1. 仁義ってもんを教えちゃる
「てめぇ誰に向かって銃向けとんじゃ!」
それがワシの最期の言葉だった。
昭和の時代をヤクザの組長として駆け抜けた人生も、鉄砲玉にやられて幕を閉じた。
視界が暗転し、火薬の匂いも腹に食い込む弾の痛みも何もかもが遠ざかる。
後悔はなかった。ワシの仕事はまあ悪くはなかったと思う――。
◇
目が覚めたら違和感だらけだった。
視界が妙に低いし体が軽い。
長年鍛え上げた筋肉も腹に蓄えた肉も何もかもが消失している。
反射的に体を起こそうとしてやけに柔らかい寝台に手が沈んだ。
見上げれば天蓋からレースが垂れ下がっている。
ワシは混乱しながらも自分の手を見た。小さい。やけに小さい。
――なんじゃこりゃあ?
咄嗟にベッドから飛び降りようとしたが足が床に届かん。
情けないことにシーツに足を絡め取られ、もがいているところに声が飛んできた。
「マフィ王女殿下。お目覚めですか?」
聞こえてきたのは女の声。
誰じゃあ、その「まふぃ」いうんは。
声を出そうとして違和感に気づく。
喉がおかしい。甲高い声しか出ない。
「さあ王女殿下、朝のお仕度ですよ」
女がひょいとワシを抱き上げた。
軽々と持ち上げられる屈辱に抗議する間もなく部屋の姿見に小さな体が映し出される。
――そこには見覚えのない幼い少女がいた。
呆然としているワシに侍女が「五つのお祝いの衣装ですよ」などと言いつつ、微笑みながらフリルのついた服を持って近づいてくる。
あれよあれよという間にひらひらの服を着せられ姿見の前に立たされた。
状況を理解するのにそう時間はかからなかった。
ワシは死に、そして――生まれ変わったらしい。
それもどこぞの国の「王女」として。
齢、五歳。
このフリルやレースで飾り立てられた小さな体が、ワシの新しい器らしい。
冗談にも程がある。
◇
マフィ・オズ。
それがワシの今生の名だ。
この世界に来てから数日が経ったがどうにも肌に馴染まん。
着せられる服はフリフリ。食後に出されるのは甘ったるい菓子ばかり。
――熱い茶としょっぱい煎餅が食いたい。
何より落ち着かないのはこの国の状況だった。
先日、今生の父である国王と、知らんオッサン連中が立ち話をするのを聞いた。
「魔王軍の動きが活発になっております」
「うむ。我がオズ王国はヤツらと直接国境を接する最前線。予断は許されん」
「しかし陛下。小国である我らだけではいずれ……」
「分かっておる。だからこそ中央諸国からの支援を取り付けねばならんのだ」
魔王軍。
おとぎ話のような単語だが本気らしい。
この世界は人間が統治する国々と「魔王軍」なる敵が抗争状態にある。
ワシが生まれ落ちたこの王国は人間の領域の最前線に位置する小さな国。
いつ敵が攻め込んできてもおかしくない、防波堤のような場所だという。
「……どこの世も、変わらんもんじゃのう」
思わずため息が漏れた。
極道の世界で抗争に明け暮れ、命を落としたと思ったら今度は国家間の戦争の真っただ中。
しかも最前線とはなんともきな臭い。
神様とやらがいるのなら、趣味が悪すぎないか?
◇
そんなことを考えながら流されるままに時間が過ぎ、今日は馬車に揺られていた。
隣には今生の母である妃殿下。向かいには侍女。
これからどこぞの貴族の屋敷で開かれる「お茶会」に同席させられるのだという。
お茶会などと退屈極まりない。
五歳のガキに何の用があるというのか。
それにごてごてとした分厚いドレスのせいで身じろぎもままならない。
窓の外をぼんやりと眺める。
王都の大通りを抜けると次第に建物の密度が下がり、少し寂れた区画に入った。
その時だった。
路地裏から二人の男が飛び出してきた。
一人の女の腕を掴み、無理やり引きずっている。
女は必死に抵抗しているが男二人を相手ではどうにもならんようだ。
「……おい。ありゃ何をやりよるんか?」
ワシは向かいの侍女に尋ねた。
五歳の幼女が出したとは思えない妙にドスの利いた声が出て、侍女はビクリと肩を揺らしつつ気まずそうに目を伏せた。
「あれは見ないふりをなさるのが賢明かと」
「見りゃ分かることを聞いとるんやない。ありゃなんじゃと聞いとるんじゃ」
妃殿下がワシの言葉遣いを咎めるように眉をひそめた。
「マフィ。はしたない言葉遣いはよしなさい」
「……申し訳ありません、お母様。ですが気になります」
侍女は観念したように重い口を開いた。
「この国は長年の戦争で男手のほとんどが戦場に駆り出されております。残された女性たちに……徴兵を逃れたような素行の悪い男たちが、乱暴を働くことが増えているのです」
妃殿下が静かに口を添えた。
「騎士団長閣下は『戦時中の些細な問題』と仰ってましたわ」
「些細、ですか」
妃殿下は小さく溜息をついた。
「ええ。夫を亡くした女性が怯えて暮らす状況は、私も些細なことではないと思うけれど……」
そうだ。
誰がどう考えても些細とは言えない。騎士団長が切り捨てたのが引っかかる。
何か裏がありそうじゃ――。
そう思いながら、脳裏に遠い記憶が蘇ってきた。
◇
前世。ワシがまだただのチンピラだった頃。
日本は戦争に負けたばかりで街は焼け野原だった。
食べ物はなく、仕事もなく、あるのは空腹と先の見えない不安だけ。
ワシらの街にも戦争で亭主を亡くした女たちが多くいた。
女手ひとつで子供を育て、貧しいながらもなんとか暮らしていた。
だがそんな家を狙って乱暴を働く連中が現れ始めた。食い詰めた者や復員兵崩れのゴロツキだ。
ワシの近所にも幼馴染の未亡人がいた。
亭主を亡くしてからも気丈に振る舞って、フラフラしているワシを見かけるたびに呆れたように笑う女。
だがある日、そいつの家にもその腐れたゴロツキが押し入ったのだ。
ワシが駆けつけた時には家の中は荒らされ、そいつは泣き崩れとった。
ワシは怒りで頭が沸騰するのを感じた。
その足で近所のやんちゃな餓鬼ども――ワシを「アニキ」と慕う若い衆を引き連れて、そのゴロツキどもを叩きのめした。
半分、殺すつもりでやった。
それからだ。
ワシは近所の未亡人たちに声をかけた。
「ワシらがアンタらを守っちゃる。安心して暮らせ」と。
最初はただの護衛組織だった。
それがいつしかワシらを頼る人間が増え、ワシに従う若い衆が増え……。
気づいた時には組長と呼ばれるようになった。
◇
「……そうか」
ワシはさっき見た光景と過去の記憶を重ね合わせていた。
場所が変わっても時代が変わっても、やることは同じか。
力のない者がクズみたいな連中に搾取される。
なぜ、ワシがこんなへんてこな世界に五歳の王女なんぞとして生まれ変わったのか。
ずっと考えていたが――ようやく腑に落ちた。
神様とやらがいるなら、そいつはワシにもう一度同じことをさせたいんだろう。
あの時と同じように弱い者を守れ。
力のない女たちが泣き寝入りしなくてもいい世界を作れ。
――前の世で貫いた仁義を、この世界でもう一度通せ。
そういうことなんじゃろう。
「おい。馬車ぁ止めぇや、折り返すぞ」
「え?王女殿下、何を……」
「聞こえんかったんか!馬車を止めんかい!」
ワシの怒声に御者が慌てて馬車を止めた。
隣で妃殿下が目を丸くしている。
「マフィ!お茶会に遅れてしまいます!」
「お母様、すんません。じゃが急用ができたけぇ」
ワシは馬車の扉に手をかけた。
「王女殿下、危険です!」
侍女がワシの腕を掴もうとする。
護衛の兵士も馬車の外からワシを覗き込んでいる。
ワシはその全員の顔をゆっくりと見回し、そして腹の底から声を絞り出した。
「止めんさんな」
侍女の手が止まり、妃殿下も護衛の兵士も息を呑んでワシを見る。
「こりゃあ……ワシが、やらんといけんことじゃ」
ワシはフリルまみれのドレスの裾をまくり上げて馬車から飛び降りた。
護衛の兵士が慌ててワシの後を追う。
「ついて来い。あのクズどもに仁義ってもんを教えちゃる」
――五歳のガキでも上等、極道として第二の人生の始まりじゃ。




