12. クロじゃな
騎士団の最高顧問という大層な肩書きを背負ってから、気づけば半年が過ぎていた。
王都は今日も平和そのものだ。
市場には活気のある声が響く。路地裏ですら子供が走り回れるほど綺麗に掃除されていた。
魔王軍と国境で睨み合いをしている最前線の国だというのに、王都の周辺は異常なほど治安が良い。
なんとも皮肉な話である。
街道には騎士団の連中がひっきりなしに走り回っている。おかげで街道の安全は確保され、物流は以前よりもスムーズになった。
そして王都の内部。
ここは自警団が目を光らせている。
もはや王都で引ったくりや泥棒を働く命知らずは存在しない。もし現れたとしても、数分後には屈強な男たちに笑顔で「教育的指導」を受けることになる。
この完璧な役割分担。
暴力と秩序の循環システムは、ワシの想定以上に上手く機能していた。
だが、一つだけ。
どうしても納得のいかんことがあった。
それは、最近になって自警団が『ある名前』を名乗り始めたことだ。
――『マフィグループ』。
ワシの名前を勝手に組織名にしとる。
前世で組を張っていた身としては看過できん話だ。
組の名前というのは親分の魂そのもの。それを断りもなく名乗るとは何事か。
そのふざけた名前を耳にした日、ワシは即座に馬車を飛ばし、パンクたちのたまり場へと怒鳴り込んだのだ。
「おいパンク!おどれワシに喧嘩売っとんのか!『マフィグループ』じゃと?」
パンクはワシの剣幕に驚いて椅子から飛び上がった。
「王女様!?」
「巷じゃお前らのことをそう呼んどるそうじゃ!誰の許可取って看板掲げとるんじゃ!」
ワシが詰め寄るとパンクは脂汗を流しながら弁解を始めた。
「誤解です!俺たちが勝手に名乗ったわけじゃありません!自然とそう呼ばれるようになったんです!」
「なら今すぐ訂正して回れ。『ワシらはただの善良な市民団体です』とな!」
「いや、それは無理ですよ……」
パンクは少し言いづらそうに、けれどはっきりと言った。
「俺たち元ゴロツキが騎士団と揉めずに堂々と王都の警備をやるには、王女様以外の名前を冠するなんて、それこそあり得ないことでしょう」
「あ?」
「『マフィ王女殿下の直轄組織』。それ以外の勝手な名前を名乗ればすぐに『非公認の武装集団』として潰されます」
パンクの言葉に周りにいたゴロツキどもも、そしてワシの護衛についてきた騎士たちまでもが深く頷いていた。
「……チッ」
ワシは舌打ちをした。
ぐうの音も出ないほどの正論だった。
ヤクザが代紋を掲げるのと同じ理屈。
マフィ・オズという王家の代紋があるからこそ、彼らは街の治安維持というシノギを行える。
「……分かったわ」
ワシは渋々、怒りを収めた。
「じゃがのう、下手な真似してワシの顔に泥塗ったら、分かっとるじゃろうな?」
「はい!マフィグループの名に恥じぬよう、清く正しく暴れます!」
清く正しい暴力とは何なのか問い詰めたいところだが、彼らの目は本気だった。
こうして、いつの間にか神輿として担がれたワシをよそに、自警団改め『マフィグループ』は巨大化の一途を辿っていった。
今日も今日とて、騎士団が捕縛してきた小悪党がパンクたちの手によって構成員として組み込まれていく。
その様はまるで、巨大な企業が吸収合併を繰り返して成長していくかのようだ。
――中身は全員、元ゴロツキだが。
◇
そんなある日のことだ。
最近、どうも周囲の様子がおかしいことに気づく。
まずは侍女たちだ。
ワシが部屋に戻ると、数人で集まって何やらひそひそと話し込んでいる。
「……やっぱり、赤?でも王女殿下は渋い色もお好みだから……」
「飾りつけは派手な方が……」
そんな会話が聞こえてくる。
ワシが「何の話だ?」と声をかけると、彼女たちは慌てて口を噤むのだ。
「何でもございませんわ!」
「王女殿下、お着替えを!」
明らかに動揺し、目が泳いでいる。
――怪しい。
確かにワシは恐ろしい王女として通っている。侍女たちが怖がるのも無理はない。
だが、この態度は単なる恐怖とは違う。何かを隠している時の反応だ。
それだけではない。
ワシが下町へ降りると、路地裏で妙な組み合わせを見かけた。
パンクと、騎士団長のケイトだ。
「……警備の配置はこれでいいか?」
「ああ、当日は人の出入りも激しくなる。騎士団の方でもあそこの通りを封鎖してくれ」
「分かった。王女殿下には悟られないようにやらねば……」
物陰からその会話を聞いたワシの眉間に皺が刻まれる。
「……お前ら」
ワシは二人の背後から声をかけた。
「うわぁっ!?」
「王女殿下!?」
二人は心臓が止まりそうなほど驚いて飛び上がった。
その過剰な反応がますます怪しさを助長させる。
「シケた面突き合わせて何コソコソやっとるんじゃ。ワシの知らんところで妙な絵図描いとるんとちゃうか?」
ワシはジロリと二人を睨め回した。
前世の勘が警鐘を鳴らしている。
トップに隠れて部下が密談をする。
それは組織分裂か、あるいはクーデターの前兆と相場が決まっている。
「そんなことあるはずがありません!」
「俺たちはただ、その、今後の連携について……!」
ケイトもパンクも、冷や汗をダラダラと流して言い訳をする。
目が泳ぎまくっている。
――クロじゃな。
何かを企んでいるのは間違いない。
まさか暗殺でも企てているんじゃないだろうな?
ワシの改革が急進的すぎたか?
ワシは警戒レベルを最大に引き上げた。
その日の夜。
夕食の席で、国王と妃殿下が妙にそわそわしていた。
「マフィよ」
「何でしょう、お父様」
ワシはナイフとフォークを構えながら、周囲の護衛の動きにも気を配っていた。
「何か欲しいものはないか?」
「は?」
「いや、近々……その、特別な日があるだろう?」
「特別な日?」
ワシは首を傾げた。
特別な日。
決起集会か?
妃殿下が優しく微笑みかけてくる。
「遠慮しなくていいのよ。マフィはいつも頑張っているのだから、たまにはお父様とお母様に甘えてちょうだい」
甘える。
その言葉とここ数日の周囲の奇妙な行動。
侍女たちの「飾りつけ」という言葉。
パンクたちの「当日は人の出入りが激しくなる」という言葉。
ワシの中で、バラバラだったピースがカチリと音を立てて嵌った。
――まさか。
ワシは目を見開いた。
まさか、ワシの誕生日を皆が祝おうとしている?
言われてみれば、もうすぐ今生の誕生日である。
だが、ワシにとって「誕生日」という概念はあまりにも希薄なものだった。
前世のワシは戦後の混乱期に生まれた孤児。
親の顔も知らなければ正確な生年月日も分からない。
誕生日を祝う。祝われる。
そんな習慣はワシの人生には存在しなかった。
せいぜい兄弟分と酒を飲む口実にする程度だった。
だからこの状況があまりに信じられないでいた。
ワシの寝首をかくための密談ではなく、サプライズパーティーの相談?
あのパンクたちが?
騎士団長のケイトが?
侍女たちが?
ワシのために?
「マフィ、どうしたの?顔が赤いわ」
妃殿下が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「いえ。何でもありません」
ワシは慌てて水を飲んだ。
こみ上げてくる妙な感情を、冷たい水で無理やり胃の腑に流し込む。
なんじゃ、このこそばゆい感じは。
腹の底がムズムズする。
怒りでもない、殺気でもない。
慣れない温かさが、胸の奥にじんわりと広がっていく。
◇
そして、誕生日当日。
窓から差し込む朝日で、ワシは目を覚ました。
目覚めは悪くない。
「マフィ王女殿下、おはようございます!」
いつもより数倍明るい声で、侍女たちが部屋に入ってきた。
その手には、見たこともないほど豪華なドレスが抱えられている。フリル全開、レース満載のお姫様服だ。
「今日は素敵な一日ですよ!起きてください!」
侍女の満面の笑み。
窓の外からは、朝早くから何やら準備をする男たちの活気ある声が聞こえてくる。
――やはり、そうか。
ワシはベッドの上で身を起こし、フッと息を吐いた。
「……祝ってくれるんか」
独り言が漏れる。
前世では知ることのなかった「生まれたことを喜ばれる」という感覚。
それが今日、この場所にある。
悪くない。
ワシはニヤリと笑みを浮かべ、侍女に向かって手を伸ばした。
「おう。派手に頼むわ」




