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第七〇話 居残り組の帰還(宇宙スクーター、マッサージ、サルバ評価)

前話は、第六九話 緊急転院(路線バス、遠心重力ドラム、産前産後休暇事情、ドール価格事情、自家用車)です。

◆休暇最終日の風景


 ソフィの見舞いで、会社のある港湾ブロックと病院のある居住ブロックを、日帰りで往復するという無茶をした、その次の日。

 一人っきりの二〇一号室で目覚めて、グーンは正直びっくりした。〇九〇〇(マルキューマルマル)をまわっていたのだ。

 きっと自分が考えていた以上に、先代社長との会話は気疲れしていたのだろう。


 朝食を食べられる時間帯ではなかったが、グーンは一応食堂に寄ってみたら、朝食の残り物が置いてあったので、ありがたく頂いた。

 その後は、昼食の時間まで身体を動かすことに決めた。

 自室の三段ベッドわきの床に座らせていた、会社のロゴの入った恥ずかしいハードスーツを手早く着込んだグーンは、寮を出て裏手のグラウンドに向かった。宙球を利用した地獄の特訓をやりにきたのだ。

 そうすると、そこには先客がいた。ハードスーツ姿のエリスだ。


「オザッス、エリっさん」

「あれ、おはよう。ひょっとして今起きたの?」

「なんか疲れてたみたいで、爆睡してたんスよ。タフさには自信あったんスけどねぇ」


 そう言いながらグーンはエリスに近寄った。


「一人っきりでグラウンド来てるなんて珍しいッスね」

「起きたあと身体がウズウズしちゃって。気持ちは休んでいたかったんだけど、ちょっとね」

「俺もッス。まぁきっとガッツリ身体動かせば、ウズウズも治まるッスかね」


 そう言って、二人はボールを手に二時間近く身体を動かした。

 エリスもすっかり筋力がついて、素早い動きが出来るようになってきた。

 四か月前の入社すぐの頃は、彼女もきっとここまで動けるとは思っていなかったはずだ。


「うん、ウズウズ治まった。気持ちいい」

「エリっさんもすっかり身体動かすの好きになったッスね。初仕事のときと比べたら、相当自信付いたんじゃねッスか?」

「そうだね、あの頃はクルー全員に嫉妬してたけど、今は平気だし」


 健全な精神は健全な身体に宿る。

 空手道場で繰り返し聞かされたセリフが、目の前で実現したことに、グーンは喜びを感じた。


 その後は二人で鳶資格の実技対策に、廃材で枠組み応用登り桟橋を実際に作った。

 教習動画の通り、正しい方法で寸法を測ったり、正しい手順で鉄パイプを立てたり。とにかく丸暗記だった。

 三十分ほど経つと一二一〇(ヒトフタヒトマル)の大休止のチャイムが鳴り、勤務中の人たちが食堂に詰めかける気配を感じた。

 中には、大休止早々このグラウンドで遊んでいくつもりなのか、ちらほらと人もやってきた。きっと大混雑中の食堂に行く時間をずらすためだろう。


「あ、チャッス先輩」

「おう、久しぶりだな二人とも。あれサルバは?」

「いや実は……」


 以前ここで地獄の特訓をしている間に知り合った先輩(何号船の誰なのかも知らない)に、グーンは十七号船の緊急帰還のことを話した。サルバは居残りで現場仕事をしているとも伝えた。

 先輩はその話に同情を寄せてくれたが、ゲームのお誘いを断るのに苦労した。

 鳶試験の実技対策してるの、見れば分かるだろうに……。


 その後その先輩が食堂に向かうと、今度は別の先輩方がグラウンドにやってきた。

 サルバ不在と事情説明と、ゲームのお誘いの流れもだいたい一緒だった。

 そして誰も実技対策を見てくれないのは共通だった。

 三級鳶ぐらい余裕だろって意味なのだろうが、少しくらいアドバイスくれたっていいじゃん。


 やがて大休止終了のチャイムが鳴って、休み時間に遊びに来ていた先輩方が帰った。

 それでようやくグーンとエリスは、実技対策を中断して食堂に行けた。


「あー、なんか、ちっとも練習になんなかったッスね」

「うん、せっかく敷き板の寸法合わせしても、人が来るたび最初からだもん」


 昼食のポークソテーはミシミシと固かった。

 昼食後に実技対策を再開し、一五〇〇(ヒトゴーマルマル)には実技試験制限時間である二時間を(まっと)うできた。

 一つ一つの計測数値をいちいち読み上げて、注意点を指さし確認しながら、教本通りの操作や手順で行う足場組みは、実際の現場で行うにはちょっと恥ずかしい所作だ。

 しかしこうして、他人から見て分かりやすい所作をすることが免許取得の秘訣である、とグーンは過去の免許取得試験で知っていたから、初心者っぽくてたどたどしく感じる所作をすることにも慣れていた。

 実技の練習をし始めたころは、エリスは恥ずかしがっていたが、今ではグーンと同様そういうもんと慣れていた。


「昼の大休止、実技対策しないで遊んでりゃ良かったッス」

「それはそれで結果論だけどね。それじゃグーン、また明日ねー」

「ウッス、お疲れッス」


 エリスと別れて寮に戻ったあとは、洗濯やハードスーツのメンテナンスなど、休暇最終日の寂しさを噛みしめて過ごした。


◆噂の震源地


 さて、次の日。

 まるで休んだ気がしないが、一応昨日で帰還後の休暇は終わり、今日からは勤務だ。

 ソフィとサルバを欠いたままの十七号船クルーの四人が、格納庫前で集まって挨拶して解散するだけの朝礼をした。

 グーンとエリスは地獄の特訓継続中のため、引き続きハードスーツ姿のままだ。もちろんライフリーもだ。

 最近では、社用ハードスーツを四六時中着ていることへの羞恥心すら、薄れてきた気がする。危険な兆候だ。


 その後本社屋に入ってそれぞれに分散し、新人二人は資格のための勉強を行った。

 その日の勉強部屋では、二号船と三号船から八号船までの新人が自主勉強している中に、グーン、エリス、それと白スーツの三人が突然加わることになったので、目新しさからか妙に注目された。

 他の者は作業服なのに、その三人だけがハードスーツのせいだ、とは思いたくない。


 小休止や大休止には、何故その三人だけが勉強に参加しているのかの事情を、みんなに質問され、その都度三人は同じ説明を何度もする羽目になった。

 もちろん話した内容は、十七号船の緊急帰還に関わるデブリ事故のことだけで、余計なエピソードは付け加えていない。

 しかし都合上、白スーツの自損事故は話さざるを得なかったらしく、彼はちょっとした物笑いの種になっていた。

 そしてエリスや白スーツとは別行動のグーンも、二号船のインフルエンザ事情を聞き返していた。


「結局インフルの出所調査は、恐らく都市ブロックって程度ッスか」

「まあな。ニュースじゃ一時期パンデミック警報になるかって騒ぎだったらしいけど、普通は判明せずで終わりだよ」


 グーンは一緒に自習していた二号船配属の新人たちと一緒に食堂に行っていた。

 そして、そこで紹介された二号船の先輩がたに事情を聞いた。

 なおその先輩方の顔は、以前から見たことがあったはずだが、グラウンドで見たかどうか不明だ。名前も覚えていない。


「俺ら二号船のインフルが原因で、お前らが代理に出た訳じゃん。そのせいで十七号船がデブリ事故に遭ったのは、こっちとしちゃなんか責任感じるよ」

「病気はフカコーリョクなんスから、責任は感じる必要はねぇと思うッスよ。それに代わってくれたおかげで、かなり足場組みの勉強になったッス」

「残業ひどかっただろ」

「ひどかったッスねぇ。あはは。でも手当美味しいし、序盤の水不足のおかげで出会いもあったし、サルバ先輩なんてえらくエンジョイしてたし」

「ん、何があったんだ?」


 そこでグーンによるサルバ伝説を語って聞かせたら、なんだかそれが大受けだった。

 二号船の先輩方や新人たちも含めて、グーンも一緒に笑った。


「だはははは! アイツ私娼窟の嬢にドハマりしたのかよ!」

「やーだ、クスクス」

「アイツ貯金全部はたいちまったんじゃねーの?」


 ごめんなさいサルバ先輩。

 だってサルバ先輩なら全員共通の有名人だから、ネタにすると話が盛り上がるんだもの。

 でもきっと女性からのイメージは、開き直り系視姦魔オナニー猿より、素人童貞フーゾク猿のほうが、多分マシッスよ。

 グーンはそう自己正当化した。


 その後エリスと合流して再び本社屋で勉強し、終業、帰寮、就寝。

 あくる日も起床、朝礼、始業、勉強、終業、帰寮、寮監夫妻をマッサージ、就寝。

 そして休日が来た。


◆宇宙スクーター


 グーンはその日〇六三〇(マルロクサンマル)という、勤務がある日と同じ時間に起きてしまったため、暇つぶしの朝の散歩を行った。

 何故ならこの時間は、勤務の者優先の朝食時間なので、休暇のグーンは食堂を遠慮したのだ。

 長蛇の列に並ぶのが面倒だからとも言う。

 寮の外の朝の空気は、ひんやりしてすがすがしい。

 などということはない。昼でも夜でも同じ空気、同じ光景、同じ明るさだった。

 そこらへんメインベルトには、時間帯による(おもむき)というものはない。

 いつもと変わらない朝で、目新しいことも一つもない。


「ん?」


 いや、目新しいものが一つあった。

 十七号船格納庫の前には、宇宙スクーターが一台置いてあったのだ。


「スクーターかぁ、誰のだろ。つか、なんでこんなところに?」


 宇宙スクーターとは、超小型宇宙船の通称である。一号船と二号船には二台ずつ積載していたはずで、だから十七号船には縁遠くても、メリ建全体で見ればお馴染みの機械だ。

 そのあまりの小ささから、姿勢制御スラスターも与圧ブロックも生命維持装置もなく、推進剤と酸化剤のタンクに人間がまたがるような形で乗り込む、ただ人間が移動するためだけにしか使えないシロモノだ。

 操船には特殊小型船舶免許が必要となる。一級小型船舶や宙技士免許では操船できないので注意が必要だ。このスクーターには、道路を走れるようにオプションパーツのタイヤが付いているので、自動二輪免許も必要になる。

 グーンは訓練校時代に見慣れたスクーターを懐かしげに眺めながら、誰がこれをここに置いたのだろうと考えたが、その答えはすぐに明かされることとなった。


「おうグーン、おはよう。ずいぶん早いな」

「あれ、オザッス船長。なんで独身寮から?」


 ハードスーツのライフリーが、独身寮から出てきてグーンに挨拶した。


「ソフィがこの先二年間いねぇから、アパート引き払って寮に荷物運び込んだんだ」

「気付かなかったッス。引っ越し手伝わなくてサーセンした」

「いいっていいって。どうせ仮だしな」

「そッスか。まあこれからよろしくッス」

「ああ、寮友(ドームメイト)ってヤツだな」


 ライフリーはスクーターのセルモーターを回して、ロケットエンジンをかけた。

 小型ロケットエンジンのかかりはよく、発電のためのアイドリングも安定していた。

 グーンがスクーターに視線をやって言った。


「このスクーターは船長のッスか?」

「おう、昨日の夜リースから届いた。会社と居住ブロックの通勤に、バスじゃ時間ばっかりかかるからな」


 港湾ブロックから居住ブロックに移動するだけで四時間かけるよりは、三十分で到着できるほうを選んだわけだ。


「なるほど。高かったでしょコレ」

「ああ、一か月あたり一六〇〇だってよ」

「うはー、給料丸一か月分じゃねッスか」

「一時保証金で高いんだよ。しょうがねぇよ、クルマを借りるよりマシだ」

「そりゃそうッスねぇ」


 スクーターのレンタルだと、相場は一日で八〇ダラー。バスなら四往復、ハイヤーなら二往復できる値段だ。一か月借りると二四〇〇ダラーとなる。

 購入にしても、高くつく図式なのは一緒だ。船舶本体価格はとても安価なのだが、だからこそ若者が飛びついて、あちこちで暴走行為を繰り返したあげく、違反行為や事故を多発して、任意保険の額が爆上げされた過去があったからだ。余談だがグーン出身訓練校では無保険で暴走しているらしい。

 そんな訳で、リース専用の任意船舶保険や船舶検査や中間検査の料金も込みのリース代金には、解約時に返金される一時保証金が含まれているので、メチャクチャ高いが最終的に割安なのだ。


「それに、会社がリース契約したのを、半額で又貸しして貰ってる図式だからな。助かる」

「つまり半額会社負担ッスか。それはデカいッスね、良かったッス」

「ああ、差し引きなんとか我慢できる。しかも推進剤とかも、整備に補給させてくれるってよ」

「おお、至れり尽くせりッスね。あでも整備の連中にスクーターいじらせるんなら、推進剤に砂糖とか、酸化剤に塩水とか、イタズラされないように気ぃ付けて下さいね」


 推進剤添加オイルに砂糖は、摺動抵抗を増して焼き付かせるため。

 酸化剤に塩水は、経路の鉄やアルミを錆びさせるため。

 ワイヤーや電装系へのニッパー傷も含めて、典型的な嫌がらせ手法だ。


「整備だって意味もなくイジワルしねぇだろ」

「クズはつまんねぇ理由でもやるッスよ。例えば、俺らもスクーター欲しいのにライフリーばっかり会社に依怙贔屓(えこひいき)されやがって、みたいな」

「あー、……そりゃあり得るな、まぁ気を付けるよ」


 そう言いながら、ライフリーはヘルメットを被った。バイザーは上げたままだ。


「んじゃ見舞い行ってくらぁ」

「ウィッス、いってらっしゃい」


 ライフリーは周囲確認をしてから、スクーターを自力で押して敷地の道を去っていった。暖機運転がまだ済んでいないこともあったが、会社の敷地内でロケットエンジンを吹かすのを控えたのだ。

 今日からライフリーは、遠征に出ない限りは、居住ブロックのソフィの病室で寝泊まりするつもりなのだろう。

 本当にベタ惚れなんだなぁ。


◆居残り組の帰還


 さて、そんな勉強と休暇を繰り返す日々が一か月近く続いたある日、変化があった。

 十五号船から二十号船までの居残り組、五隻編成がようやく帰還したのだ。

 ライフリー以下四名と白スーツは、会社の桟橋に立って出迎えた。ロリエ以外全員ハードスーツ姿だ。

 まず十五号船の監督たちを、全員で敬礼で出迎えてねぎらった。

 次に十六号船からサルバを含むクルーが出てきた。敬礼。


「ただいまぁ」

「お疲れ様ッスみなさん」


 その顔つきはかなーり疲れた模様で、グーンたちが帰った後の現場作業の過酷さが思いやられた。

 そんなサルバに、後ろから馴れ馴れしく肩を抱いた人物がいた。


「お疲れぃ、サルバ」

「お疲れ様っすぅ、クレシア先輩」

「お前女子の評判は悪ぃけど、なかなか使える奴だな。気に入ったぜ」

「ハハッ、そりゃどーも」


 現場作業の過酷さというよりも、クレシア先輩との付き合いで疲れたんだな、と察せられた。同じく出迎えに来ていた白スーツも、その顔に同情を浮かべていた。


「なぁサルバ、本格的に十六号船に異動しろって」

「いやぁモテモテコマッチャウって感じっすねぇ、ハハッ。でも十七号船のキレイどころが俺を待ってるんで」

「脈無ぇオンナしか居ねぇ船よりよ、お前を評価してる野郎ばっかの船が快適だぜ?」

「ハハッ。……あライフリー船長、サルバただ今帰着しましたー」

「おう、ご苦労」


 そしてライフリーはサルバに付きまとっているクレシアに視線をやり、言った。

 クレシアよりもライフリーのほうが歳上だが、入社年度が違うためライフリーは敬語だ。


「クレシア先輩もお疲れさんっす」

「おう、ライフリーお疲れ。いやサルバ、使える奴だなー」

「そうでしょ。ウチでも使える奴なんで手放せないんす」

「なんだよぅ、くれよぅ」

「やーでーすー」


 クレシアが去って、二十号船までを敬礼で出迎えた後。

 当然のごとくサルバに、なんであんなに懐かれてるのか事情聴取だ。

 十六号船のクルーが帰着後ミーティングをやっている間に、十七号船一同は独身寮の玄関ロビーに場所を移した。

 なお白スーツは当然だが、十六号船のミーティングのほうに参加している。


「何があったんだよ」

「普通に仕事してただけっすよぉ」

「十七号船基準で、だろ」

「ええ、まあ」

「だからだよ……。勤続二年なりに、ちったぁ手加減しとけよ……」


 ライフリーはハードスーツのまま器用に缶コーヒーを飲み、そう嘆息した。

 誤解しないでいただきたいが、十七号船には特別優秀な作業員がいる訳ではない。そもそも最長経験が勤続十二年のソフィなのだ。この道二十年のベテランなどとは蓄積が違う。

 しかし腕前の粒が揃っている意味では、十七号船は十六号船よりも優れていた。

 エロ猿としての側面ばかりがフィーチャーされがちなサルバであるが、勤続二年でライフリーやロリエと同等の動きが出来る時点で優秀なのだ。さすが元アスリートの身体能力と判断力である。

 加えて今となっては、空間姿勢制御と機械知識だけならサルバに迫るグーンもいて、計算や状況把握や気配りならサルバ以上のエリスもいて、さらに日々成長している。

 一方で十六号船は、勤続約二十年の船長と勤続約十年のクレシアをツートップとしているが、その下についているのが今ひとつ頼りない。

 というのも、十六号船の作業員は、配属からだいたい三年しないうちに転職や独立開業の道に進むので、中間程度の腕前が育たないのだ。

 ひょっとしたら、代々十六号船は乗組員が男ばかりで女っ気がないせいでとか、クレシアに金銭的に食い物にされてとかで、人が居付かないのだろうか。


「船長、サルバ先輩の仕事の評価って、勤続二年の三年目として、どんなもんなんスか?」

「ん、応用の引き出し数とか気配りとかは勤続年数なりだなぁ。けど元々アスリートってのもあって、空間姿勢制御とかの一部の技術だけなら勤続四、五年程度の実力はあると思うぜ。特に操船がな」

「あー、確かに上手いッスもんね、サルバ先輩」

「そりゃ、操船についちゃ俺がみっちり仕込んだからな」


 ライフリー船長は、サルバにも地獄の特訓を施したらしい。


「あとコイツの一番の取柄は、人間関係に溶け込むのが妙に上手いことなんだよなぁ。新人の頃から、いつの間にか入り込んで馴染んで、古株っぽい馴れ馴れしさ出して、そんで何故か許されちゃうキャラなんだよ」

「あーなんかわかるッス」

「なんか褒められてる気ぃしないんすけどぉ」


 船から降りたままの大荷物に足をのせてプランプランさせるサルバであった。

 そこにロリエが、口を挟んだ。


「で、現場どうなったよ」

「事故のあと三日は、敷き板以外の作業は止まって、四日目に沿岸警備隊が来て事情聴取してった。でも俺当時寝てたから、早々に解放されたな」

「ふーん、んで?」

「沿岸警備隊はだいたい一週間居座ったな。

 その間、管制やってた太陽光反射炉の連中とクライアントは取り調べで作業ストップ。

 まぁ敷き板敷きと水回りパイピングが遅れてたから、その間に済んで助かったけどよ。

 そこからは足場の方が先行した状態を保って、そのまま追いつかれずに逃げ切って、仕事終わり。

 集成小惑星ふくらますの見れなかったのが残念だなぁ」

「ふくらます……ってなんですか?」


 それまで大人しく話を聞いていたエリスが、建設仕事にふさわしくない言葉を聞いて、質問した。


「文字通りの意味だよ。太陽光反射炉で溶かした集成小惑星を、ガス圧で球状にふくらますんだよ。フーセンみたいにプーっと」


 サルバが言って、ライフリーとロリエがうんうんと認めていた。

 しかしエリスとグーンはその工程を知らないし、とても興味があった。


「オレンジ色に光る溶岩が、水回りパイピングやら敷き板やらをメリメリ飲み込んで丸くなっていくの、一見の価値あるぜぇ」

「うわなにそれ。えー、生で見てみたかった……」

「俺も見たいッス」


 珍しい景色に興味を持つエリスと、工学メカニズムに興味を持つグーンが、珍しく見たい見たいと駄々をこねた。

 結局その後ライフリーが、十五号船の監督に提案することになった。

 提案内容は、新人一同への「バナール球外殻形成手順と施工タイムラプス動画」講習、という名目での上映会だ。

 これ自体はそれほど手間ではないので、監督は後日上映会をやることを約束してくれた。


◆打ち上げマッサージ会


 それよりも、と監督は前置きして言った。

 本日夜は本社屋会議室で合同打ち上げ飲み会を行う、とのアナウンスだ。


「お前らも必ず来いよ」

「復唱、一八〇〇(ヒトハチマルマル)飲み会参加、了解」


 先に帰還した十七号船もその場に呼ばれるとのことで、仲間外れにされずに胸をなでおろした一同であった。

 その飲み会まではあと二時間ほどあるので、一同はそこで解散。

 そう聞かされてみれば、寮の厨房が殺気だった慌ただしさに包まれているのが感じられた。

 グーンはサルバの荷物を持って、寮の部屋まで運んだ。


「あーやっと帰ってきた。風呂行こうぜ風呂」

「ウッス」


 あらかじめタグボルトは緩めたものの、ソフトスーツのままサルバは風呂場に行った。

 そして他の寮生も見ている中、風呂場の洗い場でソフトスーツを脱いだ。麻酔入りローションを注入した排泄インナーも、その場で抜いた。

 ニュルポン。


「くっさ!」

「やや、皆さんすいませんね、ちょーっと恥垢がたまって匂うやねぇ」

「早く流せよサルバ、くせぇなぁ」


 同時に風呂場にいた一同の軽口を聞き流して、全裸のサルバは手桶に溜めたお湯にしゃがみこんで、そのままゴッシゴッシと陰部を磨いた。


「ひょっとして風呂も入れないほど忙しかったんスか」

「まぁなぁ。十五号の監督も現場に参加して休みなしだったぐらいでよ。キツかったわぁ」


 お湯を替えて、今度はソフトスーツの内張りを洗う。

 風呂場での洗濯はマナー違反と言われるが、今度ばかりは仕方ない。なにしろ洗濯機で落ち切らないほどに、垢や脂が布地に絡みついているのだ。


「先輩、しずく飛ばさないで」

「こればっかりはなー、理解してもらうほかねぇよなぁ」


 サルバは使い古しの歯ブラシでそれを磨きながら、そう呟いた。

 着っぱなしのソフトスーツは酷く汚れるし、その洗濯も周りの迷惑になり得る。

 理解してもらうほかない。

 そんな洗濯が済んで、仕事の垢を落とす風呂も浴び、湯上りのコーヒー牛乳を楽しんで、サルバが漏らした。


「あぁ、仕事終わったんだなぁ、解放感たまんねぇ……ビール飲みてぇ」

「サルバ先輩、ついでにマッサージいかがッスか」

「タダで一丁頼むわぁ」

「タダとかズーズーしいっスね、今回だけッスよぉ」


 玄関ロビーの長椅子を動かして、壁に立てかけてあった布仕切りで軽く目隠しをして、グーンはサルバの身体を揉んだ。

 足裏から、アキレス腱、すね、ふくらはぎ、太腿、尻までの流れの、筋肉ほぐしとリンパ腺マッサージを行う。

 同じ要領でもう片足と両手をほぐし、肩甲骨周りの細かい筋肉から背骨に沿って揉みこむ。

 エリス向け生理マッサージとは違う、空手道場仕込みの疲労回復マッサージだ。


「おおーう、胃のほうまで響くなぁ」

「副交感神経の刺激って奴ッスよ」


 そうしてマッサージを続けると、何人からか声がかかった。いつも見ているより本格的だけど、どうしたんだ、とか。

 揉みながらグーンが、症状で揉み方変えてるんスよと答えると、納得した顔で帰っていった。

 三十分後、揉み終わったサルバは、肩や腰をグルグル回して喜んだ。


「おおぅ、身体軽くなったぜ! やっぱり持つべきものは使えるバディだよなぁ」

「その流れで先輩も、クレシア先輩に目ぇ付けられたんじゃねッスか」

「まぁ、次からは手ぇ抜くよ」

「何言ってんスか、いまさら遅いッスよ」


 その後一八〇〇(ヒトハチマルマル)からは、仕事打ち上げ飲み会が始まった。

 乾杯の後に十五号船の監督たちをねぎらうために、ライフリー以下十七号船全員でお酌をしに行ったところ、何故かグーンだけ呼ばれて、会場の片隅で十分間だけのマッサージをさせられた。監督長のマミー・ポコだ。

 ひょっとして、先ほどの玄関ロビーでのマッサージ実演を見た誰かが、マミーに進言したのだろうか。

 当たり前だが、グーンに断る度胸はない。料金を請求する度胸もない。


「ああー……。アンタ上手いねぇ」

「アザッス。にしても首肩腰が強ばってるッスね、お疲れ様ッス」


 マミー・ポコを皮切りに監督が次々に来ては、十分マッサージを試していった。

 コバヤシ監督が来たときは、ちょっと困った。同年代ではないとはいえ、妙齢の女性の身体を揉むのはどうかなーと思っていたら、男性年配社員よりもよほど身体が固くて、しかも色気のない痛がり方をして、逆にどうかなーと思う一幕もあった。


 調子に乗った他船クルーまでもがグーンのマッサージをねだり、やがてグーンは握力の限界を宣言して、マッサージは終わった。


「ご苦労様、グーン」

「アザッス、エリっさん。握力プルプルッス」

「え、それじゃ料理も食べられない?」


 グーンは酒の入ったグラスや、料理の乗った皿を試し、持ち上げることができないことを確認した。

 微小重力なので腕は上がるが、フォークすら握れない。

 駄目だと嘆くグーンに、エリスは好物そうな食べ物をフォークに刺して、口の前に持っていった。


「仕方ないなぁ、はい、あーん」

「いや、それ照れ臭いッスから……みんな見てるし」


 グーンが危惧した通り、その様子は周りにバッチリ見られており、半数は冷やかしの声をあげ、半数は嫉妬の舌打ちをした。コバヤシ監督は舌打ち組だ。

 すぐにエリスもその冷やかしに気付いたが、時すでに遅し。

 周りにはやされるまま、エリスは真っ赤になりながらグーンに料理を食べさせた。

 食べるグーンも真っ赤で、ひぃぃと悲鳴もかすかに上げていた。


 お互い照れながらもホイホイモクモクと料理が消えていっているそんな中、サルバが割って入って来た。おカンムリのご様子だ。


「テメグーン、根も葉もない噂広めんじゃねー、コノヤロー!」

「あの件なら根も葉もある事実じゃねッスかぁ」

「俺の紳士なイメージが崩れんだろってハナシしてんだよ!」


 その間、サルバはグーンの脳天にずっと空手チョップをキメていた。

 きっとどこかの誰かにフーゾクドハマりの件をからかわれて、噂の出所を探ったのだろう。

 もちろんグーンは弁解したが、許されなかった。そりゃそうだ。

 サルバの乱入と同時にエリスのあーんも終了で、そこだけは少し感謝だ。

 そして周りのギャラリーやエリスが見ている前で、今度都市ブロックのフーゾク一回付き合う約束と、その料金を奢る約束をさせられた。

 いやエリっさん、浮気じゃないから! そんな顔しないで!


 こうして打ち上げ会は終わった。

 グーンは一滴も酒が飲めなかったことに、後から気が付いた。


次話は、第七一話 鳶資格試験(実技試験、姿勢矯正、エリスとアンネの接触、旧正月、筆記試験)です。

※2020/02/08 文章が分かり辛かったので校正。


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