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第八六話 漂流船乗り込み(空間遊泳、救助活動)

前話は、第八五話 漂流船発見(船舶・航海、方位方角)です。

『ガッ、ライフリー、こちらリリーフ及びサルバ。これより外に出る。荷台でマグネットアンカーほか資材を準備した後、サルバが単独で空間遊泳で目標に取り付く予定。許可を求む。オクレ……訂正どうぞ。ピー』

「社長、こちらライフリー。了解、許可します。お気をつけて。どうぞ」


 エアロックから外に出たリリーフとサルバは、まず荷台の道具コンテナに向かいマグネットアンカーとケーブルリールを取り出した。これに信号ケーブルの延長ケーブルを繋いで、目標船に取り付けて会話を試みるのだ。


『ロリエのドールが健在ならやらせたんだがな、貧乏くじひかせて悪いな』

『仕方ねっすよぉ、社長』


 単独空間遊泳を行う予定のサルバは、手早く準備を始めた。マジックテープで腹に巻きつけた信号ケーブルリール、手には足場パイプと漂流索バディロープを尻に取り付けた手鉤棒、そして摩擦低減用のシリコンシートだ。

 サルバはリールからケーブルの一端を引き出して、別の紐を使ってフレームに緩く結わえつけた。

 そして次に彼は手鉤棒を二メートルに伸ばして、シリコンシートを挟む形で十七号船メインフレームに引っかけた。


『よーしやりますかぁ』


 サルバは最初だけ推進剤を消費して、フレームのまわりをグルグルと回り始めた。その格好はちょうどブランコの立ち漕ぎだ。

 最初こそサルバの身長とだいたい同じ半径二メートル程度で回転していたが、徐々に手鉤棒を伸ばして回転半径を増し、その分失ったスピードをブランコの係数励振現象を利用して勢いを付け、また手鉤棒を伸ばすことを繰り返していった。

 そして手鉤棒の一〇メートルを一杯に伸ばした状態で毎分三〇回転ほどの勢いに至った。


『く、遠心力、重てぇ……』

「なんか面白そうッスね」

『茶化すな……バカヤロ……』


 そして狙いを澄ませて手鉤棒から降りることで、かなりのスピードで目標にすっ飛んでいった。目測では三〇メートル毎秒くらいは出ているだろう。

 外れた手鉤棒もサルバと繋がったバディロープによって同じくすっ飛んでいった。


『ひぃぃぃ、恐ぇぇぇ』


 サルバはキリキリと回転しながら後ろにケーブルと手鉤棒をたなびかせて、目標に接近中だ。ケーブルが伸びるたびに身体の回転は収束していった。

 エリスの耳には通信を通じてサルバの悲鳴が聞こえてきた。無理もない。この速度で取り付き失敗したら、どこまで飛んでいくか分かったものではない。

 グーンはそれを見て、不謹慎にも面白そうに感じて、いつか自分もやってみたいと思っていた。もっともビビリの彼ではそうして練習をしないと、いざという時に成功できるか怪しいものだが。

 サルバの質量が射出されたことで十七号船はバランスを崩すが、ライフリーの操船によってすぐさま体勢を整えた。

 そしてロリエは、無慈悲な通信を行っていた。


「サルバ、こちらロリエ。うるせえ。目標の音が聞こえないから静かにしろ。返信の要ナシ。通信オワリ」


 一方リリーフは、フレームに結わえてあった信号ケーブルを素早くほどくと、さらに延長ケーブルのリールに取り付け、あらかじめケーブルを宇宙空間に勢いよく引き出してリールを回転させつつ、衝撃に備えた。

 やがてサルバが持っていた信号ケーブルのリールが空になり、衝撃と共に、空間に引き出してたるんでいたケーブルが一気に張った。そしてリリーフ側のリールが先ほどよりもはるかに高速に回転して、どんどんと引き出されていった。


『社長、こちらサルバ。リール一巻目終了。どうぞ』

『サルバ、こちらリリーフ。リール二巻目開始した。どうぞ』


 リールに収められた通信ケーブルは極細の割に強度が強く、長さも一巻あたり八キロほどあった。つまりサルバは既に八キロ以上を進んだことになる。

 船側リールの回転摩擦に運動エネルギーを食われてサルバの速度も徐々に落ち、リールが終わるころには常識的な速度に落ち着いた。

 サルバが抱えて一緒に打ち出されていったリール一巻、リリーフが繋ぎ直したリールもう一巻でもまだ足りず、用意してあったリール三巻目がカラカラと引き出されていく。

 そして通信が届いた。


『十七号、こちらサルバ。目標船に取り付きました。特記事項の報告の前に距離を教えてください、どうぞ』

「サルバ、こちら十七号ロリエ。〇五一四(マルゴーヒトヨン)現在、距離約二二キロ。こちらは二〇メートル毎秒で接近中。五キロまで接近予定。どうぞ」

『十七号、こちらサルバ。アンカーマグネット取り付け完了しました。接続確認願います、どうぞ』

「エリス、確認やってみな」

「サルバ先輩、こちら十七号エリス。接続確認しました。どうぞ」


 一拍置いてから、サルバからの通信が届いた。


『十七号、こちらサルバ。特記事項を報告します。目標船の周囲には金属ワイヤーらしき紐と何らかの金属箱が複数浮遊中。目視範囲内だけでも六個ありました。電波反射区域より内側への進入には船外監視員が必要と思われます、どうぞ』

「サルバ、こちら十七号ロリエ。了解。特記事項については別途船長の判断を待ってください。どうぞ」

『十七号、こちらサルバ。了解。通信オワリ』


 その報告を聞いていたライフリーは、深呼吸を一息ついてから指示を出した。


「うーし、まずロリエ、操縦権を渡す。ユーハブコントロール」

「アイハブコントロール」


 ライフリーはシートベルトを外しながら口を開いた。


「この後の各員の役割を指示する。

 最初に全員のバディを解除、再編成する。一班はロリエとグーン。二班はリリーフ社長とエリス。三班は俺とサルバ。期限は救助活動がひと段落するまで。

 ロリエは副船長。ロボットアーム操作と船内把握、つまり新人のお守り頼む。

 グーンは操縦手。ロリエの指示に従い操船しろ。周りのワイヤーには絶対引っかけんなよ。

 リリーフ社長は現場監督。船外で司令塔ついでに下回り手伝ってください。

 エリスは通信手。船内で情報取りまとめと呼びかけだ。耳を澄ませて目標船の音を聞け。

 俺とサルバは目標船作業員。俺自身は船長業務から外れるが、コードネームとして変わらず船長とする。

 宣言のあとは指揮権が船長の俺から現場監督の社長に移動するので注意。そんじゃ開始」


 そう言いながらも操縦席を降りてエアロックに向かって流れていった。

 ライフリーのこの人員割り振りは、十七号船の責任をロリエに、目標船の責任を自分に、全体の責任をリリーフ社長に振り分けた形だ。

 社長のバディにエリスを起用したことは、技術に偏る傾向があるグーンに較べて、エリスは全体を統括する適性に富んでいると読んだからだ。


『指揮権の移譲を受けたリリーフ・ロワデフルール、コードネーム社長だ。救助終了までよろしく頼む。早速だがエリス、相手への直接呼びかけ開始してくれ』

「了解、呼びかけ開始します」


 リリーフは徐々に船同士が近づくにつれてたるんでいく通信ケーブルをリールに再びまとめる作業を行いながら、そう指示を出した。

 エアロックからはすでにポンプの音が響いていた。ライフリーは間もなく外に出られるだろう。

 指示を受けたエリスが行動を開始した。


不明船(アンノウン)、不明船、不明船、こちらMERRCN17メリケン・セブンティーン、MERRCN17。救難信号を受信した。応答されたし。繰り返す、救難信号を受信した。応答されたし。どうぞ」


 先ほどロリエが行っていた呼びかけと一言一句変わらない呼びかけを、エリスが行った。言葉によどみはないものの、声色には緊張が走っていた。

 目標船ではサルバが隔壁にバイザーガラスを押し当てて聞き耳の体勢をとっていることだろう。

 そしてライフリーは監視誘導を行っていた。


『グーン、こちらライフリー。五〇メートル後に進行角(ベクター)〇ー四ー〇に変更、どうぞ』

「船長、こちらグーン、進行角〇ー四ー〇に変更了解。ターンヘディング……ナウ。進行角〇ー四ー〇に変更完了。どうぞ」

『グーン、こちらライフリー。三〇〇メートル進んだら進行角三ー〇ー〇に変更予定。五〇メートル手前で再度指示する。どうぞ』

「船長、こちらグーン、三〇〇メートル後に進行角三ー〇ー〇に変更予定了解。どうぞ」


 そうしてしばらく接近していると、突然サルバからの報告が入ってきた。


『エっちゃん、こちらサルバ。何かを叩く音が聞こえなかったか?どうぞ』

「サルバ先輩、こちらエリス。確かに聞こえました。トトト、トントントン、トトトでした。弱弱しいです。船長に指示を仰ぎます。どうぞ」

『エっちゃ……訂正エリス、こちらサルバ。了解、頼みます。通信オワリ』

『各員、こちらライフリー。聞いてたから報告不要。追って指示する。通信オワリ。さぁてどうすっかな……』


 どうやら目標船からの初の反応があったようだ。

 一〇秒ほどの間隔を開けて、ライフリーは通信を行った。


『んーまず、エリス、こちらライフリー。呼びかけ続けろ。返信不要、通信オワリ。続いてリリーフ社長、こちらライフリー。ニッパー、電動ドリル、空気止めテープ、救命カプセルの準備を願います、どうぞ』

『ライフリー、こちらリリーフ。了解。ニッパー、電動ドリル、空気止めテープ、救命カプセルを準備する。どうぞ』


 やおら慌ただしくなった船外活動組だったが、操縦席組もまた慌ただしかった。


「グーン、スロットルは素早く滑らかに間違いなくだ。チマチマガクガク開けんな」

「ウッス、サーセン」

「足し舵すんなって言っただろ、一発で決めろ」

「サーセンッス」

「当て舵もすんな、お前アタシのロボットアーム仕事ジャマしてんのか」

「サ、サーセン」


 グーンは実感していた。ライフリーは他者への要求が比較的低かったことに。

 ロリエの要求レベルの高さに、グーンはウンザリする暇もなくただビクビクとして、言われた通りの操船をする以外になかった。


 やがて十七号船は目標船周囲のワイヤー類をかいくぐり、五〇メートルほどの距離を置いて静止した。

 目標船は十七号船とほぼ同じサイズで、ほぼ同じ作りだった。四〇トン級汎用船としてメーカーを問わず売れ筋な船だ。

 違う点は、周囲に広がるワイヤー類の存在を除けば、荷台に相当する場所の推進剤用と思われる増設タンクだろう。ただし観測された質量から、中身は空であることは容易に想像できた。

 そして外から見たからこそ分かる、大事な点があった。メインエンジンが補助も含めて稼働を停止しているのだ。SOS信号は残存のバッテリー電力で発信されているにすぎないことが知れた。


「グーン、二メートル毎秒程度の微速で接近開始。ロボットアーム起動によるマスバランス変化に注意」

「了解、二メートル毎秒で接近します」


 十七号船は徐々に距離を詰めて、相対距離が二〇メートルを切った。ぐらり。アームの反作用で船が揺れるが、グーンはリアクションホイールだけでその動揺を収めた。

 ガキン。

 見事ロリエは、ロボットアームでの把持(はじ)を一発で成功させた。


「把持成功。引き寄せるぞ。姿勢注意」

「了解。よっ……引き寄せ成功。今の上手くいったッス」

「出来て当然」


 相変わらずの厳しいロリエの言葉に、苦笑いだ。

 そしてライフリーとリリーフの下回りによるロープ掛けにも成功した。

 あとは引き寄せて固定するだけだ。固定の方法はかつて私娼窟船バンボに固定した時と同じ手法だろう。

 その途中でサルバからの報告が入った。


『船長、こちらサルバ。生存者からの返信途絶。エアロック強制開放の必要あり。判断願います、どうぞ』

『サルバ、こちらライフリー。念のため強制開放の拒否意向を打診。返信なければ強制開放すると伝えろ。どうぞ』


 その言葉を受けて、サルバは接触通信を行った。エリスはこれら救助活動のタイムログをまとめていた。

 そしてその隙に目標船と十七号船を固定したライフリーとリリーフは、荷台に置いていた救助グッズの手持ちコンテナをひっ掴んで、目標船に流れていった。ここまで近いと命綱の必要性もあまりない。


『サルバ、持ってきたぞ』

『あざっす船長。打診から三〇秒経過、返信ナシ。開けちゃいますよぉ』

『おう、やってくれ。電力残ってるといいけどな』


 サルバはエアロック開閉ボタンの脇にあるパネルを開いて、非常ボタンを割り押したところ、途端に目標船の標識灯や緊急灯が点灯してエアロックの電子錠が開錠され、操作ができるようになった。隔壁を通じて警報音が鳴り響いていることも知れた。

 サルバとライフリーがエアロックに入って外扉(がいひ)閉鎖を行い、空気充填を待ってみたが、しかし一向にされなかった。


『こりゃバッテリー切れっすかねぇ』

『しょうがねぇ、内扉(ないひ)解放』


 言いながらライフリーはエアロック内部扉の気密ハンドルを回して、通常開閉範囲の開の位置からさらに先の、内圧が高くてもジャッキで隙間を作る強制開放位置にまでハンドルを回した。

 しかし通常なら船内から吹き出してくるはずの空気が、ちっとも出てこない。


『……あ。これヤバい奴だわ。目標船内に空気ナシ』

『まじっすかぁ……』


 船内に空気がないということは、隔壁に損傷が生じて空気が抜けたか、船内空気を補助エンジン維持に使ってしまったかのいずれかだ。

 そんなことをしている間に、船の警告灯とSOS発信が同時に止んだ。バッテリーが枯渇したらしい。当然エアロック内の赤色灯も消えてしまった。もっともライフリーもサルバも前照灯を点けていたので困りはしない。


『外扉開けっ放しにして、社長に報告』

『了解ぃ』


 報告を受けたリリーフは、追加の救命カプセルを荷台コンテナで探し始めた。


 一方、単独で船内に進んだライフリーは、ぐるりと乗務員室の様子を見た。

 ハードスーツの前照灯に照らされたそこには、操縦席に座ったままのソフトスーツ二名と、何らかの機器の操作席に座ったソフトスーツ二名がいた。四名とも呼びかけにも揺さぶりにも反応を示さず、微動だにしない。

 それぞれの腰に付いた空気缶残量計を見るとどれもゼロになっていた。なのでライフリーはひとまず持ち込んだ空気缶に全員ぶん交換して、その空き缶をビニール袋に入れた。あとで証拠品として提出するものなので、おろそかにはできない。


『十七号、こちらライフリー。目標船内に入った。要救助者は四名、全員ソフトスーツ装着者。全員意識喪失、生死不明。空気缶残量無しのため空気缶を交換した。これより救命カプセルに入れる。どうぞ』

『ライフリー船長、こっ、こちら十七号エリス。要救助者四名、全員意識喪失で空気缶残量無し交換済み了解。お、お気をつけて。どうぞ』


 そんなやり取りをしている間に、救命カプセルを三つ追加で持ってきたリリーフが目標船に取り付いて、サルバを通じてカプセルを手渡した。


『ライフリー、おかわりだ。あとサルバは船に戻したほうがいいんじゃねえか?人死にに耐性ねえだろ』

『サルバに直接的な人死には見せませんよ。むしろ船内の新人のほうが危なくないですかね、救命行為するのは船内なんで』

『あーそっか。そっちは仕方ねえで済ますしかないな。じゃサルバはこのまま続行で』

『気ぃ遣って貰ってすんませぇん』

『あ、サルバまず一人連れてけ』

『了解……うへ、ずっしりしてる』


 まず一名を救命カプセルに詰めたライフリーは、そのままサルバに託した。操作席後ろ側にいた一名だ。


『十七号、こちらサルバ。要救助者一名確保。エアロック準備頼みます、どうぞ』

『サルバ先輩、こちらエリス。エアロック準備整ってます、すぐに入れます、どうぞ』


 サルバが十七号船のエアロックに救命カプセルを押し込んで報告を行ったころ、ライフリーによって二人目の救命カプセルが宇宙空間に出てきた。


『社長、さっきのが乗務員室操作席後ろ、こっちが操作席前側に座ってたほうです。船内に戻って救命救急やってください』

『おう、もう二人待ってるぜ』

『了解。それじゃ』


 こうして要救助者二人目のあとに、リリーフは船内に戻った。外に出ているのはライフリーとサルバの第三班だけとなった。


次話は、第八七話 人命救助(救助活動、救急)です。

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[一言] 地球上でも、艦船や飛行機で予期しない破損や自然災害による行方不明や漂流が起きるけれど、宇宙で起こったらまず助からない可能性が高いんだろうなぁ……
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