第八八話 帰還計画策定(他天体、航路)
前話は、第八七話 人命救助(救助活動、救急)です。
「うう、えっほえっほえっほ」
船内には、むせ続けるエリスの咳込みだけが響いていた。さっきまで汗をにじませながら蘇生を試みていたリリーフ、ロリエ、グーンの弾んでいた息も整った頃合いだ。
「一人しか助けらんなかったッスね……」
すでに緊急を要する救助活動が一段落した、十七号船内。グーンのつぶやきが隔壁に染み入って消えた。
意識が戻らず眠り続ける一人目の隣に、リリーフは二人目、三人目、四人目の遺体を並べて、カメラで撮影を行った。個別ではなく全体を一度に撮ることによって、公的機関での証拠能力を期待した撮影法だ。
外で十七号船と遭難船をロープで結索していたライフリーとサルバのうち、ライフリーだけが船内に戻ってきた。
「おう戻ったぞ。誰か状況」
ライフリーのその言葉に、リリーフが答えた。
「お疲れ。救助四名中、一人重体、一人蘇生中死亡、二人死亡確認。加えて新人女子が自らの嘔吐で溺れかけた。それ以外は異常なし」
「状況報告ありがとうございます社長。みんな、よくやった」
「でも助けらんなかったッス」
リリーフとライフリーの報告に、グーンはつい割り込んでしまった。本人は独り言のつもりだったが、思ったより声が大きくなってしまったのだろう、言った後で目が泳いでいた。
リリーフたち大人三人は、このグーンの態度について叱るでもなく、もちろん怒るでもなく、鼻からため息をついた。そして無言でライフリーに視線をやった。
視線での「お前がやれ」サインを察したライフリーは、一瞬だけ面倒そうな目を見せた。
しかし彼はグーンの肩に手をやって、強制的に正面から見据えて言った。
「助けらんなかったんじゃない、一人救助成功なんだ。宇宙での遭難ってのは、助けられなくて当たり前なんだぜ。頑張ったなグーン、それにエリス」
ライフリーはエリスにも手を伸ばして引き寄せた。
「ソフィならきっとお前らを抱きしめる」
そう言ってライフリーは二人を肩に抱きしめた。ただしエリスだけは上半身を脱いでいるものの、全員ハードスーツだ。抱きしめたところで温かみも柔らかさも嬉しさも何もない。
それでもグーンとエリスには心は伝わったのだろう。二人の表情は少し落ち着いたように見えた。
その後は死亡した三人に対して、改めてフェイスガードを締め直した。
この後サルバの帰還を待って、全員整列しての敬礼を捧げてから、遺体は救命カプセルに詰め直し、遭難船の乗務員室に戻して、中で漂流しないようにマジックテープで固定される予定だ。
すでに死後硬直が始まっているが、遺体でも筋肉マッサージによって柔軟性は取り戻せることは、よく知られていた。
そしてサルバが遭難船からの情報や物資を持って十七号船に帰還したとき、すでに時間は〇七一五となっていた。
「サルバ帰還しましたぁ」
「ご苦労。で、あったか?」
「そぉれがてーんでなかったんすよぉ。あったのは船舶証明書ぐらいで。はい」
「んー、そら不自然だなぁ」
帰ってくるなりのサルバの報告を受けたライフリーは、手渡された書類入れを弄びながら首をひねった。
グーンとエリスには、サルバが探すように指示されたものが何なのか分からなかった。ロリエは気付いているのかいないのか、表情だけで察することはできなかった。
そしてリリーフがあっさりと答えを出した。
「ああ、水と食料か」
「ええ、救助に入って予定が狂った以上、足しになるといいなって。でも全くないってのはそれはそれで変じゃないっすか」
「まぁなぁ……」
サルバは情報と消耗品の探索を指示されていたのだ。しかしそう広くない船内に食料や水は残っていなかった。汚水タンクには残っていたが、それも多くはなかった。
「まずはご遺体に対して礼を尽くそう。総員整列」
船内は無重力状態ではあったが、全員とも機敏に整列を行った。目標船の乗組員四名はすでにマジックテープで軽く固定してあった。
「勇敢なる船乗りに敬礼」
現在エリスを除いて全員スーツ姿だ。エリスもまた遊泳帽を被っている。だから全員着帽での敬礼、挙手の礼だ。
約一〇秒のあいだ敬礼を続けて、社長のなおれの号令で解除した。その後はみんなで死亡者を救命カプセルに詰め直す作業を行った。
詰め終わったあと、リリーフは忘れていたことを思い出したかのように、エリスとグーンに向き直って指示を出した。
「おい新人二人。航路について考えとけ。細かい所はロリエに聞いてな」
「はい」
「ウッス」
「ロリエ、指導頼んだぞ」
「りょーかい」
リリーフに便乗する形で、ライフリーもまた指示を出した。
「あと聞いてくれ。臨時編成は交代の〇八〇〇で解除として、これ以降は二班の通常業務とする。だが済んでない仕事もいくつかあるから、一班はちょっくら残業だ。グーン付き合え」
「りょーかい」
「了解」
「了解ッス」
「そんで俺とサルバは臨時バディ解除まで、船外活動だ。死亡者を向こうの船に移送したあと、周囲に散ってるワイヤーと小包をまとめて、船の結束を解く。社長、時間まで監督頼みます。それが済んだら三班はすぐ就寝。二時間遅れだが悪いな」
「了解っすぅ」
「了解だ」
そして大人たちはそれぞれの準備をしながら、自分たちの話をし始めた。
「推進剤ナシ、食料ナシ、乗務員室の空気もナシって、なんか事故でもあったんすかねぇ」
「憶測なら言えるけどなぁ。とりあえず厄ネタじゃねぇことを祈るだけだわ」
「現時点で充分厄ネタなんすけどね。なんか遠征出るたんびに事故だの事件だの、呪われてるんすかね」
「日頃の行いだろうよ」
そんな話を横に聞きながら、唯一の生存者の様子を見た。脈拍安定、呼吸安定。しかし今のところ意識は戻っていない。
「エリス、帰りの航路がどうなったか把握してるか?」
「事前に決めていた航路は使えなくなって、帰還が怪しくなりました。シアリーズまで推進剤・酸化剤・水・食料が足りるか、再計算の必要があります。で良いですか?」
ロリエの言葉にエリスは、自信なさげに答えた。
救助活動を行った空間は、元々転回ポイントだった。しかし本来は遭難船とランデブーなど行わず、帰還に理想的な運動エネルギーを持っていたはずだった。それを喪失して現在、近日点で金星軌道程度、遠日点で木星軌道程度の、太陽を周回する楕円軌道に乗っていた。現在は太陽に向けて接近中だ。
「まぁ正解だ。次グーン」
そしてそれ以上の答えがエリスから出てこないことを察した後、ロリエはグーンに振った。
「それ以上は思いつかないッス、すんません」
「ん、まあいいさ」
エアロックからはゴンゴンという空気ポンプ作動音が響いていた。ライフリーとサルバが外に出るためだろう。
「ただ、今言った物資が足りないのは確定なんで、どこかで寄港して補給したいッス。特に食糧。一人増えたんで」
「でもどこに?」
グーンはエリスの言うこと以上の見解は示せず、帰還に向けての希望を語った。しかしこれが絵に描いた餅であることは、ロリエはもちろんエリスにも、言った当人にもわかっていることだった。
なにしろ現在の位置はシアリーズから二〇〇万キロは離れたところで、太陽に向けてゆっくりと落下する軌道だ。どうやら近日点で地球軌道を超えて金星軌道に迫り、遠日点で木星軌道と一致するらしい。公転周期は約八年プラスマイナス一年ほど。
「どこにもないッス。この時期ベスタが比較的近いッスけど……」
ベスタはメインベルト第二の小惑星で、三番目に大きな天体だ。最大天体である準惑星シアリーズと同じく人類が入植しているが、天体二番目のパラスが惑星間航路の中継基地として景気が良い一方で、ベスタは地味な印象があった。
ちなみに同じメインベルトに属していても、シアリーズはもちろん、件のベスタ、メインベルト最大の小惑星パラス、その他の大きめの小惑星もそれぞれが政府を持っており、シアリーズ住民がベスタに入国するにはパスポートが必要となる。
メリーズ建設では遠征中に不慮の事態への遭遇も考慮しているため、全員がパスポートを携帯するよう義務付けている。なので補給に寄れないこともなかった。
「そこ行けないの?」
「うーん、ベスタに向かうのもシアリーズに向かうのも、現在のベクトルを無駄にしちまうって意味じゃ、実はあんまり変わんないんスよ。それに何より、遭難船っていう重荷を背負ってるんで」
「あー。……え、それってまずくない?」
「マズいさ。だから三人で考えるんだよ」
ロリエの問題提起とエリスの見解、そしてグーンの希望により、どこかで補給をと考える三人だったが、残念ながら補給先は見つからなかった。
ベスタに向かうにもシアリーズに帰るにも、二隻分のウェイトである現状では三日以上の全力運転推進を続けなければならず、もちろんそれだけの推進剤は残っていない。
帰還の軌道に乗せてからの慣性航行なら目はあるが、今度は食料が足りなくなる。
周辺にたまたま小型タンカーが通りかかってくれたりしないかも期待したが、そんな都合の良い話はない。
少なくとも希望がないことが分かっただけでも収穫だ。
「あれ、これ詰んでる?」
「まだ詰んじゃいないさ」
つい口をついて出たエリスの言葉に、ロリエの冷静なコメントが帰ってきた。
「最悪デッドウェイト捨てればね」
「それは……許されることなんですか?」
「許されなくても生存最優先だろ」
「ジョージョーシャクリョーのヨチってヤツッスか」
エリスのつぶやきに応えたロリエの言う通り、この宇宙では生存最優先であることは常識だった。
そして彼女の言うデッドウェイトの分離を行っても、罪に問われる公算は低い。
何故なら、所在が知れて定期的に座標を知らせる宇宙船の大きさの物体は、難破船とは言ってもスペース・デブリとは言わない。デブリ投棄防止法の適用外なのだ。
『ガッ、十七号、こちらライフリー。三名分の遺体の搬送が完了した。これより電源ケーブル接続にかかる。メインエンジン発電負荷に注意。どうぞ』
「ライフリー、こちらリリーフ。搬送完了とケーブル接続、了解。ご安全に。どうぞ」
やがて遠くエンジンブロックから聞こえる音が少しうるさくなった。遭難船に給電を行うため発電量が増したようだ。
そんな中ロリエは新人二人に考えさせた。
「で、どうする? デッドウェイトの捨て方は」
遭難船をデッドウェイトと割り切る勇気がまだない二人は、顔を見合わせてから歯切れ悪く相談し始めた。
「せめてメインベルトの軌道に乗せてやりたいッスけど」
「うーん、でもこっちも推進剤の余裕がある訳じゃ」
「そうなんスよね。となると、ここでバイバイして……遠日点まで戻ってくるのに、何年でしたっけ」
「十年弱だ」
ディスプレイパッドで軌道要素を再表示したロリエが言った。
ちなみに弱という接尾語は、~よりわずかに足りないという意味だ。~にわずかに足す意味ではない。
「やー、それまで弔えないってのは、ちょっと長いッスよ」
「まあね、遺族にはちょっとね」
そして二人はあーでもないこーでもないと話を続けたが、一〇分経っても決まらないのでロリエが切り上げさせた。
「そこまでだ。いっぺん頭をリセットさせな。第三食準備だ」
「了解ッス。準備にかかります」
「それじゃ私は一度、操縦席に戻ります。社長にも相談してみます」
エリスは操縦席に滑り込んだ。副操縦士業務をするついでに社長に意見を求める算段だ。
「聞いてたよ。難しい判断だな」
「はい……」
「元軍人の俺としては、この遭難船は何か臭ぇんだよな。だから太陽周回軌道に放置して調査の機会を失うよりも、なるべく持って帰りたいんだよ。出来れば……まぁこれはいいか」
「はい」
「そして問題なのは、シアリーズまで放り投げるだけの推進剤の余裕も無いって点だろ」
「はい」
「じゃあサービスのヒントをやろう」
「ヒント?」
エリスは当直監視システムの報告ログを目で追いながらも、そこだけは顔を上げてリリーフに目を向けた。
「遭難船を安定軌道に投入だけして、後日取りに戻るって手もある。これなら推進剤の消費も最低限だ」
ニヤッと笑ったリリーフが、エリスに親指を上げた。
そんなリリーフの様子を、エリスは目を丸くして見つめていた。
「なるほど……盲点でした」
「進むも退くも難しいなら、問題棚上げってのが大人の知恵ってやつさ。覚えといたほうがいいぜ」
リリーフはそんなエリスに片眉を上げて、すぐに目を逸らして前方の宇宙に向いた。
「ご飯ッスよー」
「おう、俺とサルバの分もあるか」
「え、社長これから寝るんスよね」
「働いたんだからメシぐらい食わせろよ」
乗務員室のテーブルの上には、今は意識不明の救助者が寝袋に入れられて寝ている。そのため他の者は調理室の狭いテーブルで食事を行った。一人ロリエは操縦席で食べると言って、保存食のトレイを持って行ってしまったが。
やがてライフリーとサルバも船に戻って食事をとるだろうが、調理室は何人もが並べるほど広くないので、それまでに食べ終わっておかなければならなかった。
そして食事をとり終わり、おのおの食後のひと時を過ごしていた頃に、調理室とトイレユニットに挟まれたエアロックの丸扉が開いた。
「ガパッ、ただーいまぁ」
「ガパッ、サルバ早く行けよ、通れねえよ」
ライフリーとサルバが船内に戻ってきたのだ。二人とも開け放ったバイザーガラスの奥には、特に気負いのない顔つきがあった。
乗務員室でエリスと相談をしていたグーンが、タオル二本を片手に出迎えに行った。
「おかえんなさいッス。外はもう全部済んだんスか」
「だいたいなぁ。何か必要になってもチョイチョイで済む程度だよ」
「結局、外に散らばってた荷物って、何だったんスか」
「知らね。中身が開けられる構造じゃなかったし、開けてみる必要も時間もねえしな。ただ重かったぜ」
そう言いながらも電動インパクトレンチを流れるように操って、サルバはフェイスガードを手早く脱いでいった。就寝にしろ食事にしろ、これを外さないと落ち着いて船内にいられない。
ライフリーとサルバの二人が手早く食事をとったあと、操縦席のロリエを除く全員が乗務員室に集まった。つまり事実上全員が話を聞く体勢となった。
なお就寝を控えて、操縦席を降りた三班リリーフはハードスーツを着たままだったが、同じく三班のサルバは遊泳帽すら脱いで、身軽なハーフパンツ姿になっていた。
「えー、それじゃ俺たちで考えたプランを説明シャス」
エリスとグーンは前に出て、なんとかまとめた結果を発表した。
彼らが話しているのは、タイムスケジュールに沿った帰還プランの、さらに荒い叩き台だ。公的機関提出用のフライトプランとは違うものなので、一応言い分けることにしていた。
その内容は以下のものだった。
フェイズゼロ、出迎え船の依頼、十七号と遭難船の連結と出発準備。
フェイズワン、推進開始、遭難船の安定軌道投入、分離準備、分離。併進および確認。
フェイズツー、併進離脱・進路変更、加速。待ち合わせ軌道投入、確認、加速終了。
フェイズスリー、慣性航行期間、出迎え船ランデブー、連結。
フェイズフォー、加速、帰還軌道投入、帰還。
「ほう」
「いかがッスかね……」
ライフリーはそれを聞いて、予想以上の成果が出てきたと内心喜んだ。
特にポイントは、フェイズワンの遭難船の安定軌道投入と、フェイズスリーの出迎え船が来るまで慣性航行を続ける、という点だ。
「俺はてっきり、お前らは単独での救助と帰還にこだわって、自滅の道を選ぶと思ってたけどな」
「恥ずかしながら実は、ずっとそう考えてたッス。でも……」
「私がリリーフ社長からヒントを貰って、遭難船の問題を棚上げすればいいって」
ライフリーはエリスのそれを聞いて、リリーフに振り返った。
「……社長ぉー」
「なんだよ、しょうがねぇだろ。頭が固くて堂々巡りやってたんだからよ」
「ったく、自分で気が付かなきゃ経験になんねぇでしょうに」
ため息ひとつで切り替えたライフリーは、新人のプランを大筋で採用した。
「まぁ遭難船を棚上げできるなら、自分たちの船も棚上げできるって考えたのは、良い判断だ」
「あ、ありがとうございます」
「でもよ、どうせ迎えに来てもらうなら、わざわざ遭難船と分離する必要性に欠けねぇか?」
「あ」
そこに考えが至っていなかったエリスとグーンは同時に声が漏れて、二人がそれなりに決定版と思っていたプランに変更の余地があったことに、密かに悔しがった。
そんな心情が手に取るように分かるライフリーは、浮かびかけた笑顔を引き締めてその後の打ち合わせを続けた。
その結果、以下に修正された。
フェイズゼロ、出迎え船の依頼、十七号と遭難船の連結と出発準備。
フェイズワン、推進開始、加速。待ち合わせ軌道投入、確認、加速終了。
フェイズツー、慣性航行期間、出迎え船ランデブー、連結。
フェイズスリー、加速、帰還軌道投入、帰還。
つまり旧フェイズワンがごっそり削除になった以外は、特に変更なしということだ。
ただしこのプランの場合の問題点は別のところにあった。
「問題はメシが続くまでに迎えに来て貰えるかだ」
「そッスね、保存食は残り二十食ぶんッス」
保存食は二十四食分が一箱の段ボール箱に入っていて、乗組員六人掛ける四食ぶんで一日分とカウントできた。
段ボール箱を積んで最初の食事は昨日の第二食なので、本日の第二食が終わった現在は二箱目の四食を消費して、残り二十食という計算だ。予測では翌〇〇〇〇の第一食を最後に食料が尽きる。
「残り二十食か。出迎え船とのランデブーまでに見込まれる日数は?」
「ウッス、三十時間って見積もってるッス。保存食足りねッス」
現在時刻〇八二〇は復路出発二日目にあたり、単独運航開始である一日目一二〇〇からは約二十時間が経過している計算だ。
シアリーズから現場までの往路には、四十四時間かかった。資材の艀という余計な時間食いさえなければ、恐らくその半分の二十二時間で到着できただろう。
そして十七号船以外の船は全員、全速力で復路を帰ったはずだった。つまりすでにシアリーズの本社に帰り付いている可能性が高い。
これから彼ら五隻に推進剤・酸化剤・水・食料を補給して、もう一度ここまで飛んできてもらうためには、帰着後十二時間程度の休養と船体整備のあとで、約十八時間程度の宇宙航行を行ってもらう必要がある。
これがグーンの三十時間の根拠だ。
「見積り甘ぇな。本当の最短なら十八時間で来てもらえるな。飛ばせば十二時間だ」
「え、それここまで来るための往路航行時間だけッスよね。向こうも到着した後少しは休みたいはずッスよ? 船の点検整備の時間も必要ッスし、あんまり無理言うのも……」
「お前な」
ライフリーはグーンを正面から見据えながら言い切った。
「優先順位考えろよ。最優先は、そこで寝てる遭難者を一刻も早く病院に入院させることだろうが」
「……そッスけど」
「お前の最優先は、遭難も救助もしていないその他大勢への配慮か?」
「違うッス。違うけど」
「何か言われても、そのくれぇゴリ押せねぇでどうすんだよ」
「……俺みたいな新人がゴリ押して良いんスか?」
「おう、やれやれ。俺が許す」
「ウッス」
第二班のエリスはこれから当直監視任務だ。なのでメリ建本社との交渉は自分が受け持つ必要がある。
そうグーンは覚悟を決めていた。
床で寝ている会社の最高責任者の威光を借りれば、交渉なんて簡単に済むのになとライフリーは分かっていたが、あえて黙っていた。
操縦席でその様子を聞いていたロリエも、もちろん黙っていた。
なお方針決定を受けて、遭難船は十七号船の後部に後ろ向きに連結された。
次話は、第八九話 出迎え要求(通信、交渉、整備)です。