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第六三話 レジャー施設で遊びたい(運動、鉱山炉、営業)

前話は、第六二話 外出禁止令(支持フレーム、足場建設、累積被ばく線量)です。

 稼働〇七日目、十五:制御、十六:足場、十七:休み、十八:補給、十九:足場、二十:足場。

 前日の夜勤の終業と同時に、休暇に突入となった。

 しかし今日で月末日とは言え、累積被ばく線量の関係で外出禁止であることは変わらない。グーンは今日一日をどう過ごそうかと思っていると、船長が突然宣言した。


「よーしみんな、タンカーの風呂で羽を伸ばそうぜ、どうせ補給に行かなきゃいけないし」

「おおー」

「とは言っても、昼勤二班がついさっき寝たばっかりなんだよなぁ。毎度のことだから仕方ねぇんだが、どうすっかな」


 ハードスーツ姿の船長が、小首をかしげて考えるポーズとなった。別に可愛くはない。


「置手紙でも置いとけば?」

「冴えてんなロリエ。採用。よーし行くぞ」

「いやあの日報も書いてねッスよ」

「後にしろ後に。どうせ補給しました、終わり、だけだろ」

「じゃメシどうすんスか、第一食」

「現地で食えばいいじゃん」

「保存食なら会社の金でメシ食えんのに……」

「お前案外セコいね」

「だってバンボでビンボッスもん」


 ガヤガヤとそんな話をしながらも、四人とも乗務員室(キャビン)に向かった。

 グーンは実は、例のタンカー船に行ったら楽しみにしていたことがあったのだ。だから少し顔がにやけていたのだが、それをサルバに目ざとく見られてしまったらしい。


「お、なんだよグーン、嬉しそうじゃねぇの」

「あ、いや、へへへ」

「あれだろ、エっちゃんとエッチだろぉ、色気づきやがって」

「な、なんでそうなるんスか!」


 ちょうど自分の手荷物を取りにキャビンに来ていた時に、そんな大声を出してしまった。


「うーん……グーン? どっか行くの……?」

「あ、エリっさん、起こしてサーセン」


 何故かテーブルの上がエリスの寝袋(シュラフ)の定位置となってしまっていて、しかもちょうどグーンの手荷物の近くだったので、耳元で大声を出してしまった形だった。


「ほらぁ、サルバ先輩が変なこと言うから」

「俺悪くねぇもん」


 サルバは自分の手荷物をヒョイっと担ぐと、早々に調理室(ギャレー)のほうに向かってしまった。

 エリスにはロリエが説明していた。


「タンカーで補給ついでに停泊させてもらって、みんなで風呂行くんだよ」

「みんなで……? いいなぁ……でも眠い……」


 ロリエはグーンに向かって肩をすくめた。グーンは後を継いで話しかけた。


「起床時間になって起きたら、タンカーに来ればいいッスよ」

「だってそれだと、入れ違いにグーンが寝ちゃうじゃん……」

「あー、んじゃ起きて待ってるッスから」

「やっぱり私も行く……」


 今度はグーンがロリエに向かって肩をすくめる番だ。仕方ないなという顔をしてロリエが引き継いだ。


「じゃあこうしよう。みんなに言って〇二〇〇(マルフタマルマル)まで風呂に入らないように引き留めておくから、その頃ソフィ姐と一緒においで。タイマーセットしておいてやるから」

「はい……それじゃ後で……」


 エリスは言い終わるが早いか、再び眠りについた。


「アザッス先輩。なんか策あるんスか?」

「暇つぶしって言ったらトレーニングだろ」

「あ、俺あそこでやりたかったトレーニングあるんスよ、みんなでやりましょ」

「ああ」


 その間にも、船長の操船によって十七号船はタンカーに横付けしていた。

 少しの間が空いて、タンカーのアームが十七号船を引き寄せた。


「おっとっと」


 船が動くと、中のものは慣性の法則によって留まろうとするため、結果的に船の壁に押し付けられる。どの方向に身体が持っていかれるかを見て分かっている者以外は、体勢を崩すことになる。

 船長はエナジースタンドに満タンを頼み、長時間の停泊を頼み終わっていた。


「うし、そんじゃ中行こうぜ」

「了解」


 すでに全員宇宙服姿になっていたので、出入りはスムーズだった。

 カウンターで入湯料を支払い、遠心重力ドラムの長廊下を渡り、コインランドリーエリアで着替えをした。ちなみにロリエのソフトスーツのテンショナーレバーは、更衣室に入る前に船長が緩めさせられていた。

 そして四人が並んだ。全員ジャージだ。


「そんじゃ自分のペースで走るんだぞー」

「ウッス」


 これこそがグーンがやりたかったことだ。遠心重力ドラムの長廊下でのランニング。しかし重力ドラム側は減速側への一方通行となっていたので、やむを得ず無重力側で走ることとなった。

 無重力でのドラムでのランニングのやり方は簡単だ。床の曲率に沿って身体を流し、徐々にスピードを上げていけば、自らの遠心力で床に押し付けられるので、あとは走れるようになるのだ。

 ただし、走れる程度まで遠心力を得るにはそれなりにスピードが必要で、四人は遠心ドラムと並走していた。

 この遠心ドラムは、半径五十メートル、一・五回転毎分、末端速度七・八五メートル毎秒(二八・二七キロ毎時)で、ようやく一・二三メートル毎秒毎秒の遠心重力となる。これはシアリーズの〇・二八メートル毎秒毎秒という微小重力よりは強いが、居住ブロックの三・七一メートル毎秒毎秒やバンボの二・一九メートル毎秒毎秒まで至らない。


「船長、遅いっすよぉー」

「馬ッ鹿野郎、ハタチ前後と、一緒にするんじゃ、ねぇよ」


 さすがの軍人上がりの船長も、カラテマンのグーン、国体選手のサルバ、規格外のロリエにさっさと周回遅れにされていた。

 そしてロリエはさらにスピードを上げた。地球重力の九・八メートル毎秒毎秒でも目指しているのだろうか。グーンはなんとかその速度に着いて行き、やや遅れてサルバも追いすがった。

 しかし思わぬ邪魔が入った。


「ちょっ、ちょっとお客さん! 何やってるんですか!」

「え、ランニングッスけど」


 そして一周。


「ここ、そういうことする場所じゃないんですっ! 他のお客さんが向こうに移れなくて迷惑……」


 再び一周。


「迷惑してますから、やめてください」

「えー」


 四人はスピードを緩めて、その店員の前に集まった。船長だけは息を切らしているが、他三人はあっという間に息を整えていた。


「じゃあこういうランニングが出来そうな通路、他にないんッスかね?」

「あいにくご用意しておりません。上の者に掛け合ってご期待に沿えるよう努力してみますが、今日のところはご勘弁ください」

「わかりました、諦めます。……跳躍ぐらいなら良いッスよね?」

「いえ、それもおやめください」

「えー、残念ッス」


 四人はとぼとぼとコインランドリーエリアに戻り、仕方ないので自重トレーニングを始めた。


「効かねぇ。腕立て伏せもスクワットも、重力が弱すぎて効かねぇ」


 ロリエは船長を担いでスクワットをしていた。細身の十歳児に肩車される二メートルの男と、それをものともせずにスクワットを続ける絵面は、どこか異様だった。


「サルバ、グーン、乗れ」

「お、おう」


 男三人を肩車してスクワットする少女の姿に、コインランドリーに入ってきた他の客は一様にぎょっとした顔で視線をやった。


「ロリエ先輩、さすがにコレやめましょ」

「うん、いたたまれないよ俺」

「なんだよこのっくらいで」


 ロリエはタオルで顔の汗を拭きとりながら、そう評した。


「四人全員で三〇〇キロくらいで、ここが〇・一二Gなら、地球上でのたったの三十六キロぶんの負荷にしかなんねぇじゃねえかよ。グーン、お前ちっとハードスーツ着てこい」

「うわ地球恐ぇ」

「俺地球に降りたら、倒れたまま起き上がれねぇッス、きっと」


 なお、ロリエはわざと重量と質量を取り違えて、サルバとグーンをおちょくっていた。

 結局グーンのハードスーツ着用はさすがに勘弁してもらえたようだ。


「あとはアイソメトリック・トレーニングッスかねぇ」

「あれはもう飽きた」


 アイソメトリックスは、自分の力で自分に負荷をかけるトレーニングで、右手と左手で引っ張り合うとか、両手の輪に足をかけて力を籠めるとか、そういったトレーニングの総称だ。重力や器具に依存しないトレーニングが出来る反面、どうしても単調で飽きる。


「水泳やりたい。風呂で泳いじゃ駄目かな」

「駄目だろ」

「そもそもスイエーって何スか」

「そこからかよ。水を手足で後方に追いやった反作用で水中を進む運動だよ」

「ああ、アレッスか。前にやりましたけど楽しくなかったッスよ」

「ハードスーツで水泳ができるもんか」


 ロリエは椅子の上で伸びをした。


「あーあ、好きなだけ水泳やらせてくれる鉱山炉ってねぇのかなぁ、ちゃんと酸素充填しててさ」

「ねぇだろ」

「俺、前の鉱山炉仕事で、そのテーマパークのアイディアを伝えたんスけどね」

「誰に」

「エアロックの担当官さんッス」

「んな下っ端に言っても駄目だろ」

「んじゃよぉ、このタンカーの親会社さんならどうよ?」

「……」


 ロリエとサルバが真顔で見つめ合った。

 そして大浴場エリアのカウンターで、店員に呼びかけた。


「すいませーん」

「はい、御用でしょうか」

「ここの親会社のクローガー鉱業さんの事業についてご質問差し上げたいんですが、どなたかお分かりになる方いらっしゃいますか?」

「はぁ、えーと失礼ですが、お名前をお教えいただいても?」

「メリーズ・コンストラクション・カンパニーと申します」

「お待ちください、問い合わせてみます」


 五分後、やせぎすの男が現れて、かすかに横柄さをにじませた様子でカウンターに立った。


「お待たせしました、当コンフォートの店長ですが」

「お世話になります。メリーズ・コンストラクション・カンパニー十七号船船長のユニッヒアルムと申します。本船のクルーが店長さんにご質問差し上げたいというので、お聞きいただきたいのですが」


 まず第一声は船長だ。この場で最も地位の高い者だから、当たり前だ。


「はあ、お世話になります。ご用件はなんでしょう」

「同社社員のカオと申します。この度はお世話になります」


 そして船長から紹介される形で、平社員が話し始める。これも当たり前だ。

 しかし誰かが連れ込んだ子どもと思っていた者が質問し始めていることに、店長は戸惑っているようだ。


「クローガー鉱業さんでは、浴場施設に水泳プールはございますか?」

「水泳プール……はて、ございませんが、それはどういうものでしょう」

「一般的には、縦二十五メートル、横十五メートル、深さ一・三メートルほどの場所に、体温より低い程度の水を満たした、いわば浴槽でしょうか。水泳というスポーツを行う施設です」

「ははあ、それはどこかに既にあるものなのですか?」

「はい、地球に」

「地球ですか、失礼ですがご出身は」

「地球です」


 店長はプールの存在を知らなかったらしい。メインベルトでのプールという単語は、金融やエネルギー事業などでしか使わない専門用語、もしくはタンパク質リサイクル槽という意味となっていたからだ。

 聞き覚えのない知識が突然出てきたが、地球出身という言葉を聞いて納得した、という様子のようだ。同時にロリエのその異様な背の低さにも納得がいったようだ。


「なるほど、ところで水泳というのはなんでしょう」

「水着という、男性女性とも下着のような薄手の衣装だけで先ほどのプールに入り、水の中で手足を使って周りの水を自分の後方に押しやり、その反作用で推進するスポーツです」

「ほう……下着のような薄手の衣装、ですか」


 プールという単語に食いつかなかった店長は、水泳という単語にも食いつかなかった。しかし下着のようなという表現には食いついた。


「プールの中ではそのようなスポーツをしますが、プールの外では日光浴や軽食を楽しんでいました」

「ほう、スポーツだけではないと」

「はい、水泳はスポーツですがプール遊びはレジャーです。例えば水に入って涼んだり、ボール遊びをしたり、ああそう、水着美人コンテストなどもありましたね」

「ほほう……かなり人気が出そうですね」

「そうですね、恋人たちの定番デートスポットでもありましたね、セックスアピール満点ですので」


 人間、やはり消費の原動力はエロである。特に厳しい貞操観念を植え付けられているメインベルトでは、エロが発散できる機会も場所も発想もないのだ。

 だからこの店長はロリエの話を聞いて初めて、その話のエロのパワーに気が付いたが、同時にエロが儲けになることは知っているようで、より食いついてきた。


「しかしそれは、周辺設備も必要そうな感じですね。相当大規模な施設になるかと。採算が取れるかどうか、メインベルトでは怪しいですね」


 店長はこのような美味しい話を聞かされて、警戒しているのだろう。地球で一般的な設備だとしても、メインベルトにないのは仕方ないという方向に話を持っていきたいのだ。

 そして目の前の小さい女の子が話したエロネタだけ美味しく頂戴して、恐らく思っている「儲かりそうでしょう? 御社で作りませんか? 弊社で請け負いますよ?」という思惑から、逃れようとしているのだろう。

 店長は現在すっかり、レジャー施設案をプレゼンされている気分の様子だ。


「ところで私たちは、ここの現場の前も鉱山炉の仕事をしてまして、実は中で遊ばせていただいたんです」

「なんと、命知らずですね」


 そういった店長の思惑が透けて見えていたタイミングで、突然ロリエが話題を変えた。その内容は、クローガー鉱業という会社の本業に関わること、内情をよく知っているであろうことに触れていた。

 店長の返答は案の定、内情をよく知っていることを匂わせるものだった。


「彗星のカケラにさえ気を付ければ、そうでもないんですよ。バナール球の赤道部分に水を溜めるだけで充分プールになることを確認してあります。山側はそのまま休憩スペースになりますし、あとは呼吸のできる大気であればと残念に思ったものです」

「ほう、たったそれだけで、ですか」


 店長の目がギラリと輝いた。食いついた!


「それだけでです。何しろ古くなった鉱山炉の転用で済む上に、お風呂事業を営む御社ならノウハウも転用できるでしょう」

「確かに」

「鉱山炉での水一トンの売却価格よりも、割が良い利用料にできるはずです。楽しさを知った利用客は、リピーターとして再度訪れますし、充分採算は取れるかと」

「確かに確かに」

「しかしそういう施設を、メインベルトで見たことがないのです」


 ロリエはそこで、これが営業売り込みではなく、あくまで施設の有無を問う質問であることを、店長に思い出させた。

 そして頬に手を当てて、困ったわポーズをして見せた。

 小柄な少女がやった大人びた仕草、しかもこの一連の話がプレゼンではなく質問であったこと。この相手なら最大利益を搾り取れるだろう、と店長は思ったようで、それはもう舌なめずりをしそうな笑顔だった。

 それまでの会話の根底に流れていた、ロリエの知性を忘れて。


「なるほど……それで弊社に、そういう施設はないかとお問い合わせいただいたという訳ですね」

「はい。できればシアリーズ近郊にあれば、是非とも利用したいと思っていたのですが」

「なるほど、流石地球出身のお方ですね、大変勉強になります。しかし現在そのような設備はありませんので、すぐにはお楽しみ戴けないですね」


 お客様からのご質問から発想を得て新事業を思いついた。主導権はクローガー鉱業側にある。この施設のネタはゆっくり実現させれば充分。店長はそう思ったのだろう、余裕の表情を浮かべていた。


「残念ですね。とはいえこの手の施設は、二つも三つもあっても仕方がないので、先に作ったもの勝ちな面があります」

「……ひょっとしてこのお話、どこか弊社とは別の所に、すでにお話なさったのですか?」

「はい、先ほど申し上げた鉱山炉の従業員に」


 店長の顔色がかすかに変わった。

 ロリエはずうずうしくも、先ほど聞いたグーンの話をぶっこんで来た。


「もし目端の利く者だったとすれば、今頃何か連絡があるかもと思っていたのですが」

「そうだったのですか。ちなみにその鉱山主の名前などは」

「そこは業務上知り得た情報ですので、守秘義務がございまして」


 店長の目にあせりが浮かんだ。

 そしてそこでロリエは切り上げの言葉を口に出した。


「急な質問にわざわざお答えいただき、ありがとうございました。これからここのお風呂を楽しみたいと思います」

「あ、はい、それはもう、当店自慢の湯、ぜひお楽しみください」


 ロリエの切り上げの言葉で、店長のあせりはいや増したようだ。

 店長はあわてて連絡手段を確保しに来た。


「しかしそのプールとやらのご期待に沿えなかったことは、返す返す残念です。失礼ですが、もう一度お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「はい、メリーズ・コンストラクション・カンパニーの、私ロリエ・カオと申します。お名刺もお持ちせず、ただのご質問ばかりで、ご迷惑をおかけしました」

「ロリエ……カオ……さまですね。あ、そうそう、遅れてしまいましたが、こちら私の名刺となりますので、お納めください。コンフォート店長をさせていただいております、クローガー鉱業のエイデン・アンダネイと申します」

「ありがとうございます、お名刺頂戴いたします。後日私の名刺を差し上げに来てもよろしいですか?」

「それはもう、歓迎いたします。いつでもお呼びください」

「はい、お時間を頂戴しましてありがとうございました。失礼いたします」


 最初横柄だったその店長は、最後には深々と頭を下げて、ロリエを見送った。

 四人はそのまま、長廊下に出ていった。


「ちょっとロリエ先輩、あんなに口が上手かったんスか、普段のぶっきらぼうな口調は何なんスか」

「あのくらいのトーク力、社会人なら当たり前だろ」


 嘘だ。何故ならロリエからは、少し得意げな雰囲気を感じたからだ。そうでなければ、初めての鉱山炉で臆せず係員と応対をして見せたエリスにあの時、凄いと称賛したりはしなかったはずだ。グーンは直感的にそう看破した。

 しかしグーンはそれを指摘したりはせず、素直に頷いてみせた。


「……精進します」

「いやグーンよぉ、ロリっちのトークは当たり前じゃねえからな? 質問の体ですっかり名刺ゲットしてやんの。随所随所で食いつかせの餌ちらつかせるし、びっくりだぜ」

「おう、俺もびっくりだ……」

「苦労してんだよ、こっちも」


 もう少しコインランドリー側で時間を潰そうと四人が歩いていると、通路の向こう側を走る銀色のソフトスーツと恥ずかしいハードスーツがいた。遠目からでもわかる特徴的な姿は、ソフィとエリスだ。


「よっと、おまったせぇ」

「連れてきましたよー」


 二人とも無事遠心重力ドラム側に跳躍を成功させ、四人と合流してようやく十七号船クルー全員が揃った。


「おおーうソフィ、よく来たなぁ、待ち焦がれたぜ」

「みんなで遊ぶってなりゃ寝てなんていらんないよ」


 そんな話をしながらもコインランドリーの更衣室に向かうと、そこには見知った顔がいた。


「あ」

「サラも来てたのかい、はぁい」

「チャッス監督」

「サラサーティ姐さんじゃーん、仕事以外じゃ久しぶりぃ」

「サーティ言うんじゃねぇよ! まだトゥエニーナインだ!」

「去年も言ってたじゃん、それ」

「うっせサル! わざわざ時間帯ずらして来たのに、こんな時間に顔出しやがって」


 そこにいたのは十五号船のサラ・コバヤシ監督、二十九歳十六か月独身だった。監督といっても十五号船の中ではペーペーで、引退間際のベテランに補佐してもらっている立場らしい。夜勤三班の担当だ。


「ちょうどいいから一緒に風呂行こうぜぇ」

「なんだよ馴れ馴れしいよソフィ、肩組むな、乳揉むな、歩きづらい」

「んだよ同期じゃーん、それとも監督に昇進すると平社員とは歩けねぇってかー?」

「絡むな、ねたむな、乳揉むな、だからって股を触るな、歩きづらいってばよ」


 サラは言いながらソフィのイタズラな手をバシバシ叩き落としていた。

 グーンは傍らの船長に質問した。


「ソフィ姐さんがコバヤシ監督と仲が良かったなんて、知らなかったッス」

「ああ、シフトが違うからな。あの二人は同期なんだよ」

「へぇ。同期同士ってみんなああいう仲になるんスかねぇ」

「そりゃ人それぞれだろうけどよ、二人は別格に仲が良かったんだよ」


 結局七人は連れ立って、着替えと汗拭きタオルもろともコインランドリーで洗濯を開始し、身軽な私服となっていた。


「グーンオメー、またその恰好かよぉ、買った服どうしたよ」


 ロリエが渋い顔をした。買った服とは、二か月前に十七号船新人歓迎会の前に買った、いや買わされた、そこそこ今どきの衣装のことだ。現在グーンがしている白い開襟シャツにスラックスという姿を、ロリエが強硬に嫌がったために、仕方なく買ったのだ。


「だってあの衣装は、街に出る時のヨソイキッスもん、仕事にゃ持ってこれねッスよ」

「馬鹿野郎、あんなのヨソイキにするんじゃねぇ。エリス、シアリーズに戻ったらコイツの衣装をコーディネートし直すぞ」

「了解」


 また散財させられるのかぁ。グーンはため息をついたが、美少女二人に構ってもらえることを、少し楽しみにしている自分がいることも自覚していた。

 そんな話をしている間にも、七人は大浴場エリアのロビーに着いていた。

 風呂に入る前に、遅れっ放しになっていた第一食を食べようということになったが。


「え、アンタらまだ食べてなかったの? もう〇二〇〇(マルフタマルマル)だよ」

「そいやそうだね、ライフリー?」

「うんまあ、色々あってな」


 サラとソフィの質問に、ライフリーはフードコートの食券を買いながら答えた。


「アタシはガッツリ食べておくか」

「私は寝起きだから少なめに」

「んじゃアタシも付き合うよ」

「サラ姐も律儀だね」


 大浴場エリア側のフードコートは、外のフードコートの、ラーメン、焼きそば、もりそば、かけうどん、たこ焼き、お好み焼き、ホットフランク、トルネードポテト、ソフトクリーム、ホットコーヒーのメニューに加えて、いくつか品数が増えていた。レディース御膳、トンカツ定食、チキン南蛮定食、天ぷら定食、ビーフカレー、牛丼、天ぷらざるそば、スタミナラーメン、野菜タンメンと、他にメロンソーダ、ホットケーキが追加されていた。

 味の想像が大体つくなどと言ってはいけない。メインベルトではそこそこ珍しいラインナップなのだ。どんな文献を参考にしたのだろう。

 ソフィは、レディース御膳十ダラー、メロンソーダ三ダラー。

 サラは、トルネードポテト四ダラー、缶ビール六ダラー。

 ロリエは、チキン南蛮定食九ダラー。

 エリスは、お好み焼き五ダラー、ソフトクリーム三ダラー。

 ライフリーは、トンカツ定食九ダラー、ホットフランク四ダラー。

 サルバは、スタミナラーメン七ダラー、ホットコーヒー二ダラー。

 グーンは、牛丼五ダラー、メロンソーダ三ダラー。

 以上の品物を注文し、出来上がりアラームを渡された。


「なーんかこのタンカーのメニューって、独特だよなー」

「どこでこんな料理の文献を探してくるんだか」

「補給された保存食を温めてるだけなんだよなぁ、これ」

「でも私は楽しみですよ、初めて食べるものですもん」

「俺も初めてのものッス」

「つーかサラ、アンタ一人だけビールって」

「目端が利く人間の特権よ」


 やがてアラームが鳴って、出てきた食事を食べて、全員が思った。

 うん、まぁこんなもんだろ。

 やはり美味からず不味からずの評価は覆らなかった。

 いや、飲み物とソフトクリームはそこそこいけたらしい。きっと別会社で作っているからだろう。


 食事時間中に、長廊下を走って叱られたり、ロリエが理想のレジャー施設をトークで誘導していたり、そんなことをしていたせいで食べそびれていたことを話した。

 特に先ほどのロリエによる鉱山炉転用プールの話をしたら、サラが目を輝かせていた。ロリエを接点にクローガー鉱業に営業をかけて、シアリーズ近郊のプール建設の仕事に繋げたいと考えているのだろう。

 しかしそれは営業の仕事であって監督の仕事ではない。


「何言ってんの、メリ建は全社員がまんべんなく全ての業務をこなせることを目標にしてる会社よ。営業に繋げられたなら誰にでも報奨金が出るし、昇進査定にもプラスになるのよ」

「そうだったんスかぁ」

「サラ姐、報奨金は折半でいいよ」


 ロリエはニヤリとした笑顔で、サラに便乗を促した。


「ちっ、本当は全部自分でできるくせに。分かったわよ、面倒引き受けてあげる」

「よしよし。あの店長には後日名刺を渡しに行くって約束してるから、そん時に付いて来てくればいいよ。いつヒマ?」

「ヒマはないけど、寝て起きた一四〇〇(ヒトヨンマルマル)くらいなら抜けられるよ」

「他の手柄は全部あげるから、絶対誘致してね」

「はいはい。追加の営業のネタ残ってる?」

「参考資料用キーワードがあるよ」

「お、さすが気が利いてるね。キーワードは?」

「海水浴場、市民プール、ウォーターパーク」

「海水浴場……、市民プール……、ウォーターパーク……、オッケ」

「先にサラ姐が調べてプレゼンするといいよ」


 サラはそのキーワードをメモに取った。十五号船から本社にレーザー回線を繋いでデータベースを検索すれば、そのキーワードの全貌も明らかとなるだろう。


「ロリっちは泳ぎてぇだけだもんなぁ。あの痴女スタイル、もう一回見てぇ」

「ロリっち言うな。痴女言うな」


 その後は、もし老朽化した鉱山炉をレジャー施設に転用するとしたら、メリ建はどういう部分に絡むことができるか、という話題で盛り上がった。

 鳶に出来ることは建築の基礎の部分だけだ。しかし自社で出来ない仕事は、出来る会社を下請けにして仕事を回せばいい。

 メリ建がゼネコンに一皮むける、大事な一手かもしれないという誰かの言葉に、グーンは他人事ながら高揚感を覚えた。


次話は、第六四話 ここはお風呂のパラダイス(入浴作法、男子身体、内装業)です。

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