会長さんの忘れモノ
「お疲れ様」
「お疲れ~」
「お疲れ様です」
「お疲れッス」
皆が次々に生徒会室を後にする。
「おう、お疲れ」
俺は今日も一人残る。
「さて、皆帰ったし、何時も通りに雑務を片付けるか」
会長さんの机から書類の束を取り、自分の机まで運ぶ。
全ての書類を軽く流しながら見る。
「結構時間掛かりそうだな……」
愚痴を言っても終わらない。まぁ、愚痴では無いけど。
「よし、やるか」
両頬を叩いて気合いを入れる。
「……おいおい」
何だよ、これ……。まぁ、承認しないからいいけどさ。
「フンフンフ~ン」
脳内コンポからランダムに曲を選んで、脳内で流す。ちょっとノッちゃって鼻歌が出ているが誰も居ないし気にすることはないか。
一曲目が終わり、二曲目に入ろうとした時、それは起こった。
大きな音と共に生徒会室の戸が開かれた。
教師か? と思ったが違うらしい。警備員の線は最初から無い(幾らなんでもそこまで時間は経ってない)ので、誰が来たのかは判らなかった。……ずっと書類の相手をしていて確認することすらしてないのは内緒の方向で。
「あら、また残っていたの? 副会長」
会長さんでしたか。俺を副会長と呼ぶのは会長さんしか居ないのですぐに分かった。
「どうしたんですか? 会長さん」
視線はずっと書類に向けながら聞いてみた。
「忘れ物をしたのよ」
忘れ物を……? あの会長さんが?
完璧超人っぽい会長さんでも忘れ物とかするんだ。
「会長さんの机はこの書類の束以外触れてないので安心して忘れ物とやらを持って帰って下さい」
「そうね」
会長さんはそう言いながら俺の隣に座る。
その席は書記の子の席で、会長さんの机はあっちですよ?
心の中で問い掛ける。声にすることは無い。
互いに何も喋ること無く、時間だけが唯流れていった。
その間も俺は黙々と雑務を片付けていった。
「副会長」
不意に会長さんに呼ばれた。
「何ですか?」
視線を向けることなく返事をする。
「貴方って凄いのね」
はい? いきなりどうしたんですか? 会長さん。気でも触れましたか?
「何を言ってるんですか。会長さんの方がずっと凄いじゃないですか」
会長さんが生徒会長になってから今までよりももっと学校が良くなった。
会長さんは学校をより良くする為の案をバンバン出し、それら全てを実行してきたからだ。
それだけではなく、会長さん自身の能力も高く、テストでは学年トップ、スポーツテストはA判定。しかもその高い能力に驕ることをしないで他人の為に活用している。更にカリスマまでも持ち合わせていて人望も厚い。
でも、俺は会長さんが言うような凄い奴では無い。唯の一学生だ。それに副会長になったのも親友達の策略によるモノで、俺は立候補なんてしてなかったし、する気も無かった。副会長になってから親友達がニタニタしながらネタばらしをしてきて初めて理解した。その後全員一発ずつ殴ったけどな。
「会長さんがこの学校を良くしたのに対して俺は特に何もしてないですよ」
未だに作業をして、会長さんを見ない俺。
「いいえ、そんなことないわ」
いや、本人が何もしてないって言ってるんだから否定しないで下さい。
「だって私がこの学校を良くできたのは貴方のお陰ですもの」
だから何もしてないって言ってるでしょーが。全く、何を聞いて……。
「貴方が何時も一人残って雑務を片付けてくれたから私は自分のしたいこと――学校を良くすることに全力を注ぐことが出来たのよ」
作業をしていた手が一瞬止まった。そう、一瞬。一瞬止まっただけで次の瞬間には作業を再開していた。
「何を言ってるんですか。俺は俺のやるべきことをやってるだけですよ。それに副会長の仕事は会長の補佐です。唯普通に仕事をしているだけで、別に何も凄くないですよ」
会長さんはしたいことを、俺はするべきことをしている。それには大きな差がある。自分がしたいことをすることは与えられた仕事をするより難しいものだ。自分でどうしたいかを考えて実行し、発生した問題を自力で解決する。したいことの内容にも依るが、それがどれだけ難しいことか……。
「貴方が何を言おうとも私が貴方に感謝していることは変わらないもの」
「…………」
「貴方がどう思っていてもいいから、これだけは言わせて」
会長さんを見る。流石に「言わせて」と言われて顔を向けずに聞くなんて事はしない。
「いつもありがとう。副会長」
優しい笑みを浮かべ、会長さんは感謝の言葉を述べた。
美少女でもある会長さんの笑みが直撃した俺は表には出さないが、恥ずかしくなり、視線を戻して作業を再開しながら話題を変えようとした。
「そ、それより忘れ物はどうしたんですか?」
残念。声に動揺が混ざってしまった。
「早くしないと空が暗くなりますよ?」
「そうね。でもそれは貴方にも言えることよね?」
確かにその通りですね。
「いや、でも夜道は危ないですよ? 何か事件に巻き込まれるかもしれないですし……」
「それも貴方にも言えることでしょう?」
まぁそれもその通りなんですけど。
「俺は男なんで事件に巻き込まれると言っても通り魔ぐらいですよ。でも会長さんは女の子ですから通り魔だけでなく、ストーカーなり、妄想と現実がごっちゃになってる頭がイカれてる奴なり、裸にコートの変質者なり、強姦魔なり、その他諸々と色々な人達が増えるわけですよ」
「…………もしかして副会長は私が嫌いなのかしら?」
「はい? どうしてそうなるんですか?」
「だってそこまで言うってことは『私に早く帰って欲しい』ってことでしょう? つまり『早く帰って欲しい=一緒に居たくない=嫌い』。違うかしら?」
あの、会長さん、俺もこれだけは言わせて下さい。…………あなた馬鹿ですか?
「違いますよ。会長さんが心配だから言ってるんじゃないですか。会長さんは綺麗で可愛い美少女なんですから心配して言っているに決まっているじゃないですか」
「そ、そうなの?」
「そうですよ。いいですか? 今まで副会長としてですけど会長さんのことを見てきましたが、俺が会長さんを好きになる事はあっても嫌いになる事は絶対無いですよ」
「……それは本当なの?」
「当たり前じゃないですか。会長さんはどんな生徒が相手でも手を差し伸べるし、皆の為に学校を良くしましたし、かといって自分を蔑ろにすることなく頑張ってきたじゃないですか。そんな眩しく輝く、格好いい人を嫌うことなんて俺は出来ませんよ」
あれ、可笑しいな? こんな事言うつもりは全く無かったのに。
「とにかく、会長さんが嫌いだから言っている訳ではなく、心配だから言ってるんです。それに「忘れ物をした」と言いながら探す素振りを見せないから気になって聞いているだけですよ」
「心配してくれたありがとう。でも貴方はずっと書類とにらめっこしているのにどうして分かるの?」
「視界の隅に会長さんの足がギリギリ見えてますし、会長さんが座ってから動いてないのも気配で分かりますよ。それにさっきから会長さんの視線を感じてますから」
「……貴方、何か武術とかしているの?」
「いえ、特に何も。強いて言うなら武術は習ったことは無いですが、気配を感じ取れるようになる訓練っぽいことは父親にさせられました。視線も気配と殆ど同じようなものですし、視界については訓練っぽいことをしている内に自然に広がりました」
他の人が今の俺と同じ体勢をとると視界は机しか映さないと思う。でも俺はもう少し広い範囲を見れている。……でもこの視野の広さが活躍したことは余り無いということは誰にも秘密だけどな。あと、あくまでも訓練っぽいのであって訓練ではない。アレが訓練だと言うのなら本当の意味での訓練を侮辱していると思う。
「まぁそんなとこです。体を鍛えたことは無いので実力行使とかは得意ではないですね」
ていうかアレをさせられたのは父親の意味不明な思考回路が導き出した気紛れな行動で、特に何の意味も無かったということは後で聞かされた。血の繋がった実の親だろうと関係なく全力で全壊するつもりで殴りまくったけどな。……流石に一年以上入院させてしまったことは少しだけ悪かったとは思っていた。だが、今となっては全壊するつもりではなく、全壊したらよかったと思ってるけどな。あの父親、いい歳こいて毎日元気に俺にちょっかいを出してくるから。
「ん~、終わった~」
椅子から立ち上がり、伸びをする。
「さて、どんなものですか?」
「なにが?」
「いや、「なにが?」じゃなくて、忘れ物ですよ。会長さんが何を忘れたのか知らないと探しようが無いじゃないですか」
俺が言い終えると会長さんは「ああ!」といった顔をした。
まさかとは思いますけど本気で忘れていたんですか? 記憶力を犠牲にその他の能力を上げたんですか?
「それで何なんですか? 形とか色とかも教えてくれると探しやすいですけど」
「…………」
「会長さん?」
何の返事も無かったので振り返ってみた。
会長さんは俺の目の前に立っていた。
「私の忘れ物は――」
会長さんの柔らかい両手が俺の両頬を包み込んだ。俺が何かを言おうとする前に会長さんは唇を重ねてきた。
何が起きたのか頭が理解する前に会長さんはとびきりの笑顔でこう言った。
「貴方よ」