スペリーナ散策
三人が最初に向かったのはスペリーナで一番賑やかな場所である中央広場だ。
昼を少し回った時間帯ではあるものの屋台には多くの人が並んでおり、子供たちも元気いっぱいに走り回っている。
リザはお気に入りの屋台で串焼きを購入すると二人にも手渡すと食べ歩きの始まりだった。
「ここの串焼きは濃い味付けがガツンと来て美味しいのよねー」
「あっ! 本当だ、美味しい!」
「うーん、私はもう少し薄味が好きかな」
「それだったらあっちの粉ものなんてどうかしら。味付けが選べるから人気なのよね」
「それなら食べてみたいかも!」
「これを食べ終わったら今度は粉ものだわねー」
そんな感じで普段と変わらない会話を楽しみながら色々な屋台に顔を出していく。
ジルも午前中の出来事を忘れる――とまではいかないまでも十分な気分転換にはなっていた。
「あれ? あの人だかりはなんだろう」
「どれどれ? あー、あれはこの都市で一番等級の高い冒険者が顔を売っているんだわ」
「それっておかしくないですか? スペリーナで一番なら、もう顔は売れているってことですよね?」
メリの言う通り、人だかりを作っている冒険者のスペリーナでは一、二を争う人気者であり、今更ここで顔を売る必要はない。
中央広場でこのような行動をしている理由はただ一つ――
「君は可愛いねぇ。どうだい、今夜は僕と一緒のベッドで過ごさないかい?」
「キャー! ヨルド様ー!」
スペリーナの真珠等級を持つ冒険者――ヨルド・ボーヴィリオンは自分の人気を餌にして女性をナンパしていたのだ。
ジルもよく見てみるとヨルドを囲んでいる人だかりが女性ばかりだということに後から気がついた。
「ああいう輩には近づかない方がいいわよー」
「まあ、そうですね」
「あれ? でもリザ姉、あの人こっちに来るみたいだよ?」
「……逃げるわよ」
「「……へっ?」」
「早く!」
そう言ってなぜか駆け出してしまったリザを追いかけて二人も中央広場から離れてしまう。
その間もジルとメリは顔を見合わせながら首を傾げていた。
リザの屋敷とは逆側──富裕層が暮らす区画まで移動した三人。
周囲を見渡してヨルドが追ってきてないことを確認すると、リザは大きく息を吐き出した。
「はああああぁぁ……全く、面倒なやつ」
「あの、リザ姉? どうしたんだ?」
「そうだよ。いきなり逃げるからビックリしたよ」
「あはは、ごめんごめん」
頭を掻きながら苦笑するリザ姉は、道のど真ん中に立っていることに気がつき壁際に移動してから話し始めた。
「自分で言うのも寒気がするんだけど、ヨルドは私に好意を持ってるのよ」
「そうなんですか? でも、さっきは女性の方に声をかけてましたけど?」
「まあ、そういう男ってこと」
「あー、リザ姉が一番嫌いなタイプだな」
メリも得心がいったのか頬を膨らませて憤慨しており、ジルは呆れ顔だ。
「そういうこと。顔を合わせる度に俺の女になれって迫ってくるもんだから、見つけ次第逃げてるって感じかな」
「でも、相手は真珠等級なんだろ? これくらいで逃げ切れるの──」
「こんなところにいたのかー」
突然の声は三人の頭上から聞こえてきた。
慌てて見上げた先では、一人の男性冒険者が屋根から飛び降りて来るところだった。
「うわあっ!」
「きゃっ!」
「ちょっとヨルド! 変なところから来ないでよ!」
「だってさー、リーザちゃんが逃げるからだよー?」
ニヤニヤと笑いながらリザに近づいてくるヨルドに、リザは溜息をつく。
「あんたがちょっかいを出してくるからでしょう?」
「それもリーザちゃんが受け入れてくれないからだねー」
「私は断ってるわよね?」
「俺のことを断るとか、意味が分かんないな。スペリーナでトップに君臨する真珠等級だよー?」
「等級で全てが決まるわけじゃないわ。行きましょう、二人とも」
リザはヨルドを相手することなく立ち去ろうとしたのだが、ヨルドは進路を塞ぐ形で移動する。
「……君たち、なんなの?」
「お、俺たちですか?」
「あの、私たちはリザ姉の知り合い、です」
「ちょっと、二人にまで絡まないでよね!」
ヨルドの視線が二人に向いたところでリザが怒鳴り声をあげた。
そのことに驚いたヨルドは少しばかり目を見開いたものの、その後は軽く笑いながら背を向けた。
「二人っきりだったらもう少し粘ったんだけどなー。それじゃあねー」
背中越しに手を振りながら、ヨルドは雑踏の中に消えてしまった。
ジルとメリは何がなんだか分からずに呆然としており、リザは大きな溜息を漏らしていた。
「はああああぁぁ。……二人とも、本当にごめんね」
「いえ、俺たちは何もされてませんし」
「そうですよ。それよりもリザ姉は大丈夫なの?」
「大丈夫よ。あいつも都市の中で何かをしようとか思わないはずだからね」
心配そうに顔を覗き込んでいる二人を見て、リザは苦笑しながらそう答えた。
「何かあったら言ってくれよ。世話になってる分、護衛とか喜んで受けるからさ」
「そう? だったら報酬も用意しなきゃね」
「泊めてもらってるんだからいらないよ!」
「あはは! 冗談よ、ありがとう。でも、本当に大丈夫だから」
二人の頭を撫でながら笑みを浮かべると、スペリーナ散策を再開させた。