全年齢向けサキュバスの、優雅な晩餐
3年ぶり、リハビリの短編です。よろしくお願いします!(好評なら続くかもしれません)
私は所謂サキュバスという種族らしい。 両親はなく、ニンゲンや他の生物から漏れ出す微力な魔力が集まり、具現化して産まれた存在だということは生まれながらに理解っていた。
……生まれた理由なんかどうでもいいよね、考えてもわかんないし。サキュバスとして産まれたのならば、何をしてナニを食べて生きるべきかも当然、生まれながらも知っていた。
初めての相手はどんなのにしようかな〜と、夜番の兵士もぼうっとウトウトするような田舎町の空をフヨフヨと背中の小さな翼で飛んでいると、通りかかった家の窓から一際強い魔力を感じる少年が眠っているのが見えた。
少し暑い夜だ。寝苦しいのか寝汗をかいている少年の部屋の窓は換気のためだろう、ちょっとだけ空いていた。初めての食事に胸を高鳴らせながらそうっと窓を開ける。キィと音がし、私はハッとしたが少年は眠ったまま気付いていない。胸を撫で下ろすが、まだ何も始まっていない。寧ろこれからが本番である。
静かに毛布を退かし……
少年に近付いて……
……さあ、準備は整った。
行くよ……。
なで、なで……
「……おいしい」
私の手は少年の頭を撫でていた。
男性が眠っている隙に魔力を奪う、これはサキュバスの本能で間違いない。何かおかしい? 現に初めての食事が出来ており、少年の頭に触れる手のひらからじわじわと魔力が全身に行き渡っていくのを感じる。
濃厚で深みのある魔力…………。
味の感想? 色レポってやつなんて生まれたばかりの私にできると思う?
とりあえず、初めての魔力は美味しいし、これで明日も生きていけるくらいは吸い取れた。別に搾り尽くして殺すような真似はしたくないよ。そんな事をしたら存在がバレて人間に追い回されるサキュバス生になっちゃう。
お腹いっぱいになったからかな、少し頭が冴えてきたような気もするしちょっとテンションも高いかもっ!
「……またねっ」
心なしか先ほどまでより安心したような顔付きで眠っている少年に聞こえるはずのない別れを告げ、入ってきた窓から飛び立つ。
「はぁ〜! おいしかったぁ!」
ちょっとだけ感じた違和感は魔力の味と夜風を翔ける気持ちよさでとっくに吹き飛んでいた。
「おいしかったし明日もまたあの子の魔力貰ってもいいかなぁ……いや、いろんな魔力を食べなきゃ! もっとおいしい魔力を持った人間が見つかるかもっ」
後から先輩サキュバスに聞いたことだけど、この考え方は結果的に言えば正しかったみたい。美味しいからって同じ人間の魔力ばかり吸ってると偏色ってのになって、その系統の魔力しか食べられなくなって、いずれ身体の調子が悪くなっちゃうんだって。
でも、たまにならいいよね……?
満腹になった私は明日のご飯のことを考えながら生まれた森のすみかに帰り、すうすうと眠りにつくのだった。
♡
「うう〜ん……あれ、えっ!?」
朝、少年が目を覚ますと驚きに思わず声を上げた。身体が自由に動かせるのだ。
なんと少年は、原因不明に体内の魔力を送る流れに魔力の塊ができ、栓となって全身に魔力が行き渡らなくなり、ひと月も待たず身体の自由が効かなくなって死んでしまう『魔栓症』と呼ばれるという恐ろしい病気だったのだ!
半月前から身体に不調があった少年は、隣町の医者に診てもらうと魔栓症と診断される。魔力栓を取り除くには高価な薬が必要だが、それでも再発することもあり完治するにはさらに高価な魔道具で魔力の流れを掃除するしかなかった。
決して裕福な家庭ではなかった少年は、両親と一緒に悲しんだ。先日まで元気にしていたと言うのに、少年は日に日に起きていられる時間が減り、遂には寝たきりになってしまっていた。
そしてある夜、少年は夢を見た。闇の中、目の前に突如現れ、少年の頭を撫でながら何かをパクパクと食べている翼の生えた女の子の夢を!
「ねえ、キミは……? なにを、食べているの……?」
「パクパク……ムシャムシャ……」
声をかけるが、女の子は気付かない。左手で少年の頭を撫でつつ夢中で『それ』を食べ続ける。
「ふぁ…………」
撫でられているとぽかぽかと暖かい。見知らぬ金髪の少女の輪郭と少年の意識はまどろみの中に溶けていった。
「……またねっ」
♡
「……って夢を見たんだよ、お母さん!」
「妖精さんに感謝しなくっちゃね。」
「うん!」
『妖精さん』に病気を食べてもらった少年はすっかりと元気になり、両親を大いに喜ばせた。
「もう、大丈夫なのか?」
「うん、前より調子がいいくらいかも!」
「それならいいが……。あとなんだ、夢で見た妖精さんを探しに行く? 無理だけはしないでくれよな。お前の身体が第一なんだから」
「あなた、自分の身体のことは自分が一番わかってるはずよ」
「もっちろん! わかってるよ。あの子……妖精さんにありがとうって伝えなくちゃ!」
金髪で小さな翼がある後ろ姿という手がかりだけで夜行性の彼女を探し出すのは難しいのだが、このときの少年には当然、知る由もなかった。
魔力の流れが綺麗に掃除された少年の身体は、今後同じ症状に苛まれることはないだろう……。
この物語は、魔力を食べたいだけの安心安全なサキュバスが人間たちと共生していく物語である。
本日の晩餐
【少年の濃厚魔力栓】
今回の色レポ
濃厚でおいしかった! そのうちまた食べれるといいなっ!