3.その名を呼ぶのは
「じゃあ、行ってくるよ」
「ニャア」
頭をワシャワシャ撫でられて、玄関で彼を見送った。
彼は毎日日が高く登ると外出して暗くなると戻って来る。
私は前世を思い出してから、まだ一度もこの部屋から出た事が無かった。
彼が出掛ける時に一緒に外に出ようとしたら、「外は危ないから」と言われ止められたのだ。
そして、私は外に出るのが怖くなった。
窓から見える景色は少なくとも私がよく知る世界とは違っていたから……。
ログハウスのような木製の家が多く、中には童話に出てきそうなレンガの家もあったりと、外を眺めているのは楽しい。
たまに小さい子が手を振ってくれる。
でも、冒険者が居る世界だから窓から見える物が全てじゃないんだろうな。
ここでの生活は、思ったよりも快適で不満は無いんだけど、彼を見ていると時々前世の幼馴染ヒロシとタクミの事を思い出す。
彼の明るく世話焼きで、いつも私を気にかけてくれる所が、何となくタクミに似ていた。
もう一人の幼馴染ヒロシは、真面目で勉強が出来てメガネで……カッコイイ。
もちろんタクミもヒロシとは違うタイプのカッコ良さがあって、そんな二人と幼馴染だった私は、よく友達羨ましがられていた。
二人共元気かな……。
幼馴染二人の事を思い出すと、部屋に一人で居るのが急に寂しくなった。
早く帰って来ないかな。
玄関の前で、扉が開くのを待つ。
どれほど待っていたのか、気付けば私は玄関前から移動していた。
目を開けると目の前にテーブルの裏板が見える。
いつの間にか帰って来ていた彼の膝の上に乗り、頭を撫でられていた。
待ち疲れて、いつの間にか眠っていたみたいだ。
「で、ユイコは見つかったのか?」
名前を呼ばれた気がして私は飛び起きる。
今誰か『ユイコ』って言わなかった?
聞いた事がない……けれどどこか懐かしさを感じる声の持ち主を探し辺りを見回すと、向かいの椅子に座る人の足が見えた。
「いや、まだ……でも、俺達二人がここに居るって事は、きっとユイコもこっちに来てると思うんだ」
「まあ、諦めるのはまだ早い……か」
私を撫でる手を止めて、今度は彼が間違いなく『ユイコ』と言った。
はやる気持ちを抑えて、頭上に置かれた手をすり抜けテーブルの上に顔を出す。
向かいに座るのは、メガネを掛けた青年だった。
知的な雰囲気のその人は、私を見ると驚いたように目を見開いた。
「さっき見た時は普通の猫かと思っていたけど、キャットウォルじゃないか」
「キャットウォル?」
「月の神殿に住む獣人の一族だ。子供の頃は猫のような見た目で成長速度も早いが、成人すると獣人になり人の成長と同じになる……幼少期の猫との見分け方は、高い知性と赤い目だ」
そう言って、二人は顔を近付けて私の目を覗き込んだ。
二人の顔を間近で見て、何故か親近感を感じた。
雰囲気が似ているだけだと思っていたけど……まさか……。
「俺、ユーイは猫だと思ってた。そうか獣人か……なら言葉を教えておけば、いずれ会話できるんだな」
「ユーイって、このキャットウォルの名前か?」
「そう、何か……ユイコに似てるだろ?」
「あぁ、可愛いな」
そう言って、向かいに座る彼が微笑んだ。
メガネの奥に見える瞳が優しくて、記憶の中のヒロシと重なる。
「ヒロシ、お前ユイコの事、実は好きだろ?」
「それはタクミも同じだろう?」
「まあな、こんな事になるなら、早く告白しとけば良かった〜」
二人の話を聞いて私は素早くタクミの膝から降りる。
そして、ダダッと勢い良く走りベッドに飛び乗って、布団の中に潜り込んだ。
ヒロシとタクミもこの世界に来ていた。
私を探してくれていた。
それを喜ぶと同時に、二人の告白を聞いて顔が熱くなる。
二人が私の事を好きって……告白って……そういう事だよね?
こんな話を聞いちゃったら、言葉が話せるようになったとしても、私がユイコだって言い出しずらいんですけど!!
嬉しいやら恥ずかしいやらで感情が定まらずにジタバタしていると、ボフッとベッドが沈んだ。
「ユーイ、今日からヒロシも一緒に住む事になったよ」
「俺がユーイに文字や言葉を教えるから、これからよろしく」
二人にまた会えたのは嬉しいけど、一緒に暮らすのは、私の心臓が持ちません!!
告白聞いちゃった☆
ご主人様はタクミでした!
猫と二人で暮らしてるつもりだったタクミは、もちろんユーイに名乗るはずもなく……。
ヒロシの登場でようやく名前が出せました。