第五七話 赤道ベルト組みあがり(食料品質、放射線環境下作業)
前話は、第五六話 再びのバンボ入り後編(エリスの祖母、古い曲、同族発見)です。
十七号船に戻った六人は、夢のようなひと時を過ごしたバンボを思い出しながらも、気持ちを切り替えようと努力していた。水浄化システムを間借りするために接舷していなければならない時間はあと二時間。逆に言えば、ここ最近でまともにとれた休暇があと二時間で終わるのだ。
十七号船内、調理室内の壁据え付け型テーブル前で、男女四人が食事をしていた。〇八〇〇、第三食だ。
「はぁー、バンボ楽しかったなぁ、メシ美味いし酒美味いし。……それに比べて」
船長がボヤく視線の先にあるのは、保存食のレトルトだ。第一食まではそれなりに美味しく食べていたはずの保存食が、すっかり色あせて見えていた。
これは、本当に美味しい酒とあわせた、本当に美味しい食事を知ってしまった、贅沢な経験の弊害と言えるものだった。もう知らなかった頃には戻れないのだ。
「比べんじゃないよ。あの店の食い物と保存食じゃ、値段が根本的に違うんだからさぁ」
ソフィはそう夫をたしなめた。彼女こそ保存食に顔をしかめながら、嫌々腹に詰め込んでいるのに。
「いくら使ったと思ってんだい、節約すれば二人で三か月以上食べれる額だよ」
あの店で船長とソフィは、両方で総額九五〇ダラー使っていた。なお、一緒に食べているロリエは六三〇ダラー、エリスは四二〇ダラー使っていた。
ちなみに、船に帰着してすぐに寝袋に入って寝入ったサルバは、五五〇ダラー、グーンは二八〇ダラーだ。グーンは使った額が最も少なかったが、それでも彼の初任給以上の額を、飲み食いで溶かしたことになる。
特に二〇〇ダラーのビーフステーキと、三〇〇ダラーの娼婦代が効いたのだ。ロリエに至ってはタバコとその時にはずんだチップが、他の者との違いだ。
ついでに言えば、サルバとエリスとグーンは、一回目に行った飲食代もあったのだ。
「値段じゃなかった。……フォアローゼズ、ビーフステーキ、風呂、両切りキャメル、アメリカンオールディーズナンバー、ああ……」
ロリエがそう静かに言うと、食卓が静寂に支配された。あそこにあったものは全て本物だった。メインベルトに暮らす自分たちが、いかに偽物に囲まれて生きているかを痛感させられた。
返す返すも、もう行けないだろうことが残念でならない。
船に帰るまでのバンボのエレベーターでエリスは、もうバンボに行けない理由が出来たことを、本当に危険な部分だけを伏せて、船長とソフィに包み隠さず報告していた。もっともその報告内容だけでも、船内音声をフライトレコーダーに常時録音している十七号船内では、とても大っぴらには話せない内容だ。
「またああいう店を探せば良いじゃありませんか。シアリーズになくても、他の星の街ならひょっとしたら」
エリスは自分で言っていつつも、無理な話だと分かっていた。
メインベルトでの酒食分離政策によって、まっとうな店であればあるほど酒と食事には期待できず、モグリの店であそこまでサービスの行き届いた店がホイホイ見つけられるとは思えなかった。しかもクオリティに比べれば、彼らの散財した額は決して高い部類に入らないのだ。シアリーズ本星で同じレベルの体験をするなら、二〇〇〇ダラーは覚悟しなければならないだろう。
「うたかたの夢、か」
船長が締めくくると、食べ終わっていた全員から同時にため息が出た。
ああもったいない。
その後一〇〇〇をちょっと過ぎたあたりで、バンボからの接触通信が届いた。水の浄化が完了したのだ。元々水の搭載量が少なかったので、数時間で済んだ形だ。
これでメリ建の船六隻のうち四隻までが、水の浄化を終わらせた。残るは二隻だ。とっとと場所を譲って、次の船の浄化を進めなければ。
『ライフリー、そっちはどう』
『おうソフィ、大丈夫だ。それじゃロリエ、アーム解放頼む』
『了解。解放完了』
船同士の接舷を解く船外活動は、船長とソフィのコンビが非常に素早くやってのけた。エリスはほとんど見ていただけだった。
外に出ていた三人は、バンボの外に出ていた作業員と敬礼を交わして別れた。エリスはあの作業員がティウさんだったら良いな、と思いつつの別れだった。
ロリエの操船によって、十七号船はバンボから離れて、建設現場の低軌道に戻っていった。まるで待ちきれないかのように、次の順番の船がすれ違っていった。
十七号船クルーが組みあげた足場は、半日経ってもそのままの形で軌道に浮いていた。これはつまり、他の船でまだ完成していないところがあるということだ。
現在時刻は一〇四〇。
昼勤二班のソフィが十五号船の監督に通信で確認を取ったところ、遅れている足場もあと少しで組みあがるらしい。それまでは待機、すなわち休暇扱いだ。残念ながら業務上の都合で待機していても、出勤扱いにはならない。
船長以下四名は筋力トレーニング、勉強と、思い思いに過ごしていた。特にこの仕事が終わるとすぐに宇宙鳶資格試験が待っているエリス、そして三班のサルバ、グーンは、追い込みの時期だった。
ようやく足場が組みあがったようで、十五号船の監督から、それぞれの足場の合体を開始する連絡が届いた。
とはいえやるべきことは多くない。足場のパーツを船の連結器に連結させて、船の操作をリモート操作に切り替えるだけだ。
あとは十五号船のコンピュータが測定・計算・指示を出して、レーザー回線によって十六から二十号船を有機的に動かすまでは、人間は出番なしだ。
しかしそれが完了し、いざ出番が来たからといって、ホイホイ外に出ることができるかというと、そういう訳でもなさそうだ。
『先日より発令されていたメインベルト全域への宇宙線注意報は、現在でも継続されています。この注意報の解除の見通しについて、気象台ではあと十日以上にわたって続くだろうと見ており、経済への影響が懸念されます』
常時船内でうっすら掛けっ放しにしている放送から、天気に関するニュースが流れていた。ここ最近の水不足騒動の原因となった、太陽風関係の内容だ。
太陽風とは、太陽大気から高速で吹くプラズマ(電離気体)流のことである。宇宙線とは銀河宇宙線の略で、銀河内ブラックホールなどで加速され太陽系外から飛来する荷電粒子流のことである。
プラズマ流も荷電粒子流も、電荷を帯びた陽子や電子などであり、正確に言えば違うものだがぶっちゃければ同じものだ。変わるのは発生源や運動エネルギーや熱エネルギーなどだ。他にも似たようなものも含めて、全部ひっくるめて電離放射線、略して放射線と呼ばれている。
太陽風は直接的には人体に有害だが、一方でより有害な銀河宇宙線を防いでくれてもいる。その膨大な量と厚みで高エネルギー粒子を減速してしまうのだ。
しかし太陽風が太陽を発して太陽系の末端に到達するまでには、当然ながらタイムラグが存在する。そのタイムラグを勘案した予報が、この銀河宇宙線予報だ。場合により宇宙線も太陽風もどっちも強い、などという有難くない状況も生まれ得るのだ。
そんな放射線嵐が吹きすさぶ中で、今までなんとか仕事が出来ていたのは、作業テントの周りを覆う水シートに防御されていたからだ。水シートは一枚につき五百リットルの水を入れられる、蒸発防止の皮に包まれた高分子吸収体のカタマリで、つまり巨大な紙オムツや生理用ナプキンみたいなものだ。この量で約二倍の量の水層に匹敵する防御壁が構築できる。
もちろん放射線を防いでいるのはこれだけではない。宇宙服自体の防御もあるし、保存食に添加されている各種薬剤のおかげでもあるが、最も効果が高いのは水シートだったのだ。
しかし赤道リングの仮締め開始から終了までは、水シートで守られた作業テントの中で作業する訳にもいかない。移動の頻度が多すぎて、作業テントが邪魔になるのだ。
それではどうするか。作業者が安全な場所からドールを使えば一発解決なのだが、今遠征しているチーム中には、ロリエのドール一体しか用意はない。
もっとも、この答えはすぐに、十五号船の監督から聞かされることになった。
一六〇〇にようやく足場全てが連結され、仮締めスタートが宣言された。
銀河宇宙線量増加のため、監督から作業指導として、ロボットアームを併用する方法が提示された。これは、締め付け作業自体は人間が行うが、人間と防御用水シートの保持はロボットアームが行うという、合わせ技のことだ。
ロボットアームには、人間ほどの素早さと対応力は望めないが、人間以上の荷重を扱える。これを上手く組み立てた、太陽風や銀河宇宙線の嵐の中でも作業をするための、宇宙建設労働者の知恵というやつだった。
この方法でなら、約五百キロもの質量がある水シートを背負ってカメのようにのそのそと移動する、そんなタイムロスをしなくて済む。しかも足場は一辺五メートルと決まっているので、ロボットアームに足場の一辺と同じ長さの五メートル単管パイプを取り付けて、締め付け作業員と水シートをパイプの両端に配置すれば、一本のアームで作業員を二人動かせるのだ。
しかし問題点も当然あった。
その一は、作業員の他にロボットアーム操作員と、船自体の操縦員が必要なことだろう。作業員が標準で四人、船の操縦とアーム操作を兼任するなら三人必要となり、朝昼夜のシフトごとの二人の作業員では足らず、それはすなわち他シフトの早出・残業の必要を意味していた。船外作業員が、バイザーに取り付けた貼り付けディスプレイパッドで船とアームを遠隔操作すれば、まぁ最低二人でも出来ないことはないが、あまりに作業負荷が偏るので出来ればやらないようにとも言われていた。
そしてその二は、ロボットアームは生身ほど自由に動ける訳ではないので、どうしても時間が余計にかかることだ。
幸い十七号船のロボットアームは、アームの先に子マニュピレータ―の付いたドールアームとなっているので、人間と同等の作業が可能だ。なので操縦席に座ったままで、船の操縦員とアーム操作員と締め付け作業員を無理なく兼任できた。
『じゃエリっさん、ドールアームよろしく頼むッスよー』
「了解。ロボットアームの操作と操船はサルバ先輩、お願いしますね」
「任せとけってぇ。そんじゃボチボチやりますかねっと」
第五食を食べた四人は、早速仕事に取り掛かった。
配置は、船外活動作業担当グーン、正操縦席に操縦担当サルバ、調理室テーブル脇にドールアーム担当エリス、アーム操作指導担当ソフィ、乗務員室の寝袋内に睡眠担当ロリエ、床にゴロ寝担当船長。以上六名であった。
「グーン、配置ついたか?」
『ウッス、水シートの間に潜り込み成功したッス』
「そんじゃアーム動かすぞー」
『ぐえ』
無重力空間でも、質量と慣性力は変わらない。五百キロの水シートに挟まれたグーンは、アームが動いた途端に全身に荷重をかけられた。ハードスーツなので多少の荷重は受け持てたが、関節部分はどうにもならなかった。
『あー酷い目に遭った。先輩、優しく頼んますよぉ』
「このっくらいで何言ってんだ、さっさと締めつけろぃ」
仮締めの作業手順は特筆すべきことは何もなかった。やることは規定のトルクで全てのボルトを規定の順番で締めるだけだ。
水シートでサンドイッチになったグーンが不自由そうに動いているのと同時、ドールアーム側ではエリスも悪戦苦闘していた。
「うわ、私でも動かせる、動かせるけど恐い」
「視覚情報と聴覚情報だけだからね、触った感触とか力加減とかのフィードバック機能はないから、壊さないように注意しな」
「はい」
ソフィの助言のもと、エリスはそろりそろりと電動インパクトレンチを扱っていた。実はエリスは今まで手動のトルクレンチしか扱っておらず、これまた初体験の道具なのだ。
このような調子で、最初の二時間はおっかなびっくり作業を進めることとなった。
小休止で船に帰ってきたグーンを交えて、飲料チューブで一息つきながら作業の復習を行った。
「エリっさん、ドールアーム初操作の感想はどうッスか」
「感覚が分からないのに戸惑うけど、一応いつも通りの身体の動かし方ができることに、逆にビックリした」
初操作の割にはエリスにワクワク感はなかった。いつも通り過ぎて拍子抜け、というのが正しい感想なのだろう。
「でもエリス、アンタ一生懸命虚空に手ぇ伸ばしてたよ」
「え、身体動いてたんですか、教えてくださいよぉ」
「最初は仕方ないんだよ、徐々にできるようになるさ」
小休止のあとも、特に船外活動とドールアームを交代することもなく、先ほどと同じ配置のまま作業は続行された。
この赤道ベルトには、一五七五箇所の六方接手が使われていて、これによって三一五列×五行のトラスフレーム、円周長さ一五七五メートルを構成していた。
一つの六方接手には締め付けボルトが六本付いており、インパクトレンチを使用すれば接手一つは五秒未満で締められた。接手から接手へのロボットアーム移動も含めて一箇所当たり十秒程度と仮定すれば、五隻二人で休まず掛かれば理論上は一三一・二五分、二時間ちょっとで完了する。もちろんそんな筈はなく、実際には半日程度はかかる仕事だ。
割り当ては、十七号船以外は二二五箇所、十七号船は三倍の六七五箇所だ。
これは他の船では、作業員の就寝・起床に伴う作業不能時間が発生するところ、十七号船だけはドールアームのおかげで完全二十四時間操業が可能で、しかもロリエのドールがアームとは独立して稼働できることを見込んだ数字だった。
都合よく使い倒されている気がしないでもないが、その分余計に稼げると割り切っていた。時として休暇よりも現金収入が大事なのだ。特にバンボで散財した直後は。
二〇〇〇の第六食大休止までに、他の船は百前後、十七号船は百五十箇所の接手を締めていた。ここから他の船は五十前後にスピードが落ち、十七号が同じく百五十を稼げば、次の朝勤一班の途中あたりで完了する見込みだった。
十七号船の四人は調理室のテーブルで第六食を食べながら、作業進捗状況を話し合っていた。
「今のところ見積通り、順調ッスね」
「まぁでも細かいトラブルは起きるモンだから、油断しないようにな」
「ウッス」
グーンはソフィに軽くたしなめられたが、素直に受け取っていた。
第六食のあとは、昼勤二班は業務から離れて、一日の後始末のあと就寝だ。二二〇〇の朝勤一班の起床を挟んで、〇〇〇〇の交代時間までは、夜勤三班だけでの作業となる。
「そんじゃ後頼んだよ、おやすみ」
「おやすみなさい、先輩、グーン」
「あーい、おやすみなさーい」
「おやすみなさいッス」
その後の二人っきりの作業でも、特に問題らしい問題は起こらなかった。
いや、トラブルという意味での問題は起きた。二二〇〇の朝勤一班起床時間に、文字通り起きたのだ。
起きたロリエは、開口一番こう言った。
「くせぇ。サルてめぇ、清拭してソフトスーツ洗濯して消臭スプレーしてこい。ASAPだ。その間ドールアーム受け持っといてやっから」
「起きていきなりそれぇ!?」
同じく起床していた船長も、これには苦笑いだ。
ああ、アンちゃんの残り香が……。サルバは名残惜しく思ったが、結局は言うとおりに従った。なにしろ起きた問題にはかなわないのだ。
さて、問題は他にも起きていた。こちらはインシデントという意味での問題だった。
十五号船の監督との通信ミーティングで、問題が起きたことを伝えられたのだ。
「十六号船の作業員が、左手を挟んで負傷したらしい」
「あらやだ。何があったんすか?」
「何でも、船外作業員がアームをバイザータッチパネルで操作してたらしいんだけど、動作ミスをやっちまったらしい。それ自体は事故の原因ではなくて、そのバディがアーム動作中に足場へ接触を行っていたらしくてな、タイミングがかち合って挟まれたらしい」
「あっちゃー、凡ミスどころか作業マニュアル違反じゃねっすかぁ。どこのバカだろ?」
「新人だそうだぞ」
あ。十六号船の新人といえば、あの真っ白の新品ハードスーツを自慢してた奴だ。グーンはとっさに思い出した。
「怪我した奴にゃ気の毒だけど、ぶっちゃけ自業自得っすねぇ。反面教師にして気ぃ付けろよ、グーン」
「ウッス」
機械が動作している最中に人間が手を出すことは、最も禁止されることだ。それはメリ建でも採用している建設業協会の作業マニュアルにも書いてあるし、訓練校時代にも教官に口酸っぱく注意を受けた。
こういったケアレスミスには、会社負担の労働災害は適用されない。怪我の治療費、個人装備の修理代、怪我をしている間の稼ぎの低下、さらに周囲の仲間に余計な負担をかける心理的ストレスも含めて、割に合わないことなのだ。
「で、十六号船が作業を滞らせちまった分の五十箇所が、そのまま十七号船に追加されることになった。ロリエ、悪いけど頼むぞ」
「ああ」
食後すぐ、仕事にかかった。
配置は、船外活動作業担当グーン、正操縦席に操縦担当兼アーム操作担当サルバ、追加船外活動作業その一に船長、その二にロリエドールの布陣だ。
船外に出た船長は、船の天井に積載していた別の水シートを背中に背負って、アームで作業するのに効率が悪かったハンパ部分を潰す担当に就いた。
そしてロリエは遊撃、リベロだ。今回は十六号船の尻ぬぐいを先行させ、その後に十七号船の割り当て区域を逆方向から進める手筈になっていた。
ロリエのドールは荷台のコンテナから出ると、手鉤棒を使って、驚くほどの速度で目的地にすっ飛んでいった。
『うぅわ、なにあの身のこなし』
「ああいうのマシラのごとしっつーんだろうなぁ」
「サルにマシラとか言われたかねーよ」
マシラが何なのか知って言っているのだろうか。少なくともグーンは知らなかった。
作業体制自体は、夜勤三班で二人で作業していた時と同じ体制だったので、何の混乱もなく進められた。
小休止を挟んで第二食大休止の頃には、十七号船は割り当て区域全てを終わらせた。
「ふいー、ちょうど俺らの助っ人終了時間で終わらせられたな、グーンおつ」
『ウッス、先輩もおつッス』
『アタシらも帰ろ、船長』
『お、おう、手伝ってくれ、さすがにメッチャ重いわ』
船長は自力で五百キロの水シートを背負っているのだ。そりゃ重かろう。
全員が船に帰還した頃、十五号船から赤道リングの仮締め完了が宣言された。
あとはニッター(スタンダードサイズ・パイプフレーム・ニッター、規格寸法単管足場織り機)の到着を待って、組みつけて動作させれば一段落となる。
「というわけで、タンカーとニッターの到着まで休暇扱いになったんだが……バンボに遊びにゃ行けないんだよなぁ……」
船長がため息をつくと、他の三人も同様にため息をついた。
バンボでの水浄化システムの間借りのため、順番の一番最後だった十五号船が現在ようやく接舷していた。
そして今頃は、バンボ店内は大混雑していることだろう。店員がアンとティウだけしかいないとは思えないが、それでも対応に大わらわとなることだろう。稼ぎ時と思って頑張って欲しい。
「仕方ねぇ、鳶試験の実技試験の予習でもしてようぜ」
「ウッス。ロリエ先輩もご教授よろしくオナシャス」
ロリエはすでに宇宙鳶資格一級を取得済みなので、三級や二級で出題される実技試験の課題を知っているのだ。課題だけならモニターパッドで学べるカリキュラムでも知ることができたが、実際にやった上での注意点などの生の情報は、やはり経験者から聞くに限る。
「面倒いなぁ。……そんじゃ何してくれる?」
「見返り要求すんのかよ、がめついぞロリっち!」
「ロリっち言うな。当たり前の話だろ」
ロリエは表情を一切変えないまま、淡々と反論していた。
「ハウラニなら売人に心当たりあるんで、次の帰省土産でタバコでも買ってくるッスよ」
その言葉を聞いた途端、ロリエはグーンにクリっと向き直り、まるで舌なめずりするかのような魅惑的な笑顔を見せてきた。グーンは逆に恐怖を覚えた。
「グーンくぅん、お姉さんになんでも聞きな」
「そこのロリ!ロコツすぎんだろ!」
タンカーとニッターと追加の業者の到着は、それから約十二時間後のことだった。
次話は、第五八話 タンカーとニッター到着(食事情、タンカー、ニッター、売店)です。