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第九〇話 目覚め(航路・航海、特殊機動)

前話は、第八九話 出迎え要求(交渉、整備)です。

 現在時刻〇九三〇(マルキューサンマル)。十七号船は遭難船を曳航しつつ、太陽に向かう楕円軌道からシアリーズの公転軌道への遷移中だった。加速度一メートル毎秒毎秒で約五時間の推進予定だ。

 シアリーズに近付けるわけではないが、遠のくわけでもない。一定距離で周回を続けられる安定軌道に移ることは、応援船団に発見してもらう上で非常に重要な機動だった。

 なおシアリーズ軍の沿岸警備隊には、今のところ遭難船救助成功の件しか通報していない。十七号船も含めて立派な二重遭難となった現状はナイショだった。


 一一三〇(ヒトヒトサンマル)には、船は一八〇度回頭の時間を迎えていた。

 先ほど〇四〇〇(マルヨンマルマル)ごろにライフリーが見せた、乗務員室を中心としたベクターノズルでの転回を練習したいとグーンはロリエに申し出ていたが、一班は業務時間外のため当たり前に却下されていた。第一、あの機動は遭難船を連結している現状で行うべきものではない。

 それでもロリエも、その転回方法をゆっくりやって見せるのだから、充分に優しいだろう。グーンとエリスはこうして、先ほどの機動をじっくり見学する機会に恵まれた。


「これってあれッスか。ベクターノズルでの転回に合わせてリアクションホイールで逆向きに回してるんスか」

「ホイールはただの補正だよ。大まかにはノズルの動きで全部やるんだ」

「全部ッスか」


 曰くあの機動は、船体に加えた回転モーメントに合わせて推進することで、船体重心と回転中心を意図的にずらすテクニックとのことだった。基本的には乗り心地に関わる機動なので、操船教習などで教えられる最低限の操船方法には含まれていないらしい。

 これの習得には、空間に置いたパイロンの周りを横滑り(ドリフト)機動で回り続ける、定常円旋回と呼ばれる練習方が効果的とのことだ。


「重量バランス把握してねえと無理そうッスね」

「だから全力運転って名目で、色んな機動を練習する機会だったんだろ。それを普通の軌道にしちまいやがって、勿体ねぇ」


 グーンの質問にロリエなりに丁寧に答えていたようだ。


 船はしずしずと航行を続けていた。

 一四〇〇(ヒトヨンマルマル)の推進終了と一班就寝の時間が迫っていた。

 なお三班の起床も本来は同じ時間だが、遭難船への対処で就寝時間が三時間ずれたため、今回特別に起床は三時間後の一七〇〇(ヒトナナマルマル)にずらされていた。そのぶん二班も二時間残業の予定だ。

 二班はこの前にも二時間早起きしての救助救命活動も行ったことから、かなり負担が重なっている。

 その点一班は業務時間内に問題が発生したこともあって、就寝時間のずれなどは発生しておらず、若干の残業が発生しただけなのを、グーンはちょっぴり心苦しく思いながら就寝した。

 酷く疲れていたのか、ハードスーツのまま毛布をかぶったグーンは、落ちるように眠りに入った。


 やがて予定よりちょっと長い一四二〇(ヒトヨンフタマル)に、メインエンジンは推進をカットされた。太陽周回軌道に乗ったのだ。

 ここからは慣性による航行ではあるが、ある意味で停止と捉えても差し支えない。なので、メインエンジンは必要な電力を維持するための稼働しか必要としなくなった。推進剤と酸化剤は、停止するだけなら六から七日程度はもつだろう。出迎え船団の到着予定時刻は翌〇四〇〇(マルヨンマルマル)なので、この点で心配はない。

 問題は食料だ。保存食残りは十二パックつまり四人分三食。一応非常用の流動食パウチと固形シリアルバーもあるとはいえ、かなり心もとない。

 正操縦席のロリエはともかく、副操縦席のエリスは心細げな表情が晴れずにいた。

 だからロリエは、エリスに余計なことを考えさせないためにも、当直監視任務の合間にロボットアームを利用してのスラスター清掃をさせたりと、様々な課題を出していた。

 十七号船からドールアームが取り外されてから、こうした遠隔でのスラスター清掃は非常に難易度が高かったが、だからこそロボットアームの鍛錬になるというものだ。

 一六〇〇(ヒトロクマルマル)の二班三班交代のあとも、ロリエはエリスとリリーフに臨時コンビを組ませて、スラスター清掃を進めさせた。何しろ二人とも乗船履歴を欲しているのだから、細かい仕事をコツコツ積み上げるしかないのだ。

 第五食、清掃終了、交代、第六食も済んだ二一〇〇(フタヒトマルマル)前後。

 エリスは未だ目を覚まさない遭難者の呼吸、脈拍、体温を測り終わり、次いでグーンに毛布を掛け直そうとしていた。


「きゃっ」


 バイザーの隙間あたりにエリスの手が行った瞬間に、突然グーンがビクリと跳ねて、急激に覚醒したのだ。


「あっ……あぅ……オ、オザッス、エリっさん……」

「うん、おはようグーン。なんかビクッとして起きてたけど、怖い夢でも見たの?」

「……」

「どこか調子悪いの? 大丈夫?」

「だ、大丈夫ッス、トイレ行ってくるッス」


 ハードスーツのバイザーを閉めて毛布を身体からどけたグーンは、自分の手荷物を丸ごと抱えたままトイレブロックに流れていった。

 その様子は、操縦席で当直監視中のリリーフとサルバにもまた目撃されていた。


「んふっ、んふふっ、ま、またヤッタか、あいつ。んふっ」

「サルバ先輩?」


 サルバの気持ち悪い様子に、エリスは引き気味に声をかけ、休憩中のロリエもまた視線をやった。


「し、衆人環視で、んふっ、む、夢精とか! レベル高ぇ、くふっ、くくくくっ、あははははは」

「馬鹿野郎、言ってやんなよ。情けはねえのかお前は」

「あいだっ! くく、痛いっすよ社長ぉ、ひひっ」


 副操縦席に座っていたリリーフは、ハードスーツのヘルメットで生身のサルバの脳天にヘッドバットを食らわせたが、サルバの笑いは止まらなかった。

 グーンは二〇分近くトイレから出てこなかった。ハードスーツを脱いでジャージ姿でトイレから出た後も、グーンは調理室から乗務員室に来なかった。

 グーンの体調が悪いと心配したエリスが調理室に向かおうとして、ロリエに止められていた。これが武士の情けというものか。


「う……」


 そんな中、男のうめき声が船内に聞こえた。就寝中のライフリーの声でも、遠くグーンの声でもない。まして当直監視を続けるリリーフもサルバも声を出していなかった。ディスプレイパッドで勉強をしている女性二人は言うまでもないだろう。


「ん、誰の声だ?」

「エリス、遭難者診てみろ」

「は、はい」


 リリーフやロリエに指示されたエリスが遭難者に近付いたが、特に変わった様子はない。

 呼吸、脈拍ともに変わりなし。体温は少し上がった。表情の動きはわからない。

 十七号船の乗務員室の照明は日頃から、少々暗めな程度で固定されていた。睡眠をとっている者もいる以上これはやむを得ない措置なのだが、顔の様子を見るにはちょっと暗い。

 そのためエリスはハンドライトで遭難者の顔を照らした。グーンと街に出たときに買い合った、おそろいの宝物だ。

 すると眩しさに遭難者の目元がぎゅっと絞られた。


「う……」

「社長、遭難者に意識反応ありました! 二一五〇(フタヒトゴーマル)、意識回復です! オジンエピアさん、オジンエピアさん、大丈夫ですか」


 その緊迫感のあるエリスの声に、いじけ気味だったグーンも乗務員室に戻ってきた。何しろ二班のエリスはもうすぐ就寝時間だ。誰かが替わらなければならない。

 しかしそんなグーンにエリスは仕事を代わろうとはせず、むしろ指示を出した。


「グーン、ちょっと熱いくらいの蒸しタオルを作ってきて」

「ウッス」

「オジンエピアさん、オジンエピアさん、聞こえますか。助かりましたよ」


 グーンはエリスに指示された通り、電子レンジで蒸しタオルを作ってきた。温めすぎて必死にパタパタしたのはナイショだ。

 エリスはその受け取った蒸しタオルで遭難者の顔や胸元を拭きながら、名前を呼び掛けた。

 仕事が無くなったグーンは、その様子をただじっと見守ることしかできなかったが、そこにリリーフが次なる指示をくれた。


「おい男子新人、ライフリーを起こしとけ」

「ウッス」

「ついでにモーニングセットもな」

「ウッス」


 グーンはコーヒーを四人前電子レンジに入れてセットすると、待ち時間を利用してライフリーを起こした。

 ライフリーは跳ね上げたバイザーグラスと同じほど大きなあくびを見せながら、のそのそと立ち上がった。


「かはぁ……。まだ起床時間じゃねぇだろ……」

「いや、遭難者の意識が戻ったっぽいんスよ」

「しょうがねぇなぁ、うし」


 ライフリーは初め文句たらたらだったが、その後はシャキッと目を覚ました模様だ。やはり軍務経験者はこうした事態に違いが出る。

 そして再びグーンの手が空いたが、遭難者に呼び掛け続けるエリスの隣にグーンは控える選択をした。


「エリっさん、呼びかけ代わるッス。就寝してください」

「ん、でも……」


 ぐずるエリスの前で、遭難者はゆっくりとまぶたを開いた。


「う……おお……」

「意識が戻りましたか、オジンエピアさん、助かりましたよ」

「エリっさん、これで口を湿らせてあげて。飲ませちゃダメッスよ」


 グーンはエリスに、水を入れた無重力対応チューブを手渡した。カップと違ってストローの付いたチューブは、熱い飲み物には適さないが冷たい液体に最適だった。

 受け取ったエリスは、遭難者の酸素マスクを一時的に外して、乾ききった遭難者の口の中に水をストローから少しずつ出して潤した。

 遭難者の張り付いた口内はマシになり、口をもぐもぐさせられる程度に落ち着いたようだ。優しく酸素マスクを戻した。


「ご……ご……」

「オジンエピアさん、私たちはSOSを受信して救助を行った者たちです。お疲れ様です、助かりましたよ。現在はシアリーズ軌道西方約百六十万キロほどの位置です」


 エリスはすっかり冷めた蒸しタオルで喉元などを清拭しながら、そう語りかけた。

 しかしその後ろに来ていたリリーフに、やんわりと交代を伝えられた。


「女子新人、ご苦労さん。あとは代わるから、ロリエと一緒に就寝してくれ」

「社長……」

「男子新人、ちょっと早いが操縦席サルバと一緒に預かっててくれ。ライフリー来い」

「了解」

「了解ッス」


 その後リリーフは、遭難者に現状をかいつまんで説明して、何とか安心させようとした。

 残念ながらその話し声は、リリーフの声はともかく聞き取れるものではなく、たまに「そうだったんですか」とか「本当ですか」などの相槌から類推するしかなかった。

 やがて二二三〇(フタフタサンマル)ごろ、遭難者は疲れたのか再び眠りについた。そして面会がひと段落就いたリリーフはグーンに指図した。


「サルバと男子新人、ちょっと俺たちと操縦席替わってくれ」

「あ、はい」


 さくっと席を譲ったサルバの代わりにリリーフが滑り込み、グーンから手早く操縦権の授受を終えると、今度はライフリーがグーンの譲った操縦席についた。

 そしてグーンはその場の話を聞いてはいけないと判断して、サルバのあとを追うように調理室に流れていったが、その途中で少しだけ漏れ聞こえてきた。


「……ライフリー喜べ、大好きな厄ネタだぞ」

「喜べないし大好きでもないっすよ社長」

「いいから聞け」


 リリーフとライフリーは操縦席で密談中なので、第一食の準備中のサルバを手伝いに行った。この食事で保存食のストックはゼロとなり、以後はカロリーバー頼りとなる予定だ。


「厄ネタだそうッスよ」

「充ぅぅ分、厄ネタ抱えてるっつーの」

「デスヨネー」


 グーンもサルバも遠い目になった。厄ネタに繋がったことは想定内だ。

 何しろこの遭難船自体が不審すぎた。

 船団を組むのが常識のこの時代の宇宙空間で、たった一艘で遭難していた船。しかも推進剤、酸化剤、水、食料がほぼなく、どこに何のために積んでいたのか不審に過ぎる荷物。

 ハッキリ言って訳が分からなかった。


「考えられんのは、密輸ってところかねぇ」

「全員同じ制服着てッスかぁ?」

「そこも謎だよな。しかもそれなりに年配も乗ってたし」


 しかしそんな話を部外者の二人が話したところで、真実に近づけるはずもない。

 とりあえず最後の保存食を温めて、操縦席の二人に声をかけるしかないサルバとグーンであった。


次話は、第九一話 ないしょ話(木星連邦、ドールスーツ)です。

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― 新着の感想 ―
[一言] さてどれ位ヤバいネタだろうね汗
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