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ツキノワ  作者: デブ猫
7/8

7 空と海と黒猫と ③乱!

 警視庁。

 通称「桜田門」。

 東京都公安委員会の管理の下、都警察の本部として警視庁が置かれている。 警視総監がその事務を統括する。

 冬の霞が関は街路樹も枯れ木のようで、風景としては寂しい。だが日々起きる事件事故の対応と詰めかけるマスコミ野次馬、世界中からの来客もあり、年中無休の騒がしさだ。

 そして、今日も騒がしい。いや、昼からは更に騒がしくなった。

 続々とマスコミが詰めかけ、警視庁前で勝手にレポートを始める。出入りする警官職員へ手当たり次第にマイクを向ける。建物の中では警官達の動きも激しい。

 その中の一室、大きな会議室の入り口には大きな紙が貼られていた。そこには大慌てで書き殴った一文がある。


[未成年略取誘拐未遂及びツキノワ強奪及び名香野市連続テロ捜査本部]


 このうち[及び名香野市連~]というのは慌てて付け足したらしい。別の紙を無理矢理セロテープでつなげていた。

 そう、まさに慌てていた。

 部屋を出入りする人の群れ。運び込まれる通信機器の山、書類、PC、足りないイスに机を運び込む職員達。

 接続された電話やPC画面には続々と情報が舞い込んでいた。それは、東京都のみならず日本の治安を預かると言われる巨大組織をもってしても処理しきれないものだった。


「ばっ爆発です!名香野市の伊那交差点中央で、車が自爆しましたっ!犯人は不明、死体も何もないとのことですっ!」

「他の幹線道路の、交差点でも、同じです!主要幹線道路が使用不能!」

「追跡にあたっているパトカーが銃撃されました!銃撃戦の末、犯人は逃走っ!死傷者はいませんっ!」

「電車がっ、名香野線がストップ!原因不明っ!名香野市が孤立しましたっ!」

「ダメですっ!交機でも追えないそうですっ!あいつら、歩道も川も林も、渋滞した車の上まで、平気で走り抜けてます。オフロードバイクの腕が高く、白バイでの追跡すら不可能に近いとっ!」

「畜生…イヌ(刑事)もアヒル(制服巡査も)も全部集めろぉ!」

「ヘリだっ!ヘリをもっとっ!」

「SAT(特殊急襲部隊Special Assault Team)はどうしたっ!?」

 入り口から一際威厳のある声が飛ぶ。

 全員の視線が入り口に集中。次の瞬間、その人物に向けて全員が起立し敬礼した。

 それは禿頭を汗で濡らした警視総監。彼の言葉に付近にいた電話片手の女性が弾かれるように立ち上がる。

「SSS(SAT・サポート・スタッフ)と共に出動準備中。現在、SATは羽田よりヘリに搭乗中。SSSもヘリと地上より急行します」

 その言葉に総監は汗を飛び散らせて頷く。

「非番の連中も狩り出せ。所轄を使ってでもかっさらえ。SIT(特殊犯捜査係)も、他県のSATもだ。キンパイ(緊急配備)…いや、総力戦だ!私が直接指揮を執る!」

 振り回す腕と共に飛んだ言葉。刑事達の動きが更に激しくなる。声が大きくなる。

「現場から発砲許可を求めています!」

「バカ野郎っ!許可とか言ってる場合か?とっくに銃撃戦が始まってンだぞ!」

「公安は!?こりゃ公安の管轄じゃねーのかよ?」

「返答がない!…つか、あいつら未だにオレらに情報渡さない気かよ!?」

「くそっ!首相官邸はどうなってる?」

「もう報告済みだ。今は他の閣僚をかき集めてるってよ。それよりサッチョウ(警察庁)は?」

「指示あるまで、こっちで対応しろって…ま、キャリア共は今頃ゴルフ場で金バッヂ(国会議員)と遊んでるんじゃない?」

「あーくそー。何でもいいから、さっさと働け!」


 まさにパニック状態。

 怒号が飛び交い、私服制服問わず警官達が走り回り、プリンターとファックスからはき出される紙の束も宙に舞う。指揮も情報も混乱していた。

 それでも必死でかき集め整理された情報が紙にまとめられ、大慌てで飛び込んできた禿の男――警視総監に手渡された。そしてその情報は、指揮官席に座る彼の禿げた頭を汗だくにさせるに十分だった。


 対象――現在、男性9名を確認。国籍不明。全員オフロードバイクにて名香野市内を銃撃・破壊活動しつつ逃走中。

 武器――サブマシンガンと拳銃を所持。サブマシンガンは外見の特徴、及び使用された弾丸からH&K MP7と推定。拳銃はFN Five-seveN(FN ファイブセブン)と推定。爆発物所持の可能性大。

 *1 H&K MP7

   発射速度1000発/分

   銃口初速750m/s

   有効射程200m。

 *2 両銃は高速弾丸を使用。100mの距離で防弾チョッキを貫通するとされる。

 特徴――30代から40代の男性。全員、高いオフロードバイクの操縦技術を持ち、銃器の扱いに長けている。

 目的――不明。



「何が、目的不明だ…わざわざ名香野市を選んで暴れ回る理由は一つだけだろうが。

 おい、大野は、副総監はどうした?」

 尋ねられた男は周囲を気にしながら耳打ちした。

「…今、こちらへ向かってます。もうすぐ到着するとのことです」

 ギロ、という音が聞こえそうなくらい総監に睨まれ、耳打ちする男も縮みあがる。

「まさか、冬坂先生んとこへ麻雀に行ってたこと、マスコミに漏れてないな?」

「は、はい。それは大丈夫と思います。それに今回は普通に新年会で、女も呼んでないそうです。なので、バレても大したことはありません」

「ならいい。…まったく、こんな地位にあると、オチオチ麻雀もできやしない」

 忌々しげに呟く総監の禿頭は、湯気でも上がるかというくらい真っ赤に染まっている。

 その時、室内で一際大声が上がった。電話を握りしめた女性刑事が立ち上がり、次々と報告を受ける総監へ声を張り上げる。

「沢渡浩介から電話です!」

 瞬間、室内が沈黙する。

 全員の動きが止まる。

 電話を握る女性刑事まで固まる。

 女性警官の周囲にいる刑事達が、「音、音をだして」「スピーカーを」と囁く。我に返った女が本体を操作すると、静まりかえった室内に電話越しの音が響く。

『…もしもし?…あれ?切れたのかな?』

 聞こえてきたのは浩介の声。室内の全員が電話を取り囲む。総監もツカツカと電話の方へ歩いていく。

「い、いえ、切れていません。失礼しました。

 こちらは警視庁の、な、名香野市連続テロ捜査本部です。私は警視庁刑事部捜査二課知能犯捜査係の、渡辺です」

『僕は沢渡浩介です。あの』

「あの、まずは、落ち着いて下さい。それでは、じょ、状況を、報告して下さい」

『分かりました。それじゃ…』

 あんまり落ち着いていないらしい女性刑事に促され、浩介の落ち着いた声が響く。


 浩介は現状をかいつまんで報告した。

 ツキノワを誘拐したのは千種プロダクションの連中。街へ向かったバイク達は囮。社長と秘書は山中を北へ逃走中。etc...

 ついでに、ツキノワとの通信は通信機が壊れたらしく途切れた、とも言っておいた。周波数を聞かれると困るから。『テレパシーです』とは言えない。


 その報告がなされる間にも、周囲の刑事警官達が走り回り、矢継ぎ早に指示が飛ぶ。

 正面モニターには名香野市を中心にした関東の地図が表示され、各地の被害状況や犯人の位置を示す光点と文字が浮き上がる。地図上を縦横に走る道路網も表示される。が、五月山国定公園内のハイキングコースまで全ては表示されない。主要な何本かが言い訳程度に浮かぶだけ。

「おい、登山道がこんだけなわけないだろ。もっと詳しい地図はないのか?」

「そんなの、獣道まであるのに、地図に載るわけがないじゃないか」

 モニターを睨む人々は顔を覆ってしまう。だがそれでもプロ、悲嘆に暮れているばかりではない。

「ヘリを向かわせるしかないな。警察犬も。山狩りだ」

「埼玉県警へ応援を。南北から挟み撃ちだ」

「警備二課の出番だぜ。警備犬も連れてこよう」

「狙撃か…人間を狙うのも久しぶりだな、っくく!」

 直接指揮にあたっている総監の指示を待つまでもなく、それぞれが作戦を練り指示を飛ばしていく。


『…以上です。

 お願いです、ツキノワを助けて下さい!僕らもすぐに埼玉側へ向かいます!』

「ま、待って!危険よ、ここは警察に任せて」

 女性刑事の制止も空しく、通話は切断された。空しく発信音が響く。

 総監が再び口を開こうとしたとき、彼の胸元からプルルルル…と音がする。彼は慌てて携帯を取りだし、開口一番頭を下げた。

「こ、これは総理。お忙しい中を」

 彼らの上司が突然ペコペコ頭を下げ始めたのを見て、周囲の部下達は空気を読み彼らの仕事に戻る。そして総監も自分の席へと急いで戻っていく。

「は、はい。それはもちろん、早急な解決を目指します。ですが名香野市へは陸路が遮断されています。警察庁や消防、各所との連携を。それと、公安からの情報…。

 じ…自衛隊!?」

 自衛隊、その言葉と共に総監の顔には一層の緊張感が走る。そして室内にも。

「都知事からの、要請って、これは災害派遣とは訳が…国民保護法…た、確かに、その法律を使えば、しかし前例が、あ、いえ、確かに今は前例とか言ってる場合ではありませんが。

 ですが、待って下さい!自衛隊出動は、それは、もはや戦争です!横田の米軍も黙っていません!都の安全を守る警視総監として、どうか慎重なご判断を。ここは警察を信頼して…え?

 はぁ…はい?ネットを、ですか。はあ、その動画サイトなら、もちろん知っています。それが何か…。

 な・・・なんですってぇ!」

 総監が絶叫する。

 禿頭が赤から青へ一瞬で変色する。

 そして、自分の目の前にあるPCのキーボードを、まるで殴るかのように操作。慌てて動画サイトを表示させる。

 刹那、総監は凍り付いた。

 この一刻の猶予もならない状況で、しばし口を開けたまま動けない。

 総監は、そして一体何事かと画面を覗き込んだ周囲の部下達も、次々と硬直していく。まるで枯れ木の森のように魂が抜けてしまう人々。

 そして、聞き耳を立てていた刑事達や一般職員も、何事かと動画サイトを開いて、絶句していく。


 その時、何人もの部下を引き連れた小太りの男が室内に飛び込んできた。総監にも匹敵する立派な階級章を付けた男だ。

「いやー、遅くなりました。申し訳ありません、羽賀総監。大野副総監、ただいま戻りました。現状を…」

 汗を流して飛び込んできた大野副総監の顔は、緊張感と使命感に引き締まっていた。腹はたるんでいたが。

 だが室内は冷たかった。彼を見つめる視線が冷たかった。室内の全員が、あまりにも冷たい視線を投げかけている。副総監は、まるで氷河のど真ん中に放り出されたかのような気分に襲われた。

 羽賀総監が、グギギ…と鈍い音を立てて首を巡らす

「…お、おお、大野、副総監…」

 その有様に副総監は、何か今回の事件以上の緊急事態を予感させられる。それも、自分と直接関係がありそうな事態を。大野の額を冷たい汗が流れる。

「そ、総監。一体、どうしましたか?」

 総監は、答えなかった。

 ただ、総監席に置いてあったPCの画面を副総監へ向ける。


 そこには、ある動画が再生されていた。

 高級そうなホテルの一室を、天井近くから撮影したものだ。

 画面の真ん中にはベッド。その上で絡み合う男女。もちろん裸。

 女は、とても美しい東洋人。スタイル抜群で、顔立ちも整い、男なら一度はお相手願いたくなる。そして口から漏れる言葉は外国語。

 対する男の方は、冴えない中年。たるんだ腹はメタボを通り越し、ただの肥満。

 そして顔は、よく知っている顔。

 朝、顔を洗うたびに見える鏡の中の人物。

 警察庁副総監、大野。

 下品に笑いながら女の胸に顔を埋めている。

 ついでに言うと女の方は、年末のナスレ事件で指名手配された千種プロダクションのタレントの一人。


 大野副総監も凍り付いた。

 魂も抜けた。

 力なくヘナヘナと尻餅をつく。

 周囲の人々は助け起こそうともしない。まるで生ゴミでも見るかのように軽蔑の視線で見下ろしている。

 そんな彼の前に、羽賀総監が仁王立ちした。

「…大野副総監」

「は、はい…」

 答える副総監は、まるで死刑執行を受ける受刑者のようだ。

「君は、少し疲れているようだ。ここは私が直接指揮を執るので、家で休んでいたまえ」

「…しょう、ち、しました…」

 ノロノロと立ち上がった副総監は、突き刺さる視線に背を向ける。捜査本部から出て行く彼の後ろ姿、まさに絞首刑の階段を登る死刑囚の様だ。


 副総監が出て行った後も、室内は静まりかえっていた。

 羽賀総監が大きな溜め息をつこうと息を吸い込んだとき、背後から部下に悲鳴ともつかない声をかけられた。

 振り向いた彼は、思いっきり咳き込んでしまった。

 そこには、新たな動画が表示されていた。映される部屋も人物も違うが、やってることは同じ。男女の絡むシーン。今度は男の方が千種プロダクションのタレントで、女の方が現国会議員。いや、よく見ると今よりかなり若い。何年か前の映像だ。

 そして、次から次へと同じようなスキャンダル映像が投稿され、流れていく。どれもこれも大企業社長だの、有名スポーツ選手だの、一件だけでも日本を揺るがすような相手ばかり。しかも中には男同士、女同士という組み合わせまである。


 もはや、静かとか凍り付いてるとか、そんな言葉では言い表せない。誰一人として、指一本動かせない。迅速な事件解決のためには一刻の猶予もないというのに。部屋に運び込まれた機械だけが正確迅速に動き続けている。

  ピリリリ…

 羽賀総監の背後で固まっていた男の携帯が鳴る。ぎこちない動きで携帯を耳に当てた男は、まるで猛獣に近寄るかのように怯えながら、かすれる声で上司へ声をかけた。

「そ…その、総監…。警察庁から、前原長官から、緊急のお電話が…」

 男は、自分の携帯に電話がかかってきた事を呪った。何故なら、真っ青な顔をした総監が、自分を親の敵のように睨んだから。

「・・・動画の」

 総監の口から、何かを押しつぶしたような声が漏れる。青ざめていた頭が、またも赤く染まる。

「動画の、発信元は、どこだぁーーーっっ!!!」

 その怒声と共に、室内の凍り付いた空気が融解、沸騰する。再び人々が走り出し、様々な指示が飛び交う。

 だが、あまりにも大量の事件が同時に発生したため、処理能力に限界が来たらしい。

 情報が錯綜する。

 指揮が混乱する。

 押し寄せるマスコミが職員の前を塞ぐ。

 鳴り響く電話を取る職員すら足りず、鳴りっぱなしのまま放置されている。

 部屋の前に貼られていた[未成年略~]の張り紙は、入り口で職員達がぶつかった表紙にはがれ落ちた。だがその事には誰も気付かない。

 多くの人に踏みつけられて、汚れ千切れた紙が駆け抜ける人々の起こす風に吹かれ、空しく宙を舞う。


 既にマスコミも混乱していた。

 TVがテロップを流す。お昼のお気楽なワイドショーが、次々と緊迫感あふれる報道フロアに切り替わる。緊急報道特番が始まる。

 浩介誘拐未遂・ツキノワ強奪で始まった報道特番も、名香野での連続テロ、ネット配信されたスキャンダル映像にと、次々と報道内容が移り変わる。もはや取材も何も追いつかない。

 そしてその混乱は、そのまま日本全体の混乱を表していた。





 ある校舎の一室。

 さして広くもない部屋でもTVの報道特番が流されていた。

『…ここで新たな情報です。都知事からの自衛隊出動要請を受け、総理は緊急閣議を招集しました。ですが、投稿された動画の中に都知事の親族が関係したものがあたっため、一部では口封じを狙ったと…』

 チャンネルが回される。映ったのは名香野市をヘリから撮った生中継。各所の渋滞、炎上する車、そして警察を翻弄するバイクの襲撃者達が映っている。

 プツッと音を立て、画面は黒くなる。

 コントローラーの電源ボタンを押したのは、篠山。

 画面に背を向けた彼女の前には、新聞部の面々が机を向けあい着席している。それぞれの前に置かれたPCが様々な情報を流し続けている。その内の何人かは携帯電話に耳を寄せている。

 机に向かっていた一人、丸眼鏡でポニーの女の子が控えめに、そして心配そうに口を開く。

「しの、ちゃん…」

 呼ばれた篠山は目を伏せる。

 代わりに口を開いた。

「ねえ、由奈。この件、あなたはどう思う?」

「え?ど、どうって…」

 尋ねられた尾野由奈は肩をすくめ、視線が泳ぐ。

 室内の面々も口を開かない。ただ困惑した視線を投げかけ合う。

「・・・陽動、ね」

 窓際の席から少女の声がした。それは腕組みをする部長の小林。その目は自分の席に置かれたPC画面から離れない。

 ピシッと篠山の人差し指が部長を指す。

「そう、陽動よ。というか、後方攪乱って言うべきかしら?」

 部長に向けていた指を、今度はメトロノームのように振る。そして室内を歩き回りながら講釈を続ける。

「今、市内で暴れ回ってる連中は、ツキノワを運ぶ本隊から目を逸らすための囮。バレバレだけど、だからといって無視するには危険すぎる、最悪の囮よ。警察のほとんどはそっちへ行かなきゃしょうがないわ」

「そうね、その通り。そして…」

 小林はPC画面を食い入るように見つめながら話を続ける。

「このスキャンダル動画のせいで副総監はクビ、警察は指揮が混乱するわ。少なくともツキノワ誘拐事件だけに全力を傾けることは出来なくなる。政府とかも、自分のスキャンダルのせいで動けなくなるでしょうね。

 おまけにマスコミまで大量の事件を捌ききれなくなってる。

 このままじゃ、主犯格が逃げ切れてしまう」

「そ、そんな…」

 尾野は手で顔を覆ってしまう。他の部員も不安な顔だ。

 その時、携帯で話していた部員達も通話を終えた。興奮した面持ちで内容を報告する。

「村主君からの電話、終わったよ。内容は今、全員のPCに表示されている通り。あいつらは主犯の連中を追って北へ、埼玉側へ行くみたいだ」

 全員、顔を手で覆っていた尾野も、PC画面を食い入るように見つめる。


 その時、窓の外から爆発音が響いた。またどこかで車か何かが炎上しているのだろう。街からは何本もの黒い煙が上がっている。

 校舎の窓には学校に残っていた生徒職員が張り付き、街を見つめながら携帯で電話している。あまりに危険なため学校から出ることも出来ず、携帯で連絡を入れてる。だが多くの人は電話が繋がらずイライラして歩き回ったり、何度もリダイヤルしたりしている。あまりに通話が集中したので、接続制限がかかったようだ。


 だが、篠山は街の方へは目もくれない。アゴに手を当てて更に考え込む。

「逃げられる、というのも考えられるけど…」

 彼女の口からは、さらに推測が語られる。最悪の推測が。

「うっかりすると、主犯は問答無用で射殺かも。口封じ狙いの都知事だけじゃない。ブチ切れた警察や政府、自衛隊に」

 その言葉に尾野は立ち上がって声を上げる。

「そんな!それじゃ、一緒にいるツキノワちゃんは・・・」

 尾野は声を失い、言葉を続けることは出来ない。


 言うまでもないこと。

 特殊部隊隊員は引き金を引くことをためらうだろうか?武器を持ってることが当然、既に銃撃戦にすらなっている組織の主犯に。そもそも、この事件を闇に葬りたいと考える偉い人は何人いるだろう?

 ツキノワは貴重な猫だが、しょせんはネコと判断されるだろう。人質とは違う。人権なんか無い。犯人を逃がすよりは…と考えても不思議はない。

 この状況では警察が主犯を追うのは難しい。ネコの誘拐事件より銃撃爆破の方が、自分たちに降りかかるスキャンダルの方が大事だろうから。追えたとしても、ツキノワを無傷で取り戻してくれる、なんて期待できない。

 状況は最悪だ。日本にとっても、名香野市民にとっても、ツキノワの身を案じる人々にとっても。


 そして、ヒソヒソと部員達も声をひそめて囁き合う。

「確かにツキノワは心配だけど、こっちも命がかかってるからなぁ。ツキノワを傷つけるな、なんて言ってたら犯人を逃がしてしまうよ」

「つか、こーゆのは人命第一じゃない?ツキノワちゃんには悪いけど、街で暴れてる奴らが先よ」

「けど、みすみす主犯を逃したら何にもならないぜ。ツキノワまで奪われたら、それこそ奴らの思う壺だ」

「で、私たちに何が出来るって言うのよ」

「いや…それを言われると…」

 部員達は顔を伏せてしまう。当然だ。彼らは弾丸を軽々と避けるヒーローでも、伝説の力を持つ運命の戦士でもない。ただの高校生。勢いだけで銃口の前に飛び出すほど子供でもない。


 ピロリロリン。

 その時、妙に気の抜けた着信音が由奈の携帯から響いた。

「あ、ゴメン。あたし…あら?」

 携帯を取り上げた由奈は表示を見て首をひねる。ひねりながらも耳に当てる。

「もしもし、尾野ですが…やっぱり、楓ちゃんね」

 携帯の向こう側、由奈に電話をかけてきたのは田島楓だった。その声は新聞部の面々と同じか、それ以上に緊迫している。楓の一件は新聞部も一枚絡んだので、全員の目が由奈へ向く。

『うん。やっとつながったわ、よかったぁ。お久しぶりです。あの…』

 由奈は、落ち着いて頷く。篠山が由奈に顔を寄せ、携帯に耳を澄ます。

「分かってるわ。ツキノワちゃんの事でしょ?」

『そう!そうです。あの、ツキノワちゃんが掠われたってTVで…おまけに、まるで戦争みたいな事になってるし。まさかと思って沢渡君に電話してみたけど、ずっと圏外だし。

 あの、一体そっちでは、何が起きてるんですか?』

 一息つき、ゆっくりと事情を話す。

「…というわけ。ツキノワちゃんは掠われたけど、警察も国も、もう当てにはならないかもしれないの」

『そ、そんな…どうすれば…』

「どうすればって、言われても…あたし達に出来ることなんて…」

 困ってしまった由奈は横の篠山を見る。彼女は頭を抱えて考え込む。新聞部の部室をチラリと見渡す。だが当然、どうすればいいかなんて分からない。肩をすくめたり目を逸らしたり。

 由奈だけでなく、誰もが答えられない。沈黙が続く。

『…あたし…』

 携帯の向こうから、声が届く。

 決意のこもった声が。

『あたし、なんとかします』

 尾野と篠山は再び携帯に耳を当てる。

「な、なんとかって?」

『それは、分からないけど、でも、沢渡君は危険を冒して私を、そして会社を助けてくれたんです。

 ここで何もしないなんて、許せない。私も何かしないと!』

「ちょ、ちょっと待って!楓ちゃん、落ち着いて」

 楓をなだめようとする由奈だが、その握りしめる携帯は横から引ったくられた。引ったくったのは篠山。大きく息を吸い込んでから、可能な限り落ち着いて話し出す。

「ちょいと田島さん」

『え?あ、あら、その声は篠山さんね』

「そーよ。いい?耳の穴かっぽじって、よーく聞きなさい。

 あんた、今すぐ父親に連絡取りなさい。ナスレ本社に助けを求めるのよ」

『え?会社にって、父さんの会社は食品会社で、警察でも何でも…』

 とたんに部室はおろか学校中に響くような怒鳴り声が携帯を揺らす。

「うっさあーいっ!!

 もう警察や国があてになんないのよ!あんた、何かするって言ったでしょーが?だったら、もうこの際、助けてくれるなら誰でも良いわよ!ナスレだって大会社のハシクレじゃないの。あんだけツキノワにお礼をしたいって言ってたじゃない?だったら、なんか助けてくれるでしょーよ!

 手段なんか選んでないで、さっさとやんなさいっ!」

 そう叫ぶや、返事も聞かずに通話をオフにしてしまった。

 そして部室内を見渡す。いきなりの大声に圧倒されている新聞部員達を。

「あんたらもよ!」

 篠山の人差し指が、部長を含めて全員を指す。いきなり指さされた部員達はキョトンとしてしまう。

「こんな所でブルブル震えてるなんて、マスコミの端くれとして恥ずかしくないの?」

 部員達からは、いやそんなことを言われても…、だって死んだら元もこも、なんて消極的意見が聞こえてくる。

 部員を代表するかのように部長が尋ねた。

「一体、何をする気?あたし達はタダの高校生よ。テロリストと戦えなんて、言わないわよね?」

「とーぜんでしょーが。武器も無しに市街戦なんかやれないわよ」

 今度は由奈が小さく手を挙げる。

「それじゃ、一体どうするの?」

 聞かれた篠山は腰に手を当ててふんぞり返った。

「当然、報道に携わる者として、マスコミらしい戦い方をするの」

 室内には困惑が広がる。

 だが不可視の沈殿物を拭うかのように篠山の元気な声が通り抜けた。


「特ダネよ!」


 彼女の宣言に、他の部員は呆気にとられる。

「現代戦は情報戦だということ、教えてあげるわ!」

 そういうと彼女は目の前のPCに飛びついた。目にも留まらぬ速さでキーボードを打ち続ける。

 画面を睨み付けながらも、口は動きを止めない。

「さぁ、あんた達はどうすんの?

 別に協力しろなんて言わないわ。逃げたきゃ勝手に逃げなさい。家に閉じこもってガタガタ震えたい臆病者は、死なないように家まで逃げ帰る事ね!」

 かなり酷い言いようだが、これに言い返せる気概のある者も居なかった。どうしたものかと顔を見合わせる。

 だが尾野は再び自分の席に着き、PCを操作し始める。

「朱美ちゃん、まずはどうするの?」

「いいの?由奈、あんたは怖いんでしょ?」

 由奈の方を見ずに言った篠山だが、彼女の言うとおり由奈の顔色は悪い。汗が幾筋も頬をつたっている。それでも丸眼鏡の奥、彼女の瞳は恐怖に濁っていなかった。

「ツキノワちゃん、助けなきゃ」

「ありがとね、由奈」

 部員二人がPCに向かい、情報戦とやらに没頭し始める。その様子に部長は溜め息をつきつつ立ち上がった。

「しょうがないわね。逃げる人は早く逃げて。でも、この場に残る人は篠山さんに協力してちょうだい」

 その言葉に、残りの部員は再び顔を見合わせる。そしてPCに向かって何事かを始めた二人を見る。

「しゃーない、いっちょやるか!」「まぁ、どうせ危なくて学校からも出れなくなってたんだしね」「俺はツキノワに興味ないけど、主犯を逃がすわけにはいかないからな」「じゃ、何をするのか教えてよ」

 新聞部の部室から出ていく者は一人もいない。全員がPCに向かい、それぞれの戦いを始める。

 皆、ネットの海へと潜り出す。





 情報の海。

 現代科学が生み出した仮想世界。

 第二の現実や異次元空間とすら言われる、インターネット。

 だが、そのデータで構築された電子の大地すら、素粒子で構築された三次元空間で起きた激震の直撃を受けていた。あらゆるサイトで情報が交換され、激論が交換され、逃走経路や打開策を探し求めている。


 回線がパンク寸前になる程の大量のメールが送られる。

  ――赤島交差点は炎上する車で渋滞中。迂回路は南側の旧街道。地図を添付する――

      ――そこダメ。銃撃されたトラックがブロックに突っ込んで道を塞いでる。山の中腹にある道路は細いけど抜けれるはず――

    ――無理ポ。その細い道に車が大杉。逃げられない。漏れらオワタ\(^o^)/


 あらゆるホームページが情報を発信する。

[名香野市市街戦映像!UP主が氏を恐れず激写した秘蔵写真の数々!!]

 そんな見出しの下には三台のバイクがパトカーを銃撃をする連続写真が載っている。そしてアクセス数カウンターは急回転で上昇を続ける。

 他にも、名香野市で起きる銃撃戦の様子を映した携帯の写真・確認されている事件現場を名香野市の地図上に記した画像・窓から見える様子のコメントなど、あらゆるサイトがアクセス数を急上昇させている。

 ツィッターの情報更新速度など、もはや肉眼で全てを読み取れる速度では無くなっている。その「つぶやき」は日本語だけでなく、英語・中国語・フランス語・アラビア語等のあらゆる言語で書き込まれる。


 公共掲示板サイトも高速で様々な情報が書き込まれる。あらゆる事件情報が、被害状況が、悲鳴が、歓声が、罵声が、救援要請が、ただの落書きに至るまで、恐るべき勢いで書き込まれる。

 ――リアルサバゲktkr!wktk!――

――お前↑死ね。氏ねじゃなくて死ね。全ての被害者に詫びて首ククレ――

  ――もうダメです死にます父さん母さんごめんなさい――

――諦めンなよっ!つか、あいつらが弾切れになるの待てばいいだけだろ――

   ――ムリポ。あいつら、いつまで経っても弾が切れない。どうなってんだ――

――こんな計画立てるんだ。どっかに予備の武器弾薬をストックしてるぜ――

――そういう問題か?サブマシンガンぶっ放してたら、いくら弾があったって足らないだろ――

   ――ニワカキター、なんてのはおいとく。マジレス。やつら無駄弾撃ってない。つか、いくら9mmでもバイク乗ったままフルオートで片手撃ちなんか出来るか。ちゃんと普段は単発で撃ってやがる――

 ――プロかよ、勝てるかそんなモン――



 動画投稿サイトも同じだ。

 市内各所、携帯やビデオカメラで撮影された市街戦の様子が投稿されている。その映像の中で襲撃者達は、常に三人一組3チームで行動している。

 その連携も見事だ。前方に発見したパトカーへ向けて、一人が銃撃。同時にもう一人は右へ展開し、側方から援護。残る一人は周囲、特に後方へ注意し、仲間が弾切れの時には自分が銃撃をして弾倉交換の際に撃ち返される隙を与えない。そして警察に増援が来たと見れば即座に逃走し、数分と同じ場所にいない。それもオフロードバイクを生かして川の中とか悪路ばかり選んで走る。包囲されそうになっても閃光手榴弾や催涙弾で足止めしてすり抜ける。

 そもそも彼らの持つ銃H&K MP7とFN Five-seveNは、警察の持つ拳銃とは性能が違いすぎる。警官の銃は小型回転式拳銃S&W M37エアーウェイトと自動式のSIG P230、どちらも小型の拳銃。装弾数も射程距離も威力も襲撃者のそれとは比較にならない。警察の銃が射程に入る前にサブマシンガンの高速弾が弾幕となって降ってくる。防弾チョッキも貫通するとあって、近寄ることも出来ない。動画の中で、警察は彼らの銃撃から逃げ隠れてばかりだ。

 スキャンダル動画と合わせ、再生数と書き込まれたコメント数も桁外れだ。サーバーは過負荷に耐えきれずダウン寸前。


 どれもこれも、あまりに唐突に始まった大量の事件に圧倒されている。死の恐怖に襲われ悲鳴を上げる。遙か遠くの地で起きた大事件に好奇心で輝く野次馬の目を向ける。家族や友人の安否を確かめようとする。自分をナイガシロにしてきた警察・社会・国家の醜態に笑い声を上げる者達もいる。

 共通するのは、今、世界中の目が名香野市の事件に釘付けだということ。一体何が起きているのか把握しようと、あらゆる情報源へアクセスを試みていること。だがそれに成功した者はほとんどいない。最も有力な情報の発信者であるべき警察とマスコミ自身が混乱しているのだから。そして事件現場である名香野市の人々には、自分たちの目前で起きている事象しか分かりようがない。


 それら荒れ狂う情報の海に、一滴の雫が落ちる。

 一行のアドレス。



   ――なんだ?このアドレスは――



 最初、それは誰の目にも留まらなかった。相手にされなかった。だが、あらゆるホームページ・ブログに次々と貼られていった。


 ――また誘導か。今度はどんな業者だ?――

         ――業者じゃないな。ウィルスだろ――

   ――違う、おまえら急げ。凄いネタだ――


 それは小立高校新聞部のアドレス。本来なら学校の行事だの部活動だの、大して相手にされないHP。最初は控えめに、慎重に。そして徐々にアクセス数は増えていく。アクセスした人が他者へ紹介し、さらにアドレスが広がる。


      ――おい、これって小立高校の新聞部じゃないか――

 ――え…あ!名香野市の、ツキノワの飼い主が居るあれか?――

  ――ネ申降臨!今回の件の全てが書かれてるじゃん――

――またガセじゃないのか?マスゴミすら信用できないのに、ガキの部活なんか信用できるか――

    ――いや、小立高校新聞部ということは、情報源は浩介チャンだろな――

     ――信じるに足るソースと言えるか…?――

――警察無線の傍受内容とは一致します。マスコミの断片的な報道とも矛盾していませんね。恐らく真実です――

   ――うわっ!スゴー!ネタバレキター!――


 そこに書き込まれているのは、浩介と村主から伝えられた事件のあらまし。まだ警察も発表していない内容。河原での浩介襲撃・ツキノワ誘拐・首謀者である千種プロダクション社長の逃走と浩介達の追跡・遊撃部隊との市街戦・後方攪乱としてのスキャンダル動画配信・etc...

 全世界の人々が、喉から手が出るほど欲しがった事件全貌。中心人物たる沢渡浩介からの情報として信用され、恐るべき勢いでアクセスが集中する。



 現実空間、部室の中。

 部長の小林が悲鳴を上げる。

「ダメ!アクセスし過ぎよ。このままじゃ落ちる!まだ協力は得られないの!?」

 救いを求める部長の視線は由奈の方へ向く。その由奈は携帯電話を肩に挟んでキーボードを叩き続ける。

「待って…もう少し…来ました!春原先生から、学長のOK出ましたって!今、築島大学に残ってる学者さんや学生さん達が、急いで協力してくれるそうです!」

「早く!あたし達だけじゃ無理よ!」

 部長の声を待つまでもなく、尾野は築島大学生命科学研究所へメールを送信する。それは小立高校新聞部HPに書かれた事件全貌のコピー。

 送信されたデータは即座に築島大学のHPにも追加された。更に築島大学と交流のある他地域の大学・企業・省庁へも大学経由で送信される。それは築島大学にいた学者と学生達の手によって各種言語へ翻訳され、海外へも発信された。

 多少の誤訳や誤解はあっても、事件の大まかな姿は世界の知る所となる。


――おひおひおひおひ、とんでもない事じゃねーか!――

    ――Oh,Coooooooooooooool!!What an amazing war!!!――

  ――这是战争!――  ――C'est incroyable!!――  ――日本オワタだよマジで――

 ――Il Governo giapponese è incompetente――


 この間、僅か一時間ほど。

「おーっし!すっぱ抜いてやったわよ。朝読新聞がなんぼのもんだっての!

 これでお膳立ては整ったわ」

 PC前で篠山はガッツポーズ。そして自分のカメラをとりだし、動画モードにして由奈に手渡した。

「んじゃ、本番行くわ。しっかり映してちょうだい!」

「え、あ、うん。それじゃ、映すよ」

 篠山は手早く髪を整え口紅も塗る。由奈は動画撮影に丁度いい位置取りをする。もう一人の部員もカメラを取り出して構える。他の部員は村主・浩介からの追加情報を待ち、あらゆるサイトへ情報を送り、自分たちのHPへアクセスが集中し過ぎないよう人々を誘導していく。

 黒煙が上がる窓をバックに、篠山は大きく息を吸って大声を張り上げた。

「視聴者の皆様、ご覧下さい!

 これが名香野市の現状です。正体不明の敵から攻撃を受けて、既に市街戦へ発展しています。あまりの危険さに我々は逃げることも出来ず、この小立高校新聞部部室にて救助を待っています」

 レポーターな篠山は右手を外へと伸ばし、カメラはその先を映す。黒煙が上がる街が一望できる。上空には何機ものヘリが旋回している。

「しかしっ!私たちは恐怖に震えるだけではありません。

 私たちは事件の中心人物、沢渡浩介との接触に成功し、事件の真実と全体像を掴みました。もはや、無闇に慌ててパニックを起こす必要はありません。皆さん、まずは落ち着いて、冷静になりましょう」

 篠山の得意げな顔が再びフレームに収まる。篠山自身が大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐く。この映像を見る全ての人と一緒に深呼吸をするかのように。

 今度は冷静な声で、再びレポートを開始する。

「事前に伝えたとおり、町中で暴れる連中は囮です。そしてネットに流されたスキャンダル動画も後方攪乱に過ぎません。やつらの本隊、いえ、首謀者はツキノワを掠って逃走を続けているのです」

 その時、空から爆音が響いてきた。それはヘリの羽が風を切る音。

 再び画面が窓の外を映すと、東の空から小立高校へ接近する数機のヘリがあった。それらは町中を飛び回っている小型のヘリとは明らかに違う。もっと大きく、そしてものものしい雰囲気を漂わせている。

 ヘリの編隊は小立高校近くの空を通り過ぎていくかに見えた。だが、そのうち一機が編隊を離れ、小立高校上空を旋回し降下し始める。

「あ、あれは…どうやら警察のヘリです。恐らくは警察の特殊急襲部隊、SATです!多分この高校のグラウンドに降下するつもりでしょう!」

 篠山が警察ヘリの降下を実況する間に、撮影していた部員はそれまでの映像が収まったカードをPCへ接続、幾つかの動画投稿サイトへ配信する。ヘリの方はグラウンドと校舎に向けて「危険ですので近づかないで下さい!」とアナウンスした後、グラウンドの直上でとまった。

 扉が開けられ、紐が機体左右に二本、計4本垂れ下がる。それぞれ紐をつたって黒ずくめに防弾チョッキ、ヘルメットとフル装備の隊員達がシュルシュルと降りてくる。ヘリの中には次の降下を待つ隊員が更に四人、地上へ警戒の目と銃口を向けている。

 その光景に、救援を待ち続けた校舎の教師生徒達は釘付けだ。皆、口々に「やったぁっ!助けが来たわ!」「おーい!こっちだー!」と叫んでる。新聞部員達も窓に張り付いてしまう。

 部長が救援に喜びつつも、少し首を傾げる。

「どうして着陸しないのかしら?」

 その言葉に他の部員は推理をめぐらす。

「着陸する瞬間を狙われたら終わりだからじゃない?」

「上空から警戒するためだろ」

「でも、この学校に何か用があるのかな…って、え?やだ!用ってもしかして、あたしたちじゃない?」

 言われて他の部員も気が付いた。

 この一時間以上、事件の中心人物たる浩介・村主と連絡を取り、事件の全容を世界へ報道してきたのは彼ら新聞部員。つまり今、名香野市で最も重要な情報が集まる場所。なら警察も、そしてこの事実を知れば襲撃者達も小立高校新聞部へやってくるのは当然。

「ということは、もしかして、ここって…」

「・・・じゅ、銃撃戦が、ここで…?」

 部員達は今さらながら、自分たちがしてきたことの重大さに青ざめる。

 彼らは自分たちの予想が間違ってると信じたかった。が、地上に降り立つと同時にマシンガンを構えて全周囲警戒をした8人の隊員達が、四方へ銃口を向けたままで校舎へ駆けてくる姿を見てしまった。

 彼らは、ますます血の気が引いていった。ただ一人、尾野からひったくるようにカメラを受け取りデータを確認する、楽しそうな篠山を除いて。





 ナスレ本社ビル。

 会議室には重役達が並んでいる。そして彼らの前には、小立高校が配信した動画が再生されている。

 小さな、荒い画像の再生画面。篠山が視聴者へ呼びかけていた。

『ご覧の皆さん!どうか、冷静に考えて下さい。

 囮や攪乱に引っかからないで下さい。重要なのは首謀者を捕まえること、そしてツキノワちゃんを無事に取り戻すことです!

 確かに名香野市で暴れ回るテロリストは、恐るべき敵です。各種スキャンダル映像も重大事件でしょう。とても無視することなど出来ません。ですが、だからといって敵のボスを逃がすわけにはいかないのです。

 私は日本中の、いえ、全ての人にお願いします。どうかツキノワを助けて下さい!そして首謀者の逮捕に協力して下さい!

 今こそ、全ての人が力を合わせる時なのです!』

 セリフが終わると同時に、画面の横から顔をマスクで覆った黒ずくめの隊員が現れ、撮影を止めて警察の指示に従うよう促す。そこで動画は途切れた。

 会議室の大きなテーブル、その一番奥に座るスーツ姿の明石社長。老人は腕組みをして目を閉じ、考えている。

 居並ぶ重役達は困惑した視線を投げかけ合う。

「いやはや、大変な事になってしまいましたね」

「まさか年末の事件が、こんな展開をするとは」

 溜め息をつきながら携帯を閉じた初老の女性が呟く。

「やっぱりダメです。ますます通話制限が酷くなってます。健太君、大丈夫かしら…。あ、すいません、健太というのは私の初孫で、名香野市の隣町にいるんですけど」

「仕事中ですよ。私用電話は」

「すいません。ですが、あまりにも心配で」

 一礼した女性に、指摘した男はそれ以上何も言わない。それよりも事件の話に気が行ってしまっている。


 彼らの前では、他にも動画が再生されている。画面の中で白衣を着た女性が会議室らしき場所で必死に訴える。それは春原の動画。

『・・・どうかお願いします!浩介とツキノワを助けて下さい!

 もし浩介が首謀者に追いついたら、あの子は殺されてしまいます!あの子はただの高校生なんです!

 そして警察の特殊部隊や自衛隊が首謀者を発見すれば、今度はツキノワが危険に晒されてしまうのです。いくらツキノワが貴重とはいえ、やはりネコです。人権など認められてはいません。人質だなんて考えてもらえず、首謀者と一緒に殺されても不思議はないのです。

 あの子達を捨てて研究に走った私が今さら、母親として、なんて言えません。でも、それでも浩介とツキノワは私の子供達なんです!私も一人の女なんです!

 この動画を見る全ての人に、お願いします!あの子達を助けて下さい!』

 そういって彼女は深々と頭を下げる。

 これらの動画は主立った動画サイトに投稿され、全世界へ公表された。同時に築島大学から主な官庁・企業・大学や研究機関、何より政党やマスコミ、そして各界著名人へ送信されている。

 同じく動画サイトに投稿された動画や送信されたメールは数多い。だがその中でも築島大学からの情報は信頼度・重要度が高い。次々とコピーされネット上で増殖を続ける。


「一体、どうすればいいんでしょうなぁ・・・?」

「私たちに何が出来ると?これはもはや警察と自衛隊、政府以外に手の出しようがないでしょう」

「ですけどツキノワは、私たちの会社を救ってくれたわけで…何もしないというのは、どうも、世間的にも」

「いや、だから、何か出来るレベルじゃないでしょ?わたしら、ただの食品会社ですよ」

「だな。

 第一、誰だって命は惜しい。家族も仕事もあるってのに…。悪いが、いくら恩人とはいえ、しょせんネコだ。たかがネコ一匹のために命を賭けれるか」

「助ける義理はあるが、義務は無し…か」

「それ以前に方法が無いですよ。私ら一般人ですもん」

 冷たく言い放つ重役もいる。だが彼に反論する者もいない。皆、家族会社と他人の家のネコを秤にかければ、どちらに傾くかは口にするまでもない。一様に押し黙りうつむき、ネット配信される情報やTVの報道を見つめるばかり。


 その時、会議室の外側で大きな声がした。

 その声は会議室入り口で押し問答をする人々の声らしい。社長の秘書が何事かと扉を開ける。とたんに少女の声が飛んできた。

「社長!お願いです!話を聴いて下さい!」

 それは田島楓の声。そして会議室に飛び込もうとするのを押さえる警備員達と父親の声だった。

 会議室の面々は扉の方を見ながら訝しむ。

「何事ですか?騒々しい」

「今は会議中だぞ。無関係なヤツを入れるな」

「早く閉めてちょうだい」

 デスクに座る重役達に言われ、秘書は恐縮しながら警備員に指示し、扉を閉めようとする。         

「待て」

 老人の声が秘書の手を止めた。それは明石社長の声。目を閉じ腕組みしたまま、重々しく命じる。

「入れてあげなさい」

 不審がる重役達をよそ目に秘書は楓を、そしてその父親を中へ入れる。田島楓は肩で息をしながら、父親は縮こまりながら背中が見えるくらい頭を下げた。

「す、すいません!こんな緊急事態の最中にお騒がせしてしまい、本当に、なんとお詫びすればよいか。

 わ、私は広報部の田島です。こちらは、娘の楓と言います」

 紹介された楓も父親に負けず深々と頭を下げる。その顔と髪は汗が光る。

 社長は腕組みをしたまま、ジロッと二人を睨む。

「で、ワシに用があるのは…そちらの娘さんかね?」

「はいっ!」

 力強く応えた彼女は背筋を伸ばして一歩前に出る。他の重役達は「今は子供の話を聞いている場合では…」と言おうとしたが、社長の威厳を前に口をつぐむ。

 静まりかえった会議室に楓の声が反響した。

「どうか、ツキノワちゃんを助けるために、力を貸して下さいっ!」

 そう叫ぶや再び、いや先ほど以上に頭を下げる。頭を下げられた重役達は困惑した顔を見合わせる。

「ナスレが食品会社で、この状況では警察や自衛隊に任せた方が良いのは知ってます。でも、それじゃツキノワちゃんが危険なんです。

 沢渡君とツキノワちゃんは、あたしを助けるために危険を冒してくれました。そしてナスレを救ってくれました。自分の危険を顧みず、そんな義理も義務もなかったのに、あたし達を助けてくれたんです」

 その言葉に、室内に沈殿する空気が揺れる。重役達の良心が痛む。顔を上げた楓の目を直視できず視線を逸らす。

 だが、そんな重役達へ楓は訴え続ける。

「なら、次はあたし達の番です!

 沢渡君とツキノワちゃんが自分達に出来ることをやってナスレを助けたように、ナスレも自分達に出来る手段で沢渡君とツキノワちゃんを助けて欲しいんです!

 どうか、お願いしますっ!」

 再び楓は頭を下げる。

 重役達は目を伏せ、視線は彷徨い、腕組みをして黙り込む。

 重苦しい沈黙がのしかかる。

 落ち着き無く娘と重役達の間で視線を往復させていた父が、娘へ向けて口を開こうとした。

「・・・おい」

 だが父より早く口を開いた者がいた。

 全員が声の主を見る。秘書に声をかける明石社長を。

「経団連会長、キャナンの佐島さんへ電話せい」

 その言葉に重役達から「しゃ、社長!」「本気ですか?」「待って下さい!」という叫びが上がる。だが部下達の言葉は社長の一睨みで遮られてしまう。

 社長は立ち上がり、皆に語りかける。

「とっくの昔にワシの腹は決まっとったわ。

 そもそもワシは沢渡家の、ツキノワのおかげで命を救われておる。あの者達は縁もゆかりもない我が社の窮地を救ってくれた。おかげでワシも首をくくらずに済んだんじゃ。ゆえに、今度はワシが動かねばならん。

 ただ、会社を道連れにする決心がつかなかっただけじゃ。なにしろ、ツキノワを撃つなと言うのは、首謀者逮捕を妨害するようなものじゃからな。失敗すればタダでは済むまいよ」

 ほとんどの重役達の顔には困惑が、楓と父の顔には満面の笑みが浮かぶ。そして先ほど安否確認の電話をかけようとしていた重役の女性も電話を手にする。

「舞鶴漁協と柏崎漁協へ電話します。契約してる漁船へ協力を仰ぎましょう。ツキノワを国外へ持ち出すとすれば、船に乗り換えて日本海を通るはずです。付近を航行中の漁船や船舶に監視と情報提供をお願いしますわ」

 その言葉に社長は強く頷き、他の何人かの重役も動き出す。

「来須川警備へも電話するとしましょう。恐らくは沢渡浩介の位置情報を掴んでるはずです。何か手助けが出来るかも」

「私たちも動画を配信しますか。ツキノワを守って下さいって。世論形成の一端にはなります。政府の暴走を防ぐ圧力にもなるでしょう」

 次々と動き出す少数の重役達と、未だに困惑したり憮然としたままで動かない大多数の重役達。彼らに対し、明石社長は力強く宣言した。

「これは、我が社を再び危機に陥れかねない危険な行動じゃ。だが、社長命令じゃ!異論反論は認めぬ!従えぬ者はこの場を去るが良い!社員一丸となって事件解決とツキノワ奪還に協力せよ!」

 この社長命令に逆らえる者もいなかった。全員が弾かれるように電話をかけ、社内に指示を飛ばしだす。

 その光景に涙する楓の背を、父は優しくなで続けた。





 時は既に昼過ぎ。

 人々の様々な想いと動きは、ツキノワを追う浩介と村主の知る所ではなかった。彼らは必死でバイクを走らせていた。

 山中をオフロードバイクでショートカットしたとはいえ、悪路を無理矢理に通った少佐達。大幅に回り道を余儀なくされたとはいえ、道路を通った浩介と村主。時間的・距離的に大幅に引き離されたとは思えない。だが二人は焦っていた。浩介など顔面蒼白になっている。

「ダメだ…ツキノワの感覚が弱すぎる…。もう、ほとんど何も聞こえないし、感じられないんだ!」

「く、くそったれ!離れすぎたんや!」

 浩介の手が汗で濡れる。村主の背も汗にじっとりと濡れている。

 あまりに距離が離れすぎたためかツキノワの感覚を捉えられなくなっていた。そのため進むべき道標を無くしてしまった。彼らは今、いったん埼玉側の街に出て五月山国定公園の北側へと走ってはいる。途中、パトカーと何度かすれ違った。止まれとか何とか言われたようだけど、無視。

 だが、その方角は定まらない。迷走に近い状態となっている。


 そんな最中、バイクのエンジン音も元気をなくす。

「うぬぅ、もうすぐガス欠や…こんな時に」

「くそ!…しょうがない。その辺のスタンドに入ろう」

「ああ。それと、いい加減、休憩も取るで」

「休憩って、ンなコといってる場合じゃないだろ!今は急いで奴らを追わないと」

「だからこそ、や。気持ちはわかんねんけど、ペース配分と体力回復は長丁場の試合では重要やで」

「ぐぅぅ…つか、この格好で入るのか?」

「…しゃーないやん」

 俺は気が気じゃない。

 休んでられるほど落ち着いていられない。

 けど、こと戦闘では村主が師匠なんだ。相当疲れてきてるのも確かだ。ここは言われたとおり休むしかない。

 というわけで、俺たちはコンビニ兼喫茶店みたいなのが付いたガソリンスタンドに立ち寄ることにした。完全武装の学生服姿で。防弾チョッキに特殊警棒も装備してガソスタに立ち寄るんじゃ、強盗と思われてもしょうがない。けど、それももうしょうがないと腹をくくった。

 幸いセルフサービス式で、他に客はいなかった。機械を操作するだけで給油も支払いも出来る。長居は無用とばかりに、さっさと満タンにしようと機械にとりつく。

「あーっ!!」

 突然、背後から女の声がした。

 俺たちが振り向くと、店員らしい女性二人がいた。俺たちを指さして仰天している。一瞬、俺たちのトンデモナイ格好に驚いたのかと思った。

「あ、あなた、沢渡浩介…君?」

 どうやら強盗と思われたわけじゃなかったようだ。二人とも店をほったらかして、こっちへ駆けてくる。そして俺の顔を穴が空くほど見つめた後、何かキャーキャー叫びながら手を取り合って跳ね回りだした。

 俺はキョトンとした顔を村主に向けてしまう。村主も突然のリアクションに訳が分からない様子だ。

「あの…何だかわからないですけど、とにかく買い物したいんですけど」

 切り出した俺の言葉に、二人はようやく我に返った。

「あ、す、すいません。いらっしゃいませ、です」

「とにかく、店内へどうぞ!急いで!」

 訳も分からず俺たちは二人に店内へ引きずり込まれる。



 店内の喫茶スペースにはTVが置かれていた。何人もの人が画面を食い入るように見つめている。サンドイッチやオニギリをがっつく俺たちも画面から目が離せない。

『…兄貴は、ホントにバカでバカでどーしょーもないけど、あんなのでも兄なんです。そしてツキノワは、私の大事な弟なんです。村主先輩だって、脳みそ筋肉だけど、とてもいい人なんです。

 どうかお願いです。兄達とツキノワを無事に連れ帰って下さい。そのためには全ての人の協力が必要なんです』

 家の前で紗理奈が頭を下げると同時にフラッシュがたかれる。マイクは次に、隣に立つ母さんへ向けられる。

『あの子は、あの子達は、私の子供です。二人とも私の家族なんです。私はただ、あの子達の無事を祈るばかりです。そして村主君も息子達の大事な友人なんです。

 浩介、ツキノワ、無事に帰ってらっしゃい。母さんは待っています。村主君も、決して無理してはいけませんから』

 そういって母さんも頭を下げる。深く礼をする二人に向けて再びフラッシュが光る。

 そこでカメラが横を向く。そこには田んぼの中に着陸したヘリをバックにする男がマイクを握りしめていた。

『…というわけでして!沢渡邸前から沢渡家の方々の涙の訴えをお送りしました!

 ではここで、もう一度現状を生中継でスタジオへ報告します!

 私どもの乗ったヘリはエンジントラブルにより戦場と化した名香野市の、沢渡邸横へ緊急着陸しました!そこで沢渡家の方々との接触、単独インタビューに成功しました!

 沢渡家の方々の涙を交えた訴え、皆さんに届いたでしょうか!?この家族愛、政府で事件解決に奔走する人々へも届いたでしょうか!?

 今、私は沢渡家の人々と共に祈ります!ツキノワが無事に奪還出来ることを、この家族が幸せな明日を迎えられることを!』

 ここで生中継は終わり、画面は報道フロアへと切り替わる。

 レポーターのセリフは、俺とツキノワの無事を案じてのものではあるんで、まぁ悪いことは言いたくないけど、かなり演技過剰だった。すっかりマスコミに対して不信感を抱いてしまったせいで、素直に感動できないのは困ったモンだ。それでも、母さんと紗理奈が俺たちの身を案じている姿、涙をこらえるのが大変だった。

 報道フロアの女性アナウンサーは、各所からの報告や意見提言を読み上げている。それは、速やかな事件解決を要求するもの、日本人は一致団結すべきと煽るもの、国家の無能無策を罵るもの、救助援軍を求める叫び、など。

 そしてそれら多くの意見に付いてくるものがある。それは『ツキノワを取り戻せ』だ。

 アナウンサーは横を向く。そこには2人の解説者だかコメンテーターだかが座って発言を待っていた。

『以上のように、国民の多くはツキノワの身を案じている様子です。

 三島さん、どうやら世論の大半は首謀者の逮捕と同じくツキノワの安全も大事と考えているとみて、よろしいでしょうか?』

 三島と呼ばれた老人は重々しく口を開く。

『そのようですね。

 これは小立高校新聞部と築島大学、そしてナスレからの要請、なにより沢渡家の呼びかけに応じたもの、と言えるかもしれません。未だツキノワ人気が高いことを考えれば』

『何を悠長な事を言ってるんですか!?』

 もう一人のコメンテーター、中年の男が口を挟む。

『敵の目的がどうであれ、首謀者を逃がすわけにはいかないんですよ!

 ツキノワは確かに貴重なネコです。ですが、ネコに銃口を向けられませんだの、ネコを人質に取られたから撃てませんだの、そんなことを言って奴らをみすみす逃すことの方が問題です!』

 その言葉に三島も声を荒げる。

『それはツキノワという存在の特殊性を考慮しない言葉でしょう。少なくとも世論はツキノワを守れと』

『人の命とネコの命、どっちが大事なんですか!?世論が敵を逃がせと言ったら逃がして良いとでも!?』

『逃がせなんて誰が』

 二人の激論は止まらない。

 ここで再びアナウンサーへ画像が移った。

『えー、ここで九重副総理からメッセージが届きました。

 全国民は後方攪乱に惑わされず、今は一致団結して事件解決に協力して欲しい。以上です。

 あ、これに加えて、えーと、大野副総監の更迭は事件解決まで凍結、それまでは指揮に全力を注いでもらう…との事です。

 驚きました。どうやらこれは、後方攪乱に惑わされない、という政府の姿勢を強く表した決定と・・・』

 ニュースを見ながらコーヒーを一気飲み。食べ終わったサンドイッチの袋を丸めてゴミ箱へポイ。

 入り口の自動ドアが開くのももどかしい、というくらいの勢いで中年の男の人が飛び込んできた。俺達の手にバイクのキーを握らせる。

「あんた達のバイク、満タンにしといたぜ!タイヤの空気も入れておくとかしといた。これで奴らを追えるぞ!」

 TVを見ながら携帯をかけていたおばさんが村主の方を向く。

「あんたの家につながったよ。でも、留守みたいだね。留守録に入れとくかい?」

「す、すんません」

 携帯を受け取った村主は慌ててメッセージを入れる。

 他にも携帯を耳に当てている人達はいるけど、「ダメだ、警察は全然繋がらない」「110番まで通話制限か…」「いや、通報が多すぎてオペレーターが足りないんだろ」なんて話が聞こえる。俺たちの動きを警察に連絡しようとしてくれてるんだけど、上手くいっていないらしい。

 小型PCを開いていた店のお姉さんが周辺地図を示してくれた。

「見て、ここが現在地よ。

 もし奴らが君達の言ったとおり、山のハイキングコースを通ってきたとするなら、必ずこの道路に出るはず。警察の動きは分からないけど、多分パトカーが何台も張り込んで居ると思うの」

 それは五月山国定公園北側の地図。山林を貫く道路が示される。

 だけど横から携帯片手のおじさんが興奮した様子で口を挟んでくる。

「いや、埼玉県警は期待できないだろ。例のスキャンダル動画で警察も混乱したろ?警官の配備が遅れて、網から逃げられたとみるべきじゃねーか?」

 さらに若いサラリーマンとか主婦らしきおばさんとか、周囲の人達もアレコレ推理してくる。

「もしかして、全然違う方向へ向かったってのはないかい?逃げたと見せかけて、実は移動せず隠れてるだけでした、とか」

「それはないだろー?だって、奴らはツキノワを、多分国外へ運ばなきゃいけないんだからさぁ。大急ぎで空港か港へ走ってるさ」

「空港はねぇな。手荷物検査で、つか顔認識システムで引っかかる。どっかに小型機隠してたって、レーダーには映っちまう」

「顔認識システムって日本で採用されてたっけ?それよりステルス機は?もしくは小型のラジコンでツキノワだけ、とか」

「ステルスなんか、どこで手に入れるのよ。あんな大きなネコを運ぶラジコンなんか目立ちすぎるし、事故の危険も大きいと思うの。港は固いわ」

「いやいや、あいつら二人に一匹だけだけなら小さなモーターボートで十分だ。港も目立つし警察や海保もいる。川沿いを張れば・・・」

 TVで流される情報を前に、全然関係ない人達まで作戦会議だ。

 外を見れば、車がほとんど走っていない。もしかしたら、みんなでTVにかじりついているんだろうか?もちろん走ってるバイクや車はあるけど、それは多くが名香野市の方から走ってくる。それも、あちこち傷が入ったり汚れたりした車が。どうやら大渋滞を抜けて名香野市から脱出した車だ。慌てて逃走してる最中に、どこかへぶつけたりしたんだろう。

 いや、名香野市とは反対側から来る車があった。一台はワゴン車で、車体の横に来須川警備保障と書いてある。そしてその後ろからパトカー。

 コンビニのコンセントで充電中の携帯。確か位置情報は自動発信されてたはず。それをたよりに警備会社と警察が飛んできたらしい。



「・・・はい、沢渡浩介と村主直人、両名を保護しました。ツキノワとの通信は途絶したまま、発信機を破壊されただそうです。はい、今、話を・・・」

 パトカーの無線で交信する警官。もう一人は俺に詳しい話を聞いている。警備会社の人は外で周囲を警戒中だ。

「…なるほどね。最初の奴らは日本人か、武器もナイフとスタンガンだけ。飛び出し式ナイフは驚きだな。恐らく金で雇われただけかな」

「そうですね。その辺の話は名香野警察署に連行されたヤツから聴けると思いますが」

 その言葉に警官は表情を曇らせる。

「知っての通り、名香野警察には取り調べなんかやってるヒマはないよ」

「…ですね。垣元さん達も、みんな銃撃戦の最中でしょう。無事だといいんですが」

「死者の報告は聞いていないね。SATも到着したらしいし、恐らくは大丈夫だよ」

 その時、遠くの方からヘリの爆音が響いてきた。

 ふと目を向ければ、それは今までのヘリとは明らかに違う。さらに大型で頑丈な、翼も前後に二つ持つヘリ。そして迷彩塗装。しかも何機もが南へ、名香野市へ向かって飛んでいる。

 俺の視線につられて警官も空を見上げる。

「自衛隊だ…。とうとう出動したか」

 そして店内の他の人達も店のガラスに張り付く。どこかへ電話中の村主も。

「やったぁ!これでもう奴らもおしまいよっ!」「だといいけど、自衛隊って役に立つのかねぇ?」「…陸自の仕事と言えば、雪祭りと災害救助だし…」「実戦かて、初めてな連中やんなぁ」

 最後の呟きは村主。全員、希望に満ちた笑顔が一転、またも不安な空気が漂う。

 そんな空気を吹き飛ばすように、今度は明るい関西弁が響いた。

「篠山と繋がったでっ!」

 瞬時に村主から携帯をひったくる。

「もしもしっ!篠山か!?」

『へろー♪どうやら無事だったようね』

 こんな状況でも軽くて元気な声が聞こえる。普段はムカつく生意気さだけど、こういうときは本当に心強い。

「ああ、TV見たぞ、ありがとう!本当に感謝するぜ!」

『おっほほほほ。世論形成はマスコミの仕事よ。これで警察もどこも、うかつにツキノワごと千種の連中を射殺、なんて出来ないでしょうね』

「だな!あとは追っかけるだけだ。それで、今の状況なんだけど…」

 俺と篠山で情報交換。


 ツキノワからの通信が途絶えて敵の位置をロスト。

 小立高校には周囲の住民も逃げ込んできて避難所化。

 自衛隊のヘリ数機が北から名香野市へ急行中。

 警察の増援が小立高校に到着。

 SAT隊員達の持ち込んだ通信機とパトカーの無線を使い、校長室を司令室化。

 裏門は封鎖、正門からは避難者が流れ込んでくる。

 全員で窓や扉にバリケードを築いてる。


 そんな話をしている間、電話の向こうでは走り回る大勢の人の足音が響き続けてる。叫び声や大声や怒声、そして何かがぶつかったり組み上げられるが聞こえてくる。警察官達に避難してきた人達も加わってのバリケード作りが進んでいるんだ。そんな中を篠山はどこかへ歩き続け、扉を開ける音。部屋に入ったらしい。

『…町中に散った警察の避難命令で、みんな学校とかに逃げ込んでるらしいわ。ちなみにここはヘリが来たし、SATの人が屋上でライフル構えてるしで、街の人達が駆け込んできてるわよ』

「そう、か。とにかく、みんな無事か」

『ええ。あ、とにかく電話代わるわ』

 誰に、と聞く間もなく声が男に変わった。聞き覚えのある渋い男の声。

『もしもし、垣元だ』

「あ!無事でしたか。うちの高校に来てくれたんですね」

 名香野署の刑事、垣元さんだ。

 耳を澄ますと、後ろの方からスピーカーの雑音に指示とか命令が聞こえてくる。どうやら通信機が置かれた校長室に来たらしい。

『ああ、弾の方が避けてくれたようだ。君も無事だな』

「ええ。俺も村主も無傷です」

 その村主の方は、俺から話を聞いていた警官に呼び止められて話をしている最中。

『それならいい。

 話は聞いたろう、市民の待避は進んでいる。SATも到着した。これから名香野署を中心に反撃が始まるだろう。君も安心して、後は警察に任せるんだ』

 俺の口は動きを止める。

 沈黙が流れる。

「…そうですか。そちらは、大丈夫なんですね」

 垣元さんの返事も数秒遅れる。

『…君の考えている事は分かる。だが…思い上がるなっ!』

 いきなり怒鳴りつけられた。思わず首を引っ込めてしまう。

『レッドビーズ事件を忘れたか。しかも今度は、あんな素人に毛が生えた連中じゃない。本物の特殊部隊が、少なくとも数個小隊だ。今度は君のネコが腹を撃たれるくらいでは済まないぞ』

 まったくもってその通りだろう。

 今回は、マシンガンを手にして暴れ回る実動部隊だけでも十人ほど。市内の混乱を見ると、多分、バックアップもハンパな人数じゃない。

 このまま無闇に追跡を続けても…。

『警察を信頼しろ。敵は強力だ。君ら二人が丸腰で向かっていっても、返り討ちが関の山だろう』

「かも、しれないですね」

『いや、確実にそうなる。という以前に、もう通信機が壊れてるんだから、追跡する手段が無いだろう?』

「…そう、ですね…」


 通信機じゃないけど、確かにテレパシーが途切れてる。

 果たして追いつけるか?

 追いついたとして、どうやってツキノワを取り戻す?

 いっそテレパシーの事実を伝えるか、いや信じてはもらえない、なら黙って待ち続けるか、いやいや俺とツキノワのテレパシー以上に有力な手がかりはあり得ない、だからってここまま走って…。


 俺の頭の中に疑問と不安が渦巻く。

 その時、誰かが俺の背中をつついた。振り返ったらTVを見ていたサラリーマンの人が画面を指さしてる。

 そこには父さんがいた。病院を背景に、白衣を着た父さんがマイクを向けられていた。

画面には[沢渡氏へ独占インタビュー]という文字。どうやら父さんの勤める病院までマスコミが来たらしい。隣の市にある病院だから、マスコミも問題なく到着出来たようだ。

 父さんはマイクをひったくり、カメラに向かって叫びだした。

『ツキノワぁー!安心して待ってろよ、今、浩介が追いかけてるからな!あいつなら確実にお前を助け出せる!』

 それは、ツキノワへの呼びかけ。

 大きく息を吸い、叫ぶ。魂からの叫びを。

『浩介ぇっ!』

 父さんが俺の名を呼ぶ。

 画面に向かって、俺に向かって指さす。

 頬には一筋、涙が流れた跡がある。

『ツキノワはお前の弟だっ!俺たちの家族だっ!

 必ず助け出せっ!お前なら出来る!

 何故なら、お前は俺の子だからだ!

 こんな程度でへこたれるようなフヌケに育てた覚えはねえっ!』

 そこで父さんの言葉は途切れた。

 レポーターがマイクを取り返し、余りに興奮しすぎたせいで後ろから病院の警備員や同僚達に止められたから。

 だけど、沢山の人に囲まれて去っていく父さんの後ろ姿はカメラが追い続けた。必死にツキノワと俺を励ます声が、だんだん小さく遠くなっていく。

「父さん…」

 俺の頬にも涙が一筋。

『…良いオヤジさんだな』

 垣元さんも同じTVを見ている最中らしい。


 血の繋がらない俺を「俺の子」と言ってくれた。叫んでくれた。

 俺がツキノワを取り戻すことを信じてくれる。



 やるっきゃねぇっ!



 息を吸う。

 TVの中の父さんより大きく息を吸う。

「しゃあぁっ!!」

 そして気合いと共に一気に吐き出す。店内にいる人達が仰天してこっちを見るけど気にしない。そんなことはどうでもいい。

 そしてもう一度、携帯を耳に当てる。

「垣元さん、そちらにもやつらのボス、千種とかいう奴らの情報は入っていないんでしょう?」

 耳に舌打ちの音が届く。

『…入った所で、こんな最前線まで情報は届かんよ』

「そうですか」

 通話を切ろうとした。だが垣元さんの引き留める声に指を止めた。

『待て!待つんだ、どうやって奴らを追う気だ?方法が無いだろう』

「まぁ、なんとかしますよ」

『…ウソ、だな』


 心臓が一瞬止まりそうになった。


『君のお父さんは叫んでいた。君なら追える、助け出せる、と。

 何故、君なら出来るんだ?』

 鋭い。

 まさか、そこにツッこむなんて。

「それは…えと、かなり興奮していたから、訳のわかんないこと叫んだんでしょ」

『あの人とは何度も会って話をした。かなり賢く落ち着いた人だ、少なくともいい加減な事を言う人じゃない』

「い、いや、オヤジも結構ズボラでいい加減な所、ありますよ?とういか、状況が状況ですから、そう!動揺してるんだと」」

『…むしろ、今の君の方が動揺しているように感じるんだが…ね?』

「…くっ」

 言葉に詰まる。

 さすが刑事、下手なことを言うとボロが出るばかりだ。

 やばい。言葉に詰まった事すらも情報源にされてしまう。

『…もしかして、やっぱり君も』

「え?」

『君もツキノワと同じく、遺伝子操作を受けた、強化人間だから、とか…?』

「ち、違いますよっ!」

 いきなり何を言い出すんだこの人は。

 と、素直に呆れることが出来たのは一瞬だけだった。

『なら…通信機は壊れていないんだな?ただ山の中に入るか距離が空いたかで、一時的に途絶しただけだな!?』

 息が詰まった。

 全身から汗が噴き出る。

『周波数を教えろっ!通信を暗号化してるなら解読コードもだ!それが事件解決のカギになるのは分かるだろ!』


 まずい


 マズイまずい不味い。

 とうとう痛い所を突かれてしまった。

 心臓が早鐘を打ち出す。助けを求めて周囲を見渡す…ヤバイ警官もいるんだ。こんな内容を口に出来ない。

 村主は充電していた紗理奈の携帯に耳を当ててる。どこかに電話している最中。店内に何か無いか…あるのはコンビニ、知らない人達、彼らが見ているTV…TV!

 気を落ち着けて、ゆっくりと口を開く。

「周波数を聞いて、電波を頼りにツキノワを、千種の連中を追って…それから?」

『それから?無論、奴らを逮捕する』

「僕より先に、駆けつけれます?」

『もちろんだ。日本国内にいる限り、警察の手から逃れられるものか。各地の警察が即座に急行する』

 可能な限り落ち着いて、出来るだけ低い声を出す。

「その逮捕の時、マシンガンとかで、撃ち返されたら?」

『なに?』

「反撃、しますよね?」

『それは…』

 今度は垣元さんが言葉に詰まる。

 成功だ。

 さらにたたみかける。

「ツキノワの頭に銃口を突きつけたら、SATの人達は撃たない…です?上の人達はスナイパーに撃つなと命令してくれます?」

『…君の懸念は分かる。だが、そのために君達は世論を動かしたんだろ?そしてそれは成功した。加えて、君達には奴らに対抗する力はない。ならここは』

 ここで再び背中をつつかれた。今度は村主だ。携帯の反対側の耳に口を寄せる。


  おい、千種の連中の情報、入ったで。有力や。


 村主のしかめっ面が天使のように思えるぜ。

 店内を素早く見渡す。警備会社の人は警戒中、警官達はパトカーで通信中…。俺達が行くと知ったら引き留めるのは間違いない。おまけに垣元さんからの情報が届けば、手段を選ばず署へ連れて行くだろう。

 通話を切り、携帯を村主に返す。そして村主が握っていた紗理奈の携帯は奪い取り、電源から落とす。位置情報を掴まれないように。

「な!?おま、何すんねんっ!」

「来てくれっ!」

「な、何!?」

 即座に店を飛び出る。

 村主もさすがに慣れたモンだ。「なんでや?」なんて聞き返さず、すぐに俺の後ろを走り出す。俺がバイクにまたがってキーを差し込んだのを見て、同じくバイクにまたがる。

 俺達はバイクを急発進させる。パトカーと警備会社の人が何かを叫んだけど、気にしていられない。車では追いかけられないような狭い場所を選んで走り続ける。


 どこをどう走ったんだか分からないけど、目立たないよう森や林を目指して、かっ飛ばした。見つけたのは薄汚れた鳥居の列。その奥へ続く神社の階段。木陰に急いでバイクを隠し、自分達も隠れる。

「んで、なんやねんな」

 ようやく尋ねてきた村主にダッシュで説明。

「…確かに、なぁ。テレパシーなんて説明できへん、けどテレパシー以外に追跡方法もなし。説明できへんかったら協力もしてもらえんし…。でも、このままじゃ逃げ切られる。

 誤魔化すには誤魔化しきったけど、だからって協力せんと…。

 かー!どないすりゃええねん!?」

「マジ困ったぜ。…んで、そっちの情報は?」

「そうや、実は田島楓からの情報や」

「田島さんからっ!?」

 田島さんが連絡をくれたことも嬉しいが、その情報も驚くべきものだった。


 田島さんは今、ナスレの重役室にいる。

 重役室ではツキノワを救うべく明石社長と重役達が動いてくれている。

 そして、契約している漁船からの情報に、千種プロダクションの連中が使っているらしいボートの目撃情報があった。名義だの管理者だのは千種と別だったらしいが、千種の連中とよく似た奴らが乗っていたとのことだ。


「…警察は年末に、そのボートを調べなかったのか?」

「その漁師さん達は、一度海に出たら、なかなか帰ってこられへん人ららしい。それに今は漁のシーズンで仕事忙しいし、港にはあんまりおらへんて。警察が好きでもないし、聞き込みのお巡りさんにも遭わずで、伝えてないらしいで」

「んじゃ、なぜ今になって?」

「お得意さんのナスレから、無線で聞かれたから、やて」

「なーる」


 この情報を受け取ったナスレは即座に警察へ通報。別に田島さんへは教えていない。けど重役室にいた彼女は、この情報を耳にすることが出来た。それでコッソリ大慌てで篠山へ伝えた、とのことだ。

 そして、そのボートは今朝、新潟県の上越沖で目撃されている…。


「ほんで、もう一つ情報や。こいつは新聞部や築島大学の人らがみつけてくれた、ネットの書き込みなんやけどな…」

 オフロード二台が埼玉の高速道路を北上中。ライダーは男女二名、大きな荷物を積んでいる。その目撃情報の書き込みは時間と共に増え、目撃地点も移動し続けている。

「…女のオフロードライダーなんて滅多にないわな。しかもツキノワを積めるような大荷物を担いで、大急ぎで、や。いい加減な書き込みばかりのハズのネット掲示板で、内容が常に一致するやなんて、ウソやヤラセやないやろ」

「ぃよしっ!」

 それを聞いて、俺は思わずガッツポーズ。

「この情報で警察は動くで。自衛隊も出動しとるし、千種のボケナスは袋のネズミや。あとは、スナイパーとかがツキノワごと奴らを蜂の巣にせんよう、オレらも急げばええだけやで」

「ああっ!

 つっても、新潟方面かぁ。遠いなぁ…。バイクだから高速道路走ってんだろうけど、よくやるよ」

「オレらが今から追いかけて、そん土地の警察より早く追いつく、つーのは難しいわ。自衛隊やSATはヘリで空から行くやろし。

 オレらついた頃には千種のオッサン、穴だらけにされてるわな」

「むぅ~…」

 二人で腕組みして考え込む。


 さぁどうする。

 あいつらの行き先は間違いなく例の国だ。他に有り得るもんか。

 上越は新潟県の南…だったな、確か。能登半島の近くだ、多分。日本地図や日本海の図を思いだしても間違いない、と思う…後で調べよう。

 例の国へ船で行くなら日本海を渡る。上越は十分な場所だ。手段も船しかない。この線は固い。新潟までバイクで走るなんて、雪で路面も滑るだろうに、ご苦労さん。

 俺のやるべき事は一つ。警察よりも、自衛隊よりも早く奴を押さえ、安全に弟を救い出すこと。

 そのためには…。

 財布を取り出し、中に詰まったモノを見る。もちろん金は詰まってない。詰まっているのはカード、大量の名刺だ。その中の一枚を取り出して、裏の走り書きを確認する。



『…おうおう!ともかく無事じゃったか、よかったわい!』

 久しぶりに聞く明石社長の声は、本当に嬉しそうだ。

 携帯だと基地局からも位置情報を掴まれる。なので近くの電話ボックスを使い、明石社長の携帯へ直接電話した。ボックスの扉を半開きにしている村主が、通話内容に耳を寄せつつも周囲へ警戒の視線を向けている。

「はい、ですけど、無事じゃないのはツキノワなんです!もう千種の連中は逮捕できますけど、その時の銃撃戦で巻き添えを食らったら大変です!」

『承知しとる、だが安心せい。マスコミと世論はお主らの味方じゃ。役人共も、おいそれとは強硬手段に出れまいよ』

「ええ。明石社長のおかげでマスコミや世論は動かせました。ありがとう御座います!けど、それでも確実とは言えません。

 お願いです!そちらの会社にヘリがあれば、それで僕を運んで下さい!」

『な!?あ、あるにはあるが…どこへじゃ?』

「もちろん、ヘリでツキノワを追うんです!」

『ばっバカを言うでない!これから銃撃戦が始まるかもしれんのじゃぞ!そんな所へ、そんな危険なマネが出来ると!?

 というか、君が行って何の役に立つんじゃ?』

 俺もそう思う。

 バカで危険なマネなのは百も承知。まともな大人なら、絶対に聞かないお願い、大会社の社長ならなおさらだ。そんなことは分かってる。だけど、俺は行かなきゃいけない。弟を救うために。

 そして、無事に救う方法は無い訳じゃない。社長に説明は出来ないけど、俺が行くことで弟が救出される確率が上がるんだ。

 もはやこれしかない。イチルのノゾミってヤツだ。

 大きく息を吸う。

 そして、ありったけの力を込めて、大声で叫ぶ。

「ナスレを!社長を救った恩をっ!』

 社長が返答に詰まる。

 これはいっそ、卑怯極まりない方法だ。だけど、手段なんか選んでられるもんか。

「僕の分を今、返して下さい!僕らを助けて下さいっ!」

 沈黙。

 電話の向こうからは沢山の人がざわめく声。

 いや、ゆっくりとした深い呼吸音。

『ふぅ~…』という溜め息。

 再び沈黙。

 そして何か指示を飛ばす社長の声が聞こえた。

『…二度は言わん。良く聞くんじゃ』

 決意を込めた、悲痛な程の苦しげな声。でも申し訳ないけど、俺は嬉しくて涙が出そうだ。

『そこから川沿いに西へ、70号線を走ってゆけ。そこにゴルフ場がある。そこへヘリを送る。既に屋上でスタンバイしとるから、30分とかからず着くじゃろう』

「あ、ありがとう御座います!」

 電話越しに深く頭を下げる。

 こんなメチャクチャなワガママにしか聞こえない事を聞いてくれるなんて。

 本当に、本当に、何てお礼を言って良いか。

『礼は、おんし達もツキノワも無事に奪還してからじゃ。

 急げよ。既に警察も自衛隊も通報を受けておるし、マスコミのヘリも殺到しとるじゃろうからな』

「は、はい!」

 受話器を叩きつけ、電話ボックスを飛び出す。

 俺も、話を横から聞いていた村主もバイクを木陰から引っ張り出し、アクセル全開でウイリーを決める。

 丘を下り橋を越え、70号線とやらを西へ向かう。山の奥にあるだろうゴルフ場を目指して。



 目的のゴルフ場はすぐに見つかった。社長から連絡が行っていたらしく、俺達の姿を見ただけで、あっさりと入り口も通してくれた。通されたロビーには、平日昼間なのにオジサン達が沢山いる。冬の朝からプレーしてた人達らしい。そしてみんなTVにかじりついていた。

 その人達が一斉に振り向いた。学生服に防弾チョッキに武器を携帯した、リュック片手の俺達へ向けて。

「あーっ!お、お前らは!」「君は、まさか、沢渡浩介、なの!?」「な、ななんでこんな所に!?」「無事かっ!事件はどうなってるんだ?」「と、とにかく、さぁ熱いコーヒーでも飲んで、休みなさい」「教えてくれないか、名香野市は一体、今どうなってるんだ?」

 また大騒ぎ。

 ヘリが来るまでの間、再び簡単に事情説明。そしてまた地図が引っ張り出されてきて作戦会議が始まった。BGMはTVの速報。

「ここが現在地のゴルフ場だ。

 やつらが上越に向かうなら、使ってる高速道路は関越自動車道だな。そこから上越自動車道、上信越自動車道と北上するだろう」

 それは関東から新潟県へ向かう二つの高速ルート、その西側ルートだ。オジサン達は少ない髪の頭を寄せ合い熱く論じ合う。

「高速はないだろ。目立つし逃げられない、袋のネズミだ。オフロードなら高速にこだわらなくても行けるんだし」

「そのための陽動と後方攪乱さ。やつらの誤算は、こちらの立ち直りが早すぎたってことだ。日本を甘く見たな」

「バイクで走ってるなら報道もネットも見れない。ふん、せいぜい必死で走ってろ。空から銃口が狙ってるぜ」

 そういってオジサンの一人がTVを見る。そこには空からの映像が映っていた。高速道路を上空から映している。レポーターは『主犯が高速道路を北へ疾走しているという情報を受け、私どもは…』と叫んでいる。どうやらマスコミも嗅ぎつけたようだ。この分なら船の方も押さえてるな。

 コーヒー片手にそんな話を聞いていたら、外から爆音が聞こえてきた。外を見上げると遠くの空にヘリが見える。どんどん近づいてくるソレは、結構大きなヘリだ。

「それじゃ、行ってきます!」「お世話なってもーて、すんません」

 返事も引き留める声も聞かず、俺達は外へ飛び出した。



 ヘリの中は相当うるさい。急いでいるので揺れる。耳に付けたままの骨伝導式通信機、機内でも役に立つなぁ。

「ほんなら、いっちょたのんます!」

「承知しました、飛ばします、しっかりつかまって下さい!」

 村主の声にパイロットは威勢良く応える。なにやら楽しそうだ。

 ヘリは急上昇急加速、北へと進路を向ける。

 パイロットの横の席では通信機に繋がるヘッドホンを頭に付けた、小太りバーコード禿のオジサンが汗を拭いている。あ、もしかしてクリスマスパーティで会った人かも。

「ま、まったく、子供のワガママに、社長は一体何を、お前達も、こんな大事件に巻き込んでくれて…」

 成り行きで乗せられてしまったらしい社員、恐らくは重役の一人がブツブツ愚痴を言い続けてる。ごめんなさい。

「本当にありがとう御座います。僕をツキノワの近くまで運んでくれればいいです。そこで後はなんとかしますから」

「そ、そんなの当然だ!これは、み、民間の輸送ヘリだ。映画じゃないんだぞ、私には妻も子も、家のローンだって!お前らで勝手にやれっ!、私は、しし、死にたくないっ!」


 全くだ。

 本当に、俺とツキノワのために、どれだけの人に迷惑をかけてしまったんだろう。

 どれだけのワガママを聞いてもらったんだろう。

 俺達は生きる。必ずツキノワと一緒に生き延びる。誰にも俺達の命を渡すものか。

 生き延びて、その上で、恩は必ず返そう。


 そんなことを考えてたら、村主が肘で突いてきた。

「ツキノワとの通信、回復せえへんか?」

 そう、まずはそれだ。

 それが唯一で最大の手がかり。そしてツキノワを無事に救い出すための武器。これが回復しない限り、全てが成り立たない。


 やかましいエンジン音とプロペラ音の中、静かに目を閉じる。

 雑音を遮断するため耳も塞ぐ。

 息を吸う。

 ゆっくり圧縮した息を吐く。

 意識を深く沈める。

 心の奥底、弟と繋がる精神の深淵へ…。





 光





 それはイメージ。

 何か、小さな光のイメージ。

 ほんとうに微かな、気のせいかと思える揺らぎ。

 もう一度深呼吸、再び意識を澄ます。





 光だ。

 ごく微かな光の波が届いてる。

 まるで水平線の彼方に光る灯台、いや、ロウソク。





 声には出せない。前の席にはパイロットと重役さんがいる。小声でも、ローター音で聞こえないだろうけど、警戒にこしたことはない。

 ただ黙ったまま、頭を上下させる。村主も前の席に注意を払いつつ、小声で耳打ち。

「捉えたか?」

「ああ」

「どっちや?」

 もう一度精神集中。間違いない、気のせいじゃない。俺と弟の意識は繋がったままだ。ただ、あまりに微かすぎて意識を研ぎ澄まさないと気付かないというだけだったんだ。

 すぅ…と、右手人差し指で指し示す。

 村主は即座に操縦席へかじり付く。

「パイロットさん!この方向へ飛んでやっ!」

「了解ぃ!」

 少し右へ進路変更。俺が示した方向へとヘリが舞う。


 前方には、俺達と同じ方向へ向かう沢山のヘリが見える。マスコミ・警察・消防からなにから、自衛隊に至るまで。千種のバイクを追っているんだ。ほとんどは高速道路沿いを走っているけど、このヘリは俺の指示に従って少し離れた場所を飛んでいる。

 その間も重役さんは汗をかきながら、様々な通信に耳を傾けてる。

「…見つけたぞ!」

 何を、なんて聞くまでもない。俺と村主はグィッと頭を寄せる。

「どこぞのマスコミが、関越自動車道を北へ走るオフロードバイク二台を発見したとのことだっ!」

「おっしゃあっ!」「よし、先回りやっ!」

 パイロットの人もヘリを加速し、俺が指し示す方向へ急行する。


 だが、ほどなくしてパイロットさんが首をひねった。

「…あれ?」

 重役さんも地図を広げだした。

「ん?んん…?」

 その様子に、俺達も前の席へ身を乗り出す。

「どない、しはったんです?」

 村主は質問したけど、俺は質問しなかった。何を変に思っているのか、俺自身が一番良くわかっていたからだ。

「他のヘリ…なんでみんな離れていくんだ?」

 その言葉に村主も外を見回す。


 そう、俺達のヘリは孤立していた。

 他のヘリはみんな高速道路沿いを飛んでいる。北西へ向けて、疾走しているというバイクを追って。

 だが俺達のヘリは俺の指示に従い北上し続けていた。高速道路からも離れている。

重役さんが地図を指しながら俺の方を振り返る。

「おい、君。君の言ってた方角は全然違うぞ」

「え?」

 俺も地図を覗き込む。


 俺が指し示したのは真北。ひたすら関越自動車道を北上して新潟市まで行くルート。

 だが他のヘリは西。関越自動車道の途中で西へ、上信越自動車道に入るルートへ。

 両ルートの分かれ道は藤岡ジャンクション。群馬県藤岡市、関越自動車道に上信越自動車道が接続している。


「あの、重役さん。報道とかでは、どう言ってます?」

「橋本だ。待ってろ、すぐ調べ…る…」

 橋本と名乗った重役さんは通信機を操作し、どこかと連絡を取ったりしてる。その表情は刻一刻と険しくなっていく。眉間にシワが寄る。

「…報道では、例のバイク二台は藤岡ジャンクションを西へ行ったそうだ。だからヘリが全部、奴らを追って西へ向かったんだな。警察が全てのインターチェンジを封鎖して、自衛隊のスナイパーも展開中…だ、ろう…?」

 橋本さんが振り向いた。これでもかと言うくらい眉間にシワを寄せて。

 パイロットさんも俺を見て、興奮した様子で口を開く。

「君…どうやってツキノワの位置を掴んでる?」

 ドッキーン、という動揺を押し隠して耳の小型通信機を指さす。

「これで」

 もう、発信器ネタで押し通してやる。それしかない。

 橋本さんは俺の耳についてる通信機をじぃーっと見つめる。

「そんな小型で、どれだけの距離の電波を捉えてるんだ…?というか、どんなハイパワーな発信器だよ」

「そ、そんなことはどうでもいいでしょう!今は追跡に集中して下さい!」

「あ、ああ、まぁな」

 本当に内心ドキドキだ。突っ込まれれば突っ込まれるほどボロが出る。

 改めて橋本さんが、間違いなく興奮してツバを飛ばしながら聞いてくる。

「それで、今のツキノワの場所は?」

 やっぱり俺は北を指す。間違いない、ツキノワの感覚は、北。

 村主の顔が高速で北と西を往復する。その勢いで風が起きそうだ。

 ワナワナと震える唇が、ローター音に勝る絶叫を上げる。

「や、やられた…また囮や!全部、囮やぁっ!バイクも船もハッタリやぁっっ!!」

 俺達が向かう北は、全く何もない冬の空が広がっている。

 西の空には小さな点が無数に見える。囮に引っかかってしまった警察と自衛隊とマスコミが。



 悲痛な表情で橋本さんが通信機にかじりついている。頭に付けたヘッドホンを押さえる手も力が入ってる。

「今、情報を伝えたぞ。

 だが…囮に完全にひっかかった。これに引きずられて警察も自衛隊も展開を済ませてしまってるだろう。この修正…容易じゃないぞ」

 パイロットさんも操縦桿を強く握りしめている。北へ一路飛ばしてはいるけど、ツキノワの感覚は全然強くならない。距離が空きすぎたんだ。

 そんな中、必死に頭を巡らせて意見を言ってくれる。

「いえ、修正どころか、君からの情報に耳を貸さないかもしれないですよ。何しろ囮とはいえ、確実に武装しているテロリストがバイクで高速を走ってるんです。無視するなんて無理でしょう。

 情報が錯綜して指揮も混乱します。現場の人間は、西で待ちかまえればいいのか北へ行けばいいのか分からなくなりますよ。指揮が完全に修正され、現場の全員が方向転換するまでのタイムラグ…痛すぎます。

 もちろん関越の方も念のため封鎖してるでしょうけど、主力は西へ移動しているはずですから」

 隣の村主は拳を握りしめる。どこかに叩きつけたいのを必死に我慢している。

「と…ともかく、北や!北へ飛ぶンや!オレらの位置情報、常に伝えるンや!」

「あ、ああ、分かった!」

 携帯の電源を入れる。こんな空の上で携帯の電波が届くとは思えないけど、何でもやるしかない。

「とにかく急ぐしかない!パイロットさん、このヘリって新潟まで飛べますか?」

「そ、そりゃ可能ですよ。もともと航続距離は1,000km近いし、燃料満タン。速度も二百キロは軽く出るので、新潟まで直線で200km無いから、高度を上げて山脈を越えても1時間で」

「そ、それじゃ、お願いしますっ!飛んで下さいっ!」

「分かりました!」「ええい、こんなの、給料の内に入るのか?危険手当でももらわないとやってられん!」

 パイロットさんも、愚痴りつつ橋本さんも前を見据える。地平線の彼方、延々と続く山の向こうを見つめる。

 ヘリは北へ飛ぶ。

 高度を上げ、山を越え、飛び続ける。




 PC画面はニュース速報を表示している。

 それは、高速道路上で逃走を続けていたテロリスト二名が逮捕された、というもの。犯人は男女二名で、女性は千種プロダクションの社長秘書。多くの特殊部隊隊員に包囲された末、降伏したとの内容だ。

 同時に、彼らはツキノワを有してはいなかったとも報道している。

「ふぅ…」

 画面を見つめていた男は息を吐く。

 ノートPCを閉じ、背もたれに体を預け、もう一度大きく息を吐く。

 そして、チラリと後ろを振り向いた。

「覗き見は失礼ですよ」

 そこにいたのは車掌。食い入るようにノートPCの画面を覗き込んでいたのだった。

 言われた車掌は恐縮して一礼する。

「す、すいません。失礼しました」

「いえ、これほどの大事件ですからね。やむを得ないことです。気になさらずに」

 そう言って優しく微笑むのは、眼光鋭い男。

 少佐、社長、中国人グエン・タット・タイン、千種健一…様々に名乗り、呼ばれた男。

 その周囲に並ぶのは同じ形をした座席。

 座席横には高速で流れていく雪の街、車窓風景。

 そして、天井のどこかから声が聞こえてくる。


  まもなくぅ~、長岡ぁ~長岡でぇ~ございます。長岡でお降りのお客様…


 そのアナウンスと共に、少佐はPCを鞄に片付ける。彼の横の座席には大きなボストンバッグ。それを彼は、よっこらしょ、というかけ声と共に担ぎ上げた。

 彼の横に立っていた車掌は、ふと声をかけた。

「大きな荷物ですね」

 何気ない言葉に彼は振り返り、もう一度優しく笑う。

 そして、バッグのチャックを少し開けた。

「お土産です」

 中に覗くのは、大きな熊のぬいぐるみ。それを見た車掌もニコリと笑い一礼する。

 少佐は左肩に大きなボストンバッグ、右手にPCを収めた鞄を持って、出口へと向かっていった。そして車掌も立ち去る。

「ハズレ、か。似てると思ったんだけどな…」

 そんな車掌の呟きを聞いた者はいない。


 新潟県、長岡駅。

 構内に入り、停車した新幹線から降りる少佐。

 多くの乗客に混じって歩く彼の姿に目をとめる者はいない。

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