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第七八話 三度目の出発(航路・航海)

前話は、第七七話 入社半年(資格、宙球、ドール、所属部署)です。

「おはようございます」

「社長、船長、先輩、オザッス」


 遠征出発日の一七〇〇(ヒトナナマルマル)、十七号船格納庫前。

 夕方なのに朝の挨拶をする違和感は無かった六人は、そう声を掛け合った。

 これから一四日と六時間の遠征に出発する面々は、全員落ち着いていた。

 それは新人であるエリスとグーンも例外ではなく、三回目ともなれば慣れたものだった。


「おう、おはよう。ちゃんと眠って来たか?」

「ウッス、バッチリッス」


 暗い紅色のハードスーツの社長と、赤いハードスーツの船長は、ドラム缶を机にして今回の仕事の書類を見ながら缶コーヒーを飲んでいた。ロングドカジャン姿のロリエとニッカポッカ姿のサルバは飲んでいない。


「社長の宇宙服姿を見んの、初めてッス」

「おう、カッコいいだろ?」


 社長のハードスーツは一世代程度前のモデルで、それなりに使い込んだ細かい傷はあるが、深みのある暗い紅色はキチンとした塗装工場でのオールペイント仕事であると知れた。ワックスでピカピカに磨かれているのも良い。

 缶スプレーで自家塗装したライフリーのハードスーツとは、仕上がりが段違いだ。


「同じ赤系統で塗ってて、どことなくお揃いって感じですね」

「ライフリーが真似したんだよ」

「明るさが違うんだから別の色っすよ」


 エリスの言葉に社長とライフリーは軽く口論をしだすが、その言葉を発した新人二人の恰好を見て、口論を切り上げて褒め出した。


「それにしても二人とも、乗船前からスーツ着用とは良い心がけだ。指導はお前か?」

「はい」

「ハードスーツ着るの嫌がる奴、多いからな。よく指導した」

「はい」

「んじゃ積み込みすっか」

「はい」


 社長は搭乗前の説明を省略して、積み込みを始めた。ライフリーは追従している。

 しかし初遠征の時は、説明なしで積み込みを始めようとして、ライフリーはソフィに怒鳴られていたはずだ。

 グーンはそのことを思い返して、ひそかに苦い顔になった。

 この場にツッコミ要員がいないことに気が付いたのだ。

 いや、普段のバカ話程度ならグーンも、もちろんサルバやエリスも、ツッコミに回ることは出来るだろう。

 だが、本来真面目な場面で真顔でふざけるような、船長や社長を相手に指摘は無理だ。

 なにか一抹の不安を感じたグーンであった。


 荷物を積み込み終えた六人は、そのまま乗務員室(キャビン)で準備しつつも、説明を始めた船長の言葉に耳を傾けた。

 曰く、このあと一八〇〇(ヒトハチマルマル)の出発は、第三班が担当。

 副操縦手社長、正操縦手サルバ。

 翌〇〇〇〇(マルマルマルマル)をもって一日目として、第三班から第一班に交代。

 副操縦手ライフリー、正操縦手グーン。

 出発から八時間後の翌〇二〇〇(マルフタマルマル)に、交代後の第一班が担当となって、先行している無人の(はしけ)とランデブーを行う。

 艀の列に割り込ませて再度連結し、それぞれの船に割り振られた艀を牽引するのだ。

 そうして三六時間の逆進。

 その後〇八〇〇(マルハチマルマル)に第一班から第二班に交代。

 正操縦手ロリエ、副操縦手エリス。

 以後繰り返し。

 最終的に出発四四時間後の一四〇〇(ヒトヨンマルマル)に目的地への到着を担当。

 到着後は建設仕事にかかる前の準備。

 一六〇〇(ヒトロクマルマル)の第二班から第三班への交代後も、それにあてる。

 建設作業開始は、第三班から第一班への交代である〇〇〇〇(マルマルマルマル)から。

 一方で建設のタイムスケジュールは、こうだ。

 二日目の朝勤・昼勤・夜勤で、ニッター稼働準備とニッターが動ける程度の足場作成を行う。

 三日目からは早速ニッター運用。

 あとは監督の指示に従って作業する。

 そんな説明を聞かされながら、グーンはさりげなくねじ込まれていた爆弾を掘り下げた。


「船長、質問」

「はいグーン」


 元気よく手をあげたグーンを、ライフリーは持っていたペンの尻で指した。


「正操縦手グーンって聞こえたんスけど」

「ん、朝勤はグーンを正操縦手(メインパイロット)とし、俺が補佐する」

「えー! いきなりッスか!」

「馬っ鹿野郎、お前訓練校で操縦は経験済みなんだろ。だったら出来んだろ」

「だって朝勤ではランデブーってイベントあるんスよ!」

「だからこそ訓練になるってもんだろ。やったことねぇとは言わせねぇぞ?」

「いやでも」

「お前をサッサと仕上げて、エリスに指導する時間を作らねぇといけねぇんだよ! 決定事項だかんな!」

「ひぃぃ」


 サルバとエリスは可哀想な奴を見る顔になっていて、社長はニヤニヤ顔だ。ロリエはいつもの無表情。

 グーンは発進までの手順を記したメモ帳のページを開き始め、慌ててその場所を探した。


「地獄の特訓第三段って奴ですか、これ」

「おう、俺もやらされたよ。補佐なんて名ばかりでシゴキだよ」

「一番効率が良いんだからいいじゃねぇか」


 エリスのつぶやきにサルバが答えて、それにロリエが合わせた。


 さて一班に移ったグーンは、今までとタイムスケジュールが変わったことを実感しなければならなかった。出発を待たずして就寝である。


「眠くねッスよ」

「そんでも寝るんだよ」


 キャビンの床にあたるあたりで、ライフリーとグーンはスーツ姿のまま寝ることとなった。ライフリーはマジックテープでの固定だけで何も無しで、グーンは毛布付きだ。


 目を瞑ったグーンだったが、耳栓などはしていない。とっさに声で起こして貰えるようにとの配慮だ。ただしヘルメットは被っているし、バイザーも二センチほど隙間を開けているものの基本的に閉めている。

 だからサルバと社長による管制とのやり取りや、チェックリスト読み上げの声は、くぐもって不明瞭だった。

 副操縦士(コ・パイロット)として管制のやり取りの流れを覚えてから正操縦士(メインパイロット)なら話も分かるが、いきなりはないよなぁ、と考えながらじっとしていたら、眠くないと思っていても眠れたらしい。

 エリスに起こされたときには、すでに二二〇〇(フタフタマルマル)の起床時間となっていた。


「おはようグーン。冷えてない?」

「オザッス、大丈夫ッス。船長もオザッス」

「おう、おはよう」


 一時的にハードスーツを脱いで、手荷物を持って調理室(ギャレー)に向かうと、ロリエがホットコーヒーで迎えてくれた。


「オザッス先輩。ゴチッス」

「ああ」


 ロリエからカップを受け取ったグーンは、しずく飛び散り防止の蓋ごしにコーヒーを一口すすった。受け取るだけでどこかに置くような真似は、目上の人から飲み物をいただいた際の礼儀に反するからだ。もちろん、美味しいッスと感想を述べるのも忘れない。

 しかし今すべきことはコーヒーではなく、朝の支度だ。ウェットティッシュで顔を拭きながら、先にトイレに入ったライフリーが出るのを待った。

 操縦室(コックピット)の二人にもコーヒーを配ってきたエリスがギャレーに戻り、グーンに声をかけた。


「グーン、正操縦士(メインパイロット)業務、頑張ってね」

「気が重いッスよ」

「私もグーンのあとメインやるんだから、感想聞かせてくれなくちゃ困るよ」

「頑張るッスけど、期待しねぇで下さいッス」


 二人の短いやり取りが一区切りついたところで、ライフリーがトイレから出てきた。

 そのタイミングで、ロリエは背中を預けていた壁から離れて言った。


「寝るよ。おやすみ」


 その言葉を皮切りに四人はそれぞれ挨拶を交わした。

 いつもと違って床に用意されている寝袋(シュラフ)に向かう二人を見送ってから、グーンはトイレに入って紙おむつを着用した。


「お疲れ様ッス。あれ、社長がコパイなんスか」

「バッカヤロ、社長に対して馴れ馴れしいぞグーン」

「いいっていいって。人の目ねぇしよ」

「アザッス。経験豊富だからメインかなって思ってたッス」


 真っ先に操縦席に取り付いたグーンの言葉に、サルバがたしなめ、社長が苦笑いして答えた。

 忙しい社長業の合間を縫って、こうして現場の助っ人に入る社長ではあったが、操縦そのものをする機会は年間で数回だ。しょっちゅう操縦桿を握っているサルバとの習熟度の差を考えれば、社長が副操縦士のポジションにいるのは本当は妥当なのだ。

 だがグーンは、社長の軍出身という経歴に先入観があったようだ。


「つってもまぁ、まっすぐ飛んでるだけなら誰がメインに座ってても一緒なんだけどな」


 実際、現在は等加速度直進運航で、なおかつ六隻編成で連結しているので、全てにおいてコンピュータ任せだ。だから操縦手不在の自動航行も可能だ。


「社長、メシにしましょう」

「おう」


 ライフリーは社長とサルバを食事に誘った。

 法令では必ず誰かが即座に操縦できるように待機していなければならない事になっていたが、固いことは言いっこなしだ。

 そうして本来〇〇〇〇(マルマルマルマル)前後に交代で食べるはずだった第一食を、四人で食べることができた。

 床の一角で第二班の二人が寝ているので、四人は乗務員室のテーブルで声を潜めて話した。内容は他愛無い雑談だ。


 さてグーンはいよいよ正操縦席に座ることになった。


「ユーハブコントロール」

「アイハブコントロール」


 サルバに代わって操縦権限を与えられたグーンに、嬉しさや誇らしさは特にない。

 船の操縦自体は訓練校で何度も行っていたが、それ以上に緊張が勝っていたのだ。

 グーンは素早くモニターに目を走らせた。その表示は今まで二度の副操縦席勤務の時と同じく、見慣れたものだった。


「うわ、加速度が一・七ッスか、道理で寝やすかったはずッス」


 現在船団はグーンの言う通り、いつもの一メートル毎秒毎秒の加速度よりも大幅に速い、一・七メートル毎秒毎秒もの加速度で航行していた。

 そのため、加速重力が良く効いて快適に眠れていた。

 なにしろシアリーズ本星の自然重力で〇・二九メートル毎秒毎秒、居住エリアの遠心重力ドラムで三メートル毎秒毎秒だ。一・七メートル毎秒毎秒の重力がどれほど生活重力に近いかが分かろうというものだ。

 もっとも、デブリ事故後の大急ぎ帰還の時ほどではない。あの時は出発時こそ三メートル毎秒毎秒の加速度だったが、推進剤尽きかけで軽くなった終盤は一〇メートル毎秒毎秒に至っていた。ほぼ地球メインランドの重力と一緒だったが、徐々に加速が増えていったおかげで一〇メートルもの大重力にも人間の身体は耐えられるのだと実感した記憶があった。

 ともあれ、現在の加速度が一・七である理由をライフリーが質問した。


「グーン、なんでこんなに急いでるかわかるか?」

「先行した積荷に、少しでも早く追いつくためッスか?」

「答えとしちゃ弱いな。より正確には、操縦初心者の時間的余裕を稼ぐためだ」


 ああー。グーンは納得した。

 ライフリー曰く、今回は各船のほとんどで新人や二年目などに操船を任せる時期なので、ランデブーにもたつく恐れが大きい。だから早めに取り付く必要があるのだ。

 何しろ今回は、運行途中で荷物をランデブーで受け取るという、いつもの運行とは大きく違うイベントがあるからだ。


『メリ建全船、こちら十五号船担当ルーです。もうすぐ先行している資材パケットに接近します。……はい、すいません、はい。訂正、一〇分後に資材パケットに接近します。ランデブーのため一分後に一八〇度転回を行いますので、準備願います。どうぞ』

『十五号船、こちら十六号船。了解。どうぞ』

「十五号船、こちら十七号船。了解。どうぞ」

『十五号船、こちら十八号船。了解。どうぞ』


 十五号船の監督から通信が入り、グーンはそれに受け答えをした。きっと他の船も新人が受け答えをしているのだろう。


『全船、こちら十五号船。推進カット及び転回二〇秒前です。カウントダウン省略します。返信の要なし』

「五、四、三、二、一、転回開始」

『全船、こちら十五号船。推進カット及び転回開始。返信の要なし』

「六、七、八、推進カット、一〇、一一、転回終了」

『全船、こちら十五号船。推進カット及び転回終了。姿勢微調整を行います。返信の要なし』

「ふぅー」


 グーンはライフリーの指導の下、十五号船による集中操船を読み上げる訓練を行った。

 コンピュータによる操船のログを読むだけとはいえ、操作の順番やタイミングを身体に叩き込む効果がある、らしい。

 その後船団はしばらく慣性航行を続けて、艀とランデブーした。


「……長いッスね」

「まあな、だいたい六〇パケあるからな」


 操縦席の窓から見える資材を積んだ艀の列は、およそ三〇〇メートルにも及んでいた。正確には六四艘もあるとのことだった。

 内容は資材一六パケ、ニッター二機とオイルのセットが一パケ、推進剤二一パケ、酸化剤二一パケ、水四パケ、その他一パケ。一パケットあたり七トンに合わせてあるので、合計四四八トン。

 もっとも艀は、実際に建設に使う単管パイプを組み合わせて作ってあり、空荷の艀を引っ張って帰る羽目にはならないように工夫してあるため、これでも最低限度だ。


「こないだの鉱山炉建設の往復とはワケ違うッスね」

「あん時は船だけの移動で、艀は別業者に丸投げだったからな」


 そう言っているうちに、ランデブーポイントに到着した。すでにグーンとライフリーの後ろには、いつでも外に出られる格好の社長とサルバが控えていた。


「そんじゃ社長、俺とサルバで下回りやってきますんで、グーンの操縦の様子見といて下さい」

「おう、任せなさい」

「グーン、お前失敗すんじゃねぇぞぉ」

「ウッス、外頼んまス」


 十五号船に率いられた六隻は、まず作業員によってあっという間に連結を外された。

 次に取り付いた作業員の手によって、艀の列はおおむね六等分に分割された。

 すでに連結している船と艀をわざわざ分離して、船を間に差し込むのには訳があった。常時推進を行っているメインベルトの移動方法では、連結器への荷重のかかり方にムラが出るからだ。

 ここまではグーンの出番はほぼ無しだ。下回り作業員の報告の通信を聞いて、了解と答えるだけの簡単なお仕事だった。

 だがグーンは、ハードスーツのグローブの中で手のひらに汗をかくほどの緊張状態にあった。なにしろこれから、マニュアル操縦で連結位置に船を寄せるのだ。


『十七号船、こちら十五号船。連結位置への移動を許可します。どうぞ』

「十五号船、こちら十七号船。了解、連結位置に移動します。どうぞ」


 グーンは緊張を抑えるように唇を舐めて、操縦桿を握った。


「これより連結位置に移動します」

「落ち着いてやれ」

「ウッス、アザッス」


 グーンが操縦桿をピクリと動かすと、わずかにスラスターホーンのラッパが鳴った。しかし体感速度では船はそれほど動いていない。なにしろ推進剤などの残量はたっぷり三分の二ほど残っていて、船はまだまだ重い。

 グーンはその操縦桿の動かし具合からの移動量の感覚を掴むと、次はもう少し大胆に動かした。しかしまだ足りなかったようだった。やはり適正噴射量を一発で決めるのは、グーンには無理だった。

 あわてず騒がず、グーンはそのゆっくり目の速度で船団から離脱して、艀の列の所定の位置に向けて操縦桿を倒した。

 今度はやや長めの噴射だったので、船は適正に近い速度で移動していった。

 途中一度だけ追加噴射を行った。見込んだ位置から進行方向がややずれていたからだ。

 そして艀の列の斜め下に着くと逆ベクトルに噴射をして一度停止し、船長とサルバの誘導に従って操縦を行った。

 停止位置を斜め下にしたのは、スラスターの向きが機体軸から垂直となっているため、真下や真横に付けると艀に噴射がかかって軌道を変えてしまうからだった。これは教本にも書いてある基本的な操縦だった。

 ゆっくりゆっくりと斜め上方向に動いていって、もうあと一メートルほどといったあたりでカウンターのスラスターを噴射した。ビタッと静止はできず、少し機体が泳ぐ程度の静止だった。

 船の前後ではライフリーとサルバがそれぞれロープをかけて、艀の質量を利用して船を固定し、連結器を噛ませた。ガチャンという音が船体を伝ってグーンに聞こえてきた。


『前部連結ヨシ』

『後部連結ヨシ』

「こちらグーン、連結ヨシ了解。連結ランプ点灯確認。連結完了ッス。

 十五号船、こちら十七号船。連結作業完了。以後待機します。通信オワリ」

「よーし新人、よくやったな」

「アザッス」


 ふうーとグーンが息をついていると、やがてライフリーとサルバが船内に戻ってきた。


「おつかれ、グーン。社長見守りありがとうございます」

「おう。この新人なかなかやるな。お前らから見て一〇〇点満点で何点よ」


 グーンは渋い顔になった。今の自分の操縦をこの場で採点して、本人にも聞かせるなんて。

 今の操縦のグーンによる自己採点では、余分な噴射が二回に加え、想定時間二分半のところ五分半かかったことで、せいぜい四〇点といったところだろうと思った。


「ベテラン基準なら三五点程度っすけど、新人としちゃ九〇点くらいっすかね。サルバお前は?」

「そぉっすねぇ、グーンのそのドヤ顔でマイナス五〇点くれてやりたいっすねぇ」

「う」

「ニヤついてんじゃねぇぞぉ、オムイチのくせに」


 ライフリーに思わぬ評価を貰ったことで表情が緩んでいたことをグーンは気付き、慌てて顔を引き締めようとして変な顔になっていた。


「ま、これでグーンの程度が分かったってことだから、今後の指導方針も判明だな。覚悟しとけ」

「ウッス」


 やがて二〇号船までの全船の連結が完了して、いよいよ推進だ。

 とはいえここから先は基本的に十五号船による集中操縦となるので、各船の操縦士は不測の事態のために待機するだけだ。

 だが十七号船では、いや恐らく他の船でも同様のことをしているのだろうが、漫然とした待機はさせてくれなかった。

 無効化された操縦系統を使って、単独で減速推進を行うことを仮定したチェックリスト、操作、通信を行わさせられていた。


「十五号船、こちら十七号船。これより推進開始のカウントダウンを行います。八〇秒前」

『七〇秒前。……六〇、五九、五八』


 グーンの声は実際には十五号船には届いていない。しかしそのタイミングはキチンと一致していた。というよりライフリーによってそう仕向けられていた。


『一〇、九、八、七、六、五、四、三』

「メインエンジン点火」

『二、一、ナウ』

「SRB点火」

『一、二、三……』


 メインエンジン点火の三秒後にフルスロットルに入れられた液体ロケットエンジンは咆哮をあげ、次いでナウの読み声で点火された固体(Solid)ロケット(Rocket)ブースター(Booster)が、暴力的な爆音を奏でた。

 しかし。


「重ってぇぇぇ」


 二度目の遠征で味わった、一〇メートル毎秒毎秒に及ぶ加速重力が来ることを覚悟していたグーンは、三度目の遠征である今回出発時の加速重力、一・七メートル毎秒毎秒よりも生ぬるい加速感に、拍子抜けしていた。

 固体ロケットブースターを使用しているにもかかわらず、一メートル毎秒毎秒しか出ていなかったのだ。

 グーンの言う重たいというのは、自分の身体ではなく船のことだった。


「そりゃお前、こんだけ荷物満載してりゃ重いよ」

「俺、密かに覚悟してたんスよ、前回鼻血出しちゃったし」


 加速感が無いと言っても、推進自体はしっかりと行われているし、その荷重は連結器を通して船のフレームを軋ませている。

 結局ろくな加速感が得られないまま、固体ロケットブースターは燃え尽きた。

 突然加速が〇・三五メートル毎秒毎秒にまで激減したせいで、前につんのめる気がしたグーンだった。


「この加速で残り三六時間ッスか」

「燃やした燃料分軽くなっていくから、もうちょっとマシになるけど、おおむねな」

「うへー」


 三〇分ごとの当直監視任務報告を行いつつ、船は全力運転をしながらもしずしずと減速していった。

 やがて〇四一〇(マルヨンヒトマル)の第二食を挟んで、第二班の起床と第三班の就寝の時刻である〇六〇〇(マルロクマルマル)となった。


「そんじゃ俺寝るぜー」

「ウッス、お疲れさんッス」


 サルバは当たり前のようにロリエの寝ていた寝袋に入っていき、すぐにすうすうと寝息を立てた。一方社長は毛布にくるまって床でゴロ寝だ。

 だがグーンは知っていた。二班が業務に入ると、サルバは目を覚まし、しばらくトイレにこもることを。


 やがて〇八〇〇(マルハチマルマル)に二班が就業した。


「それでグーン、どんな仕事をしたの?」

「まずッスね……」


 副操縦席に座ったエリスの背もたれにグーンはぶら下がり、モニターや操縦桿やスロットルを指さしながら、説明を重ねていった。

 なお双方ハードスーツ着用なので、顔が近い嬉しさなどは特になかった。

 そして引継ぎを〇九〇〇(マルキューマルマル)に終えて、一班は終業となった。


 終業とは言ったが、地獄の特訓終了とは言っていない。

 その後グーンとエリスは、ひたすら操縦席に座ったり離れたりを延々繰り返させられた。

 グーン、エリスともにすでに、おおむね五〇秒での着座に成功している。入社したころの五分と比べればかなりの上達だが、目標は二〇秒だ。

 背後でロリエが汎用モニターで当直監視をしてくれていて、おしゃべりが弾んだことがせめてもの救いだった。


 そして一四〇〇(ヒトヨンマルマル)、サルバたち三班と入れ違いにグーンたち一班は就寝時間を迎えて寝入り、二二〇〇(フタフタマルマル)に二班と入れ違いに起床した。

 交代して朝勤に就いてからは、立ったり座ったりを繰り返した。昼勤の時間になっても昨日と同様に立ったり座ったり。そして就寝。

 やがてグーンが寝ている間の一五〇七(ヒトゴーマルナナ)に、現場宙域に到着した。

 船に積んでいた推進剤や酸化剤は、どちらもほぼ空になるまで使い切っていた。


次話は、第七九話 本格的な操船(マスキャッチャー、航路・航海)です。

※2020/5/10 船の運航時間を変更しました。


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