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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第3章(8)最強の魔法戦士

作者: 刻田みのり

「うーん、アタシあんまり深く関わるつもりはなかったのよねぇ」


 いつの間にか俺の傍に立っていたラキアが嘆息した。


「けど、あっちは竜人まで出してきちゃったでしょ。しかもアタシの知り合い。放っておけなかったのよねぇ」

「……」


 何だ?


 誰に向かって言い訳してる?


 俺か? 俺に言ってるのか?


 そんなふうに思いながら無言で見ているとラキアが両手を揃えて俺に向けてきた。


「ま、それはそれとして。はい、頂戴」

「はぁ」

「なーに間抜けな顔してるのよ。あんたが竜人たちの送った増幅装置を全部持ってるのは知ってるのよん。さあさあ、大人しくアタシに渡しなさいっ」

「……」


 うわっ、こう来たか。


 確かにこいつのお陰で竜人たちと戦わずに済んだのだがその代償がこれか。


「……」

「……」

「まあ、俺が持ってても仕方ないしな」

「♪」


 どこかで売れたら金にはなるかもだが正直、物が物だけに気安く売れそうな気がしない。


 下手すれば国レベルで争奪戦を始めかねないやばさの装置なのだ。こんなもん俺のようなただの冒険者が持っていていい訳がない。


 もちろんエンエンの魔石も同様だ。


 つーか、ひょっとすると増幅装置よりもやばい代物かもしれない。


 何せ、遺失技術(ロストテクノロジー)が組み込まれているんだからな。それも2200年前に滅んだ魔法大国マジンシアの技術だ。


 俺はもっと普通の冒険者っぽい物をゲットしたい。あと、贅沢を言うならお嬢様にプレゼントできそうな物を。


 あーでもお嬢様なら増幅装置とか魔石でもウェルカムか? ウェルカムかもしんない。


「……」


 俺の想像の中で増幅装置を胸に抱いて大喜びするお嬢様の姿が浮かんだ。


 わぁ、めっちゃ可愛い。マジ天使。こんな天使に迎えに来て貰えるならいつ死んでもいいや。


 ……じゃなくて!


 ちょっと、と少し怒り気味のラキアの声に俺ははっとした。やばっ、想像の中のお嬢様が天使過ぎてあっち側に行ってた。


「ちゃんと話聞いてる? ぽけーっとしてる暇はないのよん。マリコーが予定を早めて大実験を開始したらどうなると思ってるのよぉ」

「そ、そうだな。すまん」

「せっかく手に入れたお宝(増幅装置)が使用済み中古品になっちゃうじゃない。こういうのは未使用の新品の方が高く売れるのよん」

「……」


 そうでした。


 こいつ、こういう奴だった。


 お金大好き。光り物大好き。世界中のあっちこっちに集めた財宝を隠していて、旅をしながら自分のお宝コレクションを見て回るのを何よりも生き甲斐にしている。そんな奴なのだ。


 ちなみに財宝を分散して隠しているのはリスク管理がなんたらだとか。俺にはよくわからん。


 なお、俺の仇敵であるバロックはラキアの隠し財宝の一つを発見しており、それをパクって自分の研究費用に当てていたらしい。


 もちろんそんなことされてラキアが怒らない訳がない。


 その結果があの悲劇の夜の古代紫竜(エンシェントパープルドラゴン)襲来だ。


 まさかバロックも自分が古代紫竜(エンシェントパープルドラゴン)に襲われるとは思ってなかっただろうよ。でも、それ自業自得だし。


 他人様(他竜様)のお金盗んで研究費に回したら駄目だよねぇ。


 後で知ったんだけどラキアはバロックの魔力波動を追ってあの村に辿り着いたらしい。本気で怒ったドラゴン(古代紫竜、つまりエンシェントパープルドラゴン)て怖いな。


 あの夜、ドラゴン形態のラキアの尻尾攻撃で吹っ飛ばされて燃え盛る炎の中にバロックは落ちた。


 それが奴の最後のはずだった。


 だが、奴は生きていた。


 生きて、あの忌まわしい研究を続けていた。


「ラキアさんっ」

「あのね、ニジュウたち女神様に会った」


 今その存在に気づいたといったふうにギロックたちがラキアに話しかける。


 おや、となるとラキアはいつから廃教会の前を離れていたんだ?


 あらあら、とラキアが目を細めながら交互にギロックたちの頭を撫でた。


「アタシが栄光の剣とかいうソフィアちゃんの養子の子がいるパーティーの様子を見ている間にあんたたちが送られてきたのねん」

「は?」


 ちょい聞き捨てならない発現に俺の声は頓狂になった。


「おい、どういうことだ。栄光の剣って増幅装置の一つを完全破壊した連中だよな?」

「そうよぉ」

「何でお前がそんな連中の様子を見れるんだよ。それともそいつらが戦ってた陽陰坂ってここから近いのか?」

「うーんそうねぇ、位置的にはここから南東に一日くらいかしら。近いと言えば近いわねぇ」

「いや近くないだろっ」


 ついつっこんでしまった。本当についだ。


「まあ、アタシなら一分もかからないけどねぇ」

「……」


 あ、うん。


 そうですね。


 こいつ人間じゃないもんな。


 何だかどっと疲れが押し寄せてきた。


 はあっと深いため息が出るよ。


「それにしても、栄光の剣って大層な名を付けているだけあってあの子たち強かったわよぉ。特にソフィアちゃんの養子くんは将来有望ね。あれきっとプーウォルトのブートキャンプに送られてたに違いないわ」

「……」


 どうしよう。


 ラキアの言ってることが意味不明すぎて目眩がしてきた。


 誰だよプーウォルトって。


 それとも地名か? 知らんぞそんな場所。


 ああ、ブートキャンプもわからんが何となく想像できてしまう自分が恨めしい。


 てか、あれだよな。


 三年前の夏にお嬢様の命令でやらされた無茶苦茶きつかった特訓のことだよな。


 ああ、あの時の先生は元気かなぁ。発言する時は頭にサーを付けろとか自分のこと本官とか呼んでた痛い人だったけど。


 黄色い熊の仮面を付けていたのも引いたよなぁ。


 まあ実際熊みたいな人だったけど。いや、あの強さは熊というよりゴリラか。


 ラリアット一発でブラックドラゴンを討伐してたもんな。しかも強化系の魔法やアイテムは一切なしで。


 また会いた……くはないなぁ。できれば二度と関わりたくないです。はい、マジで。


 ギロックたちとラキアを見ていてわかったのはこいつら既知の間柄だったってこと。


 つーかラキアと黒猫がそもそも一緒にこの大森林に来たのだとか。詳しい理由は聞けず。


 そして二人(一人と一匹?)が森の中でギロックたちと知り合ったことからあの小屋で世話になることとなったのだとか。


 その後、大金に化ける薬草の採取場所を黒猫にも教えたくなかったラキアが一人で白い沼に向かったためそれぞれ別行動となったようだ。


 ほいで、ラキアはイアナ嬢たちと遭遇し、黒猫はギロックたちに連れられた俺と会った。


「じゃあ、そろそろラボに乗り込むわよぉ」


 なぜかラキアが場をしきってる。


 俺たちの前でポゥが再び巨大化した。


 今回はさらにでかい。これ、八人乗りとかか?


 *


 ぺちぺちと何かが俺の頬を叩いている。


「ニャー(小僧、起きろ。着いたぞ)」


 黒猫の鳴き声に重なるように俺の親父の声がした。


 そういや、親父どこにいるんだろうな。


 いきなりいなくなっちゃってライドナウ家の皆も心配しているってのに。テレンスさんも親父の代役とかやらされてるって話だからえらい迷惑してるだろうな。


 ぺちぺち。


「ニャー(ったく、こんな寝坊助に育てたつもりはねぇんだがな)」


 おいおい、俺だって猫に育てられた覚えはないぞ。


 俺は目を開けた。


 黒猫が横から俺の顔を覗き込んでいる。


 俺が寝ている場所はやけにもふもふしていた。めっちゃ手触りがいい。羽毛100%の心地良さだ。


 ……て。


「これポゥの羽毛かっ!」


 一気に目が醒めた。


 まわりを見回すと何やら大きな白い建物の前の広場。敷地のすぐ外は森になっているから大森林の中だというのはわかる。


 で、その広場には無数の魔物の死骸。ほとんどはストレンジコングでその中に六本腕のストレンジコングが混じってる。キツツキの頭に狼の身体がついた化け物は何だろうか。少なくとも俺の知識にはない。新種か?


 イアナ嬢とギロックたちが険しい表情で周囲を警戒している。


 ラキアがこっちに歩み寄ってきた。ファミマがその後をふわふわとついてくる。


「ジェイ、おそーい。もうあらかた片づいちゃったわよぉ」

「あははは、次代の聖女とギロックたちが大活躍だったよ。でも、一番凄かったのはダニーさんだけど」

「ニャ(当然だ。戦いの年季が違う)」


 黒猫が自慢げに胸を張った。あ、こいつ尻尾を立ててやがる。生意気。


 ラキアとファミマの話によれば、あの後ポゥの背中に乗ってマリコーのいるラボに突撃かまそうってことになって猛反対しかけた俺をラキアが眠らせた、とのことだった。そういやそんなことがあった気がするよ。つーかポゥに乗って移動なんて絶対御免だし。


「僕ちゃんが皆をマリコーのいる所に転移させられたら良かったんだけどブロックされてるみたいでできないんだよね。あっちが上位でなきゃ突破してやるのに」

「まあマリコーもそれだけ必死ってことよね……さーて、ジェイ」


 ラキアが中空を睨んだ。


「あんた皆が戦ってる間ずっと寝てたんだから、その分頑張りなさいよ」

「うん?」


 俺もラキアに倣って同じ方を見ると何か違和感を感じた。


 瞬間、風景が変わる。


 さっきまで外にいたはずなのに今は屋内にいた。


 窓のない部屋は天井が高く、天井と四方の壁を灰色の石で囲んでいた。床はざらざらとした不思議な材質の板でできている。ただの木の板でないのは確かだ。


 ラキアとファミマの姿はなかった。黒猫もイアナ嬢たちもいない。


「俺だけ転移した?」

「ふむ、せっかくお前の方から来た訳だしな。相手をしてやろうではないか」


 声と同時に二つの影が部屋の中央に現れた。ゆっくりとその姿が実態となる。


 バロックとエルだ。


 俺は即座に銀玉を投げつけた。サウザンドナックルを使いたかったができなかったからだ。ここは廃教会の地下と異なり魔力吸いの大森林の影響を受けている。


 一直線にバロックの顔面へと飛んでいった銀玉はあと僅かといった位置で砕けた。


 破片ごと右側へと吹っ飛んでいく。


「アローンアゲイン」


 エルが無感情な声で言った。


 その両拳を白い光のグローブが包んでいる。


 俺もダーティワークを発動して拳を構えた。


 両拳を黒い光のグローブが包む。


 エルの能力の謎はまだ解明できていなかった。


 それでも、やるしかない。


「ウダァッ!」


 先手必勝。


 俺は不安を脇に置いてエルに突っ込んだ。



 **



 俺はダーティワークを発動したことによる身体強化を活かしてエルに速攻をかける。


 ダッシュで迫り拳を打ち込もうとした俺の腹をいきなり目に見えない何かが襲った。


 痛みに足が止まる。喉の奥から熱いものがこみ上げてきたがどうにか我慢した。


 そんな俺の左頬に鋭い打撃が加わる。衝撃に負けて俺は右へと吹っ飛んだ。さらにそこへ上から重い一撃が降ってくる。


 低く呻いた俺の背中を何かが叩いた。その一発にまた呻いてしまう。


「無意味」


 エルが抑揚のない声で告げる。この一戦すらどうでもいいといった調子に聞こえた。


 エルとは対照的にバロックは上機嫌だ。


「いいぞ、素晴らしい。これでこそ我が最高にして最強の魔法戦士」


 にいっとバロックが口を歪める。


「悔しいか。そうだな、悔しかろう。もしかしたらお前がエルの立場になれたのかもしれんのだからな」


 エルが眉をぴくりとさせたのを俺はみのがさなかった。


 俺は素早く収納からフリフリを出して一粒食べる。


 瞬時にダメージが消えた。よし。


 跳ねるように起き上がりその勢いのままエルに肉迫する。


 俺の中の「それ」が囁いた。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 両拳を包む黒い光のグローブが脈打つ。


 呼応するように俺の俊敏さが増した。ぐっと視界が狭まりエルしか見えなくなる。今の獲物はこいつだけだ。


 バロックは後回しでいい。


 どの道、そんな余裕もないしな。


 拳を振り上げる。


「ウダァッ!」


 放つ一撃。


 しかし、エルには届かない。


 金色の粒子を撒き散らしながら奴の結界が展開し、俺の拳を止めた。


 冷たい眼差しで俺を見つめ、エルがつぶやく。


「つまらない」

「くっ」


 反撃を警戒して俺は後ろに飛び退く。何かが俺のいた位置を走り抜けた。その正体は見えない。


 駄目だ、この見えない攻撃をどうにかしないと……。


 そう思っている間に背後から衝撃がくる。


 背中の激痛に顔をしかめたがこれで終わりではなかった。一撃、さらに一撃とタイミングをずらしながら見えない攻撃が左右から放たれた。


 エルは最初の位置から一歩も動いていない。


 その両拳を包む白い光のグローブがゆらゆらと揺れていた。


 俺の間近の空間も揺らぐ。


 はっ、と思うと同時に俺は身を沈めた。


 頭上を加速した何かが走る。


 あのまま立っていたら真正面からダメージを負っていただろう。危ねぇ。


 冷や汗が浮かんできたがそれは放置して低い姿勢のままエルに突っ込んだ。膝を伸ばした勢いを使って一気に距離を詰めたのだ。


 間近となったエルの腹に拳を打ち込む。


「ウダァッ!」

「無意味」


 エルの言葉が終わらぬうちに拳に衝撃が加えられ大きく脇に逸らされる。

 打ちつけられた痛みで拳がじんじんしているがそれより俺はあることに気づいて目を瞬いた。


 あれはただの衝撃波とかそういうものではない。


 ダーティワークの黒い光のグローブが直接触れたからこそ理解できた。


 あれは精霊による攻撃だ。


 精霊が姿を消して攻撃しているのだ。


 謎が解けた、そう思った時ぐおんと耳鳴りが聞こえた。


 俺がはっとすると後ろから誰かが襟首を掴んでぐいと引っ張った。仰け反った俺の鼻先を見えない精霊が走る。


「ちっ」


 舌打ち。


「……ったく、こんくれーでちんたらやってるんじゃねぇよ。店長、じゃなくて一号のお気に入りなんだからしっかりしやがれ」

「……」


 おや?


 聞き覚えのある声だぞ?


 俺は振り向こうとして片手で頭を押さえつけられた。馬鹿力だ。


「敵から目を逸らすんじゃねぇよ」

「……」


 まあそうなんだが。


 こいつ、誰だっけ?


 エルが半眼になった。


「誰?」

「ああ、せっかくのお楽しみを邪魔して悪いな」


 後ろの男……男だよな?


「俺がこっちに来たのはたまたまだ。たまたま俺がこいつを助ける役になった」


 言いながら男が俺の前に出た。警戒するように黒い尻尾がゆらりゆらりと揺れている。


 王都で騎士団の詰め所が襲われた時に出会ったシスター仮面一号の仲間の一人、修道服を着た猫獣人のクロネコ仮面がそこにいた。


 *


「何だこのふざけた奴は」


 あからさまに不快そうにバロックが吠えた。


「エル、さっさとあの邪魔者を片づけろ!」

「はい」


 エルがクロネコ仮面を見る。


 クロネコ仮面が俊敏に動き左右からの攻撃を躱した。


 次いで襲ってくる前後、さらに上方からの攻撃を回避する。見事としか言えない体捌きだった。


「ちっ、こんな程度かよ」


 クロネコ仮面は息一つ乱していない。


「これならアンゴラ……じゃなくて二号と模擬戦でもやった方がよっぽどいい運動になるぜ」

「なっ」


 バロックが目を丸くさせながらあんぐりと口を開けていた。


 かなりショックだったようだ。


 まあ、ご自慢だった最強の魔法戦士が全くダメージを与えられないんだからな。やむなし。


「ここここんな見るからに程度の悪そうな輩に攻撃を当てられないだと? う、嘘だ。信じられん」

「おっさん、こいつ弱いぜ」


 クロネコ仮面がエルを指差した。


「鍛え直すんだな。ま、そんな暇はもうないか」


 言ってクロネコ仮面がファイティングポーズをとった。


 その量拳のまわりが一瞬揺らぎ、それぞれに五つの長い刃が放射状に広がった籠手が装着される。あれは「爪」か?


 一部の暗殺者が好んで使う近接用武器だ。あれ、戦ってる時はいいけど食事やトイレの時とかは不便だろうなぁ。まあ外すんだろうけど。


 ちなみにライドナウ家の使用人軍団の中にも爪の使い手がいます。しかも美人。


 両手に爪を装備したクロネコ仮面がニヤリと笑う。めっちゃ凶悪面です。五歳児なら泣くね。間違いない。


「店長にやりすぎんなって言われたけどよぉ、そんなもんやり合ってる間はどうしようもねぇよなぁ」


 上機嫌に言ってクロネコ仮面がジャキンと爪の刃を広げる。両手がジャキンしてると禍やばさがハンパないです。


 て、俺も攻撃しようっと。


 収納から銀玉を取り出して……。


 クロネコ仮面が俺をギロリと睨んだ。


「ああん? てめー俺の獲物を横取りするってのか?」

「……」


 え、どゆこと?


 呆然とした俺をクロネコ仮面が蹴った。あ、これドロップキックだ。


 前にお嬢様から教わったことがあるぞ。公爵令嬢(*二年前まではシスターエミリアはまだ公爵令嬢でした)から何を教わってんだよって話ではあるが。


 手加減はされていたらしくダメージはほとんどない。だが、尻餅をついて見上げた俺にクロネコ仮面がフンと鼻を鳴らした。


「あっち行ってろ」

「……」


 俺は黙ってうなずいた。これは要するにクロネコ仮面のターンってことだ。そう思うことにしよう。うん。


 俺が距離を取るとクロネコ仮面が満足げにうなずき、エルに向き直って告げた。


「じゃあ行くぜ」


 ふっ。


 瞬間、クロネコ仮面が消えた。


「っ!」


 一瞬でエルの直前に移動し両手の爪で襲いかかる。


 エルが片腕を上げた。その腕でガードするのかと思いきや縦長の結界が展開されてクロネコ仮面の爪を防ぐ。


 ちっ、と舌打ちしてクロネコ仮面がバックステップでエルから離れた。


 一瞬遅れて見えない攻撃が通過したようだ。


「な、嘆きのフィールド内ではあらゆる方向からの攻撃が可能だ。しかも、バンシーは姿を自在に消せる。それなのに何故こうも当たらん?」


 バロックがわなわなと身を震えさせながら呟いた。まあ、呟きにしては声が大きかったが。


「バンシー?」


 どこかで聞いた、あるいは見たことのある名だった。


「悲しみの精霊かよ。感情精霊なんて下手すりゃ契約者自身も滅ぼしかねないやばい奴らだぞ。狂ってんのか?」


 クロネコ仮面の指摘がなかなかに辛辣だ。


 だが、そう言いたくなるのもわかる。


 俺は自分の身に宿る「それ」のことを思った。


 怒りの精霊も悲しみの精霊と同じように危険な精霊だからだ。契約者の魔力と怒りを糧にその力を貸し、魂を吸い尽くした契約者を狂戦士と化す。


 狂戦士となったらもう救いはない。その死は無を意味する。魂がないのだから転生すら許されない。


 そうか、エルも俺と同じなのか。


 怒りの精霊と悲しみの精霊といった違いはあるがリスクを考えるのなら同じようなものだ。


 無詠唱で結界を張れたのも、エルが単に悲しみの精霊と契約したのではなく自身に宿したのだとすれば納得できる。


「……だから?」


 エルが冷たく応えた。


 五連続の見えない攻撃を正面から仕掛けられ、不意打ちされたクロネコ仮面が籠手で防ごうとするが吹っ飛ばされる。躱す余裕はなかったようだ。


「魂を失うことになるからって、それが何?」


 エルの身体から赤い光が漂い始める。


 一気に周囲の温度が上がった。


 想定外の行動だったのかバロックが大慌てで怒鳴る。


「エル、危険値を超える魔力の出力拡大はもう少し待て。大実験に差し障るかもしれん」

「嫌だ、待てない」

「エルっ!」


 喚くバロックを無視してエルが力を行使した。


 エルを中心に赤い光が広がっていく。


 バロックが片手を振りながら呪文を詠唱した。早口だ。


 キラキラと光の粒子が散らばり一人分の結界を展開する。


 赤い光が俺とクロネコ仮面を包んだ。何となくねっとりとした感じのする光だった。我慢できなくはないが少々熱い。長時間堪えるのは難しいだろう。


 それに、これだけで済むとも思えない。


 俺がそう考えていると、結界に守られたバロックが嘲笑った。


炎獄殲滅陣(ヘルフレイムジェノサイド)だっ! 嘆きのフィールドの謎を曝いたくらいでいい気になっていたようだが残念だったな。お前らはもうお終いだ。せいぜい自分たちの愚かさを思い知って死ぬがいいっ!」

「……」


 あ、うん。


 これなら対処できるな。


 割と余裕。



 **



 炎獄殲滅陣(ヘルフレイムジェノサイド)とかいう魔法で俺とクロネコ仮面どころか周辺まで被害が及びそうな状況ではあるが俺は割と余裕だった。


 ねっとりと身体に纏わり付く赤い魔力はどんどんその熱量を上げている。何と言うかお湯の代わりに脂を入れた風呂に浸かっているような感じだ。まあ実際にそんな風呂に入ったことなんてないが。


 周囲の温度がどんどん上がっていく。


 エルのこの魔法はじわじわと効いてくるようで俺には危険度は低いように思える。だが、きっと他にも何かあるのだろう。そうでないとこんな状況で用いるはずがない。


 バロックが喚いた。


「何故そんなふうに平気でいられる? この魔法の魔力は触れた物の身を瞬時に溶かす灼熱の力を有して要るんだぞ」

「いや、何故と訊かれても」


 あまりの認識の違いに俺はつい応えてしまった。


「別にこんなの大したことないぞ。まあ、身体にねとつく感じとかちょい熱いのが不快ではあるが」

「調理場でポテチを揚げてる時の方がよっぽどきついな。もっともあっちは客に出す物を作ってるんだからその分きつくても我慢するんだが」


 俺、そしてクロネコ仮面。


 てか、クロネコ仮面って調理場に立ったりするのか。まるで料理人だな。


 ん?


 ポテチ?


 不意に俺は引っかかりを覚えたがひとまず脇に置いた。


 それよりこの鬱陶しいねとつく魔力を何とかしよう。


 俺は周囲のねとつく魔力を全て収納した。


 一瞬で亜空間に流れ込んでいく様はなかなか見物である。こういうのは五歳児とかが喜びそうだぞ。


「な、な、何だこの非常識な対処は」


 バロックが半ば泣き叫びそうな勢いで騒いだ。


白色爆発魔法(ノヴァストライク)の時もそうだが膨大な魔力を収納してしまうだと? 一体お前は何者なんだ、ジェイクリーナス!」

「何者って、ただの冒険者だが」


 無視するという選択肢もあったがここは答えた。


 つーか、バロックが酷い顔になっていて面白いな。


「ただの冒険者が収納の能力を持っているものかっ!」


 絶叫するバロック。


 エルの頬が愉快げに緩んだ気がしたのは気のせいだろうか?


 クロネコ仮面がニヤリと笑った。


「どうやら思惑が外れたようだな。ざまあないぜ」


 言って、クロネコ仮面が姿を消す。


 瞬間、エルの背後に回り込んだ。


 首筋に爪を突きつける。


「終わりだ。降参すりゃ命は保証してやらなくもないぞ」

「……」


 エルは返事をせず、目を瞑った。


「ば、馬鹿な。エルは最強の魔法戦士なんだ。こんな、こんなの認めん。認めんぞ」


 バロックがエルを指差した。


「何をしている。もうすでにエルヴィスが限界なのはわかっているのだろう? 何のためにお前がいるんだ。さっさと役目を果たせっ!」

「は?」

「……」


 クロネコ仮面が怪訝そうに目を細め、エルが俯く。


 ふう、と小馬鹿にしたようにため息をつくとクロネコ仮面が告げた。


「負けが確定したショックで頭がイカレたか?」

「……炎殺(フレイムキル)

「!」


 エルが一言口にするとクロネコ仮面が炎に包まれた。


 炎が激しく燃え上がりクロネコ仮面が黒いシルエットと化す。もがく様は踊っているかのようだ。


 ゆっくりとその炎から離れたエルが笑った。


「面倒だな。この程度で交替とは」


 エルだったものがつまらなそうに言う。


「しかも、どうやら吾の表出のせいでバンシーが萎縮してしまったようだ。これでは嘆きのフィールドとやらは使えぬぞ」

「もうそんな小技はいい。さっさとお前の炎で灰にしろっ」


 バロックが命じた。


 エルだったものが口角を上げる。


「言われなくてもそうしている。吾の炎を馬鹿にするなよ」

「ならどうしてまだ生きている」

「?」


 バロックに指摘された元エルが眉を上げた。


 振り返る。


 クロネコ仮面を包んでいた炎はまだ燃え盛っていた。中でもがき続ける影は……て、これもがき苦しんでいるのか?


 何だか適当に手足を振って踊っているように見えるのだが。


「……」

「……」

「……」


 俺、バロック、そして元エル。


 エルがもう別人になっているのはわかっていた。演技とかでもないことも理解している。


 別人格の可能性もなくはないがおそらく違うだろう。


 俺の探知は依然として役に立たないが、それでもさっきまでとは違うと判別することができた。


 奴から溢れ出ている魔力が尋常でないのだ。とても常人では出せない。つーかあんな魔力を内包できるはずがない。普通なら魔力に負けて内側から崩壊しかねないレベルだ。


 そして、あの炎。


「炎の精霊王に近しい眷属か」


 俺が予想を口にすると元エルが嘲笑った。


「眷属? ふははははっ、眷属だと?」


 元エルの身体が炎に覆われた。赤々とした炎が火柱を上げるが元エルは微塵も苦しんでいない。


 火柱がやがて人型を形取った。


 どくん。


 俺の中で鼓動が鳴った。


 あの村を焼いたフレイムジャイアントが脳裏に蘇る。


 どくん。


 自分たちの亡くなった子供の名前を俺に付けた若い夫婦が、実の子のように面倒を見てくれたあの人たちが炎に焼かれる姿が思い起こされる。


 どくん。


 ジェイクリーナス。


 俺と同じように村で育てられていた子供たちが記憶の中で炎の巨人に焼き殺されていく。


 どくん。


 ジェイクリーナス。


 炎の中で一人魔方陣に守られたバロックの高笑いが燃える村の夜空に響き渡る。


 炎。


 炎。


 炎。


 ……怒れ。


 どくん。


 俺の中で「それ」の声が木霊した。


 怒れ。


 どくん。


 両拳の黒い光のグローブが脈打つ。


 怒れ。


 どくん。


 *


 自身の身体に精霊を宿した俺を作り上げたのはバロックだった。


 ただ、俺にはまだその精霊をコントロールするだけの力がなかった。


 あくまでもホムンクルスと精霊を融合させただけの生きた人形。あるいは魔法生命体か。


 自分の功績を自慢するように俺に語ったバロックによれば融合させるために異世界の門を開いたとのことだった。自称天才魔導師様はやることが違う。あ、もちろん皮肉です。


 異世界の門を開くことでどう融合と関わるのか俺は詳しく知らない。バロックが説明していたかもしれないが憶えていないんだからどうしようもない。


 俺に宿った精霊はまだ不確定な存在だった。微かに声を発していたがそれだけだった。


 俺は他にもバロックの研究のために集められた子供たちとともに暮らした。世話をしてくれたのは若い夫婦だった。


 バロックは研究を密かに進めるために小さな村に自分の研究施設を建てていた。


 村は完全にバロックの支配下にあったらしい。このことは後からラキアから聞いた。


 流れ者だったバロックが国法に触れる研究をしていたことが領主にばれ、罪から逃れるために村を捨てたことも事件後にラキアから聞いた。


 バロックは証拠隠滅と口封じを兼ねて村を焼いた。召喚魔法を使ってフレイムジャイアントを呼び出すと奴は俺たちを襲った。


 どうやら俺は「ただ精霊の声を聞くくらいしかできない失敗作」と見做されたようだ。しかしまあ、それも仕方なかったのかもしれない。


 実際、あの当時の俺は自身に宿る精霊の声を聞くことしかできなかった。聞こえたからといって会話をする訳でもない。そして俺に宿った精霊はこれといった確たる性質もない不確定な存在。最強の魔法戦士を求めるバロックにしてみればさぞかし役立たずに見えただろう。


 俺の目の前で俺を庇ったあの人たちが炎に焼かれ、他の子供たちまで死んでいく様を目にした俺があの声を聞くとは誰が思うだろう。


 俺の絶望や悲しみが怒りとなり、その怒りで変容した不確定な精霊が怒りの精霊となると誰が予測できただろう。


 あの事件は俺の身に怒りの精霊を宿らせたのだ。


 *


「ざけんなっ!」


 怒号とともに俺はドロップキックで吹っ飛ばされた。


 受け身もろくに取れず派手に尻餅をつく。


 クロネコ仮面だ。


 彼はいつの間にか炎殺の炎から脱出していた。しかも、ぴんぴんしている。


「なーに勝手に狂戦士化しようとしてんだ。てめーに万が一のことがあったら俺が店長に叱られるだろーがっ!」

「……」


 あれ、俺ひょっとして狂戦士になりかけてた?


 やべぇ、危うく引き返せなくなるところだった。


 同様しつつも俺は立ち上がる。ドロップキックをまともに食らっていたが手加減されていたようだった。ダメージはさしてない。


「……」


 て。


 ん? 店長?


 あれぇ、今お嬢様の顔がちらついたんだが。


 気のせいか?


 などと俺が首を傾げていると元エルが片手を上げた。


 一気に周辺の床が赤黒く染まる。


溶岩地獄(マグマヘル)


 床だった物が溶岩のそれに変わる。圧倒的な熱と異臭があたりに満ちるが俺もクロネコ仮面も動じなかった。


 俺は致死以外の状態異常無効があるから溶岩で身体が溶かされる心配も熱で燃やされる心配もない。身体に悪影響がありそうなガスが出ていたとしても無視することができる。


 それに王都での戦いで大幅に成長しているから相応に耐性もついていた。


 当然、この大森林に入ってからも経験値と習熟度を獲得しているのでその分も成長しているはずだ。


 あれ? クロネコ仮面の奴、さっきみたいに適当に手足を動かしているぞ。ダンスか?


「なぁ、その妙な動きは何だ?」

「ああん? わかんねーのか、身体に絡みつく魔力の感触が気持ち悪いから払ってるんだよ」

「……」


 そうですか。


 うん、気にするのは止めよう。


 下手につっこんで怒らせるのもまずいし。


 そう俺が判断していると天の声が聞こえてきた。



 **



『お知らせします』


『ソノターノ共和国のAランク冒険者パーティー「クネ様と突撃決死隊」が美貌の天才科学者マリコー・ギロックのラボを急襲しました』

『中継が届いています』

『それでは呼んでみましょう。現場のマリコーさん』



 天の声がそう呼びかけると空間に半透明の薄い板が現れ白衣姿の女性を映し出した。


 マリコー・ギロックである。



「はいはーい。皆さんお元気? 只今、最初のお客様が来てくれてとーってもわくわくしているマリコーです。まあ厳密に言うとこの人たちが初めてのお客様ではないんですけどね」



 マリコーは上機嫌だ。すっげぇニコニコしている。テンションもめっさ高い。


 彼女は片手で研究室の奥を示した。


 見たこともない道具や機械に囲まれたスペースにぼんやりと光る白線で描かれた魔方陣が展開している。大人の男が十人は寝転べる規模の魔方陣だ。


 その魔方陣の中に五人の男女がいた。


 格好から戦士が二人、魔導師が二人、僧侶が一人だろうと推察する。魔導師の一人だけが女性で彼女のみが豪奢な装備だった。ローブは金糸の刺繍が施された金持ち使用だし、所持している長杖は先端に拳大の宝玉を填めた平民には絶対に手の届かない代物だ。


 そして、何故か一人一人に白文字で書かれた名前が傍に浮かんでいた。その下には緑色の帯と青色の帯が並んでいる。


 それによると一人だけ豪奢な装備をしている女性がパク様らしいとわかった。



 俺もクロネコ仮面も空間に現れた半透明の板に目を奪われている。


 完全に無防備状態なのだがどういう訳か俺たち二人を守るように結界が張られており元エルが執拗に攻撃をしているにも関わらず微塵も危なくなかった。


 というよりむしろ安全?


 これ、ひょっとして天の声が張ったのかな?


「ななななな何だこの非常識な結界は。こんなの聞いてないぞ」

「無駄なことを……いいから大人しくしてろよ。この結界はきっと天の声の特製結界だぜ。てめーら程度の火力じゃ傷一つつかねーよ」


 クロネコ仮面がうざったそうにバロックを睨む。



「突然結界を張られて吃驚した方もいるかもしれないわね。でも、安心して。これは私が自分の権限を活かして女神プログラムとかいう世界のシステムに介入してやらせていることだから。せっかくの見世物なんだし、どうせなら楽しんで欲しいじゃない?」



 マリコーの声はするがその姿は映っていない。


 大きな魔方陣に閉じ込められて外周の線の外に出られずにいる五人が映っているだけだ。


 彼らは見えない壁を叩いたり大声で外に出すよう訴えたりしていた。自分の身長ほどもある大剣を振って見えない壁に斬りつけた戦士ふうの男もいたが破壊はできなかった。



「女神プログラムに介入できたお陰でワークエが終わるまでは大実験の他にももっと実験して楽しめるわ。参加者の皆さんも私の実験で存分に楽しんで頂戴」



 言ってることはよくわからんがとにかくかなりやばいことになっているということはわかる。


 ちっ、とクロネコ仮面が舌打ちした。


「プログラムに介入だぁ? そんなの精霊王だってできねぇぞ……つーことはこいつ(ピーッと雑音が入る)と同等かそれ以上か」

「……」


 あ、あれ?


 何故、お嬢様の顔が目に浮かぶ?


 俺が戸惑っているとマリコーが妙に芝居がかった口調で言った。



「こちらの五人はソノターノ共和国から来られた冒険者の皆さんよ。ええっと、確か突撃決死隊だったかしら? ねぇ、あなたたちって突撃決死隊で合ってる?」


 マリコーの問いに僧侶がうなずいたが他の四人は激しく何かを喚くだけだった。特にパク様とかいう女魔導師がうるさい。キーキー声が耳障りだ。



 しかし、マリコーは質問した癖に冒険者たちの声を完全にシカトした。。



「この突撃決死隊の皆さんは転移でここにやって来たの。大事なことだから二回言うわね。転移でここに来たの。ね、凄いでしょ? 転移なんてよっぽどの大魔導師でもなければできないのよ。この人たちとおっても優秀なのねぇ」



 マリコーに褒められても冒険者たちの態度は変わらない。まあやむなし。



「そんな優秀な人たちはどのくらい魔力を保有しているのかしら? 気になる? 気になるわよねぇ。私、特に転移を使えた方がどのくらいの魔力の持ち主なのか知りたいわ」



 と、宙に浮かぶ半透明の板がマリコーを映す。


 マリコーは片手に収まるサイズの小さな箱を持っていた。箱の上部には押しボタンが付いている。



「という訳でちょっとメメント・モリの原理を元に作った魔力急襲装置を使って実験してみる……あ、違った、魔力を測定してみるわね」



 言い間違えをごまかすようにマリコーがてへっと笑う。


 うーん、年を偽っているって知らなければ可愛いとか思えたかもしれないけど。


 おばさんだと思うとなぁ。


 つーか、おばさんの癖に若い子ぶるなよ。



「あ、今、おばさんの癖に若い子ぶってるとか言った人。後でちゃんと後悔させてあげるから覚悟しておいてね」



「……」


 うわっ、やべっ。


 俺、声にしてなかったよな?


「ああ、嫌だね。ババァなんだからいちいちそんなん気にしてるんじゃねぇよ。どうしたってババァはババァだろーに」

「……」


 クロネコ仮面。


 お前、勇者か?



「原理を説明しても難しいでしょうし退屈させるだけになると思うから省くわね。とにかく、このボタンを押したら装置が作動して魔方陣の中にいる被検体の魔力を全て結晶化して測定するってことを頭に入れて頂戴。ね、これならそう難しくもないでしょ?」



 映像がパク様たち冒険者一向に戻る。


 杖を掲げ、パク様が早口に詠唱を唱えて魔法を発動させた。


 大型の犬ほどもある光弾が現れて見えない壁に撃ち込まれた。


 しかし、一瞬で光弾が消滅してしまう。もちろん見えない壁は無傷だ。


 あんぐりと口を開けて呆けるパク様に僧侶が慰めようと声をかけた。


 だが、パク様がむっとした顔で怒鳴り散らして拒絶してしまう。かなり激しい口撃を放っているようだがあんなんで僧侶や他の連中とうまくやっていけるのか?


 あーうん。


 そうだよな、あれがデフォルトなんだろうな。


 わぁ、あんなのと一緒に冒険だなんて大変だな。俺には無理だ。


「……」


 いや、あんな酷くはないが俺にはイアナ嬢がいたか。


 うむ、ちょい親近感が沸くな。


 とか思っているとマリコーが告げた。



「それじゃ、早速実験してみるわね。はい、ポチっと」



 重低音の機械音が響き、五人のいる魔方陣が緑色の光を放ち始めた。


 その変化にぎょっとした五人がさらに慌てたように見えない壁を攻撃したり助けを求めたりするが壁は壊れないし助けも来ない。


 マリコーの声。



「そうそう、転移して逃げられるんじゃないかって意見があるかとは思うんだけど私の権限でそれができないようにしているわ。だって、そんなこと許したら実験がつまらなくなるじゃない。私、楽しく実験するためなら手段は選ばないわよ」



 マリコーの声は五人の冒険者にも聞こえているのだろう。


 パク様が両膝をついて祈るような姿勢で命乞いを始めた。それに倣うように僧侶以外の冒険者たちが命乞いをしだす。


 僧侶は真っ先に倒れていた。


 みるみるうちに衰弱していっている。身体が急激に痩せ細り、骨と皮だけになった。生気の抜けた顔はもう助からないことを示している。


 僧侶の衰弱とともにその傍に浮かぶ二本の帯も赤く染まっていった。その色の変化はとても早い。真っ赤になるのにそう時間はかからなかった。


 僧侶の身体が光に包まれる。


 ゆっくりとその光が縮小すると一個の白い球になった。小石ほどのサイズだ。


 僧侶の傍に浮かんでいた白い文字が数回点滅してからふっと消えた。


 白い文字があった位置に880と白文字が残る。



「どうやら、僧侶の人は魔力の数値が880だったみたいね。ええっと、回復食の平均魔力数値は650だからまあまあ優秀ってところかしら? ちなみに私の可愛いギロックたちは平均4300だけどね」


 マジか。


 俺はジュークとニジュウのことを思い浮かべた。


 あいつら、すげぇ魔力を保有しているんだな。


 ちょい見直したぞ。



「ふふっ、他の人は少なめね。戦士がそれぞれ205と159、魔導師が580、それと……」



 最後に残っていたパク様が崩れるように倒れやがて光に包まれた。哀れ。


 しかし、球はちと大きめだぞ。



「へぇ、やっぱり転移まで使えるだけあって魔力も高いのね。1105だって」



 実験……いや計測が終わったからか重低音が止んだ。それとともに魔方陣から光が消える。


 どこからか十代半ばくらいのギロックが現れ球を回収していった。


 映像がマリコーに戻る。



「どう? ご覧の通り実験は成功ね。メメント・モリはこれの何万倍も機能強化したものになっているからさっきより楽しい実験になるはずよ。皆期待していてね」



「……」


 俺はあまりのことに声も出なかったがクロネコ仮面が怒鳴った。


「なーに抜かしてんだこのババァ! あんなもんの何万倍もやばい奴を使われたらこの世界が滅茶苦茶になるぞ。そこんとこわかってんのかこのタコ!」



 ぴくっ。



 マリコーの眉が僅かに動いた。


 えっ、クロネコ仮面の罵声が聞こえた?


 いやいやいやいや。


 そんなことないよな。偶然偶然。


 俺が内心ヒヤヒヤしていると、マリコーが困ったように首を傾げた。



「あらあら、どうやら今の実験を見ても減らず口を叩ける人がいるみたいね。簡単に屈しない人って素敵だけどこの状況でそれはどうなのかしらねぇ」


 彼女は片手を上げた。



 再び画面が魔方陣の方に切り替わる。



「じゃあ、もう一組実験…じゃなくて測定してみましょうかねぇ。というか、もう実験呼びでいいかしら。いちいち呼び直すのも面倒だし」



「……」


 いや、そんなもんどっちでもいいから。


 つーか、こいつもう一回さっきのをやる気か?


「バロック、どうやってもこの結界は壊れぬぞ。吾の最大火力を試したいところだがそれだとここ一帯を灰にしてしまうかもしれん」

「はぁ? 止めろ止めろ絶対に止めろ! くっ、あの女、とんだ迷惑を」


 結界の外で攻撃をしていた元エルが何か大技をしようとしてバロックに止められた。


 まあバロックを守る結界は俺やクロネコ仮面を守る結界よりも弱そうだし、その判断は間違っていないだろう。


 とりあえずあいつらは後回しだな。


 このままマリコーの動向を見るとしよう。


 そう思いながら画面に意識を向けた俺は次の瞬間目を見張った。



 魔方陣の中に現れる四人と一匹、そして一羽。


 あ、一柱もいる。


 イアナ嬢、ラキア、ジューク、ニジュウ、黒猫、ポゥ、そして何故かいるファミマ。


 おいおい、ファミマは精霊王なんだから逃げるとかしろよ。転移くらいできるだろうに。


 それとも、マリコーの力で転移を封じられているのか?

 

 

 


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