貴族令嬢が「学生である間は婚約者であることを忘れましょう」と言った結末。
ハーピィーとの婚約は物心つくよりも前からのものだった。
子供の頃は婚約者とか理解していなくて、ただ頻繁に会う幼馴染でしかなく、幼馴染として仲は良かったけれど、十代に入ると親の決めた婚約を鬱陶しく思うようになっていった。
学園にいる大好きな女の子、チューリがいるのに婚約者のハーピィーがいるため、適切な距離を取ってしか話せない。
ハーピィーのことは友人としてならなんとも思わなかったと思う。
ハーピィーが嫌いなのではない。婚約者という存在が嫌だった。
それが私の態度に出ていたのかハーピィーから一つ提案された。
「エリオット。学生である間は婚約者であることを忘れましょう。恋しい人の傍にいたいと思うことは当然でしょう?お互いに目をつむることにしませんか?」
ハーピィーのその提案に何も考えずに私は飛びついた。
その次の日から恋しいチューリに一歩近づいた。
チューリは驚いていたけれど私の接近を嫌がらなかった。
チューリとの仲は順調に近づいて、私の初めての口づけの相手となった。
学生の間は本当にハーピィーのことに関心がなかった。
ハーピィーを見かけた時に傍に居る相手がドルマン・ジュージュペクトなんだ。へぇ〜……。
そのくらいしか意識していなかった。
本当にハーピィーに興味を持てなかったのだ。チューリはすごく可愛らしかったし。
それが結婚してから自分が困る事態になるとは考えても見なかった。
学生時代の淡い恋は思ったよりも早く終わってしまった。
付き合ってみて恋に恋していただけだと気がついた。
婚約者に拒否感があったのは両親への反発だったと気がついた。
そうなると突然ハーピィーのことが気になり始めた。
自分勝手だということは解っていたけれどハーピィーとの仲が良かった頃の思い出を思い出しては、恋しいと思うようになっていった。
学生の間はと約束したし、私も好きにしていたのだからハーピィーも好きにするのは仕方ないことだと自分に言い聞かせ、ハーピィーに思いを馳せていた。
ハーピィーは今、好きな人と一緒にいる。
たまに見かけるハーピィーはとても可愛らしく見えてしまった。
約束の通り距離は取っていたけれどハーピィーは私の視線が鬱陶しかったのだろう。
時折私の視線に気がついて、感情ののらない目で私を見てすっと視線を外した。
そんなふうにされると大声で叫びだしたくなる。
『ハーピィーは私の婚約者だっ!!私の婚約者に触れるんじゃないっ!!』と。
でも学生の間は関わらない約束だ。
ハーピィーも恋に恋しているだけでそのうち冷める。そう信じていた。
学園を卒業すると学園で関わらなかったことが嘘のように婚約者として完璧に振る舞うハーピィーをどんどん好きになった。
ハーピィーも私と同じ目をして私を見ている。
学生の頃距離を取ったのは正解だったのだと思った。
結婚式が終わってハーピィーが待つ寝室へと向かう。
心は弾み、どれほど素敵な夜が過ごせるか妄想が頭を巡る。
主寝室のドアはノックしたほうがいいのか一瞬悩んで自分の部屋にノックするなんて馬鹿らしいことだと気がついた。
ドアを開けるとハーピィーは既に一人でグラスを傾けていた。その姿は私が思うハーピィーの姿とは少し違うように思った。
水を飲んでいるのかと思った。けれどハーピィーは手慣れた様子で酒棚からウィスキーとグラスを一つ取り出してウィスキーを注いで無言でグラスを私に差し出した。
グラスを受け取るとハーピィーからグラスを合わせてきて、クイッとグラスを呷った。
私はチビチビとグラスに口をつけハーピィーの態度を訝しんだ。
グラス一杯を飲み干すとハーピィーに手を伸ばし、ベッドへと誘った。
私にとって、とても素敵な夜だった。
女性の身体がこんなに柔らかくて温かいものだとは知らなかった。本当に素敵な時間だった。
朝が来るまでは。
翌朝。
ハーピィーはキスもせずにガウンを手にベッドから降りて、湯浴みするために主寝室から出ていった。
なんだか肩透かしを食らったような気持ちになったけれど、昨夜のハーピィーの肢体を思い出して浮かれていた。
私も湯浴みをしようと私室へ戻り浴室から出てきたら、メイドたちが話している声が聞こえた。
「シーツに痕跡が残っていないわ。もしかして若様と若奥様はベッドを共にしなかったのかしら?」
「それより奥様が処女じゃなかったんじゃない?」
「えっ?!」
「だってベッドは乱れているもの。やるべきことはやったのよ」
私はメイドたちが話しているところに顔を出した。
メイドたちは飛び上がって逃げ出そうとしたのを止めて、今の話はどういうことかと聞いた。
「その、女性は・・・初めての夜にはシーツにその・・・印が残るものなんです」
「それはどんな?」
「出血するのです。ですがこのシーツにはその出血跡がありません・・・」
「ということはハーピィーは私ではない誰かと・・・っていうことか?」
「・・・残念ですが、そうだと思います」
「そ、うか・・・このことは黙っていて欲しい」
「はい。二度と口にしません」
「頼む。ありがとう」
天国から転げ落ちたような気分になった。
ハーピィーの部屋をノックして応えがあってハーピィーの私室に足を踏み入れた。
私はその時は感情的になっていて、問い詰めてしまった。
「君は私以外の誰かと関係を持ったことがあるのか?!」
「ええ。あるわよ」
堂々と私の目を見て答えた。
「互いに学生時代は好きに過ごしたんですもの、あなただってチューリと寝てたのでしょう?」
「そんなことはしない!!目をつぶるのは恋をすることだけだったろう?!婚約者がいるのに他の誰かと肉体的な関係を持つなんてことは普通しないだろう!!」
私は怒り心頭になっているのにハーピィーは落ち着いていてとても静かだった。
「それはあなたがそう考えただけでしょう?恋した相手と一つになりたいと思うものは男でも女でも同じよ。わたくしは後悔していないわ」
「君に裏切られるとは!!」
「裏切ったりしていないわ。学生時代の思い出を作っただけだわ。見なかったことにする約束でしょう?」
「そんな約束していないっ!!」
「簡単に誰かと関係を持ってしまう君がこの先妊娠することがあってもその子が本当に私の子か疑い続けることになる!!」
「貴族の結婚ですもの。この先裏切ることはないわ」
「そんなもの信じられるわけないだろう!それに私は許せないっ!!」
「信じられないならどうするというの?」
「・・・考える」
「ご自由にどうぞ」
ハーピィーは私のことは気にも掛けていないらしく、あっさりしたものだった。
情けないと思いつつも私は父親に相談するしかなかった。
父親は静かに激怒してハーピィーの父親、オーガニー伯爵にどういうことだと抗議の手紙を出した。
オーガニー伯爵も気がついていなかったらしく、慌てて我が家に来てハーピィーを私達の目の前で殴り飛ばした。
殴られたハーピィーより私のほうがオーガニー伯爵の剣幕に驚いて飛び上がった。
私とハーピィーの意見は聞かれることなく、オーガニー伯爵に髪を掴まれて引きずられるようにしてハーピィーは馬車に乗せられて私の前からいなくなった。
私は呆気にとられて黙って二人を見送ってしまった。
父親は二人が馬車に乗ると大きな音を立てて二度と戻ってくるなというように扉を閉めた。
閉じられた扉を見て私はまだ別れると決めたわけではないのにと思っていた。
ハーピィーがオーガニー伯爵に引きずられて私の前からいなくなってから一ヶ月経ったけれど一度も会うこともなく、連絡を取ることもできず、離婚もできない状態だった。
衝撃的な状況から一ヶ月も会わないと愛おしいと思っていた気持ちはすっかりなくなってしまっていた。
ただ裏切られたという思いに塗りつぶされた。
できれば早々にハーピィーとの関係を断ち切ってしまいたかった。
父親にそのことを言うとオーガニー伯爵がしぶっているのだと教えられた。
政略結婚といっても私たちが婚約した頃には必要だった婚約も十年以上経った今、父親にとっては結婚に価値はなくなっているため、結婚前に他の誰かと関係を持つようなふしだらな女は家の中に入れたくないと口にした。
子供が生まれても本当に我が家の後を継いでいるのかと思い悩み続ければならない嫁は必要ないということらしい。
オーガニー伯爵とハーピィーの双方に離婚届を送っているが、どちらもサインして返してこないらしい。
会いに行くと父が連絡してものらりくらりと躱されているらしい。
離婚も会うことも出来ないまま更に半年が経った。
今はハーピィーのことも理解してくれている恋人、アンジェーナが私の傍に居てくれてくれる。
事実上の妻として両親も受け入れてくれている。
私はアンジェーナと正式に結婚がしたくて私からもハーピィーに手紙や離婚届を頻繁に送っている。
父親の執務室に来るようにと呼び出しを受けて、今手を付けている仕事を終わらせてから父の下へと向かった。
目の前に一通の手紙を差し出され、受け取って差出人を確認するとオーガニー伯爵からだった。
手紙を読むとハーピィーが子供を生んだこと、その子供は私と結婚しているのだから『エリオットの子供だ』と書いてあった。
私は本気で腹が立った。
「私の子供なら生まれるには早すぎる!!間違いなく私の子ではありません!!」
「解っている。もう仕方がない・・・。今までは恥をさらさずにすませられるのならそのほうがいいと思っていたが、もう我慢ならない。裁判を起こそう」
「父上。ありがとうございます」
すぐさま顧問弁護士のシュリーマン・オーコナーが呼ばれ、恥ずかしい話なのですがという言葉から始まって、高校時代にハーピィーに告げられたことから始まった全てを聞いてもらった。
私が付き合っていた相手とハーピィーの傍にいつも居たのがドルマン・ジュージュペクト位しか知らなくて、ドルマンと関係があったのかも知れないと正直に伝えた。
シュリーマンは「こちらで調べるので気にしなくていい」と言ってくれて、話を聞くだけ聞いたらさっさと屋敷から立ち去った。
ーーーーーー
ラウニオン侯爵家の弁護士になって十五年くらいだろうか。
ラウニオン侯爵家は貴族としてあまり我儘や道理の通らないことを言わないいい貴族だ。
顧問弁護士としてかなりの金額をもらっているが、実際にその金額に見合うだけの仕事はしたことがない。
その息子が若さゆえの間違いを起こしてその尻拭いに呼び出された。
学生の間だけとはいえ、婚約者を婚約者として扱わずに自由に過ごすなんて愚かな事をよく考えたものだと思う。
オーガニー伯爵家へ赴くと面会はあっさり通った。それも笑顔で迎え入れられた。一体何を期待しているのかと不思議に思った。
とても丁重に扱われているがいつまで続くのかと無意識に腕時計を見た。
「どういった御用でしょうか?」
「オーガニー家がラウニオン家の御子息、エリオット氏の子供と言われている子供の件でラウニオン家はエリオット氏の子供ではないと裁判所に訴え出ました」
「冗談だろう?」
「いえ。本当です。再三話し合おうとしても受け入れず、離婚を申し立ててもその返答も一切なかったと聞いております。間違いないですか?」
「それは・・・そうですが・・・」
オーガニー伯爵の声が一気に小さくなった。
「ラウニオン侯爵が仰っていることは正しいとお認めになるのですね?」
「それは・・・」
「では間違っていると?」
「いえ、・・・間違ってはおりません・・・ですが結婚中に生まれた子供なのですから、ラウニオン家の子供といっても過言ではないと思うのですが・・・」
「再度確認いたしますが、ハーピィー様が生んだお子様はエリオット氏のお子様ですか?あまりにも早産なようなのですが・・・。あぁ・・・私に答えたことは証拠として扱われるのでお気をつけください。嘘を吐いただけでそれなりに責任を負うことになりますので」
それからはオーガニー伯爵は肩を落としてエリオットの子供ではないこと、離婚も承諾した。
オーガニー伯爵は自分の意に反したハーピィーを恥だと私に言い切った。
だからオーガニー伯爵はハーピィーが妊娠していると知った時、エリオットに押し付けたいと考えたがエリオットの子供ではないことはわかり切っていたので、生まれた月を誤魔化してエリオットの子供としてハーピィーと子供をラウニオン家に渡してしまうつもりだったと話してくれた。
隠しておくはずが、ハーピィーが子供を生んだという情報が漏れていて、生まれた日付を誤魔化すことが出来なくなってしまってラウニオン家に子供が生まれたと知らせる他なくなってしまった。
はっきり言って手応えがなくてつまらない案件だった。
せっかくハーピィーが身体的接触した相手のことを調べていたのに、使う暇もなかった。
ハーピィーは学園の中だけでは収まらなかったようで、学園卒業後も色々な男性と関係を持っていた。
私が一日調べただけで八人の男性の名前が挙がってきた。
本当につまらない案件だと思った。
暇を告げ馬車に乗り、門をくぐる手前にハーピィーだと思われる女性が立っていた。
「わたくし、離婚することになるのかしら?」
「ハーピィー様でよろしいのでしょうか?」
「ええ。そうよ」
「私に聞くよりお父様とお話しされたほうがいいと思いますよ」
「お父様はわたくしがこの家に帰ってきてから一度も口を利いてくださらないの」
「そうですか。それはお辛いですね」
「エリオットはわたくしと離婚することを嫌がったりしていないのかしら?」
「私にはエリオット氏のお気持ちは解りません。手紙を出すとかお会いになるとかしてみてはいかがですか?今まで無視し続けてきたのでしょう?」
「わたくしが望んだのではないわ。今はもうエリオットがわたくしに興味を失っていることを知るのが怖くて・・・」
「一介の弁護士にそのような話をされても困ります」
「そう。そうね。ごめんなさい」
それから一ヶ月も経たない内にハーピィー様のお子様が亡くなったという噂が流れた。
その噂の中にはハーピィー様が殺したとかオーガニー伯爵が殺したとかいう噂も紛れていた。
私が調べて生まれてきた子供は当時の恋人、ジュルジュ・エリオネスの子供だと大凡の見当はついているが、ジュルジュは自分の子ではないとハーピィーを拒否した。
それからはハーピィーが連絡を取ろうとしてもジュルジュとは連絡が取れず、つい最近ジョルジュが他の女性と結婚した。
自宅に居ても父親に受け入れてもらえない上に、母親もハーピィーを嫌悪丸出しで「恥ずかしい」と本人を前に零していたらしい。
ハーピィーは学生時代に少しの自由を手に入れて、将来を潰してしまった。
そしてまた少したったある日、ハーピィーが自殺したという噂が流れた。
その割にはオーガニー伯爵夫妻が晴れ晴れとした顔をしているので邪魔な娘を殺したのではないかという噂も流れた。
事実を知るのはオーガニー夫妻とハーピィーの兄夫妻だけだろう。
ああ、使用人も知っているかもしれない。
だが私には関係ないことなので見ないふり聞かないふりをすることにした。
ハーピィーが死んで一ヶ月位経った頃、妙齢の女性が私の事務所に顔を出した。
一瞬見た顔だと思ったけれど、誰かまでは思い出せなかった。
「オーガニー伯爵家のハーピィー様の侍女をしておりましたエレアと申します。お願いです!!坊ちゃまとハーピィー様を殺したオーガニー伯爵を罰してください!!」
「私は警察ではありません。その届けは警察にしてください」
「警察には行きました。ですが私の話は信じてもらえなかったのです」
「そうですか。では、私が警察までご一緒しましょう」
なぜか警察の中でもエレアという女性に付き添うことになった。
私が居るのと居ないのとではエレアの扱いが違うことに気がついたからだった。
。
エレアは警察と私の前でぽつりぽつりと話し始め、話していることで感情的になってきたのか警察の人に取りすがってオーガニー伯爵を子殺し、孫殺しとして捕まえて欲しいと涙ながらに訴えた。
二人の離婚がまとまってからというものオーガニー伯爵はラウニオン侯爵と縁が切れたのはハーピィーのせいだと罵り、激昂しては手近にあるものをハーピィーに投げつけていたらしい。
ある日、ハーピィーが子供を抱いているときにオーガニー伯爵と廊下で出会った。
その頃にはオーガニー伯爵はハーピィーの顔を見ると物を投げつけるようになっていて、その時も手近にあった花瓶を投げつけた。
不幸なことに子供の頭に当たってしまって子供の頭は酷く陥没していて、泣き声も上げることなく即死した。
オーガニー伯爵は後悔どころか「邪魔な子供がいなくなって良かった」と嘯いてハーピィーに「お前も死ねばいいのに」と言ったのだそうだ。
オーガニー伯爵はハーピィーの子供が死んだことを自然死と届け出てそれが受理されてしまった。
ハーピィーはそれから心が死んだようになったのだとエレアが言う。
オーガニー伯爵に物を投げつけられて血が出ていてもただじっとしていたのだと。
それに腹を立てたオーガニー伯爵が二階の廊下からハーピィーを突き落とした。
運悪く落ち方が悪かったのか首の骨が折れてしまった。
エレアは痛みを感じる暇もなかったことだけが救いです。と涙をぼろぼろこぼしていた。
ハーピィーの死の届けがどうなっているのか警察が調べると突発的な自殺と届けられていた。
「警察が調べます」と言った。
私とエレアは追い出されるかのように警察署から出された。
エレアはオーガニー家を辞めており今は友人の家に世話になっているのだと私に言って、この後どうなるのか教えて欲しいと縋り付いてきた。
「エレアが言ったことが本当だと他の人からの証言が取れればオーガニー伯爵は罪に問われることになります。ですが、多分重い罪には問えないでしょう」
「そうなのですか?!」
「残念ながら貴族という身分がオーガニー伯爵を守ります。子供の父親が貴族で、オーガニー伯爵を訴えたなら重い罪に問うこともできるのですが・・・」
「貴族の娘、孫が殺されたのでは駄目なのですか?」
「自分の子供だからといって何をしてもいいわけではないですが、あなたも知っている通り貴族の子供は父親のものなのです」
「そう、でしたね・・・。私の大切なお嬢様とお坊ちゃまを殺したオーガニー伯爵が憎いです」
その表情に不穏なものを感じたので慌ててエレアの手を取った。
「愚かなことをしてはなりませんよ。エレアよりオーガニー伯爵のほうが力があるんですから」
「はい。・・・今日はありがとうございました。これで失礼いたします」
「なにか困ったことがあったらまた頼ってくださいね・・・」
警察の調べは進んで子どもとハーピィーを殺したところを目撃していた人は居たが、証言は拒まれた。
職を失うことになるのだからしょうがないことだと思う。
オーガニー伯爵の罪は届けが正しくされていなかったということだけで、高額ではあるけれど払える程度の罰金が科せられただけだった。
そのことをエレアに伝えると「そうですか・・・」と言って立ち去った。
こんなときには貴族法という法律が腹立たしくてならないと思う。
貴族ばかりが優遇された貴族法。それも家督を継いだ人ばかりが優遇される。
悔しい思いをして酒を呷ってその夜、なんとか眠りについた。
突然ドアを酷く強く叩く音が聞こえて飛び起きた。
ドアを開けると警察官が二人立っていた。
「弁護人になって欲しいとエレアという女性が呼んでいます」
「エレア・・・彼女は一体何をしたんでしょうか?!」
「家督継承している貴族を害しました」
「オーガニー伯爵をですか?」
「そうです」
「伯爵の怪我は?」
「腕にナイフでかすり傷を負った程度です」
「そう、ですか・・・」
私がどれほど力を尽くしたとしてもエレアは縛り首だろう。
温情があれば労働刑かもしれないが、縛り首のほうが良かったと思えるくらい酷い環境と労働だ。
「エレア。君はどちらの刑を望む?」
「縛り首を・・・」
エレアは正しく刑罰を理解していた。
私は無罪または軽い罪でと求めたが、貴族法に守られたオーガニー伯爵が激怒していてエレアの極刑を求めた。
簡易裁判でエレアがなぜオーガニー伯爵を害そうとしたのか理由を述べる機会があり、真摯に訴えたが複雑な顔をした裁判官が最初に「申し訳ない」と言いエレアの罪状を伝えた。
それは私の想像通り縛り首と言い渡された。
エレアに「ありがとうございました」と言葉を告げられて「すまない」としか答えられなかった。
刑が決まった翌朝にはエレアはこの世の人ではなくなってしまった。
ただ貴族にかすり傷を負わせただけの罪でだ。
せいぜい厳重注意が妥当だろう。重くても鞭打ち一発で十分だ。
本当にやってられない。
昼からラウニオン侯爵家に一連の出来事を報告して、私の仕事は終わった。
女性が初めてのときに出血するのは二人に一人くらいの割合らしいです。
現実世界では初めてでも出血しないこともあるので、そこは間違わないようにお願いします。




