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 王宮の長い廊下をアニタは歩く。その隣には赤毛の騎士が。

 ケイトリンのドレス合わせにはシンシアも参加している。アニタの帰りはエヴァンデル侯爵家の馬車で送ってくれるという事で、乗り場までヒューベルトに案内されている最中だ。

 辻馬車でも拾って帰ります、と言いたい所だが王宮からの帰りでは当然そうはいかない。しかし、かといってこれはいいのだろうかとアニタは落ち着かない。送ってくれる馬車の持ち主はヒューベルトで、そして先程まで会っていた二人からはとんでもない誤解をされたままでいる。


 横恋慕で片思いで失恋という悪夢の三連鎖、の相手に送ってもらうというこの状況。とんだ地獄だ。別れ際のケイトリンとシンシアが、もの凄く切ない物を見る様な目でヒューベルトへ視線を送っていたのがとてもいたたまれない。

 まあ、当の侯爵様が気にしてないっぽいからいいのかな……とアニタはチラリと横目に動かす。すると狙っていたかの様なタイミングで視線が重なった。


「改めて俺からも詫びを、ダルトン嬢。本当にすまなかった」

「え!? あ、ええと、今回の件に関してはエヴァンデル侯は関係……あり、ま、したね」


 つ、とアニタはそのまま視線をヒューベルトの胸元に動かす。今も、あるのかは分からないが、少なくとも目撃される程度には彼の胸のポケットにはアニタの貸したハンカチが入っているのだろう。


「ッ……! 本当に……申し訳ない……」


 ヒューベルトは口元を手で隠しながら視線を前に向けた。その動きに合わせてチラリと見えた首筋まで赤くなっており、アニタもそれにつられる様に顔を真っ赤に染める。


「貴女と関わらない様にすると言ったが、もし万が一、どこかで見かける事があったらその時に返そうと思って持ち歩いていただけなんだ……それが原因で、とんだ誤解を招いてしまってお詫びのしようもない……」

「も……ほんと……お気遣いなく、です……」


 義理堅い人だから持ち歩いているのはそういう理由だろうなと推測はしていた。ケイトリンが見かけたという、ハンカチを大切そうに、というのもアニタは理解できている。

 しかし、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。ましてやその当事者が真っ赤になって照れているのを目の当たりにしているのだから、アニタの羞恥心も膨れ上がる一方だ。


「ああそうだ、こうして会えたのだから今こそ返す時だね」


 ヒューベルトは胸ポケットに手を入れようとし、そこでピタリと止まる。足まで止まるものだから、アニタは一歩先に行った状態で慌てて振り返った。


「ダルトン嬢」

「はい」

「きちんと洗ってはいるんだ」

「はい?」

「だが、正直、気持ち悪かったりはしないだろうか?」

「……はい?」

「婚約者や恋人でもなければ、親しくすらない相手が持ち歩いていた物を今更返されても気持ち悪くて受け取りたくない、と思ったりは」

「しませんよ」


 あまりにもヒューベルトが深刻な顔でそう言うものだから、不覚にもアニタは笑ってしまう。


「むしろ、そこまで気を遣っていただけて嬉しいです」

「そうか……それなら、良かった」


 ヒューベルトも笑みを浮かべる。ポケットから綺麗に折りたたまれたハンカチを取り出し、アニタへ差し出す。


「あの……エヴァンデル侯」


 流されている、と思いつつもアニタは彼を呼ぶ。なんだろう? とヒューベルトは穏やかな眼差しを向けその続きを待つ。


「よかったら、そのままお持ちください」


 このまま持ち続けていればさらに誤解は深まるかもしれない。ヒューベルトの名誉の為にも回収した方がいいだろう。縁も途切れるどころか余計に結ばれる事になるかもしれないのだ。

 そう思うのに、ハンカチを取り出した時に一瞬だけ見せたヒューベルトの表情。喜びと悲しみと、そして諦めが浮かんだ顔を見てしまっては、もう返してもらう事などできないとアニタは思った。


「あ! でも別にこんなのいらないと仰るのであれば勿論返していただきたくですね! その刺繍へたっぴですし、あとそうですよこれ持ってるともっと誤解が広まっちゃうからやっぱり返していただいてもよろしいですか!?」


 しかし即座に後悔が押し寄せてきた。希望だの救いだの、最終的には命綱だのまで言われはしたが、だからといって自ら「侯爵の心の拠り所としてわたしのハンカチを持っていてもいいですよ」だなんて、とんだ自信家、いやもうここまできたらただの恥知らずではないか。 ひいいいい、と一人身悶えるアニタに、ヒューベルトは小さく喉を鳴らして笑う。


「ありがとうダルトン嬢。貴女の好意に遠慮なく甘えさせてもらうよ」


 アニタに気を遣っての返事ではない。彼自身もそれを望んでいる。それが嬉しいやら死ぬほど恥ずかしいやらで、アニタはその場に崩れそうになる脚をなんとか動かしてクルリと身体の向きを変える。


「それでは話が片付いたところで帰りましょう!!」


 露骨すぎる話題の転換に己の中から会話が下手くそか、と突っ込みが入るがアニタはそれを無視して大股で歩き出す。

 目指すは帰りの馬車の乗り場だ。どうかそれまでにこの顔に集まった熱が引きますようにと、アニタは必死に祈り続けた。






 ヒューベルトとの関係は完全に切れてはいない。ケイトリンと繋がりを持ってしまった為に、むしろさらに関係性が強くなった可能性もある。それでも、改めてヒューベルトはアニタとは関わらない様にすると言ってくれた。彼自身には申し訳ないが、捻れまくった勘違いのおかげで今後ケイトリンと会ったとしても、そこにヒューベルトが来る事はないだろう。


 繋がりは切れなかったけど、逆に近付いたわけでもないから大丈夫!


 アニタはそう自分を納得させる。王都にだっていつまでも滞在しているわけではないのだし、領地に戻ればケイトリンと会う機会はグンと減るだろう。そうすれば必然的にヒューベルトと関わる事も減るはずだと、そう信じていた。

 が、しかし。

 混乱の極みであったあの茶会の場を静める為だけに利用した罰が当たったのか、アニタはさらにとんでもない事態に陥る羽目となる。





 婚約者であるロニー・マグレガーから突如婚約破棄の突きつけられた。

 アニタが、婚約者がいる身でありながら他の男性と密会していたという理由で――



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