第四九話 仕事の準備(ニッター、建設手順、手鉤棒、作業テント)
前話は、第四八話 仕事の予習(バナール球、建設手順、道具、頭痛)です。
「コントロール、こちらメリ建十七号船。これより小惑星低軌道に入る。誘導を請う。どうぞ」
ロリエの通信の声が操縦席に軽やかに響いた。
〇二〇〇、船は目的地の小惑星二十キロ圏内に入った。一般的にはこれをもって到着とみなされる。
今回の仕事では小惑星への着陸や接岸は行わず、全て周回軌道上で仕事を行う予定になっていたので、管制員に指定された軌道に乗れば到着であった。
一時間前の固体ロケットブースターによる減速のあと、昼勤の二班はすぐに就寝していた。だから始業前の準備は、〇八〇〇に就業となる昼勤の二班を除いた、朝勤の一班と夜勤の三班の仕事だった。
時間外労働となることには、サルバとグーンに嫌はなかった。
「とは言え、この後もしばらくは残業が続くんだけどなぁ」
「え、なんでッスか?」
「現場作業の他に、操船要員とロボットハンド要員が必要だろ?」
「つまり四人体制っすか……」
「良かったなぁ、仕事の経験積みまくりだぞぉ」
言葉とは裏腹に、サルバの表情はすぐれなかった。つまりここからはブラック勤務スタートということだろうか。
グーンは行きの船内で聞いた仕事概要を思い出していた。
メリ建が担当する鉱山炉外殻の球台形部分は、半径二五〇メートル、両切断面半径一〇〇メートル、高さ四五八・二五八メートル、表面積七一九八三〇平方メートルだ。これを作るには、単管パイプ約一四二四トン、六方接手とボルトナットのセット約三七トンが必要となる。
これらの組立をもし手作業で仮組するとしたら、六六四九五組もの数になるトラス(この場合、三辺五メートルの正三角形のこと)ひとつあたり三分で作ったとしても、約二〇〇〇〇〇分、一三八・五日間かかる計算となる。実際には組むたびに資材を運搬しなければならないし、組んだ後も仮締め、ゆがみ調整、本締め、バランシング、増し締め、最終確認と工程が続くので、とてもではないが二か月間という工期には絶対に間に合わない。さらに言えば、その間の人件費や消耗品費が莫大となってしまう。おまけに手作業は事故やミスが恐い。
そこでこの手の定型足場組みには、スタンダードサイズ・パイプフレーム・ニッター(規格寸法単管足場織り機)、略称ニッターと呼ばれる汎用機械を使うことが普通だった。機械はすでにリース業者に発注されており、一週間後に届く手はずになっていた。標準的なニッターを使えば、百本毎時のスピードによって、最短約二一日間で仮締めまで出来た状態になる。
ただしこのニッターには、やむを得ないとはいえ厄介な特徴があった。
一、赤道を挟んで南北に一機ずつ配置して支持フレームで繋がないと、天体そのものの引力と天体周回遠心力のベクトルの偏りにより、フレームが潰される。
二、一機あたり最低二本の縦パイプがないと、組立済みフレーム送り機構(ニッター走行機構)が動作しない。すなわち南北一機ずつ配置の場合、赤道を挟んで五本の縦パイプが必要。
三、組立済みフレーム送り速度が、天体によっては脱出速度を超えるので、無限軌道の形にフレームをループする必要がある。
四、南北一機ずつの共通重心位置と、かつ組立済みフレーム送り速度を加味した軌道周回速度が適正でないと、フレームに遠心力が乗って歪むため、軌道周回速度管理がシビア。
五、高度なコンピュータも、強力な電源やバッテリーも、冷却水や潤滑油の供給系統も、責任所在の都合により積んでいない。
六、ニッターのペイロード(積み込み資材量)が、緯度によって変わる。
このような特徴のため、ニッターを一度動かすと完了するまで、まるで追い立てられるように世話をし続けなければならなくなるのだ。その間は小休止、大休止、就寝、起床すらバディ間でずらす必要が出て、完全二十四時間操業体制となる。
救いなのはニッターの投入数が二機なので、船ごとに休暇を取れることだろうか。四機投入されていたら、工期の短縮の代わりに機械の奴隷となるところだ。
とにかく、それでも手作業で全てを組むよりマシだった。
「仕事の経験積みまくりでも、やっぱなぁ、休みが無くなるのはなぁ……」
「ブツブツ言うな、気持ちは分かっけど。……そろそろ通信来っからクチ閉じとけ」
グーンの独り言にツッコミを入れたのは船長だ。
『総員、こちらメリ建十五号船監督長ポコ。これより仕事前の通達を開始する。以後、終了まで通信プロトコルを固定。どうぞ』
『十五号、こちら十六号船、了解。どうぞ』
「十五号、こちら十七号船、了解。どうぞ」
『十五号、こちら十八号船、了解。どうぞ』
船内の汎用モニターパッドのスピーカーから通信内容が聞こえてきた。続々と返答が入り、全ての船が聞く姿勢となった。
通信では、既に各船に複製してある設計図をもとに、担当区画を割り振られた。期間は七日間。次に作り方については、仕上がりさえ一致していれば作業手順や作業人員は船ごとに一任するとのことだった。最後に、これより資材の割り振りを開始するので、順次受け取りに来てほしいとのことだった。
ただし十五号船を除く五隻で割り振った担当区画の長さは三一四メートルあり、縦パイプ五本分つまりトラス四面分を作るのに必要な資材は、パイプ八一九本など一二トンに及ぶ。これを七日間で作れとの仰せだ。八日目に全てをガッチャンコと連結して、ニッターを噛ませる手筈とされた。
とはいえ、七日間よりも早く作ればあとは休暇だ。そのことに気は逸るが、安全第一、品質第二、生産第三だ。
通信を受け取ったあと十七号船は早速、資材や必要な工具や機械を受け取りに行くことにした。リアクションホイールの回転音が鋭く鳴り、スラスターを軽く吹いて、安定した円軌道から長楕円軌道に遷移した。高度を落とすためだ。
「さーて、こいつをどう組み立てっかだけど、なんか意見ある人」
操船中の船長が、ロリエ、サルバ、グーンに声をかけ、意見を促した。言いつつも船長は近地点で軽くスラスターを吹かして、資材が並ぶ周回軌道に一発で乗った。そのさりげない高技量を見せたのは船長ばかりではなく、他の船も全てであった。グーンにはまだ真似できそうにもない。
「いつも通りでいんじゃない」
「ロリエ、新人が居んだから、いつも通りじゃぁ説明不足だぜ」
「……船の連結アタッチメントを起点に座標固定して作業して、まずは形のままに組みあげて仮締めしたあと、ワイヤーで整形しつつ本締めする工法」
「いいと思いまぁす」
「お任せするッス」
「んじゃそれで。資材受け取りん時に、必要な工具や設備を申告すっから、それまでにリストアップ頼むな」
「了解」
資材は事前に現地入りして、すでにパイプ五〇〇本や接手一六七個などをまとめた七トンのパッケージにまとめられて、周回軌道上にずらり二二〇パッケージが貨物列車のように連結されていた。届けた配送業者も心得たもので、七トンという数字はニッターへの資材補給単位だ。
船は十五号船の取り仕切りのもと、パッケージをひとつ受け取った。ロリエにリストアップさせた工具や設備も支給された。
パッケージは船のロボットハンドで保持され、船は資材の軌道を離れていった。向かう先は実際に組立を行う地点、すなわち小惑星の赤道上空、高度四三五メートルの周回軌道だ。
「そんで人員配置どうすっかな」
またもや操船中の船長が話しかけ、その場で色々決まっていった。
朝勤の間は、組立:船長(とグーン)、補助:ロリエ(とサルバ)、操船及びアーム:ロリエ。
昼勤の間は、組立:エリス(と船長)、補助:ソフィ(とロリエ)、操船及びアーム:なし(ロリエ)。
夜勤の間は、組立:グーン(とエリス)、補助:サルバ、操船及びアーム:なし(ソフィ)。
「なんかロリエ先輩の負担がハンパない気がするんスけど」
「カラダ動かすわけじゃないからアタシは平気だよ」
「そう仰んなら良いんスけどね」
「よし、そんじゃロリエを除いて外に出んぞ。チャチャっと用意済ませて休もうぜ」
「了解」
三人はロリエに船を預けてエアロックから外に出て、準備を始めた。〇八〇〇の始業と同時に、ソフィとエリスが快適に仕事を始められる環境づくりという奴だ。
まずグーンは、サルバから手鉤棒のレクチャーを受けた。船長とロリエのドールはその間にも、、使用済みの固体ロケットブースターを取り外して、空いた場所に積荷の資材パッケージを固定したり、作業ネットの準備をしたりと、着々と仕事を進めていった。
手鉤棒が何なのかは、グーンはすでに船の中で聞いていた。現在は現物を前に実際の使い方を習っていた。とはいえ、使い方自体は簡単だった。
『これが手鉤棒だよ。この先端でどこかを引っかけたり、押したりするんだよ』
『へぇ、案外単純なんスね』
『使い方は単純だけどな、使いこなし方は奥が深いぜー。持ち手の親指に付いてるスライド引きながら、何もない所に向けてブンって振ってみな』
『ウッス。おおう』
グーンがその手鉤棒のスライドを引きながら振ると、先端部分が約十メートルほどにも伸びて、限界に達したカツンという感触の後シュルシュルと巻き戻ってきて、ちょっとした刀の鍔のように段差になった部分にバシッと当たって、手に衝撃が伝わった。
次にスライドを引きながら伸ばして、伸びきったところでスライドを戻すと、その長さで固定された。再びスライドを引くと、シュルシュル、バシンと戻ってきた。
これは、お若い方は知らないだろうが、昔祭りの夜店に売っていた「ペーパーヨーヨー」とか「巻き戻し紙」とか呼ばれた玩具と同じ構造だった。ただ、鋼板を使って頑丈に作ってあって、伸びきった位置でのロック機構が付けられただけに過ぎない。ロック機構とスライドは、巻き尺でお馴染みだ。
ちなみに目盛もついていて、巻き尺としても使えるようになっていた。
『これは……動きだけでも面白いッスね』
ピッ、シュルシュル、バシンと何度か遊んでから、グーンはそう評した。
『だろ? んでその手鉤棒で、引っ張ったり押したりすれば、モノを移動させたり自分が移動したり出来るって訳だ』
『やってみていいッスか?』
『おう、邪魔になんねぇようにな』
手鉤棒は、伸ばしても縮めてもそれほど力をかけられる構造ではなかった。なにしろ力が伝達する経路が、巻いた鋼板越し、つまりゼンマイ越しと同等なのだ。しかし無重力空間ではそれで充分だった。それにロック機構さえ働かせてしまえば、引っ張り強度は思っていたよりもあった。逆に伸びた状態での押し込み強度は想像通りほぼなかった。
そしてこれ自体が鋼板のカタマリでもあったので、それ自体が結構な質量を持っていた。
『ほっほーぅ』
グーンは伸ばした手鉤を船のフレームに引っかけて、グルリと一周回って戻ってきた。推進剤は一切使っていない。もう一周してくると、先ほどより短時間で戻ってこれた。
『これ面白ぇッスね!』
『気ぃ付けろよぉ。そんなんでも、ブランコの係数励振とかいう現象使うと、二〇メートル毎秒以上のスピード出せっかんなぁ』
『う……了解ッス』
遊んで調子に乗りすぎて宇宙の藻屑になるのは御免だ。グーンは手鉤棒を命綱の範囲だけで使うことを肝に銘じた。
次は、船長とロリエの準備に合流して、作業テントなるものの展開を見せて貰った。
これはコの字型の鋼線フレームに布を張ったもので、原理は折り畳みレフ板や、ポップアップテントと同じだ。中の鋼線の復元力で勝手に展開し、撤収時は巻くように折りたたむ。
展開を終えたロリエドールに、グーンは質問した。
『この作業テントを使う意味って何スか?』
『デブリ防止だよ』
『防止ッスか? 防御でなく?』
『間抜けな作業員がボルトをポロリしても、これなら遠くに行かないだろ』
『ああー、なるほどッス、アザッス』
ロリエは相変わらず言葉が少ないなとグーンは思った。最初からデブリ発生防止と言えばいいのに。
作業テントは縦三メートル、横六メートル、高さ三メートルほどの大きさで、高さの真ん中ほどの位置に横、縦、横の三面にわたってコの字型の切り込みが入っていた。察するにこの切り込みに組み立て済みの足場パイプをくわえ込み、外にいる補助によって差し入れられるパイプを組んで、仮締めしていくのだろう。
グーンは傍らのサルバに質問した。
『これって、中の作業者より外の補助者のほうが大変じゃねッスか?』
『だから新人が中で組み立てんだよ』
『ああ、なーんか変な人員配置だなって思ってたんスよ』
『今回の仮締めは、レンチ使わねぇでも手で締まる程度のトルクだからなー』
『パイプ長さの調節もやって貰えるんスかね?』
『そりゃ作業テントの中の仕事だよ、オムイチくん』
『そんな甘くねッスね、了解ッス』
設計図によると、スムーズな球面を形作るための処理として、ところどころパイプが短くなっている部分がある。そういう所では、指定の寸法にパイプを切断加工するラチェットパイプカッターという器具が役に立つ。当然借り受け済みだった。
おおむね準備はできただろうという船長の判断が下り、四人は船に戻ることができた。
戻った時には〇四四〇となっており、第二食の時間を過ぎてしまっていた。しかし夜勤の三班にとっての残業はこれで終了で、朝勤の一班にとっても後の仕事は引継ぎまで船の保守くらいだ。少々遅れたくらいで目くじらを立てる者はここにはいない。
「第二食、準備急ぎま……」
「出来てるよ」
「ありゃアザッス、ロリエ先輩」
「サンキューな、ロリエ。早速食べようぜ」
「じゃちょっとトイレ行ってきますんで、お先にどうぞ」
グーンは乗務員室に降りて手早くハードスーツを脱ぎ、着替えを持ってトイレに入った。オムツ交換、用足し、清拭を次々と行い、ジャージ姿でトイレから出た。ウェットティッシュで手を拭き清めたら、すぐに食事だ。
食後の片付けの後、グーンは日報とともに今日学んだことをノートに書いた。約二か月の本社屋での勉強の間に、エリスから勉強の方法というものを少し聞いていたのだ。曰く、自分にしか理解できない書き方でも構わないから、とにかく聞いたり体験したことを書き残しておくのが大事、とのことだった。グーン自身は三日坊主で終わりそうだなぁと軽く考えていた。
さて、時刻はもう〇六〇〇、二班起床の時間だ。
ソフィもエリスも目覚めは快調な様子で、ぐずったりせずすんなり起きてくれた。グーンは事前に温めておいたコーヒーを二人に勧め、自身は寝袋に向かった。
しかし船内に船長がいる状態で、先ほどまでソフィが寝ていた寝袋に入れば、その者は酷い嫉妬のプレッシャーに晒されるだろう。グーンはとても入る勇気はなかった。
三つ並んだ寝袋のうち、サルバはエリスの寝ていた寝袋に潜り込んでいた。ああ、コーヒーを温めなんてしていなきゃ、出遅れなかったのに。
「今日はこっちで寝っからなー、おやすみぃ」
「えー先輩、エリっさんの寝た直後の寝袋で、オナニーしないでくださいよぉ?」
「お前までそんなこと言うのぉ? 誰も信用してくんねぇよなぁ、俺悲しいなぁ」
とか言いながら、しばらくしたらサルバはトイレに流れていった。グーンはついにエリスがサルバのオナペットとなったことに、責任を感じていた。とはいえ、既にエリスはグーンにとってのオナペットでもある訳で、ま、今さらだよなと開き直ってもいた。そこらへんグーンはクールなのだ。
今回からは無重力での睡眠となるので、エアコンで換気されない寝袋の中の酸素濃度低下に気を付けなければならない。空気よりわずかに比重の重い二酸化炭素が、寝袋から勝手に零れ落ちてくれることを期待してはいけないのだ。顔を引っ込めないように気を付けながら寝ないとな、とグーンは気を引き締めた。
潜り込んだロリエの寝袋は、消臭スプレーの薬品臭がした。しかしその奥にグーンは、祖母とも実姉ともエリスとも違う、人生で四例目の女性の体臭と、頭が重くなる血の香りを嗅ぎ取っていた。失礼だがこの血の匂いは正直苦手だ。
寝袋から顔を出して外気を吸いながら、グーンは眠りに落ちた。
次話は、第五〇話 手作業での足場組み(足場組み、暗算、筋力)です。
※資材量、重量その他色々計算間違いをしていたので、修正しました。




