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商品レビューで構成されたホラーです  作者: くぐつけいれん


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ペンネームの由来

なんで殺人ピエロってペンネームにしたのか、ですか?


深い意味とか考えたことなかったな。

えーと私って何をやっても普通じゃないですか。学生時代からつまんないやつってよく言われてそれがコンプレックスでしたね。


趣味はネットショッピングと動画視聴で、学生時代の正月休みにずーっと昨年のベストバイ動画流しながらぼけっとしてて『ああずっとこのままなんだな』って思ったら急に悲しくなったんです。

正直に言うと悲しくすらなかったんですけど。

この気持ち分かりますか?


でも実際、幸せだと思うんです。

食べるのに困ったり、暖かい場所で寝ることができなかったり、命の危険に追われたり。そういう人たちが世の中に少なからずいる一方で私はエアコンの効いた快適な部屋でぼんやりとしています。

睡眠不足で頭痛いなあとか、もうこれ以上お金貸してくれそうな消費者金融なさそうだなあとか、次の仕事見つけなきゃなんて考えながらながらだらだら過ごすんです。


それでも何にもせずにただただmamasonストアで玄人面でレビューを眺めたり、芸能人の炎上騒ぎについてSNSで声高らかに私見を述べたりする人であふれ返ったネットを眺めるんです。


ああ私もこの人たちの一部なんだ。

ろくな成果も残さないままただただ消費だけして死んでくんだな。そう思ったら、やばい。こうしちゃいられないって焦りだしちゃってそれがライターになった経緯でペンネームの理由です。


意味がわからないんですか。

うーんどう説明すれば伝わるのかな。ネットじゃ面白い人たちが活躍してますよね。SNSでたくさんいいね貰ったり本とか動画とか出して成功しているような存在。羨ましいですよね。とても楽しそうですよね。

自分もやってみたいなって思いませんか。思いますよね。実際そんな単純な動機なんです。


でもそんなこと考える人たちなんて世の中に腐るほどいて実際たくさん腐ってくわけです。死んでるのと殆ど変わらない存在。寧ろ死んだほうがマシなのかもしれない。ストアページでご高説を賜っている方々と変わらないような存在。何も言わずに★つけてるほうが百倍、世の中のお役立ちじゃないですか。



私だってそう。死んでるんですよ。息はしてるしご飯も食べますけどもう味なんかしていない。生きてはいないんです。面白い文章とか全然書けなくてただ淡々と雑務をこなす感じでたまに記事任されても新商品の提灯レビューとかそんなのばっかり。編集部で働いているはずなのに、クリエティブなはずなのに、ここでも普通というかパッとしない無力な存在。


だからふりをするんです。生きているふりです。どうやるかっていうとニコニコしながら感情を表に出す感じで振舞うんです。すこしオーバーなくらいがちょうど良いです。あはは面白ーい。あはは面白ーい。リピートアフタミー。あはは面白ーい。うまくできていますか。できなかったらテレビのバラエティとかを見ると良いです。レストランで食事をする幸せそうな家族連れでも良いですよ。是非勉強してみて下さい。


脱線しそうなんで続き話しますけどキタオポッサムってって知ってますか。変な名前だけどすごく可愛い小動物です。カナダの有袋類で外敵に襲われると体を丸めて、死臭に似たにおいを漂わせるそうです。擬死行動ってやつです。


キタオポッサムだけじゃなくてナナフシもカメムシもカエルも死んだふりをします。それは逆説的に死を回避する為です。死にたくないからですよね。彼らは必死で生きようとするから死んだふりをするんですよね。


だとしたら私たちはどうして生きてるふりをするんですかね?


自分は特別なんかじゃない。凡人だってつまらない人間だって自覚はあるんです。群衆に埋没したまま少しずつ墓標の下まで下がっていくんだって。でもそれは不幸じゃなくて受け入れていくことで自分なりの幸せを掴んでいくことが正しい道だって、人生だなって頭ではわかっているんです。


例えば休日たまに気分転換でモールを歩くじゃないですか。広くて明るくて綺麗で楽しい音楽が流れてる。こういう場所にいたら普通なら嬉しい気持ちであちこち見て回って心がほっこりするんだろうなあって思いながら歩くんです。


でも センターコートのベンチに腰掛ける私の瞳は何もとらえることができなくてただただ興味のないTV番組がモニターで流れてるみたいに子供がわんわん泣いてるベビーカーの家族連れも、仲良さそうに手をつなぐカップルも右から左に流れてくんです。


彼らの存在はテナントのマネキンとそう変わりません。ショッピングモールなんか行かなくても欲しいものはmamasonのページを開けば指先一つで買えるわけだしそもそもが本当に欲しいものなんてどこを探してもなにひとつも売ってないんです。


もちろん覚えてますよ。脱線はしていません。ペンネームの由来ですよね。こんな平凡な私から脱却しよう。PNだけでも頑張って風変わりにしてみよう。そんな思いを込めようって気持ちで殺人ピエロにしたんです。チーフにはくそだせえって笑ってくれましたましたよ。一周回って面白くなってるっていうのは褒め言葉ですかね。「平凡過ぎるけど一周回って稀有かもしれんな」って笑ってもくれました。でも殺ピ殺ピって略すし最後まで名前覚えてくれなかったしもうこの世にはいませんけどね。


ああまだよく分からないと。そうですか。そうですか。わかりました。良いんです。構いませんよ説明するのは得意ですから。ははうける。こいつ話が全然通じてないんだけど。


ええっと理由がなく人を殺す人がいますよね。要はあれです。何も持ってない人が、仕事も生活も壊滅して人生どん底になってから人を殺したりするじゃないですか。そういわゆる無敵の人。


私そういう人たちのことがよくわかるんです。本質的には多分同じなんだって思います。

中途半端に恵まれてるせいで捨てきれないせいでそういう人たちにもなれなかったけど。学歴もあるし仕事もあるし人とあいさつするのもおっくうじゃないし何となく生きていけるけどでも私も人殺しになりたかった。いや別に殺したくはないんです。自分の手は汚したくはないですから。ただ理由もなく大勢の人を殺すことで、どうしても残したかったんです。爪痕っていうと月並みな表現になるのかな。スポットライトって言えば分かりやすいかな。


要するに殺人ピエロってペンネームは私の才能のなさがよく現れてるって思うんです。

でも人を刺したり殴ったりはしたくない。フィジカルってちょっとないなって思います。どうせならもっとモニターの向こうからやりたかった。でも本当は分かち合いたかったんです。ただ私が贈れるものなんてたかが知れてるから。

だからレビューウォッチの役割はは予期せずして手に入れた幸運でした。例えそれが思いもかけないもので想像もしていなかったことでも、今では私にとって大切なものでこんなに嬉しいことはありません。


でも独り占めはいけませんよね。きっとこの幸せは私だけのものじゃないはず。みんなにもちゃんとお裾分けしなきゃいけないんだ。どんなことがあってもそれでけはやり遂げよう。強い気持ちでそう思ったんです。その為にはポータルサイトの連載記事じゃないなと後になってから気づきました。


せっかくだからもっと分かりやすくてひと目に触れる形が良いな。どうしたらいいかな。そんなことを楽しく考えながら御願いをしたのはこれで終わりにしちゃいけないと思ったからです。私自身が目にすることはないけれど考えるだけで胸のなかがあったかくてうれしくってくすぐったくてああこれが幸せなんだなって気持ちがいつまでも続くように。続きますように。






「…………そんなことを思ったんです。ええ、そうなんですよ」


私は焦点の定まらない目で虚空に向かってひとしきり何かをぶつぶつと喋っていたらしく喉がカラカラになっていて咳き込みました。


ふと我に返ると消毒液の臭いに満たされた何もない部屋にいることに気づきます。右腕の内側には白いテープが貼られてあってその下から伸びる細いチューブがすぐそばに吊り下げられた点滴のボトルにつながっていました。


「……」


ここが病室だということは分かりました。けれどどこの病院で何故そこにいて今が何月何日の何曜日だということは分かりませんでした。思い出そうとしても記憶が飛び飛びになっていて一つ前の記憶ではどこで何をしていたのかも思い出せません。


清潔感のある青いカーテン越しに暖かい白い陽光が差し込んでくることからまだ日は高いのでしょう。


私は半身を起こし腕のテープを毟り取り針をチューブごと引き抜くとベットから起き上がり裸足のまま床に降りました。どうも長い間、眠っていたようで脚に力が入りませんが何とか歩けはするようです。


色々と分かりませんがただ今為すべきことは分かっていました。


「……スマホ」


一刻も早くスマホを見つけることです。


そして配信プラットフォームのアプリから動画を配信しなくてはいけません。台本は書き溜めた記事のストックがまだまだ残っています。それをいつものように音読アプリで読み込んで音声は出来上がるのであとは生成AIで適当な楽曲と画像をでっちあげれば動画が完成します。


そうです。私は会社のポータルサイトで記事にするのはやめて自前でレビューウォッチの動画投稿を始めることにしました。今は組織ではなく個人。ブログではなく動画の時代なのです。


チャンネルアカウントは準備しました。動画のストックはかなりあります。


後は定期的なペースで配信していくだけです。更新頻度は多過ぎずかといって少なくしてはいけません。間を空かせればお客さんは逃げてしまいます。後は登録者数を増やしていくだけ。

ここからが正念場なのです。


家族と約束をしたのです。


だからこの為にたくさんのお守りを手に入れたのです。願いの為に。死んでも動画を投稿して、死んでも成功させて、死んでも登録者数を百万人にする。その為なら魂も捧げるし、私を含めて誰が死んでもいいとさえ願ったのです。


「ああーー……?」


きっと窓が少しだけ開いていたのでしょう。そして風が少しだけ強く吹いたのでしょう。くらりくらりと回転するように傾く視界の向こうでカーテンが微かにはためき捲れ上がった向こう側から青い綺麗な空と白い雲が見えました。


私は気がつくと固い床の上に頬をつけながらそれをぼんやりと眺めたまま痙攣していました。腕も脚も上手く動かすことができずに指先だけが空を掴む動作を繰り返しています。


「…………どう…………が…………」


動画を投稿しなくてはいけません。

そうしなくては私はきっと与える側ではなく貪る側に転落します。光り輝く希少な宝石の原石ではなく道端に転がる石ころに逆戻りです。


何処にでもいる不眠症で買い物依存症で有名になることを諦めていないただ痛いだけの社会人にはなりたくないのです。殺人ピエロだなんて馬鹿げたペンネームで、つまらない諍いで職場の人間やその家族を呪殺した愚かな人間には戻りたくないのです。


唇の端から漏れ出た涎で頬を濡らしていました。指先が動きが鈍くなり始め痺れて、死にかけた虫のように震えていました。


恐らく同室だったのだろう私と同じガウンの老女が何かを叫んでいます。耳はろくに聞こえなくなっていましたが頬を伝う振動で誰かが駆けつけてきているのがわかりました。


多分いろいろな返済期限が来たのだと思います。なだめたりかわしたり騙したりしてぶっちぎってきたツケの取り立てがやってきたのでしょう。もうここからどうにも逃げる手立ては思いつきそうにありません。


でもそんなことはもう本当にどうでも良くってーー


私はあまりよく回らない頭で、ロイヤルクラウンのバニラアイスが食べたいなあなんてことや、動画をどうにか更新することについて考え続けていました。



挿絵(By みてみん)

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