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第六話 初出航(航路・船舶、放送、食事)

前話は、第五話 始業前点検(船説明)です。

 〇九五七(マルキューゴーナナ)。十七号船は格納庫から桟橋まで、誘導装置によって移動した。いよいよ出航だ。

 桟橋には十五号船から二十号船までが並び、通信でやりとりした順番で姿勢制御スラスタを吹かして桟橋から離れ、そして順番に港湾エアロックに向かっていった。一〇〇八(ヒトマルマルハチ)、定刻通りの出航だ。

 港湾管制官とのやり取りも聞こえてきた。ヘッドセット越しではなくスピーカーにしてくれたので、内容もよく聞き取れた。

 ポイントごとにソフィの解説が飛び、エリスは律義にメモしていた。


 港湾エアロックの扉が開き、十七号船は宇宙に出た。先に出た十五号船と一六号船は、湾口と内海の境あたりに向かっていた。

 微速前進。スラスタではなくエンジンの噴射に推進力が移った。


 港湾周辺二十キロの範囲は「湾口」と呼ばれ、制限速度が二十メートル毎秒。

 港湾周辺二百キロの範囲は「内海」と呼ばれ、ここは制限速度が二百メートル毎秒。

 二百キロより外側は「外海」と呼ばれ、速度無制限となる。

 ただしメインベルト内のあちこちに港湾の内海は存在するので、速度を出せる軌道はおのずと決まってくる。その軌道は俗に「街道」と呼ばれていた。


 十七号船はまずは二十メートル毎秒で湾口を進み、すでに連結されていた十五号船と一六号船をすぐに発見し、その近くまで寄って停船するランデブーを行った。

 停船するとすぐに船長が席を立って、エアロックに流れていった。それを受けてロリエが近距離通信を入れた。


「十六号船、こちら十七号船。ランデブー地点に到着した。これよりもやい要員を出す。どうぞ」

『十七号船、こちら十六号船。了解。ご安全に。どうぞ』


 そしてエアロックのビープ音が響いて、船長が船の外に出た。

 その様子をとらえた船の監視カメラ映像をモニターに出しながら、ソフィは新人二人に向けてこう言った。


「普通このもやい作業要員は、新人の役目だよ。あとで改めて教えるけど、帰りには実際にやってもらうからね」

「はい」


 宇宙船は普通、移動には何らかの質量を噴射した反作用を利用する。しかしこれは数センチ単位の細かな動きは苦手だ。

 そこで船同士の連結のような細かな操作には、昔ながらのロープを使うのだ。

 ドックに入渠するわけでもないのに連結をドッキングと呼ぶのと同じく、岸壁に係留するわけでもないのにロープを使った連結は、伝統的に「もやい」と呼んだ。


 船長の手から投げられたロープは、十六号船のもやい要員の手に渡り、それぞれの船のフックに引っかけたロープを手繰り寄せて、二艘は徐々に近づいて行った。

 そして静かにしかしドスンと質量感を伴って、両方の船は接触した。くくりつけてあったタイヤがショックを吸収して潰れていた。

 船長ともやい要員はそれぞれの船の連結金具を伸ばし、連結した。

 連結確認した後、報告の言葉とともに両者が右手を上げた。


「十六号船、こちら十七号船。連結作業完了。要員待機する。どうぞ」

『十七号船、こちら十六号船。連結作業確認。要員撤収する。どうぞ』

「十六号船、こちら十七号船。協力感謝する。通信終わり」


 この作業は、自動化しようとすると余計にコストがかかる典型例だった。


 もやい要員の船長はちょっと一息つくと、すぐに船尾に回った。十八号船が連結するのはもう間もなくのはずだ。

 そしてロリエのもとに通信が入り、同じやり取りを繰り返し、船が連結されて、その後は船長が船内に戻ってきた。


 全部の船が列車のようにつながってようやく出発したのは一〇三〇(ヒトマルサンマル)のことだった。

 船団はそれぞれの船が決められた方向に噴射して、全船で協力して推進していた。

 これはもちろん、コンピュータによる緻密な噴射ベクトル制御のたまものだ。


 ソフィは新人二人に問題を出した。


「エリス、さっきわざわざ船を連結した理由、わかる?」

「はぐれて迷子にならないように、でしょうか?」

「おっ、砕けて言えば正解だね」

「え、正解できるとは思ってませんでした……」

「じゃ次グーン。メインベルトを航行する船って常に加速しながら進むんだけど、この理由はわかる?」

「船に加速重力を発生させて、過ごしやすくするためッス」

「三分の一正解。もう三分の二の答えは、一、広すぎて時間がかかりすぎるから。二、安くあげるため」

「あ、しまった」

「ソフィさん、急ぐと推進剤を余計食いますよね、それなのに安く上がるんですか?」

「そうだよ、人間の労働賃金や食費や生命維持よりも、推進剤のほうが安いからね」

「あ、そうかぁ……」

「で、これを加速重力軌道って言うんだけどさ、出発点と到着店が一緒でも、ほんのちょっとしたベクトルの違いで軌道がすごく離れるんだ。なにか不測の事故が起きたときに仲間がいるのといないのでは大違いだろ?」

「そうですね、協力できるのもありますけど、心細くないです」

「そういうこと。だから連結編成して船団を組んで、迷子にならないようにするのさ」

「なるほど」

「飛ばすの自体はコンピュータのサポートで意外と楽なんだよ。ま、覚えときな」

「はい」


 船内のスピーカーからは、メインベルトの天気を伝える放送が再生されていた。ベスタ方面、終日晴れでしょう。風力は一。プシケ方面……などと次々と読み上げる声は、眠気を誘った。


「そういえばソフィさん、この天気予報の風力って何ですか?」

「あ、これ?太陽風の強さだよ」

「じゃあ晴れってのは」

「流星群も太陽フレアも銀河宇宙線も、何も問題がない日、ってことさ」


 宇宙では双方向通信にはレーザー光線か電波を使う。しかしレーザーは通信速度は速いものの障害物で容易に遮断され、電波はそもそもどの帯域も割り当て済みでパンク寸前だ。

 だから一方向で済む放送動画配信などは、街道沿いの各所に設置された灯台からの光信号を、船の望遠鏡でデコードしてデータを受け取っていた。これを保存しておけば一週間は好きな時に番組を見られるという寸法だ。

 そんな中でも天気予報とニュースは特に大事な配信なので、受信とともに再生されるように設定している船が大半だった。


「動画配信サービスも、クルーの福利厚生ってだけじゃないんですね」


 エリスはそう締めくくった。フクリコーセー。聞いたことはある。大丈夫。


 現在時刻一一〇〇(ヒトヒトマルマル)。ソフィはひとまずの解説終了を告げた。三班は通常なら就寝中の時間だ。


「出航について解説終わったから、三班は一四〇〇(ヒトヨンマルマル)まで仮眠とっておいで。寝ないと辛いよ」


 グーンとサルバの三班は就寝するように指示された。ソフィとエリスは引き続き食事の準備だ。


 寝室は船のキャビン(乗務員室)だ。

 ただしこの船のキャビンは、三階にあたるコックピット(操縦室)と一階にあたるギャレー(調理室)の間の二階にあたる部分にあり、人の行き来が頻繁だ。おまけに六人分の食料と手荷物、なによりハードスーツ二揃いが場所をふさいでおり、余分な空間などないように見える。


「ま、ここ以外ねぇよな」


 そう言ってサルバが寝袋(シュラフ)のマジックテープを貼り付けた先は、キャビンの天井だ。機体中心軸に対して右側にオフセットして設けられているコックピットとは逆のほうに、何もない空間が少しあった。

 なおキャビンは六面の壁全てがカーペット張りなので、固定はもっぱらマジックテープだ。


 グーンも同じようにシュラフを天井に貼り付けて、いざ中に潜り込もうとすると、これがなかなか難しいことに気が付いた。加速重力のせいで、シュラフの中に一定時間でも留まることができず、シュラフ正面のファスナーを閉めることができないのだ。

 サルバはすでに壁際の隣りで遮光マスクと耳栓をつけて眠っている。これも早いのか!


 グーンが寝袋のファスナーを閉めるコツを掴み、ようやく寝入ることができたのは、一二〇〇(ヒトフタマルマル)のことだった。


 グーンは結局少しうつらうつらできただけで、一四〇〇(ヒトヨンマルマル)の起床時間を迎えてしまったようだった。


「おう、起きろー、時間だぞ」


 ハードスーツ姿の船長が、二人を起こしてくれた。

 寝たような寝てないような、頭がハッキリしない状態で、どうも状況が把握できていない。グーンはまるで酸素が脳にいきわたっていないかのように、ずんと重い頭痛を自覚していた。まるで話に聞く宇宙酔いだ。


 宇宙酔い。無重力空間に来た者が、吐き気、頭痛、むくみなどを訴える症状だ。

 しかしこの宇宙時代のメインベルトでは、いわゆる宇宙酔いといわれる症状はほぼ撲滅されていた。何故なら、宇宙酔いが発生するのは居住ブロックの遠心重力を中・大重力に設定しているコロニーや星から、急に無重力環境に出た場合であり、微小重力から無重力に移行するだけなら滅多に発症しないことが判明したからである。

 メインベルト育ちはみんな小重力で育つので、宇宙酔いの耐性は高かった。


「おはよう、眠れたかい?」

「おあよざっす、寝て起きたばっかりだから、ろくに眠れなかったっすね、昨日酒入ってたし」

「ああ、新人歓迎会のな」


 ソフィからの声かけに、サルバが返事をした。続けてグーンも返事を続けた。


「おはようございますぅ、なんか頭痛くて気持ち悪いッス」

「んじゃコーヒーでも飲みな、エリス四人ぶん用意して」

「はい」


 ジャージ姿のエリスが天井の副操縦士席から立ち上がり、ギャレーに落ちていった。

 同時にエアロックアラートのビープ音が響いて、消えた。なんだこれ?

 そしてキャビンの片隅で腕を組んでいたロリエが、天井のシュラフに潜り込んだ。


「おやすみー」

「あいよ、おやすみ」


 まるでビープ音が鳴ったことが不思議ではないかのように、ソフィもロリエも挨拶を交わしていた。


「あれ、今のアラートビープは?」

「ああ、船長が外に出たんだよ。荷台で寝るんだとさ」

「ええー……」


 ギャレーから電子レンジのチン音が聞こえて来た。

 さすがに船長の扱いが悪いんじゃないかとグーンが口を開こうとしたら、ソフィはこう続けた。


「アイツね、元兵隊なのよ。だから宇宙空間での野営も慣れっこってワケ」


 宇宙軍の兵隊さんは、任務中も休憩中も睡眠中も、常時ハードスーツ着用が義務付けられている。地上勤務のときですら、訓練用ダミースーツを着ている徹底ぶりだ。

 これは何故かというと、ハードスーツの鈍重さとサイズ違いを「慣れと鍛錬」で克服するため、だそうだ。


 ハードスーツ宇宙服はとにかくデカくて邪魔だ。特に狭い宇宙船の中では扱いが難しく、だからスリムなソフトスーツなんていうものも普及して、それなりにユーザー数がいる。

 しかしソフトスーツには耐弾性や長時間サバイバビリティはないので、そのジレンマを解消するためのアプローチとして、軍では「慣れる」を採用したらしい。おまけに常時着ていれば、収納場所の必要もない。

 実際船長は、ハードスーツのでかい図体でもどこにもぶつからず、狭い船内をスイスイと動くことができていた。

 ちなみにハードスーツとソフトスーツの良い所取りを目指した、スリムハードスーツというものも存在するが、良い所取りどころか中途半端というのが評価だ。


「そうだったんスか、てっきり船長イジメられてんのかと」

「あはは、どこに寝かせても平気なくらいタフだから、扱いが軽いのは確かだよ」


 そこにコーヒーを四本抱えたエリスが、ギャレーからキャビンに登ってきた。

 ソフィとサルバにコーヒーチューブを渡す。


「コーヒーどうぞ」

「お、サンキュ」


 最後にグーンに向き直ってチューブを手渡した。

 グーンは、まず先輩を先にするなんて、よくできた娘だねと、エリスに感心した。


「はいコーヒー。熱いからストローで火傷しないでね」

「ありがとエリス」


 コーヒーを受け取って、礼を言うグーン。

 スピーカーからは、いつものとおり天気予報が流れていた。これから向かう先の予報に変更はない。ずっと晴れらしい。


「船長のことだけど、なんか船長がロリエさんと一緒に寝るのを遠慮したんだって」

「へー」


 エリスは船長の話題に乗って、こう口を開いた。


「あいつアレでいて結構義理堅いんだよねー」


 エリスの言葉に続けて、ソフィも笑って言葉を添えた。

 なんでも、気心の知れた同僚とはいえ、既婚者の船長と未婚のロリエが一緒に寝るのを、船長が嫌がった結果らしい。


「ま、あんなチンチクリンに手ぇ出したがる奴なんていないよ」


 ロリエは、とにかく背が低い上に華奢だ。

 だから顔さえ見なければ子供みたいだが、その代わりに態度は巨大だと、グーンはサルバから聞かされていた。


 でも奥さん、手を出したがる奴がいないなんて、何かの伏線っぽい言い方だよ?

 世の中には物好きがいることを、俺は知ってる。

 何かのフラグめいたことを聞いてしまったと、グーンは頭に浮かべた。


 グーンは暖かいコーヒーを胃袋に入れて、ソフィとエリスの仕事ぶりを見上げていた。

 すると、カフェインが効いたのか頭痛がおさまってきた。


「頭痛おさまったか?メシにしようぜ」

「はい、ご心配おかけしたッス」


 サルバとグーンは、キャビンの床にあったレトルトパックの段ボールを開けた。

 サルバは二食分取り出してから、ちょっと考えてキャビンに声をかけた。


「姐さん、一緒にメシ食う?」

「おう、食べる食べる。エリスも食うだろ?」

「はい、いただきます」


 キャビンからの返事があった。サルバが了解と返す時には、グーンはすでに追加の二パックを取り出していた。


「お、気ぃ利くな」


 これ軍用レーションって書いてあるんだけど、どれも消費期限ギリギリなんだよな。放出品なのか横流し品なのか知らないが、きっと色んな事情があるんだろうな。

 でもレーションの箱の説明書きみたいに、お湯を沸かして二十分温めるなんてやってらんない。

 食事トレイにレトルトの中身をあけて、専用のふたを閉めて、電子レンジにトレイ四つを突っ込んで、一気に五分加熱すれば、はい完成。


 グーンはひとつひとつ、キャビンのテーブルに並べていった。

 なおテーブルは船尾側、つまりギャレー側の壁を床とみなして設置してあるので、格納庫に駐機してあった横倒し姿勢では壁に引っ付いているようでとても違和感がある見た目だったことは、特記しておくべきことだろう。


「お、配膳サンキュな。今日の献立なに?」

「ビーフシチューとピーナッツクラッカー他っすよ」


 操縦席からテーブルに降りてきたソフィの質問に、サルバが答えた。

 ほかほかと湯気を上げる四つのトレイを囲んで、思い思いに席に着いた。席といっても椅子があるわけではなく、立食だ。


「いただきます」


 全員で食事のあいさつを交わし、トロリとしたシチューをスプーンで口に運んだ。

 あれ、美味しい。町のスーパーで売ってるものより味がいい?


「え、これ美味しい」

「そうなんだよ、これ結構いい味出てるんだよねー」

「そんかわりカロリー高めっすけどね」


 思わず感想が出たエリスの言葉にあわせ、ソフィとサルバが続けた。


「本当にうまいッスよ、少々カロリー高くても何個でもいけそうッス!」


 グーンもニコニコ顔で口を開いた。


「あーでもな、もっと食べたくても一つでやめといたほうがいいぞぉ」

「そうなー、何しろアタシらしばらく一日四食生活だから、デブるぜー」


 気持ちはわかる、といった顔で、サルバとソフィから続けざまに言われた。


「そうなんですよね、スケジュール表を見ると一日四食って書いてあって。なんかしょっちゅう食事の準備してるんじゃって思っちゃいました」

「各班で顔を合わせて一緒に食事して、連帯感を養う措置、らしいよ」


 エリスのつぶやきにソフィが答えてくれていた。確かに三交代制だから、他の班と接触せずに食事をこなすこともできる。でもそれでは確かに、同僚として仲良くなれるかわからない。


「ま、繁忙期にゃ残業も続くから、そのための四食って理由もあるっすけどね」


 そう言ったサルバも含めて、四人とも苦笑いを浮かべた。


次話は、第七話 初当直(航路・船舶)です。

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