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第八一話 無重力下のメリ建式宙球(宙球・操船)

前話は、第八〇話 飯場生活(操船、団体生活)です。

 仕事が終わり飯場に戻って、ようやく第三食となる。今日は十七号が朝勤男性の巣だ。

 相変わらず昼勤があらかじめ電子レンジで保存食を温めていてくれるため、朝勤の者はみんな有難がっていた。

 しかも今日は、よく火の通った赤身のビーフステーキだ。ミシミシとした筋肉繊維を噛みしめる食いごたえは、実際の量以上に満腹中枢を刺激してくれる。

 そしてみんなで食後のコーヒーを楽しんでいたころ。


「そーいやー新人、サルバにボール借りといたぜー」


 十六号船のクレシア先輩が、ボールを片手にグーンに近づいてきた。


「クレシアさん素早いッスねぇ」

「何しろヒマだからよー」


 彼が持っているのは、真空対応の宙球ボールだった。樹脂でできたフレーム構造だけで空気入りのボールを再現した、空気がない所でも遊べる代物だ。

 クレシアは船の床にボールをバムバムとバウンドさせながら、笑顔を見せた。座っている耳元でボールをバウンドされた周りの大人は、対照的に苦い顔だ。


「何人か連れて外に遊びに行こうぜー」

「そりゃ構わねッスけど、都合つく人いるッスかね」


 年かさの作業員はみんな、若いよなこいつら、といった顔で呆れていた。

 しかし忘れてはいけない。年かさと言ってもせいぜい三十代で、クレシアも本来その年齢層なのだ。


「バッカおめー、こーゆーのは都合聞くんじゃなくて、誘うんだよ」


 そう言って十六号クレシアは、周りに声をかけていった。ちなみに新人は強制参加だそうな。

 さらに女性船にも通信で連絡を入れて、何人かに声をかけていた。

 グーンは正直、あんまり外に出て遊ぶ気になれなかった。何しろ操船で気疲れしていたのだ。

 しかし同じく疲れているであろう一つ先輩の十六号アクティや、十九号シンが早々に捕まっているのを見て、諦めて自らのハードスーツに酸素缶と推進剤缶を装着した。

 なお年かさの作業員には全員断られていたようだ。なんとクレシアから見て後輩にあたるライフリーからもだ。

 ライフリーの断り文句は「報告書の作成が溜まってるんで……」だそうだったが、ひょっとしたらサボっているクレシアの分もしわ寄せが行っているせいなのではないかと、グーンは(いぶか)しんだ。


 外出するのは十六号クレシアとアクティ、十七号グーン、十九号シンの四人だ。それと女性陣からは二十号キムが出てくるらしい。

 エアロックから出て命綱にカラビナを通して待機していると、一番最後にクレシア先輩が出てきた。

 ここからは約一〇〇メートルのロープクライミングだ。といっても遠心重力は特に強くなく、全員スイスイと登って行った。もっともコリオリの力のほうが強く出るほどなので、前進する慣性力だけで進むような真似は無理だった。


『おう、合流できたなー』

『ちゃーす』


 クレシアが二十号女性のキムを迎えながら、命綱のカラビナを外した。

 その場に集まったものは、これで五名。

 そしておもむろにボールのワイヤーをキムに渡して、クレシアは(はしけ)のフレームをアゴでさし示した。

 その意図をすぐに解して、結わえつけるキム。

 どうやらこのフレームを、宙球のゴールポストにしようと考えているらしい。


『……そんなとこ使って大丈夫ッスか?』

『ヘーキヘーキー、おめー心配性だなー』


 虚空でグルングルン回っているフレームは、ゴールポストにするにはちょっと落ち着きがない気がして、グーンは不安を感じていた。


『ちょーっと数がハンパだなー。ツーオンスリーで遊ぶしかねっかなー』

『その前にみんなルール知ってるんスか?』

『あ? グーンお前、顔に見覚えねーのかよー、全員グラウンドで遊んでたぜー?』

『わかんねぇッスよ、何十人集まってたと思ってんスか』

『聞いたかーキム? コイツ他の部員のこと覚えてねーぜー?』


 突然話を振られた二十号女性のキムは、ハードスーツの腰に手を当てて口を開いた。

 というか、部員って何だ。


『そいつぁサミシイっすねえ。何度かチームも組んだことあるのに』

『そうだったんスか、動けば身のこなしで誰だか分かると思うッスけど』

『アンタ変な覚え方してるねえ』


 クレシアはボールをみんなに投げつけて、ウォーミングアップのパス回しをし始めた。


 さて、ここで説明しよう。


 彼らがやろうとしているゲームは、宙球スペースポロだ。しかし正式な宙球とは違う、ワンオンワンもしくはせいぜいスリーオンスリー程度の少人数対戦に特化した、サルバが提唱した遊び方だ。名前はまだない。

 元の宙球は無重力空間に浮いた三〇メートル立方の空間の中で、推進剤を使わずにプレイするスポーツだ。しかし当たり前だが、そんな環境はよほどでないと整えられるものではない。

 なのでゴールポストに繋いだ一五メートルのワイヤー付きボールで、ゲームフィールドを再現していた。これにより無重力だけではなく、微小重力下でもプレイすることが可能になった。


 彼らの宙球は、元の宙球とはルールの面でだいぶ違う。身体の動かし方や人間側のルールはだいたい宙球そのものだったが、それ以外はバスケットボールっぽいルールとして、アレンジを加えてあったのだ。

 宙球が遊ばれ始めて数か月、その都度足されたり削られたりで変遷した、現在最新のおおまかなルールはこうだ。


ゲームの概略

 八分間に、より多くの点数を獲得したチームが勝利。正式にはこれを四ピリオド行う。

 ゴールポストにボールをぶつけることで、その時のオフェンスチームに一点が入る。ディフェンスチームによる自責点もありうる。


プレイヤー

 オフェンス・ディフェンスの二チームに分かれてプレーする。同数が望ましい。

 プレイヤーは全員ハードスーツ着用。空気や推進剤の途中補給は不可。

 各プレイヤーは、自分の身体以外への接触は三〇秒までと決められている。これはボールに対してはもちろんだが、他プレイヤー、ゴールポスト、ワイヤー、果ては地面などフィールド内外の障害物や、推進スラスタースイッチにまで適用される。

 接触を解いたあとの再接触が三秒以内なら、三〇秒のカウントは継続する。つまり左右の手でボールを持ち換えても三十秒のカウントはリセットされないし、滞空時間三秒以上のジャンプをしなければ、地面に立っているだけでもやがて反則となる。

 逆に言えば、三〇秒間はそれらが許される。

 それさえ守れば移動自由、推進剤の使用も自由。


プレイフィールドと攻守交替

 ゴールポストとボールを繋ぐワイヤーの範囲が事実上のプレイフィールドとなるが、明確なプレイフィールドはない。そのためプレイヤーは自由に外に出られるが、三〇秒カウントはゲーム中ずっと有効だ。

 ゴールポストには一個のボールを一五メートルのワイヤーで繋ぐ。ゴールとボールの最大距離が結び方によってまちまちなのは、まぁご愛敬だ。

 オフェンスとディフェンスの交代は、ディフェンス側がボールをゴールポストとは逆の方向に投げて、ワイヤーを張らせることで跳ね返ってきたボールを、誰かがキャッチした時点で交代する。

 このことにより、プレイヤーが持ったまま張らせた場合は交代とはしないし、ワイヤーを張らせたままワイヤーと直角方向に投げる、つまりボールを周回させても交代はしない。オフェンス側が張らせた場合も交代しない。


三〇秒ルール

 彼らの宙球を語るうえで、三〇秒ルールを避けては通れない。

 元々の水球や宙球での三〇秒ルールは、攻撃態勢に入ってから三〇秒という意味での三〇秒だった。

 しかし彼らの三〇秒とは、自分以外のオブジェクトに接触してから三〇秒、というものに解釈が替えられていた。つまり攻撃時以外でも、プレイ中は誰もが三〇秒ルールに縛られるのだ。

 これは最近有志によって作られた、ハードスーツの全身に配置されたセンサー類を監視して三〇秒をカウントする、ユーザースクリプトの助けなしではとても管理できないことだろう。

 対象は、自分を含む全てのオブジェクトと、推進スラスター動作スイッチだ。自分を含むから、握りこぶしや腕組みやハードスーツ各種スイッチ操作も対象となる。それらとの接触は一つのみで、同時に二つと接触すると即座に反則となる。

 三〇秒カウントのリセットは、三秒間他のオブジェクトに触れない状態が続いた時、である。


ボールの特記事項

 自分がプレイフィールド内オブジェクト(他プレイヤー、ゴールポスト、ワイヤー、ボール、その他)に触れたときから三〇秒カウントのルールが適用されることは記したが、ボールに関してだけはさらに追加される特記事項がある。

 ボールを持ったまま、他プレイヤー以外のオブジェクト(地面や障害物やゴールポスト)に接触するのは反則となるのだ。

 ボールへの接触は身体の一部分だけ(指は手の範囲内として容認される)で行わなければならず、それ以外を同時にボールに付けると反則となる。そのためボールを掴めるのは片手だけで、両手で掴むことはもちろん、頭や体で抱え込んだり足で挟んでも反則だ。

 ただし足や頭に当たっても反則とならないのは、水球そのままのルールを適用した宙球よりも、より現実に即していることだろう。

 逆に言えば、ボールを持っている時だけは他プレイヤーへの接触が許される。


反則とペナルティ

 本来の宙球では元になった水球と同じく、反則は主にオーディナリーファールと呼ばれ、かなり細かく決まっていた。より深刻な反則の度合いによってパーソナルファール、ブルータリティと進むのも変わらなかった。

 しかしこの簡易宙球では、そもそも反則を判定するレフェリーがいない場合がほとんどであることもあり、大幅に簡略化されていた。

 すなわち、三〇秒ルール以外の反則の撤廃である。

 押したり掴んだり投げたりといった行為が反則だったのは水球時代だけで、宙球に進化した後は反則とされなかったが、スリーオンスリーまでのワイヤー付き宙球では、さらにゴールライン、サイドライン、ペナルティエリアからも解放されていた。

 ただし殴る、蹴るなどの暴力行為は相変わらず反則だ。

 おまけにフリースローでプレイの流れが止められるのを嫌がる傾向もあった。

 そのため、各種反則を行ったプレイヤーへのペナルティは、別のものになった。

 ちなみに過去に、他プレイヤーに缶ジュースを一本ずつ奢る約束とし、各自のペナルティと相殺できるようにしたこともあったが、ペナルティを行わなかったプレイヤーにゲーム後十八本もの缶ジュースが集中して、飲み切るまで許されないという逆ペナルティが発生したことがあったため、このペナルティは封印された。

 他に、反則をしたプレイヤーはその場で直立不動となって、社歌の一番を独唱するというペナルティも考案されたが、泣くほど嫌がるプレイヤーが続出したため、これも封印された。

 ボールとプレイヤー以外の何かに触って帰ってくるというものが現在の主流だ。


 十六号船クレシアがボールをもてあそびながら、口を開いた。


『じゃまずは小手調べで、俺とキムのチーム対、新人三人のチームかなー』

『クレシアさん、俺二年目』

『ばっかやろー、新人に毛が生えたみてーなもんだろ』


 クレシアに新人三人とひとまとめにされたアクティ先輩が口を挟んだが、すぐさま言い返されていた。


『んじゃ新人組が先にオフェンスでいいぜー』

『了解』


 ボールをバシッと受け止めた十六号先輩アクティがそう返事をして、おもむろにゲームが始まった。事前の打ち合わせも何もないのが、何とも遊びっぽくて良い。


 誰が攻めるのかを惑わせるために、アクティ、グーン、シンの順番でボール回しをする。その間にも足の指の操作でハードスーツのスラスターを操作して、ゆっくりゴールポストに近寄っていく。

 ボールを受け取るたび、グーンの耳にはスクリプトによるアラーム音のカウントが聞こえてくる。

 クレシアとキムもまた、両手を拡げたディフェンスポーズでボールを妨害した。

 ここで急激にゴールポストに接近するのは悪手だ。なにしろスラスターの推進は地上でのゲームのように急激な動きを出来ない。途中で進行方向も変えづらいし、推進剤は有限だ。

 だから正面で妨害しているクレシアをよけるには、身体のスピンとボールの方向だけで何とかしなければならない。

 ボール回しで受け取ったグーンは、手足でヨー方向(体幹から左右方向)に勢いをつけてグルリと上下逆さまになり、両足の間を通してシンへのパスを行うフェイントを入れた。

 クレシアはそれに機敏に反応して足を動かすが、その動きのせいで身体が泳ぎ、わきの下ががら空きになった。

 そこをグーンは突いて、パスを通した。

 シンはパスを受け取るが、その途端にキムに取り付かれてもみくちゃになった。

 シンの胴体を足の裏で封じたキムは、ボールを奪おうと手を動かすと同時に、パスを投げようとする直前のシンの身体を効果的に崩して、投げる動作を封じている。

 アクティはそこに接近してシンを援護しようとするが、その頃にはキムはシンからボールを奪い取っていた。そして即座に虚空に向かってボールを投げて、ワイヤーがビンと張って戻ってきたボールにスラスターを吹かして追いすがった。攻守逆転だ。

 ボールに追いついたのはキムで、そして彼女はクレシアにパスを回した。

 直後に新人二人に抱き付かれるキムだったが、女性が男性二人に襲われるシチュエーションでもハードスーツ越しでは問題にしていないようで、その団子を足で押した反力でゴールポストに接近した。

 一方でパスを投げられたクレシアのそばにはグーンがインターセプトに動いていた。

 ボールに向かって手を伸ばしたグーンは、そのボールの軌道が突然グイっと曲がるのを見た。


『それずりぃ!』

『何でもアリだよ、決まってんだろー』


 クレシアはボールのワイヤーを手繰って、ボールの軌道を変えたのだ。

 グーンはボールをキャッチする寸前のクレシアの足を手で掴んで回転させて、彼が手繰ったままのワイヤーを間接的に動かした。ボールはクレシアのキャッチから外れていった。


『このやろー、上手ぇーなー!』


 クレシアはグーンの崩しに舌を巻きながら、ワイヤーを操作してボールを振り回してグーンにぶつけた。


『んな! ぶつけるとかマナー悪ぃッスよ!』

『事故だよ事故!』


 突然の衝撃に戸惑うグーンを足で押して、クレシアは反力でゴールポストに近付き、力いっぱいボールをぶつけた。

 ゴエェェェン。宇宙では音は伝わらないはずなのに、全員のヘルメット内にその音は響いていた。


『いよっしゃ先制点!』

『かー、やられたー』


 喜ぶ先輩チームと、悔しがる新人チーム。

 しかしそんな中に、通信が届いた。


『クレシア、こちらルー。うるせえ!フレームにぶつけたら全ての船に振動伝わるだろが!何事かと思ったぞ!フレーム使っての宙球は禁止!通信オワリ!』

『グーン、こちらサルバ。てめー安眠妨害してんのかよぉ!周りの先輩方から文句言われる俺の身にもなれ!通信オワリ!』

『キム、こちらマミー・ポコ。アンタ帰ったらみんなに謝りなよ。通信オワリ』


 全員でアチャーという顔つきをして、無言で通信スイッチを指さした。

 通信を切って、みんなでハードスーツのヘルメットを接触させて話し合った。


「やっちまったようだなー」

「そうっすね、やっちまいましたね」

「どうすんスか、このあと」

「どうって、ゲームやめて叱られに戻るしかないよ」

「うぇー」


 そんな訳で、彼らの宙球はわずかワンゲーム、十分間で終わってしまった。

 船に戻ったら、案の定ライフリーによるお説教だ。十九号リブドゥもシンを前にコンコンと説教をしていた。監督見習ルーもアクティに訓録を垂れていた。

 そしてクレシアはというと、通信でマミー・ポコから直々のお説教だ。ものすごい仏頂面だ。

 その後は静かに訓練しようとグーンは思っていた。

 ところが。


「よー新人、やっぱ外行こうぜー」


 クレシアは再び操縦席のグーンに近寄ってきた。


「さっき怒られたばっかじゃないスかぁ」

「ヒマなんだよー」

「じゃあ俺とシンの着座特訓、お付き合いするッスか?」

「ちっ、やんねーよそんなの」


 そんな話をしていると、クレシアのトイレ順番が回ってきたらしい。

 本当にトイレ順番までの暇つぶしに、新人たちを付き合わせていただけのようだった。

 そそくさとトイレに入っていくクレシアを見て、自分の番まであと二時間はあることにゲンナリとするグーンであった。


 さて、操縦席での就寝を終えて起床した次の日。

 その日はもうニッターが安定的に稼働していて、マスキャッチャー足場の円錐頂点方向がおおむね出来上がっていた。昼勤と夜勤が頑張ってくれた成果だろう。

 こうなってくると、彼ら操船チームは途端にルーチンワークに近くなってくる。資材を届ける先と種類が減るからだ。

 現在は、ニッターへの各種補給のほか、十五号で集積している敷き板パケットの運搬が主だ。さすがに休憩のコーヒーの配達はやめてもらった。

 だからといって気が抜けるわけではない。むしろライフリーの指導は厳しさを増していった。


『シン、相変わらず着座が遅ぇ!アクティは通信報告項目ちゃんと考えてから喋れ!グーンはロボットアームももっと練習しろこのヘタクソ!』

『サ、サーセン』


 そして大休止の第二食。十五号に横づけして停泊し、空気を抜いていた十六号船に再び空気を充填して、作業員を船内で休憩させるのだ。


「あい、保存食ッス」

「ありがと」


 今日はライフリーは十五号船で食事しながら打合せ。他にも船長・副船長クラスはみんな十五号船なので、十六号船には下っ端に近い層が集まったのだ。

 グーンは十八号船の女性作業員に温めた保存食を手渡した。下っ端といってもみんな先輩だ。


「どうよ、操船特訓チームのアンバイは」


 無重力の中で浮きながら保存食をもぐもぐして、二十号のキム先輩がそう話しかけてきた。


「しんどいッス。ライフリー船長の指導が厳しくって泣きそうッス」

「お前はマシだろグーン。俺なんて、いない子扱いだぜ」

「免許取りたてにしちゃ頑張れてる方だよシンはよ。問題は新人に劣る俺だよ」

「ま、こんな感じッス。とても客観視して評価なんてできねぇッス」


 上から順に、グーン、十九号シン、十六号アクティの談だ。


「うわー、ライフリーさんの指導って軍仕込みでキッツそうだねー。アタシの番じゃなくて良かったわー」

「んなこと言ってっから操船チームから外されんだよ、ス―。ホント向上心ねぇな」

「いやキム先輩、適材適所って奴っすよー。敷き板だったら誰より早いつもりっすよー、アタシ」


 それを聞いて、十八号の女性先輩ス―もまた口を挟んで、二十号三年目のキムに窘められていた。

 文字面だけを追えば、とても女性同士の会話に見えないだろう。

 基本的にメリ建の女性作業員は、こんな感じで男勝りな連中ばかりが入社する。

 その意味でエリスや、新人主席のアンネのようなタイプは珍しかったし、そういった女性らしい物腰の者もだんだんと口汚くなっていくものだった。

 そもそも、建設業という業種自体が荒っぽい男の職場なわけで、そこに好き好んでやってくる女性もまた荒っぽくなっていくのは、必然だった。


 食事自体は早々に終わり、雑談をしている間に大休止終了まであとわずかとなった。

 船は再び空気を吸い出され、仕事モードに変わることになる。

 ゴンゴンゴンゴン……。

 エアロックからの空気ポンプの音がくぐもっていき、しかし船体を通じて振動は伝わってくる。


『うし、空気(エア)抜き終了。そんじゃ皆さん、午後もご安全に』

『ご安全に』


 十六号アクティがそう声をかけて、同乗していた十八号と二十号の女性作業員が外に出ていった。残るのは元々の操船チームである、十六号アクティ、十七号グーン、十九号シンだ。

 そして響いてくる声は、自らは足場で敷き板敷きをやっているライフリーのものだ。


『オラ新人ども、次の板持ってこい。ボーっとしてんじゃねぇぞ!』

『ウ、ウッス!』


 彼ら三人は、馬車馬のように働いた。船を馬車と例えるならやっていることは馬ではなく御者ではあるのだが。


 さて、業務の操船でこってり絞られた後は、昼勤に交代して再び飯場生活だ。

 そして毎日の食後のお約束としてやってくるのが、クレシア先輩だ。


「よーグーン、宙球やろーぜ! お前ゴールポストな!」

「はあぁ!?」


 その後引っ張り出されたグーンは船の外で、ワイヤーをくくりつけられて本当にゴールポスト役をやらされて、さんざんボールをぶつけられた。

 他のプレイヤーは遠慮がちに、クレシア先輩はガチに、だ。

 もちろんゴールポスト役は交代で担当し、クレシアがゴール役の時はグーンも思い切りボールをぶつけるのだった。


『クレシアさんそれズリぃッスよ! なに避けてんスか!』

『当ったり前だろー! お前のシュートは痛ぇんだよ!』

『動くゴールなんて聞いたことねえッスよ!』


 こうして先輩の理不尽に振り回される新人の姿は、この会社の入社半年後の風物詩だ。

 新人はこういう遊びを通じて、先輩の駄目な点や面白い点を目の当たりにして、先輩たちを身近に感じていく。

 先輩たちにとっても、顔の見えない全体像としての新人から、個性も得手不得手もある顔の見える個人として認識されていくのだ。

 それは先輩後輩互いにとって、見守る上司にとって、そして会社という団体にとって、良い事であった。

 今年の新人たちも例年と同じく、メリ建に溶け込めそうだ。


次話は、第八二話 帰り道も理不尽に(操船、団体生活)です。

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