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第五話 始業前点検(船説明)

前話は、第四話 新人歓迎会(一発芸、先祖、風呂)です。

「おはようございまーす」

「おざーす」

「船長、挨拶はちゃんとする!」


 現在時刻〇九三〇(マルキュウサンマル)、十七号船格納庫前の路上。

 出勤そうそう、ソフィに小言を言われる船長を尻目に、十七号船のクルーはほぼ同時に集まった。

 もっともそれも当たり前で、一緒に住んでいる船長夫妻のほかは、全員独身寮なのだ。起床時間も朝食も一緒なので、時間がずれるほうがおかしい。


 船長はすでに赤いハードスーツを着こんでいて、一人だけ器用に缶コーヒーを飲んでいた。さすがにヘルメットは着けておらず、くすんだ金髪のジーアイカット頭が見えていた。

 グーンとエリスにも会社から貸与されたハードスーツがあったが、会社の敷地内にいるうちから着こむことはしていなかった。というか普通はしない。動きづらくて着ぶくれして衝突しまくって迷惑をかけるに違いないからだ。


 ソフィは、身体のラインがモロに出る銀色無地のソフトスーツに、ポケットのいっぱいついたベストを前を閉めずに羽織っていた。ストレートボブの赤毛が風になびいてサラサラしていた。

 一方サルバはといえば、寮で着替えている時は確か、色とりどりのスポーツタイプソフトスーツだったはずだ、とグーンは記憶していた。しかし今サルバはその上に衣装を着こんでいるようで、妙に丈の短い黄土色の上着と、妙に太ももが太い同じ色のズボンを履いていた。中世の乗馬ズボンだろうか?

 ロリエは、会社のロゴ入りの青いボア付き化繊ジャンパー、通称ドカジャン姿だ。ただし超ロングで脛まで丈があるため、中は見えない。

 そして新人のグーンとエリスは、安定のジャージだ。


「全員揃ったな。んじゃ積み込みすっかー」

「じゃないでしょ、船長!まず仕事の説明じゃないよ」


 慣れた感じの船長の声に、ソフィの突込みが入った。

 船長は何か間違った?とでも言いたげな視線をソフィに送った。


「えー、いつも通りのいつもの仕事だろー?」

「いつも通りだけど、新人がいるんだよ?」

「あそっか、ちっ面倒くせぇなー」


 もうこの会話だけで、船長夫妻の力関係がうかがえるというものだ。ついでに性格もうかがえる。

 船長はハードスーツのゴツい手袋で器用に頭をかくと、手近なコンテナの上に伝票を並べ始めた。

 苦笑いを浮かべることしかできない新人二人と違って、先輩二人はいつものことのようにすまし顔だった。


「んじゃ説明な。入社式の前日まで、俺らはここで三週間ほど足場工事してた。今日の仕事もここだ」


 そこにはメインベルト内の小惑星の名前が記されており、港湾ビル建設工事(一)と書かれていた。


「仕事の内容は、微小重力下の足場組み。チームは十五号船から二十号船までの二人ずつ計十人体制。資材はすでに搬入済みだから、俺らは身一つで行けばいい。天気予報ではずっと晴れの予報。ここまでで何か質問は?」


 え、何を質問していいかわからない。何がわからないかわからない。

 そんな感じにグーンが呆けていると、エリスが質問してくれた。


「船長、この仕事の納期はあとどのくらいですか?」

「ん、一週間かな」

「その納期は、あたしたち新人が入っても達成できるんですか?」

「あー、そういうことな。新人全部で八人いっからなぁ、うーん、ソフィどぉ?」


 船長が船員に説明丸投げしたよ!


「大丈夫、もちろん織り込み済みだよ。本気出せばあと二日って程度だから、今回は新人のいないバディに頑張ってもらって、新人いるバディはほどほどでいいんだよ」

「だってよ」


 そんな船長の言葉を受けて、二人の先輩が揃って目元を手で覆いながらため息をつき、そのうち男性のサルバが口を開いた。


「だってよじゃないっすよ船長……」

「お前そういうけどな、ソフィが一番のベテランだし一番把握してんだぞ、適材適所って奴だよ」


 そう言いながら船長は、ゴツい手袋で伝票を片付けて封筒に戻していた。

 そんな中、エリスが質問をした。


「すいません、バディって何ですか」

「ああ、他の言い方なら、そうだね、相棒かな。仕事で行動する最小単位だよ」

「なるほど、ありがとうございます」


 エリスへの回答が済んだソフィは、改めて口を開いた。


「改めて班の説明な。朝勤の一班は船長とロリエ。昼勤の二班はアタシとエリス。夜勤の三班はサルバとグーン。これでいくよ」


 班を説明したソフィに続けるようにして、船長も口を開く。


「んでよ、確かグーンは航宙機操縦免許持ってて、エリスは持ってないんだよな」

「はい、そうッス」

「はい、すいません」


 船長の質問に俺とエリスが答えたが、エリスはなんか申し訳なさそうだ。


「ああ、謝んなくていいって。そのうち取ってくれりゃな。それじゃ操船スケジュールどうすっかな」

〇八〇〇(マルハチマルマル)は過ぎてるから、今はもう本当は二班の就業時間なんだけどさ、せっかく新人の初仕事だから後ろで解説してあげたいねぇ」

「となっと、新人のいない一班が出発と到着をやったほうがいいな」


 船長とソフィが班のスケジュール割を話し合った。

 やっぱり新人が職場に入るのは、普段の流れをさまたげるものらしい。


「んーロリエ、一班が時間外出勤扱いで出発を担当して、中休みで二班と交代。寝て起きたらすぐ到着操船のため早出。ってことで、時間外プラス早出ってんでどうよ?」

「アタシはそれで構わないよ船長」


 ロリエが了解した。次いでサルバも口を開いた。


「そんじゃ二班は半ドンで、三班は?」

「あー三班は一応フルな。桟橋係留の後は休んでてもいいけど」

「了解っす」


 サルバも了解した。


「んじゃそれで行っか。一班に時間外手当ぶんねじ込めてラッキー」

「そのぶん二班が仕事減ってんじゃないか。家計は共通なんだよ?」


 船長とソフィが軽口をたたいた。打合せ終了っぽい雰囲気だ。


「新人、七泊分の荷物ちゃんと持ってきたか?」

「はい、寮で最終確認したッス」

「私も確認しました」

「うし、そんじゃ荷物積み込めー」


 十七号船の格納庫に入り、グーンはいよいよその船体を拝んだ。


 十七号は乗組員定員六名四十トン積みの小型作業船で、化学推進のトラスフレーム船だ。色は白。キッチン・トイレ付き、シャワー無し。

 居住ブロックとエンジンブロックばかりが目立ち、その間を細いトラスフレームが繋いでいるだけの、シンプルかつ頼りない姿だ。

 居住ブロックは、駐機時総床面積一〇・四平米。ただし加速重力船なので、運行時は一階五・二九平米、二階五・二九平米、三階一平米の、総床面積一一・五四平米に変化する。

 すでにその積載量は、水十一トン、化学燃料十トン、酸化剤十五トン、宇宙服六人分計九百キロ、人間六人分計四百キロ、レトルト食六人四食十四日分の計百六十八キロ分の、計三十七トン半で埋まっていた。

 もっとも、万が一のために多めに持っていくだけなので、半分残しで帰還することになるだろう。


 船の側面に、カラフルな縁取りで文字が書いてあったのを見つけた。……パンパース、甘やかし共、か。


「先輩、なんで甘やかしなんて書いてあるんスか?」

「あ、これか?んー、ソフィ姐さん知ってます?」


 グーンはサルバに質問したが、先輩も知らないようだった。ソフィがその質問に答えてくれた。


「これなー。昔この会社の社長が初代のメリー社長の頃にな、この船でひどいイジメがあったんだってよ。んで頭にきたメリー社長が、この船にパンパース(甘やかし共)号ってニックネームを付けたってわけだ」


 ふーん、じゃ俺たちは甘やかされっ子、だな。グーンは独りそう考えた。


 新人二人は先輩たちに続いて船のエアロックに潜り込み、ひとまず手荷物を持ったままキャビン(乗務員室)に集合した。

 いろいろな備品が横倒しになっていた。キャビンの壁には段ボール箱が縦に積み重なり、テーブルに至っては壁から生えていた。グーンはそれを加速重力船特有のものと理解できていたが、エリスは目を丸くしていた。

 キャビンの壁は六面ともカーペットに覆われ、そこに三十センチ×二十センチほどの板状モニターパッドが貼り付けられていた。

 キャビンの向こうにはコックピット(操縦室)があり、壁のモニターの倍の大きさのモニターが付いていた。


 クルー六人全員がキャビンに集まると、かなり手狭だ。船長が口を開いた。


「現在時刻〇九四五(マルキュウヨンゴー)は本当は二班の番だけど、一班の俺とロリエが一三〇〇(ヒトサンマルマル)まで担当して、ソフィたち二班と交代する。そんかわりメシの準備は頼むな」

「あいよ」


 ソフィの返事を皮切りに、船長とロリエは仕事モードに切り替わった。


「じゃ早速やっか。俺は起動チェックリストやっとくから、ロリエは出航手続き頼む」

「了解」


 船長はキャビン前方にあるコックピットの正操縦席に座った。副操縦席はその真上に逆さまに設置してあるので、微小重力とはいえ座るのは難しいため、ロリエはモニターコンソールだけを使って通信を始めた。


「港湾コントロール。こちらメリ建十七号船メリケン・セブンティーン担当カオです、応答願います、どうぞ」


 船長とロリエが慌ただしく動き始め、新人は邪魔にならないような位置に移動して見学した。


 十七号船のエンジンに火が入り、アイドリングの振動が伝わってきた。


次話は、第六話 初出航(航路・船舶、放送、食事)です。

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