とある編集部での会話 その3
「これこれ。異動になって色々整理しちゃったからもうこのフォルダくらいしか残ってないんだけど」
鯨さんが自分のスマートフォンの端末から見せてくれます。それは短めの動画でした。
LINEアプリの起動から始まる縦長の映像は、携帯端末の画面を直接録画したものでしょう。
『怖い話好きさんたちの集い』というチャットに参加すると、そこは眼帯をした血まみれのパンダのぬいぐるみのイラストを背景にしたスペースでした。
アニメキャラをアイコンにした数人のユーザーたちが学校であった出来事など思い思いのメッセージを飛ばしています。
「始まりはLINEのオカルト系オープンチャットだったんだ。要は誰でも自由に出入りできて皆んなで怖い話をしようって場所だね。そこにコレが投稿された」
テキストを自由に投稿できるノート機能に移動すると、そこでは参加者が投稿した『怖い話』が幾つもの綴られていました。多くは「」を用いた会話形式の非常に短いもので文章も拙いものでした。画面がどんどんとスクロールされていくと途中で奇妙な文章とぶつかります。
投稿者名は『えんつき様の御守りの作り方』。
改行もろくにされておらず「」もないそれは他の投稿文とは少しだけ毛色が違っていました。
読んでいてなかなか頭には入ってきませんでしたが簡単に言えばあの『たのしい知識シリーズ33』の付録を使った呪いのお守りの作り方についての説明でした。
「ただの児童書が呪術書とか呪物なんて呼ばれ出した経緯はそもそもコイツせいなんだよ」
「誰が書いたものなんですか?」
「さあ。兎に角これがいろんなオカルト系のオープンチャットに投下された。その後に『報告』が相次いだ」
「『報告』ですか」
鯨さんは大きな手で端末を操作すると、こちらに向けました。その画面には先程のパンダのぬいぐるみを背景にしたチャットの画像が展開されています。
『ももか』という桃のアイコンが「どうしよう。えんつきでお母さんが首吊って死んじゃった……」とメッセージを投稿しているのが見えました。
『椅子狩』という十字架のアイコンが「やべえwww 呪い試したら数学の先生死んだwww 階段の踊り場グロすぎwww」とメッセージを投稿しているのが見えました。
『seri』という何かの漫画のイケメンキャラのアイコンが「呪いのおかげでレギュラーとれたけど御礼てどうやればいいの?」とメッセージを投稿しているのが見えました。
『りりか』といううさぎのアイコンが「いじめっ子を殺せました。えんつき様ありがとう。ごめいふくをもうしあげます」とメッセージを投稿しているのが見えました。
※【オカルト系のオープンチャット『怖い話好きさんたちの集い』に投下された写真】
「なかなかの胸糞でしょう?」
私は少し背筋が寒くなりました。
これらメッセージ群から想起したのがかつて『たのしい知識シリーズ33』の商品ページで目にしたあの御冥福レビューだったからです。
「ここから若年層が使用するSNSでプチバス。そこから界隈でも呪物として取り扱われるまでに至ったってわけ」
「なるほど」
「作り方の説明も説得力があるんだよね。『途中で十円玉から指を離す』なんて下りは、誰もがよく知る降霊術の禁忌だよね」
これは私も知識としては聞き齧っています。
コックリさんやエンジェル様の最中に十円玉を離すと呼び出した霊が帰れなくなりその場に留まり続け、禍を振り撒く存在になるというのはホラーの定番展開でもあります。
それを敢えてお守りに閉じ込めることで呪いのアイテムにするというのは分かり易くも理にかなった方法と言えるでしょう。
「あとエンジェル様を閉じ込める十円を包むのが御内府だっていうのも理屈に合ってるよ。そもそもあれは神様が宿る依代なんだもの」
「悪霊を閉じ込めて御守りにするってことですよね?」
「さすが飲み込みが早いね。そういうことなんだよ。あとオカルト系オープンチャットに投稿したやり口もよく考えられている」
「どういうことですか?」
「利用者のメイン層はだいたいが小中高生なんだよ。彼らは好奇心が旺盛で行動的だ。何より『えんつき教本』を所有している可能性が非常に高い」
そういえば『たのしい知識シリーズ33』は児童書でした。小中高生なら部屋の本棚に置いてあっても不思議ではないでしょう。そうではなくても学校の図書館などで探せば容易に手に入るかもしれないのです。
「噂ってのは呪いの一種でね、騒がれれば騒がれるほど力が増すの。それでホンモノになっちゃうのはあるあるパターンだよ」
鯨さんに教えられた有名ネットオークションで『えんつき』と検索をかけたところ検索結果が数十件もヒットしました。
そこに掲載されている現品画像は紛れもなく私が探していた『たのしい知識シリーズ33』の初版でした。
最低落札価格は十数万、付録使用済みでも数万円です。しかも普通に落札されたりしています。
正直これが呪物として高いのか安いのかは分かりませんが一般人が容易に手を出せない額には真実味が増します。
私はスクショを転送してもらったり、話をメモを取ったりさせてろくに調査もせずに取材のネタとしては十分な成果を得てしまいました。
「さすがは元オカルトライターです」
私自身も記事で似たような考察をしていましたが素人の考えと、肩書きのある方の話では話の説得力と情報量が違います。これなら読者も食いついてくれるかもしれません。
鯨さん「まあね」と嬉しそうに頬を緩めますが、すぐに浮かない顔になり俯きながら新しいカップ麺の蓋を剥き始めました。
「……でもさ今の話を記事にするのはあまりお勧めしないかな」
「どうしてです?」
「こういうのは『寄ってくる』から」
「『寄ってくる』……ですか?」
「知り合いが禍話とか実録怪談とかそういうののコレクターでさ。集めるのが妙に上手いんだよ。えんつきを見つけたのもそいつ。でさ口癖が『たくさん集めてるとほかのやつも勝手に寄ってくるんだよね』だったんだ」
鯨さんは遠くを見るような表情で曇り空が広がる窓の向こうを眺めながらしょぼしょぼとポットのお湯をカップ面に注いでいます。
知り合いのことを思い出しているのでしょう。
「僕がえんつきのデータを持ってたのはそいつの取材を手伝ってたから。焼肉食べ放題に釣られてさ」
「そうなんですか」
「まあでも結局、失踪しちゃってタダ働きになっちゃった」
湯気で曇った眼鏡のせいでその表情はいまいち読めませんでした。
「花山さんも気をつけたほうがいいと思うよ」
そんなことを言いながら、鯨さんはいそいそとカップ麺を抱えてデスクに戻っていきました。
「……」
チーフから聞いたことがありました。鯨さんは異動してくる前まではかなりすらっとした体系でメンズ系の雑誌のモデル役に駆り出されるもあったそうです。
あの時はまさかと他の同僚たちと笑いましたが、もしかしたら彼が今の体型になったのは知り合いが失踪した事と関係があるのかもしれません。
ただ必要な話は聞けたので私はそれ以上、立ち入った話はしませんでした。
「ありがとうございました」
私は頭を下げてその場を後にしました。
兎にも角にも、心の負担が軽くなった気がしてほっとしていました。早速デスクに戻ると仮眠を取ることにします。
勿論、すぐに体調を戻して続編に専念する為でした。