とある編集部での会話 その2
「見たよ。新作なかなか面白じゃん」
フロアの隅っこにあるカップ自販機のコーヒーで一息ついていたらチーフに声をかけられました。
「執筆ペースもなかなかだし、原稿数かなり溜まってきてるしそろそろいけそうだな」
「へへ、ありがとうございます」
「ただタイトルはもう少し考えておけよ。『私がオンラインショップで見つけたおかしなレビュー』なんて、まんま過ぎて面白味にかけるからな」
私が編集部で運営しているポータルサイトで企画を始めることができそうなのはひとえに彼のおかげでした。
ご褒美アイスさんの存在を知ってレビューの面白さに気づきレビューウォッチングを始めたいと伝えた時も「やりなよ」と快く送り出してくれもしました。
「つかまた徹夜しただろ。顔色悪過ぎだろ」
「ネタになるレビューが集まらなくて。検索かけて炙り出すよりも地道なローラー作戦の方が効率いいんですよね」
最初はサーチエンジンやSNSを利用して『変わったレビュワー』を探していたが、そこで引っかかるのは手垢の塗れたネタばかりでした。
話題のレビュワーの履歴を辿ってみるも次男目当てで産みの苦しみに喘ぐ姿が散見されるばかりです。
勿論、SNSアカウントなどで華々しい成功を遂げる者もいましたが、彼らは芸人であり生産者です。チーフのいうところの『歪んだ個』とは違っていました。
だから方法を変えることにしたのです。ありふれた商品についた無数のコメントを丁寧に読み込み、内容を吟味。少しでも違和感があったらレビュワー名をクリックしてアカウントに飛んでみる。
そんな地味で面白みのない単純作業をひたすらに繰り返すのです。
千のレビューに対してひとつアンテナに引っ掛かれば良い方でした。勿論、そこから嗅ぎとれた歪な個は萌芽に過ぎません。
ゲーム会社でアルバイトをしていた大学の友人から聞いたデバッグ作業もこんな感じだろうかと心を無にしながら、手を動かしていたらいつの間にか夜が明けていることはざらでした。
でもだからこそ際立って奇妙なレビュワーや異常な事件を伺わせるレビュー履歴を見つけた時には格別な手応えがありました。
まるで大切に育てた種が次第に醜悪な開花を見せていくようなその悦びがあり、おそらくこの頃の私は歪な個というものにすっかり魅せられていたのだと思います。
「いい加減、ちゃんと寝ろよ」
「はーい。でもちょっとずつコツみたいなものは掴めてきたんです。なんか段々見つける速度速くなってる感じがしてですね」
「そういえば『たのしい知識シリーズ33』についてまだ調べてるんだろ?」
「あ、そうなんですよ。チーフは何か知りませんか?」
『たのしい知識シリーズ33』というのは最近仕上げたレビューウォッチ記事のひとつです。
内容は児童書に投稿される不特定多数の異常なレビューが投稿され続けている原因について調べた、というものでした。
考察編と銘打った記事まで書き上げはしたものの実際のところ真相を掴むまでには及ばず、お茶を濁した形になってしまい、それが心残りだったのです。
どうにか続編を作れないものかと詳しそうな同僚から話を聞いたりして情報を集めていたのでした。
「うーん気味悪いレビューだなあって思いながら観てたんだけどオカルト絡みっぽいし鯨さんに訊いてみるといいんじゃねえかな」
「鯨さんですか?」
◆
鯨さんは職場の隅でいつもガツガツと何かを食べている方で、名前通り巨漢です。
部署に戻ってみると今も山のようの積まれたカップ麺を食べている際中でした。
コンビニスイーツやインスタント食品に詳しい方という認識でしたが、元々実話系オカルト雑誌のライターだったという経歴を教えられて驚きを禁じ得ません。
「……エンツキキョウボン」
鯨さんがスマートフォンをまるで小さなレゴブロックを握るようにしてポツリと呟きます。
それは新作のカップ麺を啜っていた鯨さんに頼み込んで『たのしい知識シリーズ33』の記事を読んで貰っている最中のことでした。
「これはエンツキキョウボンだね」
「えんつきですか?」
「いやこの記事よく書けていると思うよ。殺ピちゃんが書いたんだよね。取材は足りないかもしれないけれど手持ちの情報だけで理にかなった考察ができてる。『御冥福を申し上げます』という言葉が誤用じゃない点とか概ね的を得ているよ」
鯨さんはごくごくと飲み干しカップ麺を空にしてから一息ついて、真面目な顔で神妙な顔で問いかけてきました。
「……えっと知りたいって事でいいんだよね?」
「是非!」
言葉の意味には皆目見当もつきませんでしたが『えんつき』という語彙には心当たりがありました。
それは『たのしい知識シリーズ33』のレビュー内に幾度となく見かけたフレーズだったからです。
「まあ『えんつき』の意味には諸説あるんだけどね。『縁切榎』だったり『エンジェル憑』の略だったり」
「はあ……」
「前者の『縁切榎』というのは板橋にある史跡に因んだ説。そこは縁切りの神様を祀っている有名な場所で、つまり縁を切りたい相手を呪うことができる場所なんだ。で後者はこの児童書の付録にあるヴィシャ盤に因んでいる説。これはいわゆる降霊術の道具で、呼び出したエンジェル様に取り憑いてもらって相手を呪って貰うからエン憑ってわけ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。メモとらせて貰って良いですか」
いきなりの情報量に戸惑いながらデスクからメモ帳を持ってきて説明を書き殴っていきます。
「殺ピちゃんも記事で指摘してるけどさ、あの児童書は他人を呪うことができるんだよね」
日常的に呪いなんて言葉を耳にすることは稀だと思うのですが、鯨さんはカップ麺はお湯を入れたら三分で食べれるんだよ、とか晴れに日はベランダに洗濯物を干すとよく乾くよみたいな当たり前な物言いでそんな事を宣うのでした。