第九一話 ないしょ話(木星連邦、海賊版、ドールスーツ)
前話は、第九〇話 目覚め(航路・航海、特殊機動)です。
遭難者が意識を取り戻した。
恐らく、救助活動のさなかに隔壁を叩く音でモールスのSOSを送ってきたのも、この遭難者だったのだろう。
〇五二八に十七号船内に保護された遭難者は、二一五〇までの約十六時間眠り続けて、そして三十分ほど目を覚ました後に再び眠りについた。
その貴重な三十分間は、主にリリーフが対応した。
物語としてはこの部分を公開せずに伏線としてサスペンスを盛り上げて、将来的に徐々に真相を明かすべきなのだろうが、しかしこの作品は考察と解説を第一義としているため、あっさり暴露してしまおう。
以下はその貴重な三十分間の記録と考察の様子である。
「ぎ……ぎゅうじょ……がんじゃじばず……」
目を覚ました遭難者であるオジンエピア氏は、声をあげると痛みが走るのか、覚醒後すぐには喋ることが出来なかったようだった。エリスが水を与えて乾燥しきった口の中を湿らせてしばらく後、ようやく息を吐く擦過音だけの言葉、ちょうどないしょ話の形で、感謝の言葉を口にした。
その後彼はリリーフの呼びかけに応じて、自らの所属と階級と氏名を答えた。その様子からも脳障害は負っていないと判断できる。
リリーフは彼にこちらが知り得る現状を語って聞かせていた。
一通り聞き終わったオジンエピア氏は、やがてこう言った。
「ふね……は……すてて……ください……。はっけん……されると……あなたがたに……めいわく……が……」
「……わかりました、善処します。寝ないでください、寝ないで」
その後もリリーフはオジンエピア氏に語り掛けたが、ほどなく彼は再び眠りに入った。
寝るなと声をかけていたリリーフもその実、彼が寝てしまうことは分かっていたらしく、別にしつこく語り掛けるわけでもなく、寝るに任せていた。
鼻からこっそりため息をついたリリーフは、ライフリーを指先でちょいちょいと呼ぶと、報告と相談のために操縦席に座ることを持ちかけ、ライフリーに了承を受けた。
「サルバと男子新人、ちょっと俺たちと操縦席替わってくれ」
「あ、はい」
リリーフはライフリーを誘って、サルバとグーンが預かっていた操縦席の場に移動した。ここなら十七号船のフライトレコーダーに会話を記録されることなく、ないしょ話ができるだろう。
「……ライフリー喜べ、大好きな厄ネタだぞ」
「喜べないし大好きでもないっすよ社長」
「いいから聞け」
そう言いつつ操縦席に着座した二人は、短距離通信を切って会話を続けた。二人ともハードスーツ着用者であることを利用した、接触通信だ。
「あの遭難者、頭はしっかりしてるけどどこか臭いな。ナントカ空間重機研究所のテストパイロットだそうだが、所属の前にムって言いかけた」
「ム?」
「おおかた木星連邦だろ。部隊によっちゃジュピタフェデレイシュンとは自称しねぇ奴らがいるんだよ」
「よく知ってるっすね」
「下士官養成課程でな」
木星連邦について解説しよう。
木星連邦政府は、木星圏ガリレオ衛星の各国を中心として、その他衛星国と木星トロヤ群各国を統べる統一政府である。木星本星は人類の立ち入れる場所ではないため範囲としていない。
与党はエウロパ人民共和国の木星共産党で、連邦成立から一度も下野したことがない。
現在の政策は資本毛沢東主義。特徴は「混沌の極み」で、人民はあまねく平等としながら矛盾や不条理を平気で抱え込む国柄となっている。
主な輸出品は、常温核融合の燃料であるヘリウムをはじめとした、各種元素素材や鉱石などとなっている。特に木星の大気に由来するヘリウムは、金星連邦、地球連邦、火星連邦など、メインベルトを除く太陽系に輸出されている。
これらの輸出金をもとに、資源産業から工業産業への脱却を図っている途上で、それだけでは飽き足らず軍事力もヘリウムマネーで増強している。
さらに言えば火星連邦とは、お互いにメインベルトの領有権を主張し合っている間柄だ。つまり木星はメインベルト、特にその中心的存在と言えるシアリーズ星への関与を進めようとしていることは、周知の事実だった。
ついでに言えば、漂流船の漂流軌道は木星ー金星間の楕円軌道だった。ということは漂流の開始点(遠日点、アポジ―)もまた木星軌道高度だろう。
「木星連邦っすか……。確定じゃないにしろ嫌な感じっすね」
「それと船を捨ててくれって依頼してきた。迷惑がかかるからってな」
「はぁ。つまり迷惑がかかると分かってるモンを、木星ゆかりの人間がメインベルトに持ち込んだって図式っすか」
「故意かどうかは知らねぇけどな。とにかく当局に引き渡す前に臨検しないとな」
「社長、臨検って言葉使わないでくださいよ、もう軍属じゃないんすから」
「じゃ安全確認だ。どっちにしろやることは一緒だし、発見者の俺たちにゃその権利がある。付き合え」
「了解」
その様子を、声が聞こえない程度の距離からサルバとグーンが、ブツブツ話し合いながら不安げな顔で見つめていた。
リリーフからすれば、知らないままに救助を行った若い衆に、これほどの厄ネタを聞かせることは酷に思えた。だから詳しい事情などは教えないまま、サルバとグーンの二人には操縦席での当直監視任務を行うように指示した。
「よしライフリー、外出るぞ」
「了解。二二三七、二名外出」
流れるようなスムーズさでエアロック操作を行い、二人は宇宙空間に出て、すぐに十七号船の後ろに繋いでいる遭難船に向かった。
現在は推進を行わない慣性航行をしているため、命綱すら必要ともせずに何の障害もなくたどり着けた。
そして開けっ放しにしているエアロックを潜り抜けて、空気の抜けた乗務員室に入って、改めて中央のコントロールシートを見た。遺体が入った救助カプセルが三人分浮かんでいる。
「さーて、迷惑になるから捨てろってことは、普通の船との差異点がキモなんだろうな。このあからさまに怪しいコントロールシートとか」
「プラス、ケーブルに繋がった外の変な荷物っすね」
遭難船の乗務員室中央には、右舷壁面に二脚のコントロールシートが設置されていて、その周辺にも良く分からない機器がスチールラックに入れて設置されていた。その接続は全て有線接続で、キチンと綺麗に整頓されたケーブルが並んでいる割には、明らかに取って付けのケーブル類が臨時固定された機器に繋がっていたりした。
リリーフとライフリーはまずは邪魔な遺体を操縦室に押し込んで、コントロールシートの調査を始めた。
二人は正副のコントロールシートに手分けして、トラップや危険物やセンサーなどを改めていった。
「で、結局コレ何なのよ。説明書とか残ってないのか」
「ありません。サルバに調査させたところ、船舶証明書くらいしか残ってなかったっす」
「詳細は全部頭の中、かぁ。」
そんな話をしながらも、二人の手は次々に機器の裏や配線コネクターを改めていった。とは言っても二人とも、基本的には触らずに見るだけだ。後になって当局の調べが入った時に、メリ建の者の関与の痕跡が残るのはいささかまずい。
しかし調べを進めるに従って、リリーフは顔に困惑の色を拡げるようになった。ヘルメットの奥の話なので分からないが。
「どうにも引っかかるな、このコネクター類」
「何がっすか」
「機器はずいぶんデカいけどよ、コネクターの形状が全部ロリエのドールで見覚えのある奴ばっかりなんだわ」
「ああ、社長ロリエのドール、喜んで弄り回してたっすからね」
「喜んでとか人聞き悪いこと言うんじゃねえよ」
リリーフがピンときたコネクター。それはドールの内部で使われている規格コネクターだった。
実はリリーフは元々模型やフィギュアを好み、宇宙軍でもちょっぴり有名なほどだった。
そのためロリエのドール「エフ」は、リリーフの趣味を反映した改造が施されていて、その関係から普段から色々といじくっていた背景があった。
ついでに十七号船のロボットアームにドールアームなんてものを着けたのもリリーフだ。
そしてそんなリリーフが何度も分解組み立てを行ったドールに、それらのコネクターは使われていた。
一般的に同じ用途のパーツやユニットには同じ形のコネクターが使われるが、同一箇所にまとまるコネクターはそれぞれ形を変えて、接続ミスを防ぐものだった。そしてリリーフはそのことごとくに見覚えがあったというわけだ。
見覚えのあったコネクターとはつまり、ロリエ・エフに組み込んだ表情ユニットの近くに配置されていた、中核コンポーネントへの接続コネクター群のことだ。
リリーフがロリエ・エフの表情ユニットを調整するたびに、それら接続コネクターを脱着する苦労を強いられていたお陰と言って良い。
「うーん、やっぱりだ……」
つまりそのコネクター全てに見覚えがある以上、先ほど取り外して見せたユニットボックスは、ドール用中核コンポーネントを丸ごと置き換え可能なユニット、海賊版ということになる。
それはすなわち、地球ドール企業群を敵に回す代物だった。以前(第六九話 緊急転院)に解説した通り、その中核コンポーネントは地球メインランドのドール関係企業群が独占的ライセンスでリースしていて、違反者には莫大な特許料が請求されるようになっていたからだ。
メインベルトではこの「ドール中核コンポーネント海賊版」は、そこにあるだけでアウトだった。グレーゾーンどころか真っ黒確定だ。
「こりゃ捨てろって言い出すの納得ですね……」
「やってくれるぜ、リスク無しで旨い汁だけ吸いやがって」
リリーフが愚痴った通り、木星連邦政府は著作権無法地帯だ。
資源貿易で力を蓄えて、人民の技術力が向上すると、すぐさま地球産の優れた機器をリバース・エンジニアリング(分解調査)して知識を蓄えた。
当然これは著作権侵害や利用規約違反やその他もろもろの犯罪行為なのだが、抗議を受けても木星は知らぬ存ぜぬだ。
なおかつ、人件費の安い人民を使って大量生産を行い、格安のコピー品を売りさばき始めた。
抗議以上の反応、つまり各星系からの是正勧告などには、資源輸出割り当て量の報復的減少、不自然なスキャンダル発覚などで答えた。場合によっては軍事的恫喝となる場合もあった。
なお、この一事をもってして木星連邦政府の姿勢がクズ国家のそれと一緒だと批難してはいけない。何故なら火星連邦、地球連邦、金星連邦ともに似たようなものだからだ。違うのは連邦政府を持たないメインベルトと土星くらいなものだ。
「まぁ木星の海賊版についてはいいや。次はこのユニット群だがな。なんでここにあると思う?」
「そりゃ、開発途中のドール制御ユニットのテストをやってたんでしょうよ」
「船に積む必然性がな」
「研究室とかに置くよりも秘匿性は高いはずなんで、それが理由じゃないっすかね」
「ちっと弱いなぁ……」
リリーフが疑問に思う通り、これがドールの制御ユニットならば検証は研究室で事足りるので、わざわざ船に積む意味がない。
ライフリーの指摘した秘匿性を考えるならば、せめてドールがなければ不自然だ。
何の気なしにシートに目をやったリリーフは、どこかぼんやり思っていた。
(なんか巨大ロボの操縦席っぽい見た目だな)
模型・フィギュアが好きなリリーフは、偶然か必然か、アニメーションも好きだった。
救助の際に乗り込んだ時のことを思い出すと、この正操縦席っぽく見えるコントロールシートの周りには、あちこちにディスプレイパッドが配置されていたはずだ。それらは救助の邪魔になるということで、一時的にマジックテープで壁に貼りつけられている。
副操縦席の方も同様だが、巨大ロボの操縦に必要な計器ではなく、各部モニタリング用の配置となっていたことを思い出す。
加えてシートの両側に操縦桿のような形状の棒が立っていて、ロボットアーム操作の片手用コントロールパッドらしきものが先端に付いていた。足元には謎のペダルもある。
恐らくコントロールシートに座ってみれば、あちこちに配置されていたはずのディスプレイパッドに囲まれて、巨大ロボを操縦している気分になることだろう。
おまけに外に束ねたケーブル付きの荷物。
「……!」
リリーフの頭の中ではこれらがカチッと繋がった気がした。しかし態度に表すことはすんでのところで我慢できた。
つまり、この場合のドールは人間サイズではなく、駆動を外の荷物で行う全長一八〇〇メートルの巨大ロボだ。
思い返せば外のケーブル付き荷物は、小型の三軸リアクションホイールユニットに見えた。これを関節ごとに配置してヒト型を動かそうというものなのだろう。ホイール同士の回転を調節してワイヤーをピンと張ることで、巨大ロボのワイヤーフレームを構築していたと推察できた。
ドールに操縦者も内包するという図式はドールスーツと同じだが、規模が大違いだ。
リリーフはハードスーツのヘルメットの下で、口を笑みの形に変えた。
これを作った木星野郎、いい趣味してるな。友達になれそうだ。
「まぁアレだな。ドール絡みのヤバい船ってことで、当局に届け出するしかないな」
「了解。それじゃこの臨検は終了っすか」
「臨検って言うなって自分で言ってただろ。とにかく立ち入り調査は終了だ。十七号船に戻るぞ」
「了解」
リリーフは無難なセリフを口に出しながらも、心が湧きたっていることを自覚していた。
この巨大ロボを操縦することは叶わないだろうが、存在を知った以上はいずれ世に出てくるだろう。その時に楽しませてもらおう。
巨大人型ロボットの合理性のなさをあげつらって、古いアニメで見た子どもの夢をぶち壊したような連中に、一泡吹かせられるかもしれないな。
落とし主不在ってことで拾得物として貰えないものかね?
「ようライフリー」
「何ですか」
「ここのこと、ないしょ話にしとこうぜ」
「了解。最初から知らないままでいたかったっすけどね」
リリーフとライフリーは開きっぱなしのエアロックを抜けて、十七号船に戻っていった。
巨大ロボのこともないしょだけどな!とリリーフは心の中で笑っていた。
次話は、第九二話 出迎え船団の到着(非常食、悪夢)です。