真面目な君がギャルになった31日間の話
その日は突然やってきた。
蝉が鳴かなくなってきた9月1日。
俺はずっと好きだった幼馴染
九条梓に告白すると決めていた。
梓はとても真面目な学級委員長だ。
彼女はいつも8時20分頃に教室に入ってくる。
手元のスマホを見ると8時19分だった。
もうすぐだ。
でもどうやって告白しよう……
とりあえず放課後に呼び出して
ベタすぎるか?
なんて考えていると彼女が鞄につけているキーホルダーが視界に入った。
まだどうやって告白するか決めてないのに!!
とりあえず挨拶しようと顔を見ると
「あ、ミナトっちじゃんおはよう」
誰?????
やけに馴れ馴れしい金髪ギャルがいた。
と、とりあえず挨拶。
「えっと、おはようございます?」
「急によそよそしすぎて、ウケるんですけど」
いや、もうまじ誰!?!?
当たり前のように梓の席に座ってるんだけど??
しかもよく見ると、髪だけじゃなく、派手な化粧、派手なネイル、おまけに膝上5cmのスカート丈。
絶対に梓な訳がない。
俺はそう現実逃避をした。
朝のホームルームの時間
担任が教室にやってきた。
これでこいつの正体がわかる!!
そう思ったのに、あっさりホームルームは終わった。
それどころか
1時間目も2時間目も3時間目も4時間目も
それに先生が「九条」って言うと、「はーい」って返事してるし。
ていうか校則違反だろ!?!?
生徒全員戸惑ってるのに、なんで教師だけ当たり前みたいな態度なんだよ!!
昼休み
俺はいつもなら、梓とご飯を食べる。
でも今日は梓が休みだし、しょうがないな。
うん。しょうがない。
俺はどうどうとぼっち飯とやらを堪能しよう。
なんて思っていると
「ミナトっち。屋上行くよー」
「はえ!?」
驚きすぎて変な声が出た。
「蝿じゃねえし。ヒューマンだし」
「いや、あの、俺いつも一緒に食べてる子いるから」
「だから行くよって言ってんじゃん」
これはいよいよ認めないといけないのか?
「お、お前。梓なのか?」
「ウケるんですけど!梓に決まってんじゃんー。頭でも打った?」
「それは完全にこっちのセリフなんだが?」
「面白いことばっか言ってないで、早く行くよー」
「俺はいたって真剣なんだが」
とりあえず大人しくついていくことにした。
「お前ほんと、どうしたんだ?精神科予約しといてやるからちゃんと行くんだぞ」
「はあ?そんなの行く訳ないし」
「わかった。脳外科にしよう」
「だからどこも悪くないってー」
「悪くない方が問題だろ!何か悩みがあるなら話聞くくらいならいくらでもするぞ」
「悩みなんてないしー。ただのイメチェンだから気にしないでよー」
「イメチェンって……もうちょっとマシなのあるだろ……そんな平成初期のギャルみたいな……」
「もううっさいなー。そんなことより明後日、空いてる?」
明後日は日曜だから休みだ。
「俺に休みの日の予定があると思うか?」
「あははー。ないよねー知ってる」
「お前な……」
「じゃあ予定開けといてね。映画行こう映画」
「はいはい。分かりましたよ」
「じゃあ、明後日ね」
そう言って、梓は屋上を出ていった。
なんなんだ一体……
そういえば告白……
明後日でいいか。
さすがにギャルの梓に告白する気は起きない。
明後日にはいつも通りに戻ってるだろ。
そう思っていたのに……
「お前まだその格好なのかよ……」
「当たり前でしょー。私は死ぬまでこの格好よ」
「……おばあちゃんになってもやるつもりか?」
「もちろん。ギャルのおばあちゃんとか、カッコいいじゃん」
「呆れた……そういえば今日何見るんだ?」
何を言っても無駄そうだから話を変えた。
まあ、何となく予想はついているけれど……
「そんなのQUESTIONSに決まってるじゃない!!」
やっぱり。
QUESTIONSとは今流行りのアニメだ。
それが今回アニメ映画化された。
「だよな!でもギャルになっても、アニメ好きなのは変わらないのな」
「当たり前でしょ!アニメを見るのは私にとっては呼吸と同じなんだから」
「それな!アニメない世界なら死んだ方がましだ!」
「わかりみが深い」
見た目がギャルになって性格まで変わってないか心配だったけど、変わってなさそうで安心した。
俺たちはポップコーンとジュースを買って、映画を堪能した。
「………どうだった?」
俺が聞くと
「涙腺が死んだ……え、なにあれ尊すぎるんですけど????」
「いや、ほんとそれな!!あの展開はずるい!!推しが尊すぎてやばいし、しかもめっちゃいいとこで終わったー!!」
「続き見たすぎる!!」
「来月公開らしいから行こうぜ!」
「え、まじで。行く行く」
オタク全開のトークを大通りで繰り広げる俺たちは、奇異の目で見られているが、全く気にならない。
あーやばい!!楽しすぎる!!
この時間がずっと続けばいいのに。
思わずそう思った自分に、なんだか恥ずかしくなった。
「ねえ、この後どうする?」
梓に聞かれた。
「え、あー。この後予備校だ」
「そっか。じゃあ、次の日曜日は?」
「まあ、いけるけど。ていうか受験生なんだからちゃんと勉強しろよ」
「うん。そうだね。じゃあまたね」
「おう。またな」
手を振り合ってさよならした。
そういえば今までは月に1度、遊ぶか遊ばないかだったのに、どうしてこんなに誘われるんだろう?
さては受験の現実逃避だな。
そうだとしても、好きな子とたくさん遊べるのは嬉しかった。
あ、また告白するの忘れた。
あっという間に、1週間経った。
クラスのざわめきも、徐々に収まってきた。
人の慣れは恐ろしい。
そういう俺も、慣れてきてしまっている気がする。
普通に楽しく話せているし、別にこのままでもいいかななんて。
まあ、そんな話は置いといて、今日は何しに来たかというと、遊園地に遊びに来た。
「ミナトっち。今日は来てくれてありがとね」
「いいよ。俺も結構楽しみにしてたし。ていうかギャルの格好はまだしもその呼び方やめてくれよ」
「えー、いいじゃん。ミナトっちって可愛いよ」
何を言っても無駄なのを悟り、俺はため息を吐いた。
「……で、何から乗る?」
「もちろん、ジェットコースターだよ!」
「いきなり!?」
「当たり前でしょ!ギャルはいきなり飛ばすのよ!」
「お前のギャル像どうなってんだよ……」
という訳で、いきなりジェットコースターに乗る羽目になりました。
「なに、怖いの?」
「怖くはないけど、得意ではないからな……」
「じゃあ、手繋いであげようか?」
「え」
正直めっちゃ繋ぎたい!!
でもなんか情けなくないか!?
こういうのって、普通男が言うやつじゃ。
「まあ、冗談だけどね」
「はあ!?お前なんて冗談!!」
『それでは皆さまいってらっしゃーい』
ジェットコースターが動き出した。
3分後
結構ハードだったな……
まあ、なんとかなった。
「ミナトっち。もう一回乗るよ!」
「はあ!?連続はないだろ!!」
「いいから!いいから!」
こんな調子で計5回乗らされた。
「ギ、ギブ」
「もう、情けないなー」
「いやいや!!誰だってジェットコースター5回も乗ったらこうなるだろ!!」
「えー、そうかな。じゃあ、次はどうする?」
「ゴーカート、乗りたい」
「いいよー」
という訳でゴーカートに乗ることになった。
俺がゴーカートを選んだのは、何も好きだからという理由だけではない。
自慢じゃないが、俺はゴーカートに乗るのが上手い。
そしてネットの記事で見た。
女子は運転の上手い男が好きと!!
見よ!!俺の華麗な運転を!!
4分後
「どうだった?」
我ながら見事な、運転だったと思う。
これで、梓も俺を好きになったに違いない。
しかし、返事は返ってこなかった。
「梓?」
「え、あ!ごめん!なに?」
「いや、別にいいけど。大丈夫か?」
「大丈夫。大丈夫。ちょっとボーッとしちゃってた」
「そっか。無理するなよ」
「うん。ありがとね!」
「体調悪いなら、もう帰るか?」
「最後に観覧車に乗りたい」
「わかった」
観覧車の頂上で告白。
ベタ中のベタだけど、雰囲気は良いはずだ。
俺はそこで、告白することに決めた。
「ミナトっちといると楽しいよー!」
「俺もお前といると楽しいよ」
「本当?よかった!」
観覧車がどんどん、上がっていく。
頂上に着いたら告白。
そう思うと息が詰まって、心臓がバクバクいって、生きた心地がしなかった。
「この時間がずっと続けばいいのに」
梓がふとつぶやいた言葉が、俺の気持ちと重なった。
このまま友達でいても、楽しいんだ。
振られてしまったらきっと、今まで通りとはいかない。
それでも俺は梓と手を繋ぎたいし、キスだってしたいし、その先のことだって……いつかはしたい。
ここで勇気を出さなきゃ、俺はきっと一生言えない。
「あ、あの、梓!!」
「どーしたの?」
「あ、あのさ俺……」
深く息を吸った。
「ずっと前から梓のことが好きでした!!」
言った!!言ったぞ!!
「本当に?」
「本当に!」
「嬉しい!私も好…」
「梓?」
梓が倒れていた。
「梓…梓!?!?」
それからのことは、正直よく覚えていない。
気がついたら病院にいた。
「湊くん」
梓のお母さんに呼ばれた。
「おばさん。どうしよう梓が」
「大丈夫よ。目を覚ましたわ」
「本当!?よかった!!よかった……」
「……… 湊くんにね、言わなきゃいけないことがあるの」
「どうしたの?」
悪い予感がした。
「………梓ね、きっと今月中に……死んでしまうの」
「冗談ですよね?」
今思うとこんなこと、梓のお母さんに言っていい訳がなかった。
「こんなこと、冗談で言わないわ。8月下旬に病院に行ったら、きっと10月までは生きられないだろうって言われてたの……。
さらに病状が悪化しちゃって、もう学校にも行けないって」
娘が死ぬなんて、嘘を吐く母親なんていない。
でも
「嘘だ。だって梓、ずっと元気で…今日なんて、ジェットコースター5回も乗ったんだ。それなのに死ぬなんてあるはずない………あるはずないんだ!!!!」
俺は泣き叫んだ。
本当は梓のお母さんの方が、そうしたいはずなのに、優しく俺の背中を撫でてくれた。
15分くらい経った頃だろうか。
「落ち着いた?」
「………はい。すみません。俺よりおばさんの方が辛いのに」
「…いいのよ。私はもう何回も泣いたから」
よく見ると、少しやつれた気がする。
目の下には大きな隈ができてるし、顔も青白い。
「梓に会ってあげて」
「………はい」
梓が居る病室は302号室だった。
「開けるわね」
「……はい」
扉が開かれると、ベットに横になった梓がいた。
「梓。湊くん来てくれたわよ」
梓のお母さんが、そう言うと梓が体を起こした。
「横になったままでいいぞ」
「大丈夫」
梓の表情はどこか寂しそうで、切なげな瞳をしていた。
「なんで……」
なんで、病気のこと言わなかったんだ。
そう言いそうになって、口をつぐんだ。
きっと病気のことを言われていたら、いつも通り接することは出来なかっただろう。
それが嫌だから、きっと言わなかったんだ。
「ごめんね……」
梓が言った。
梓も梓のお母さんも、なにも悪くないんだから、謝らなくていいのに。
でも何も言えなかった。
どんな言葉をかけていいか、分からなかった。
しばらく経ってから
「………俺明日から毎日ここに来るから」
俺はそう言った。
「ダメよ。受験生なんだから。梓のことを思ってくれるのは嬉しいけど……」
「そうだよ。湊ダメだよ」
「…………死んじゃったらもう会えないんだよ……」
俺より2人の方が、泣きたいだろうから、俺が泣いたらダメなのに。
わかっていても、涙が止まらなかった。
そんな俺を2人は優しく見守ってくれて、自分が情けなくて嫌になった。
面会の終了時間になった。
「湊くん。送るわ」
「…………大丈夫です」
「…………でも」
おばさんの顔を見ると、困っているようだったから、ここは遠慮する方が悪いと思い
「やっぱりお願いします」
と言った。
「梓。お母さんと湊くん帰るわね」
「うん」
「また明日来るから」
そう言った俺に、梓もおばさんも何も言わなかった。
翌日
「梓。体調は?」
「大丈夫だよ!」
「今度、嘘吐いたら許さないからな?」
もう少し優しく言った方がいいかもしれないけど、これくらい言わないと、梓はまた無理するだろうから。
「……うん。ごめんね」
「謝らなくていいよ。それより楽しい話しよう」
俺たちは、いつも通りの会話をした。
昨日食べたご飯が美味しかった。あの漫画が面白かった。好きな歌手の新曲が投稿された。
他愛もない話なのに、不思議と話題は尽きなくて、すごく楽しかった。
この時間がずっとずっと、続けばいいのに。
そう思ってしまう程に。
「そういえばなんで、ギャルの格好なんてしたんだよ?」
そう聞くと、梓は照れたように笑って
「派手な格好したら、告白する勇気が出るかなって……」
「それって……」
「昨日私のこと好きって、言ってくれたよね?私も好きです」
そう言った梓の頬は、真っ赤に染まっていた。
「梓ちゃんーーーーー!!大丈夫!?」
午後7時、俺の母がやってきた。
「母さん。病院なんだから静かに」
「そうよね。私ったら」
「おばさん。来てくださって、ありがとうございます」
「そんなの当たり前でしょ!うちの馬鹿息子、毎日よこすから。話相手くらいにしかならないでしょうけど」
「母さん……」
たしかにその通りだけど、もう少し言い方はないのか……
「あの、お気持ちは嬉しいんですが、湊も受験生ですし」
「大丈夫よ!!うちの息子馬鹿だけど、頭だけは良いんだから!」
「でも……」
「どれだけ梓が来るなって言っても、俺は来るからな」
「……ありがとう」
梓は涙を一筋流した。
それからしばらくして、母が口を開いた。
「梓ちゃん。気を悪くするかもだけどこれだけは言わせてね。
私は大病をしたことないから、想像することしか出来ないし、想像の何十倍も何百倍も辛いだろうけど、生きることだけは諦めたらダメよ。
他のことは諦めても良いけど、生きることだけは諦めないでね」
「………はい」
俺は梓といつも通り話すことしか、出来ない。
そんな自分をまた情けなく思った。
午後7時半
「遅くなってごめんね」
梓のお母さんがやって来た。
「今日はそろそろ帰るよ。また明日」
「……うん。また明日」
帰りの車の中で、俺は口を開いた。
「母さん」
「ん?」
「俺、梓になんて言ってあげたらいいのかな。いつも通りの話しかできないんだ」
「……きっと梓ちゃんにとっては、それが一番嬉しいんじゃないかな。梓ちゃんにしか分からないけど、私はそう思うよ」
そうだったらいい。
俺とのいつも通りの会話で、梓の心がほんの少しでも軽くなれば。
それからずっと、変わらない日々を過ごした。
いつも通り話して、時間がきたら帰る。
毎日毎日、それを繰り返した。
俺はそんな日々がとても楽しくて、梓もほんの少しでもいいから、楽しんでくれてたらいいなと思った。
そして迎えた、9月の最終日。
俺たちはいつも通り話していたのだが、突然
「湊。今までありがとうね」
梓がこんなことを言い出した。
「なんだよ、いきなり」
「ずっと思ってたよ」
「そういうのいいよ」
まるで、死亡フラグじゃないか。
「お願い。湊聞いて」
そう言った、梓の顔が真剣だったから、俺は口をつぐんだ。
「私ね、湊と話してる時が一番楽しかったよ。入院前からずっと。本当にありがとう」
「………うん」
俺はこんなに、泣き虫だっただろうか。
溢れる涙を止められなくて。
そんな俺を梓が優しく、抱きしめてくれた。
そうするべきなのは、俺の方なのに。
俺は抱きしめ返した。
梓が元気になりますように。
俺のなにを犠牲にしてもいいから、叶えて欲しかった。
翌日
LINEを見ると、梓のお母さんから『梓が亡くなった』というメッセージが届いていた。
昨日の夜に容態が急変して、日付が変わる前に亡くなったそうだ。
俺は泣き叫んだ。
なにも考えたくなかった。
ふと脳裏に、梓が初めてかけてくれた言葉がよぎった。
「一緒に帰ろう」
季節はずれの蝉が鳴いた気がした。