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第七話 初当直(航路・船舶)

前話は、第六話 初出航(航路・船舶、放送、食事)です。

「さーてそんじゃやっかー」

「うっす」


 現在時刻一六〇〇(ヒトロクマルマル)。グーンとサルバの三班は、いよいよ仕事に取り掛かることになった。

 とはいえ船外活動するわけではないので、ハードスーツを着込んだりの準備が必要なことは何もない。グーンは学校で着ていたままのジャージ姿、サルバはカラフルなスポーツタイプソフトスーツの上に膝丈のハーフパンツという格好だ。

 ちなみに先ほどの食事の片付けは、本当は二班の役目だが三班でやっておいた。水の節約のためにも食器洗浄機が備えてあったのが、かなり助かった。


「姐さん、お疲れさんっす。引き継ぎお願いしゃす」

「あいよ、お疲れさん」


 ソフィは正操縦席の前にあるモニターに航路図を表示させた。サルバは正操縦席の背もたれに懸垂の要領でぶら下がっていた。

 同じものが副操縦席のモニターにも表示されて、エリスがモニターを覗き込んだ横から、同じくぶら下がったグーンも覗いた。

 コックピット(操縦室)の前にある窓からは、十六号船の船尾が見えていた。


「現在地はここ。約一時間後の一七〇〇(ヒトナナマルマル)にベクトル変更を行う予定。あとは減速しながら現地に接近して、二二三〇(フタフタサンマル)に到着の予定」

「行程は順調っすね」


 ソフィがモニターをなぞる軌跡が、そのままカーソルとして副のモニターにも表示された。

 航路図は、メインベルトの公転軌道前側の出発地と後側の目的地を拡大表示していた。行きの軌道はまっすぐに向かう逆行軌道ではなく、ほんのり火星軌道側に迂回しているように見えた。これは太陽の引力を勘案して常時加速重力を発生させながら目的地に到着できる、特殊な、しかしこの時代のこの場所ではありふれた軌道だ。


「エリスってさ、こういう運行に関しての経験は?」

「ないの、お客さんでしか乗ったことがなかったから」


 グーンはあえてエリスに問いかけて、それを聞いたソフィが、エリスに向いて言った。


「そんじゃベクトル変更に関しての、注意点を説明しよっか」


 エリスはお願いします、と言ってメモを取る準備をした。


「業務としての注意点は一つだけ。予定時刻・予定ベクトル・予定速度と実測時刻・実測ベクトル・実測速度を、正副操縦手が読み合わせして確認し合い、行程表に記入すること。あとはオートだからね」

「はい」


 ソフィはそう説明して、続けてこう言った。


「乗客としての注意点だけど、席に着くなり何かにつかまるなりして、自分自身が滑り出るのを防止することだね」

「はい」


 エリスは一生懸命メモを取っている。


「あとクルーとしての注意点としては、固定されていないモノの片付けだね。船が回転するせいで色々滑り出てくるから、それの防止だ。特に液体には注意しな」

「はい」


 エリスは一生懸命メモを取っている。


「で、忘れやすいのは、荷台な。念のため事前にロボットハンドに付いてるカメラで目視確認して、必要なら対処すること」

「はい」


 エリスは一生懸命メモを取っている。


「ついでに荷台で寝てる奴がいたら、念のため固定してやんな」

「はい……えっ」


 エリスは一生懸命メモを取っているが、なんか変なことを聞いたという顔で、ソフィを見上げた。

 ソフィはイタズラっぽく笑って、ついでに固定済みの印も付けてやんな、と念を押していた。


「そんじゃ引き継ぎ終わりでいいね、エリス席譲りな」

「はい」


 エリスがどいた副操縦席にサルバが着いた。ソフィはあえて操縦桿を握っていた。


「ユーハブコントロール」

「アイハブコントロール」


 ソフィが掛け声とともに操縦桿を離し、直後にサルバの掛け声が続いて操縦桿を握った。ただしその交代の拍子に操縦桿を不用意に動かしてしまうと事故に繋がるため、操縦系統自体はロックされていた。つまりこの交代式は、レコーダーに録音させることで操縦権を持っている者が誰なのかを明示する、いわば儀式だった。


「それじゃ翌〇一〇〇(マルヒトマルマル)までよろしく。ご安全に」

「ご安全に。グーン、こっちの席座れ」

「はい」


 サルバは副操縦席から足を引き抜き、胡坐(あぐら)をかいて逆立ちしたような体勢からぴょんと横移動して、するりと正操縦席におさまった。

 グーンは席の背もたれまで跳躍してから、操縦桿やモニターから足を避けながら逆立ちの体勢になり、席にもぐりこもうとして何度かつっかえた。


「あ、私もあそこでつっかえた。グーンもそうなんだね」

「身のこなしは慣れるしかないよ」


 エリスの素直な感想に、ソフィが補足していた。

 学校で乗っていた宇宙船とはいろいろ違うな、とグーンは気が付いていた。


「確かにこの船の操縦席、変わってるッスね。学校では正副の席は並列だったッス」

「狭い船で容積をケチりつつ、非常時対策するとこうなるってことさ」


 グーンの頭の斜め上には、サルバの頭があった。

 つまり互いにハードスーツを着こんだ場合、接触通話ができるということだ。

そういえばシートも大ぶりで、ハードスーツで座るとちょうど良さそうなサイズだった。

 サルバは言葉を重ねた。


「お前も気が付いてると思うけどさ、この席配置は、正副パイロットがヘルメットを接触させて通話するためらしいぞ」

「そんなことするんスか」

「普段はやんねぇよ?非常時、つまり船内の空気が抜けて、通話回線もダウンしている場合だな」

「おっかない前提ッスね」

「おっかねぇのは人員配置もだよ。正面から船の真ん中撃たれても操縦手に直撃しねぇように、コックピットは中心軸からオフセットされてるしさ、仮に一発直撃しても正副どちらかは生き残るように、身体は離してるんだと」

「うわ恐ぇ」


 そんな話を聞いて、グーンはふと思った。


「ひょっとしてこの船、軍からのおさがりッスか?」

「正解。おさがりからでも二十年近くたつロートルさ」

「なるほどねー……。学校の船とあちこち違うんで」


 操縦席の真下にあるテーブルでは、ソフィに指導されながらエリスが日報を書いていた。

 後ろから、ソフィの声が聞こえてきた。


「学校の船って、今どんな風になってるんだい?」


 その言葉にグーンは、モニターを向いて一応ワッチキープ(当直)の姿勢を崩さずに返答した。


「学校の船ッスか?規模やペイロードはともかく、こんなにゴチャゴチャしてないッスね」

「ゴチャゴチャってどのへんがだい?」

「主に操縦席まわりッスね。正副の着座法も並列横臥(おうが)位だったし、操縦桿やスロットルはなくて、全部ジョイパッド操作だったッス」


 着座法とは、操縦手が操縦席につく姿勢のことである。最も一般的な着座法は座位(ざい)で、これは操縦手が加速軸に顔を向けて操縦席に座っている、大昔の航空機から続く伝統的な姿勢だ。グーンの言った横臥位(おうがい)とは、操縦手が加速軸に対して横たわる姿勢。この他にも加速軸に平行に立つ立位(りつい)、回転球状操縦席の中で丸まる屈曲位(くっきょくい)と、様々な姿勢があった。

 そして直列では前後、並列では左右、対面や背面では上下に、正副操縦手が配置される。

 決して四十八手的な意味での体位は意識されていない。はず。


 グーンは前方空間の一部をモニターにズームして確認しながら、そう言った。

 サルバもこの話題に乗って、口を開いていた。


「横臥位って居眠りしやすいんだよな。休憩なら最適だけど、当直じゃ最悪だ」

「学校でもそう習ったッス」

「あと加減速以外の横Gにはメッチャ弱いのもアレな、横臥位」


 横臥位は近年主流の着座法で、操縦席の奥行きを薄くできることが一番の利点だ。このことによってコックピットの天井高さをキャビンと同じにしても容積効率が無駄にならず、その結果操縦席をコンパクトに収められ、キャビンの居住性を上げられる。

 しかしヨー方向旋回では操縦席から転がり落ちやすく、ピッチ方向旋回ではレッドアウトやブラックアウトなどの失神事故が起きやすく、そして何よりも、居眠りしやすかった。


 グーンはモニターやサルバから目を離し、ソフィに目を向けた。


「この会社にも横臥位タイプの船あるんスか?」

「一号船から十四号船までは横臥位のタイプだよ、ただし操縦系完備だけど」

「やっぱ操縦桿付きッスか。この船が軍からの放出品って聞いて納得した部分でもあるんスよ、それ」


 グーンはソフィに向けていた目をモニターに戻しながら話した。


「俺が見た船はどれもコンピュータ任せで自動化してて、人間が関わる部分を出来るだけ無くしてる印象っした。

 下手したら、操縦席自体がなくて航法士が設定した軌道をオートパイロットが飛ばせるだけ、ってモデルもなくはないんで」

「へぇ、詳しいね」

「出身学校のおかげもありますけど、元々好きッスから」

「ま、操縦席がないのは出るべくして出た感じだね、でもウチの会社じゃ要らねぇなぁ」


 ソフィの声が聞こえて、グーンはそりゃどうして、と問いかける前に、続きが聞こえてきた。


「理屈はわかるんだよ、人間に任せるより船任せのほうがランニングコスト減るってのは。

 でもさ、操船のことわかっててコンピュータに任せるか、それとも操船がわかってなくてもコンピュータ任せで運行できちゃうか、その違いは大きいと思うんだ。

 人間ってグータラだからさ、全部船任せで運行できるって分かっちゃうと、誰も人力で操船したがらなくなって、その結果この操船ってスキル自体が忘れ去られちゃうと思うんだ。

 それって人間のポテンシャルを自分から捨てているって、アタシ思うんだわ。

 どう、心当たりない?そういう、昔は当たり前だったことが、現代は誰も知る人がいなくなっちゃった、って技術」

「……俺ら世代じゃ、たぶん消えてても気付かないと思うッス」


 グーンは考え込んでしまった。昔は当たり前だったのに、現代じゃ当たり前じゃなくなったもの。

 そうしたらエリスからの答えが出た。


「あでも、私のお婆ちゃんが話してたことがある。今は子育てはジジババの役目だけど、昔は子供を育てるのは親だった、って。……そういうのも消えた技術でしょうか?」

「あー、ウチの婆ちゃんも言ってた気ぃする。そっか、そういうのか」

「そうだね、ちょっと考えるだけでそういう事例があんだから、操船が消えるのなんてアッという間だと思わないかい?こんな面倒くせぇ仕事なんてさ」


 言われてみれば、確かに。


「社長も入社式でさ、この会社は人を育てるのが第一って言ってたじゃん。

 つまり(とび)仕事一本鎗で他はからっきしの専門バカじゃなくて、なんでもまんべんなく一人前っていう人材を育てたがってんのさ。

 だから全員が一人前の船乗りであることも重要なんだよ。

 船のことだけじゃなくて、コンクリ土方や左官や構造設計を含めた建設全般も、運送・輸送も、応急修理や救命処置も、客先対応や打合せや仲間との信頼関係構築もね。

 いろいろ積み重ねてようやく人として一人前って思想で、アタシゃそれに全面的に賛成なんだよ」


 そしてソフィは頬杖をついたまま、締めくくった。


「だから、操縦席のない無人バスは、要らない。うん」


 ソフィのその発言は、真摯(しんし)だった。

 会社の方針を丸ごと認める言い方は、どこか愛の告白めいていた。

 正面のエリスはもちろん、グーンもサルバも思わずテーブルを見下ろして、ソフィに注目してしまっていた。


「でもぶっちゃけ、コンピュータのサポート無しじゃ無理ってケースがしょっちゅうだけどね」


 ちょっぴり照れた口調で、エリスに向かってそんなことを言っていたが。


「私、ソフィさんに賛成です。なんでも覚えたいです」

「そ?ありがと。それと三班、目が止まってんぞ、監視任務怠るなー」

「イエスマム!」


 そう言われて、二人は慌てて宇宙空間に視線を戻した。


次話は、第八話 初ベクトル変更(航路・船舶、ドール、リアクションホイール)です。

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