっこりと微笑んだ。
「以前、厨房で『米が食いたい』と仰っていたのを料理長が覚えておりまして。できる限り王女様のお口に合いそうなものをと」
……ほう。よう見とる。
確かにワシはこの世界に来てからというもの米を求めていた。
米。
やはり日本人の魂は米じゃ。
ワシはスプーンを手に取り、その黄色い飯を口に運んだ。
魚介の出汁が米に染み込んでいる。
「……悪くないのう」
本当なら熱々の白飯に豆腐とワカメの味噌汁、そして脂の乗った焼き鮭があれば最高なのだが。
まあ、贅沢は言うまい。
ワシが黙々と匙を進めていると、侍女たちが嬉しそうに囁き合っているのが聞こえた。
「王女様のおかげで王都の町も歩きやすくなりました」
「以前は市場へ行くのも少し怖かったですもの」
「侍女たちの間でも王女様の改革はすこぶる評判が良いのですよ」
彼女たちの言葉に嘘やお世辞の色はなかった。
純粋な感謝と敬愛。
それが伝わってきて、ワシはスプーンを止めた。
――ワシはただ自分のシマを整えただけじゃ。
だが、その結果としてこいつらが笑って暮らせるようになったのなら、まあ、それも悪くはないか。
ワシは込み上げてくる感情をごまかすように、水を一気に飲み干した。
◇
食事を終えた頃、扉が開いて国王と妃殿下が姿を現した。
「マフィ、誕生日おめでとう」
国王が穏やかな笑みを浮かべ、その隣で妃殿下が何やら大きな包みを抱えていた。
「侍女たちから、マフィは『リュウ』や『トラ』という生き物が好きだと聞いたのよ」
……は?
ワシは一瞬、何のことか分からなかった。
リュウにトラ。
――龍と虎か。
確かに前世では組の事務所に龍虎の掛け軸を飾っていた。
極道の縁起物として口にしたのを、侍女たちが聞いていたのか。
「リュウという生き物は調べても分からなかったけれど」
妃殿下が困ったように微笑む。
「トラを調べましたら、南の密林に住む大きな猫のことでしょう?」
王妃が得意げに箱の中身を取り出した。
そこに現れたのはワシの背丈よりも大きい、巨大なぬいぐるみだった。
黄色い毛並みに黒い縞模様。
つぶらな瞳に、ふかふかの手触り。
――ファンシーすぎる。
どう見ても、幼い娘向けのぬいぐるみだ。
ワシのような極道の魂を持つ者が抱えるには可愛らしすぎる。
「気に入ってくれたかしら?」
妃殿下が期待に満ちた目でワシを見つめてくる。
その瞳には純粋な親心が溢れていた。
娘のために一生懸命選んでくれたのだろう。
「……ありがとうございます、お母様」
ワシは素直に受け取った。
気持ちだけは嬉しく頂戴しておこう。
国王が一歩前に出た。
「マフィ。改めて、誕生日おめでとう」
その声にはいつもの威厳とは違う温かみがあった。
「お前のおかげでこの国は確実に変わりつつある。これからも期待しているぞ」
短い言葉だった。
だが、その一言には王としての信頼が込められていた。
ワシは静かに頭を下げた。
「はい。必ずやお父様のご期待に応えてみせます」
◇
昼前、ワシは視察という名目で街へ出た。
馬車が王都の大通りを進むにつれ、沿道は人だかりとなっていた。
「王女様万歳!」
「お誕生日おめでとうございます!」
市民たちが手を振り、花を投げてくる。
まるで凱旋パレードだ。
馬車を下りて広場へ向かうと、そこには異様な光景が広がっていた。
騎士団の鎧を着た男たちと、マフィグループの強面たちが肩を並べて調理をしている。
元ゴロツキと騎士が一つの鉄板を囲んでヘラを振るう。
平和の象徴のような光景だった。
「お待ちしておりました!」
パンクがエプロン姿で駆け寄ってきた。隣には騎士団長のケイトもいる。
「今日は王女様のために新作料理を開発したんです!」
「新作?」
「はい!王女様が常々『麺が恋しい』と言っていると聞いて、麺を調べて作ってみました!」
ケイトが自信満々に鉄板の上を指差した。
そこでは茹でたパスタのような麺が、大量の油と共に炒められていた。
――焼きそばか!
ついに、この世界で焼きそばが食えるのか!
あのソースの焦げる匂い、青のりと紅ショウガのハーモニー。
「さあ、どうぞ!」
差し出された皿を受け取る。
見た目は……ソースの色ではない。
だが、創作料理だ。味付けは塩ダレかもしれない。
ワシは期待を込めて麺を啜った。
……。
……ニンニクと、唐辛子と、オリーブオイルの味。
ワシは咀嚼し、飲み込んだ。
美味い。
確かに美味い。
だがこれは、ペペロンチーノじゃ。
鉄板で炒めただけのパスタじゃ。
「いかがですか!?」
パンクとケイトが目を輝かせて感想を求めてくる。ワシは皿を返し、ふんと鼻を鳴らした。
「修行が足らん」
「ええっ!?」
「美味いことは美味いが、ワシが求めてるのはこれじゃないんじゃ!」
ワシの理不尽なダメ出しに、二人はガックリと肩を落とした。
だが、その周りでは市民たちがその「鉄板焼きパスタ」を笑顔で頬張っている。
「治安が劇的によくなって、夜でも誰もおびえて歩くことはなくなった」
「王女様は我らの救世主だ!」
口々に感謝の言葉を述べながら、市民たちがワシを囲む。
子供は花束を渡してくる。老婆が拝むように手を合わせる。
くすぐったい。
ヤクザの親分として恐れられることには慣れていたが、こうも真っ直ぐな善意を向けられることには耐性がない。
その時だった。
蹄の音が近づいてくる。
見れば、騎士団の早馬が全速力でこちらに向かってきた。
馬上の騎士は汗だくになっている。
「王女殿下!」
騎士が馬から飛び降り、片膝をついた。
「緊急報告でございます!」
ワシの背筋に緊張が走る。
「魔王軍が本格的な進軍を開始しました!」
その言葉に周囲がざわめいた。
民衆の顔から笑みが消え、不安の色が広がっていく。
だが、ワシの心は不思議と落ち着いていた。
――ついに、この時が来たか。
半年かけて準備してきた。
王都の治安は自警団に任せられる。
騎士団は実戦経験を積み、士気も高い。
なんとか間に合ったという感じだ。
「王女様」
傍らにいた侍女が恐る恐る声をかけてきた。
「王城ではお誕生日のケーキの準備ができております。お戻りになられますか?」
ケーキ。
そんなものを準備していたのか。
ワシは侍女を見下ろし、はっきりと告げた。
「そのケーキはここにおるみんなに配れ」
「え?」
「そして、ワシが帰ってくる頃に作り直せ」
侍女が目を丸くしている。
だが、すぐに深く頭を下げた。
「かしこまりました」
周囲の民衆からどよめきが起こった。
王女が戦場へ向かおうとしている。
その意味を理解し、不安そうな顔で互いを見つめ合っている。
ワシは今日一日を振り返った。
朝から盛大に祝われ、民衆からは感謝の言葉をかけられた。
めちゃくちゃをやってきたつもりだった。
騎士団長をクビにし、ゴロツキを手下にし、貴族に酒を飲ませて倒れた。
騎士団の小隊長は百人近く張り倒した。
それでも。
意外と嫌われていなかった。
むしろ、感謝されていた。
――ワシの行いは間違っていなかったのだ。
そう確信できたことが、今日という日の最大の収穫だった。
ワシは集まった民衆を見渡した。
不安そうな顔、心配そうな顔、中には泣きそうな顔もある。
「おう、皆、聞けぇ!」
ワシは腹の底から声を出した。
「今日はワシの誕生日じゃ。皆でワシの誕生日を祝え!」
だが民衆の表情は晴れない。
魔王軍の進軍という報は、彼らの心に重くのしかかっている。
ワシは一つ息を吐き、言葉を続けた。
「弱きを助け、強きをくじく」
民衆が静かに聞いているせいか、その声は良く通った。
「家族のためなら死にに行く」
民衆がワシの言葉に耳を傾けている。
「そがいな生き方を『任侠』と言うんじゃ」
任侠。
仁義を重んじ、弱者を守り、己の命を賭して戦う。
それが極道の、そしてワシの生き様だ。
「ここにおる皆もワシの家族じゃ」
ワシは民衆を見回した。
「何をしてでも助けちゃる。守っちゃる」
その言葉に、民衆の目に光が宿り始めた。
「だが今、魔王軍との最前線で助けを求めとる『家族』がおる!」
ワシは王都の外、国境の方角を見据えた。
あの先には、盃を交わした貴族たちがいる。
人類の盾として戦う騎士たちがいる。
守らなければならない者たちがいる。
「ワシはちょっくら『家族』を助けに行ってくるけぇ!」
ワシはニヤリと笑った。
「……王女様」
パンクが一歩前に出た。
その目には涙が滲んでいる。
「必ず、お帰りください」
ケイトもそばで跪いた。
「王女殿下、我々騎士団が必ずお守りいたします」
民衆からも声が上がり始めた。
「王女様、頑張ってください!」
「ご武運を!」
「必ず帰ってきてください!」
歓声と涙が入り混じった声が、王都の空に響き渡った。
ワシは手を挙げてそれに応えた。
五歳の王女改め、六歳王女マフィ。
これからも、ワシは仁義の道を行く。




