第五八話 タンカーとニッター到着(食事情、タンカー、ニッター、売店)
前話は、第五七話 赤道ベルト組みあがり(食料品質、放射線環境下作業)です。
その日、待ちに待ったタンカーが鉱山炉建設予定地に到着した。追加装備であるニッター(スタンダードサイズ・パイプフレーム・ニッター、規格寸法単管足場織り機)の運搬も兼ねた、型枠専業の建設会社とともに。
そしてその情報がメリ建の全船にもたらされたのは、それから数分のことだった。
もちろん十七号船にも届き、一六〇〇の交代を控えて第五食を一緒にとっていた食卓で、ソフィの口から報告が伝えられた。
「ニッターとタンカーが到着したよ」
「お、やっと来たっすかぁ、だいぶギリギリだったっすね」
「そうだな、本当に」
サルバの言うギリギリとは何かと言うと、食料だ。
船の重量を軽量化するため、今回持参した保存食はたったの二四〇食しかなかったのだ。これは四食六人で十日間に相当する量だが、まさにその出発後十日目が今日なのだ。残り僅かに二十一食。六で割り切れない半端な数なのは、誰かが食べてしまったからだろう。早起きしたグーンとか、バンボに向かう直前の船長夫妻とか。
当然ながらこの食料事情は、十七号船だけの問題ではなく、メリ建の船全てが同じ状況だった。
「一日でも遅れたらどうなってたことか、って奴っすよぉ」
「また恥を忍んで、ヨソの船に食料の販売をお願いする羽目になってただろうねぇ」
「メリ建の評判ガタ落ちになっちまいますよ、水や食料の見積もりもできねぇ会社なのかって」
「全くだ」
そこでソフィは腕を組みなおし、話題を仕事に切り替えた。
「食料は最重要課題ではあったけど、まぁ次に行こうか。ニッターのスケジュールが監督から届いたから、担当の船も追記しといた。目ぇ通しといてくんな」
一六〇〇、ニッター移動、設置(十六・十七)、補給(十五)、足場接舷(十八・十九・二十)。ニッター横軸フレーム組立は十六号、ニッター移動設置は十七号、他は足場への連結器設置。
二〇〇〇、ニッター試運転(十五・十六)、補給(十七)、足場軌道調整(十八・十九・二十)。
二三〇〇、ニッター資材装填開始(十六・十七)
〇〇〇〇、ニッター稼働開始(十五)、足場補強工事開始(十八・十九・二十)
以後三〇〇分(五時間)ごとに資材装填。一号機と二号機で交互なので二時間半ごと。
「了解っす。いつも通りっすね」
「資材装填係と足場補強係って、途中交代はあるんですか?」
「あるよ。十五号船はニッター制御に専念するけど、残りの船で一隻ずつ順次交代だよ。スケジュールはこれまた届いてる」
〇一日、十五:制御、十六:休み、十七:補給、十八:足場、十九:足場、二十:足場。
〇二日、十五:制御、十六:足場、十七:休み、十八:補給、十九:足場、二十:足場。
〇三日、十五:制御、十六:足場、十七:足場、十八:休み、十九:補給、二十:足場。
〇四日、十五:制御、十六:足場、十七:足場、十八:足場、十九:休み、二十:補給。
〇五日、十五:制御、十六:補給、十七:足場、十八:足場、十九:足場、二十:休み。
以後十日まで繰り返し。十一日以降は完成まで、足場を減らして補給を増やす。
「十五号船、休みないんスね」
「あそこは船はずっと稼働させて、個々人で交代休暇を取るんだってさ」
「で休みは、船のクルー全員で休みッスか」
「休みって書いてるけど、実際は船のメンテや推進剤の補給があるから、言うほど休めないよ」
「そうなんスか、手作業での足場組みと同じくらいハードになりそうッスね」
「まぁな。補給ならそこそこ楽だよ」
そんな打合せが終わったころには、もう食事が終わって食後のコーヒーすら終わっていた。
その後は流れるように仕事モードに切り替わり、操縦席にサルバを残して三人はエアロックから外に出た。
『そんじゃこちらは準備完了ッスよ』
「おう、そんじゃ出向きますかっと」
サルバの操船で、十七号船はニッター近傍に到着した。足場のある低軌道から加速して軌道遷移楕円軌道に乗って、遠地点でのスラスター噴射一発で、ニッターに寄せてきた。
船の荷台に積んだ水シートの陰には、ソフィ、エリス、グーンがいた。念のため銀河宇宙線から隠れていたのだ。
到着したニッターは、今のところ他の資材コンテナと同じ軌道を周回していた。これを運んでくれた建設会社への正式な挨拶は、十五号船の監督によって既になされていることだろう。とは言え略式の挨拶はすべきだ。
『ナクレ建設船、こちらメリ建十七号船担当ブランクルツ。応答願います、どうぞ』
『メリ建十七号船、こちらナク建一号船担当シラカワ。ご用件を承ります、どうぞ』
『ナッケン・ワン、こちらメリケン・セブンティーン。ニッター受け取りとご挨拶のため、ランデブーの許可を願います、どうぞ』
『メリケン・セブンティーン、こちらナッケン・ワン。許可いたします、どうぞ』
『ナッケン・ワン、こちらメリケン・セブンティーン。感謝いたします、通信おわり』
そして十七号船は相手の船に近寄り、ソフィと新人二人が飛びついた。
船の外に出ていた一人のハードスーツと、互いに敬礼を交わした。
『ナク建さん、メリ建作業員ユニッヒアルムです。この度はお世話になります』
『ソフィさんだよね。社長のシラカワです、ご無沙汰しております』
『やっぱり社長さんでしたか、こちらこそご無沙汰しております、ニッター運搬ありがとうございました』
『いやいや、ちゃんと運搬料金も貰ってるからさ。んで早速持ってく?』
『はい、二機とも受け取ります。社長はこのあとも現場にお残りに?』
『うん、ウチ規模小さいからさ、働ける奴は現場に出ないとね。そちらの二人は新人さんかい?』
『はい、ホラ、挨拶しな』
『はい、エリス・ザグレートです、よろしくお願いします』
『押忍、ダイ・ヴォン・グーンです、よろしくお願いします』
『そのうち社長の武勇伝を、この二人にも聞かせてやってください、それじゃ』
『はいはい、そのうち一緒に一杯やろうね。ニッターの拘束解いとくから、あとはよろしく』
『やっておきます、ありがとうございました』
ソフィは敬礼で社長を見送った。社長は出てきた他の社員に指示をして、ニッターを解放した。ここは衛星軌道上で安定しているので、拘束を解いても重力に流されることはない。
サルバの操作により、ロボットアームがニッターのうち一機を最大距離で把持した。ニッターを掴んだロボットアームは荷台に向かい、その二トン近い質量を動かした反力により、十七号船はぐいっとナク建船に近づいた。ソフィと新人二人はニッターにロープをかけて、手早く荷台に固定していった。エリスもグーンもまだ完全習得に至っていない、自在結びだ。
十七号船はその姿勢のまま一旦スラスター噴射でその場を離れ、少し離れてから残りのニッターを荷台に誘導し、反力で再び近づいた。これもまた主にソフィが固定した。
『ナッケン・ワン、こちらメリケン・セブンティーン。ニッター受け取り完了、どうぞ』
『メリケン・セブンティーン、こちらナッケン・ワン。ご苦労様。以後ご安全に、どうぞ』
『ナッケン・ワン、こちらメリケン・セブンティーン。感謝いたします、通信おわり』
サルバはその場からスラスター噴射一発でホーマン軌道に乗り、再び近地点でスラスターを吹いて足場の軌道に到着した。荷台にニッターを二機も積んで重心バランスがズレている中、よく一発で寄せられるなとグーンは改めて感心した。人間のバランス感覚は、時としてコンピューターよりも素早く正確に姿勢を読み取るものだった。
低軌道では、足場のすぐ内側に停泊した十五号船から、赤道リングと九十度に直交した方向に三本ずつの足場パイプが生えていた。
『十五号船から生えてる左右のパイプが見えるかい。あそこにニッターを接続するからね』
『ウッス』
『船尾側から結索を解くよ』
船尾側のニッターを括りつけていたロープが解放され、ロボットアームがそれを掴んで十五号船のパイプに寄せていった。パイプ末端まで三十センチほどに寄せた後は、現地に浮いている下回り作業員が人力でパイプに噛ませる手筈だった。
十七号船は三十メートルほど離れたもう一方のパイプ端に移動して、もう一機のニッターを降ろした。二機のニッターを下ろしたあとは、ソフィと二人は船の中に引っ込み、十七号船は作業の様子が良く見える位置に移動した。
ニッターはコンパクトに纏まっていた姿から、足場に取り付けるのに最適な姿に、手早く変形させられていた。足場走行ユニットが本体から引き出されて、赤道リングパイプのうちの二本の縦軸パイプと同じ幅に調整されていた。一方、上下にパックリと割られた本体の中に差し入れられた複数の手によって、内部アームが拘束位置から動作位置に設定され直していった。シャシーと織り機の摺動テストとグリスアップも行われた。
それはまるで、無数の召使に甲斐甲斐しく世話を焼かれる女王様のようだった。
二機のニッターには十五号船から引き出されたケーブルが接続された。恐らくあれが電源ケーブルと制御信号ケーブルなのだろう。なお十五号船は、推進剤と酸化剤と水を他の船に先駆けてタンカーから補給を受けて、満タンにしていた。これから足場完成まで、十五号船はこの軌道から移動することがなく、しかし電源供給のためにエンジンを使うためだ。
ここまでで、時刻は一九四〇となっていた。
「新人二人、これから十七号船はタンカーに行って補給を受けっけど、ニッターの試運転も見学したいだろ。どうする?」
「エリっさんどうします?」
「ソフィさんたちと一緒に行動します」
「ん、わかった。そんじゃサルバ、やってくんな」
「アイアイサッサー」
良く分からない返事をして、サルバはタンカーに直行した。スケジュールによればこの後の〇〇〇〇から丸一日は、十七号船がニッターへの補給当番となっており、資材の軌道と足場の軌道を行ったり来たりで忙しいらしい。なので今のうち推進剤などを補給しておくとのことだった。もちろん食料もだ。
「タンカーって、これ?」
「デカいのは想像付いたッスけど、このケバケバしさは予想外っしたね……」
「んー、この場末感、たまんねぇわぁ」
「なんかサルバはこういうの好きだよな」
タンカーは船全体にちりばめた電灯チューブで、いわゆる満艦飾でビカビカ光っていた。船腹にはドライブイン・アンド・エナジーステーション・コンフォート、それに倍してデカデカとクローガー・マイニング・カンパニー(鉱業)と書かれていた。船は、全長が約三百メートル、太さが百メートルはあるだろう。全長二十メートル全幅三メートルちょっとの十七号船とは、クジラとコバンザメのような大きさの違いがあった。
船底にはすでに何隻かの船が接舷していた。メリ建の船ではない。
『コンフォート、こちらメリ建十七号船、補給を行いたいので誘導願います、どうぞ』
『メリケン・セブンティーン、こちらコンフォート。いらっしゃいませ。本船アームにて把持します、どうぞ』
『コンフォート、こちらメリケン・セブンティーン。頼みます。通信おわり』
通信で言った通り、コンフォートから出てきた長いアームが十七号船を優しく鷲掴みにして、船底側の補給場所に誘導した。その間にソフィと新人二人はエアロックから外に出た。
『いらっしゃいませー、満タンでよろしいっすかー』
『満タン頼むよ。酸化剤と水もね。メリーズ・コンストラクション・カンパニーで売掛で頼むよ。あと船内に入っていいかい』
『メリ建さんっすね、話は聞いてます。売掛承りましたー。どうぞごゆっくりー』
その場にいた補給作業員に声をかけて、三人はコンフォートの船底側エアロックから中に入った。
コンフォートのエアロック内壁には、今月のオススメ商品やらイベント情報やらサービスデーやらのポスターが所狭しとベタベタ貼ってあって、ちょうど大型郊外ショッピングセンターのエレベーター内のような雰囲気になっていた。もちろんメインベルトにそんなショッピングセンターは存在しないので、誰も見たことはないのだが。
エアロックから一歩中に入った船内は、音と光と匂いに満ち溢れていた。
踏み入れたその場所は主に三つのエリアに区切られて、右からはけたたましいゲームの電子音とモニター光、左からは笑い声や酒の匂いが漂い、中央は天井まで続く棚が並んだ売店になっており、正面にはレジカウンターと奥への扉があった。そしてそれぞれにピカピカ光る電飾を施した看板が掛けられて、正面にはテルマエ・コンフォートと書かれた布がライトアップされていた。
ホールには一昔前に流行した音楽が流れ、ゲームの音と酒場の喧騒と混じりあい、ほんのり暗い照明と相まって、何とも言えない場末感を醸し出していた。
「な、なにこれ……?」
エリスが戸惑ったような声を上げた。無理もない。シティガールであるエリスは今までの生涯で、このような下卑た場所に立ち入ることはなかった筈だから。
グーンはというと、こういう場所にも入った経験があったので、それほど驚きはしなかった。むしろ売店の棚にあったゴッド・ファーザー・ホーンなる改造パーツに興味をひかれていた。スラスターのラッパで音楽を奏でるらしい。
ソフィはそんな棚の隙間をスイスイ漂い、カウンターにいた男に話しかけていた。
「メリーズ・コンストラクション・カンパニーの者だよ。保存食を受け取りに来たんだけど」
「ああ、メリ建さんね。話は通ってるよ。何号船さん?」
「十七号船。外で推進剤とかを補給してもらってるよ」
「あいよ、そんじゃ当面の七箱を荷台に積んでおくよ。……何か食ってく?」
「おや、食事も出来るのかい?」
「できるよぉ。ホラ隣のフードコートでね」
指さされた先には、数人の男が笑い合っている酒場っぽい何かがあった。とてもフードコートなどという小洒落た場所には見えない。
「わかった、メニュー見てみるよ。それじゃ保存食頼んだよ」
「はい、毎度ありぃ」
ソフィと新人二人は連れ立ってそのフードコートなる酒場に立ち入り、カウンターに寄りかかった。無重力なので椅子はない。
カウンターの上下には扱っている食べ物や飲み物が写真付きで表示されていて、さらにその横には自動販売機のようなものがあった。食券の券売機のようだ。
「ラーメン、焼きそば、もりそば、かけうどん、たこ焼き、お好み焼き、ホットフランク、トルネードポテト……なるほどこういう品揃えかぁ」
「知らない食べ物ばっかり……グーン知ってる?」
「まぁ、エリっさんにゃ縁のない食い物ッスかね、祭りの屋台とか行ったことないんスか?」
「禁止されてたから。でもこっそり行った友達から聞いたことはあるよ。お祭りの屋台って、こういうのだったんだ……」
エリスの世間知らずっぷりに苦笑したソフィは、これも社会勉強の一つだよね、と心の中でつぶやいた。
「じゃ、好きなの一品選びな。奢ってやるよ」
「ゴチになりやす! じゃあ俺ラーメン」
「ご馳走になります、私はたこ焼きっていうのを」
二人は券売機でそれぞれ食券のボタンを押し、出てきた食券をカウンターの中にいた男に渡した。ソフィは日替わり定食を頼んでいた。
きちんとした料理を調理するには短く、かといってテキパキとレトルト食品を温め直すには長い、なんとも微妙な待ち時間のあと、三人分の食事が出された。
三人はそれぞれトレイを持ってテーブルに着き、食事の挨拶をした。
「いただきます。……うん、こんなもんだろ」
「そッスね、こんなもんッス」
「こんな食べ物が世の中にあるんですね、へぇ……」
ご心配の向きもあるかと思うので念のため説明するが、グーンの頼んだラーメンは、汁が片栗粉でとじたような広東風のラーメンであった。なので無重力で食べても飛び散ったりはしない。麺も伸びきっていてレンゲで切れるほどだったし、加熱も甘めだったので、ラーメン味のババロアのようで、むしろ食べやすいほどだった。
ソフィの頼んだ定食は肉野菜炒め定食だったが、それに付いてきた味噌汁も無重力対応紙コップなので、表面張力によって中身が飛び散らない工夫のされたフタが付いていた。味噌汁の具?そんなものはなかった。定食のおかずも白飯も、当然のように合成品だった。
そして「たこ」の入っていない「たこ焼き」は、ただの「焼き」である。
一人として美味しい、うまい、などの言葉が出てこない程度の味であった。そのぶんこんな遠隔地に出張してくれている食い物屋にしてはお安く、定食九ダラー、ラーメン七ダラー、たこ焼き五ダラーであった。なお都市部では、このクオリティでこの値段は、文字通り噴飯ものだろう。
まぁ、話のタネになればそれでいいのだ。三人はエアロックから外に出て、荷台に積んであった保存食の段ボールを六つ持って、船に戻った。
「ただいま」
「おかーえりー。あれ、なんかテンション低いんじゃね?」
操縦席で保存食をもしゃもしゃ食べていたサルバが声をかけたが、三人はとてもとても微妙な顔をしていた。
「……バンボが恋しいッス」
「うん、美味しい料理が恋しい」
「でもあそこ高いしなぁ……」
「何があったかせめて説明してくんない?」
やがて補給が終わった旨の通信がタンカーから入り、十七号船はタンカーから離れて、資材コンテナの軌道に移った。
「なるほどなぁ。でもエっちゃん、あの手の場末のドライブインに、クオリティ求めちゃ駄目だよ」
「でもだって、友達が美味しいってお勧めしてた料理が、あんまり美味しくなかったショックってわかります?」
「そんなこと言われてもよぉ……」
サルバは困ったようにソフィに助けを求めた。正式なたこ焼きを、サルバは食べたことがなかったためだ。
「姐さん、たこ焼きとやらはシンタナで食えます?」
「見たことないねぇ、ライフリーからもオススメされたことないし。他のシンタナ出身の誰かに聞いてみたら?」
「うーん、誰がいたっけか……」
そんな話をしつつも、サルバは資材コンテナをロボットアームで掴みあげ、十七号船の荷台にアームで押し付けた。そして質量七トンもの荷物を、結索もしないまま軌道を離れてみせた。これぞ離れ業と言うのだろうか。
「おお、結束しないででも動かせるモンなんッスねぇ」
「掴む荷物が一つだけならな。ただよ、こんな重たいモン積んでると急な動作ができねぇから、そうそう出来る場面がねぇんだわ」
足場の軌道に到着した十七号船は、二三〇〇の装填開始までは待ち時間となった。
すでにニッターは試運転がなされていた。その結果は上々のようで、最後に見たままの軌道のまま、ゆったりと小惑星を周回していた。
一方、足場で出来た赤道リングは、その周回スピードよりも少し速い速度で回っていた。足場の三か所には船が連結していて、足場のリングに船首を向けたまま一緒に回っていた。
軌道の周回速度よりも早い速度で回ると、遠心力が勝った状態になる。足場と船では質量が違うため、そのままでは足場リングが歪んで三角形に近づいてしまう。そこで船は遠心力をキャンセルするために、常時ロケットエンジンでゆるく噴射していた。恐らくその制御はコンピューターに一任されていることだろう。足場リングは変わらず真円の形のままだった。
「なんで足場に船がくっ付いてるんスか?」
「最初の作り初めのころはよ、周回してる足場リングの質量が足りなくて、ニッターが織った足場の重量でリングが変形しちまうんからよ、それを船のスラスターで矯正するためだよ。一日もたてば船無しでも安定するよ」
「ほーん、強引な真似するッスねぇ」
操縦室の窓から見える景色を、サルバはグーンに説明した。
さて、昼勤二班の二人は、もう寝る準備を終えていた。時刻は二二〇〇、二班の就寝時間となっていた。
「ロリっちー、起きろー」
エリスが起こしに行くよりも早く、操縦席を放棄したサルバがロリエを起こしにかかっていた。堂々とした業務時間内のサボりだ。
寝袋から出た整った顔に近づき、ほっぺを両側から掴んでむにっと引っ張り、整ってない顔に変えていた。
ソフィは船長を起こしていた。寝袋の中の船長は一動作でパカッと目ざめ、愛妻におはようのチューを要求して、要求通りヒタイにチョップを頂いていた。
「それじゃおやすみ」
「おやすみなさい」
二班の二人が寝袋に潜り込んだ。起きた一班の二人には、グーンがモーニングコーヒーを給仕していた。
「補給も済んだし、スケジュール通りッス」
「おう、ご苦労さん」
船長の額は、チョップで受けた赤い打撲痕が縦に走っていた。
「そういえばコーヒーとか足りっかな? タンカーの売店に売ってたか?」
サルバの額にも、チョップで受けた赤い打撲痕が縦に走っていた。さきほどロリエに行ったイタズラの報復だろう。
「そこまで見てねッスよ、交代したらサルバ先輩も行ってきたらどうッスか」
「そうすっかぁ」
二三〇〇、ニッターへの資材装填が開始された。
「船長、単管(パイプ)流すっすよぉ」
『おう、来い』
サルバはロボットアームで把持した資材コンテナを、少し勢いをつけて急に止めて、中身の六・七トンに及ぶ五〇〇本のパイプをそのままニッターの資材装填マガジンに突っ込んだ。変な引っかかり方をしたパイプはなく、船長の装填補助はほとんど必要なかったようだった。
ジョイントやゴミ袋は、そのまま手作業でも充分に装填できた。
ニッター一号機には、十七号船に積んだ資材コンテナの中身を丸ごと移した七トンに加えて、周りにあった資材からパイプ七十本ほど、接手ニ十個ほどを移し、八トン満タンにした。
ニッター二号機には、同じく周りにあった残り資材を装填して、四・五トンとした。
ニッターの搭載可能資材ペイロードは約八トン。資材コンテナの内容量は七トン。ここから先、残り資材が一トンを切ったらコンテナから満タンにする作業が続く。その補給装填作業を一隻の船で出来るように、双方の装填量を半分ずつずらしているのだ。ニッターの資材が両方同時に尽きてしまったら一隻では補給しきれなくなるためだ。
「よしよし、これであとは〇〇〇〇のニッター稼働開始を待つだけだな」
「あとは二時間半にいっぺんずつ、資材を満タンに装填すれば良いんッスよね、足場の手組よりはるかに楽ッスね」
「今のうちはなー」
「?」
そして〇〇〇〇を迎え、ニッター稼働開始となった。バナール球型スペースコロニー転用鉱山炉建設第一期工事足場建設は、ここからが本当のスタートだった。
次話は、第五九話 ニッターへの補給(ニッター支持フレーム、補給作業、女性生理)です。