第四六話 急な長期遠征(感染症、船舶整備、航路・航海)
前話は、付録 手ひどいネタバレを含む、主要登場人物紹介と時間割です。
朝が来た。今日も今日とて本社屋で勉強会かな。
そう考えていたグーンは、出席した朝礼で船長に告げられたことに驚いた。
「えー、急な話だが、本日一四〇〇出発で、遠征の仕事が決まった。仕事内容は、バナール球型鉱山炉の新規建設第一期工事の、足場組立だ。今回の遠征は約二か月の長丁場になる予定だ。よって本日の勤務は本社屋に行かず、出発準備に充てるように」
拘束時間が二か月! しかも当日に告知して、当日に出発というのは、いくらなんでも急すぎやしないだろうか。
グーンがそう思っていると、ロリエがまさにその質問をした。
「急な出発になった理由は?」
「……二号船の連中が、どっかでインフルエンザ貰ってきたんだとよ」
「あちゃー、それで浮いてるウチらが出動って訳っすか」
サルバが船長の言葉を引き継いで、あえてセリフにした。きっと新人二人への説明を兼ねているのだろう。ロリエ自身は苛ついた顔つきをしていた。
インフルエンザ。それは人類が地球だけに生息していたころからの、歴史深い伝染病だった。感染力は非常に強く、どこからか紛れ込んだインフルエンザウイルスがしばしば世界的レベルでパンデミックを引き起こす図式は、宇宙時代になっても変わることがなかった。
感染から発病までの潜伏期間は幅はあるが一日から五日間。その後三日から七日ほど症状が続く。
むしろ建物や宇宙船という閉鎖空間は、日頃から気温摂氏二十度、湿度五十パーセントで固定されているため、その環境に適応したウイルスの温床となり得たからだ。
ウイルスの温床となった空間は、真空暴露により空気ごと宇宙空間に捨てられるのが常だったが、ところがウイルスという連中は非常にしぶとく、真空暴露されても、太陽風に吹かれても、紫外線を浴び続けても、どこかで宇宙服にくっついて生活エリアに侵入しては増殖していた。
だから宇宙空間に出る前と出た後は、宇宙服を火炎でなぞって滅菌消毒する、ベーキングという手法が本来は推奨されていた。とはいえ、そんな手間と金と資源のかかる面倒を嫌って、普通に出入りしているのが現実だ。燃えやすいカーボンファブリックを使ったソフトスーツの普及も影響しているだろう。万が一のリスクより毎日のメシなのである。
そんなわけで、宇宙時代に至ってもインフルエンザの脅威は相変わらずだったのだ。
「どこで感染したかの情報は?」
「遠征明けの休暇の最終日に感染発覚したから、休暇中のどこかだろうよ」
「あーらら、んじゃそれ以前から寝込んでたんだなぁ、可哀想に」
インフルエンザの感染を知るには、ある程度身体にウイルスが蔓延してからでないと測定できない。具体的には発病して一日経たないと測定薬に反応しない。そしてその時にはもう立派な感染源になっているのだ。
「インフルエンザじゃ大型船使う訳にゃいかねぇもんな、仕方ねぇ判断かもな」
メリケンは大型船を二隻、小型船を十八隻所有していて、一号船と二号船は同じく定員四十名の大型船だ。六名乗船の小型船だと六隻必要なチームの移動が、たったの一隻でまかなえるという、非常に効率の良い船だった。
メリ建のシフト制は三交代制と決められていて、それぞれのシフトは監督一名、副監督一名、作業員十名で一単位となって、有機的に連携して業務を行えるようになっていた。同じ船に乗り組むクルーを縦の繋がりとするならば、違う船の同じシフトは横の繋がりとも言える。まして一号船や二号船のように同じ船の同じシフトとなれば、繋がりはいや増していた。
このような大型船の内部は、通常時はとても良いのだが、いざアクシデントが起こると、船内全員に影響が及ぶことも特徴だった。だから今回のようなインフルエンザの疑いのある者が出た場合、大型船を使わないという選択が第一にあがるのだ。何しろ閉鎖空間で大部屋なので、一人の感染症が船員全員に蔓延しやすいのだ。
その点十七号船のような小型船は、効率の良さでは劣るが、もしもこれらの船の中からインフルエンザ発症が起きても、その船の六人を隔離するだけで感染がブロックできる点で、優れていた。
つまりどちらにもメリットがありデメリットもある関係というわけだ。
このような都合により、二号船の仕事の穴埋めは同型船の一号船ではなく、小型船団を組む十五から二十号船のグループに割り振られたのだ。
「まぁ二号船のインフルエンザの心配はするが、その前に仕事の心配だ。施主に迷惑かけないように、俺たちがフォローしないとな。
ということで出発は一四〇〇、担当は昼勤の二班。以後いつも通りに勤務する。
到着は、片道六十時間だから、えーと、三日後の一二〇〇となる」
「ライフリー、〇二〇〇だよ」
「訂正、三日後の〇二〇〇到着となる。
特に夜勤の三班は一六〇〇に勤務開始してからは、翌〇六〇〇まで眠れないことになるので、今のうちに睡眠をとっておくように。他の者は出発準備を行うように。以上、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
さて、夜勤三班は一四〇〇の直前まで睡眠をとることが求められた。しかし。
「眠くねッスよ先輩」
「そりゃそうだよな、さっき起きたばっかだもん」
彼らはまさか昼勤の勉強会がなくなるとは思わずに、〇六三〇頃に起きたばかりなのだ。〇八〇〇の現在に眠くなるはずがない。
手持無沙汰になった二人は、結局出発準備を手伝っていた。多少でも身体を使えば眠くなってくれるかな、という期待を込めての行動だ。
しかし普段から鍛えている二人の肉体は、眠気を跳ねのけていた。
これはこれで困ったもんだなとグーンは感じていた。
そして昼食である。彼ら六人のクルーは現在、十七号船格納庫内で弁当を食べていた。誰がインフルエンザを保有しているか知れないため、遠征を控えたクルーは食堂で採ることを禁じられたのだ。
食堂で作られた弁当であるので、保存食と違って手間がかけられているのはちょっと嬉しかったが、にぎやかな食堂がちょっと羨ましかった。
「おう、十五号船からタイムスケジュール来たから発表しとくぞ」
口をもぐもぐさせながら船長が言った。お行儀が悪い。
初日一四〇〇、出発。昼勤。
初日一五〇〇、SRB点火、一二〇〇米毎秒毎秒増速
初日一六〇〇、昼勤夜勤交代。
二日〇〇〇〇、夜勤朝勤交代。十時間経過
二日〇八〇〇、朝勤昼勤交代。
二日一六〇〇、昼勤夜勤交代。
二日二〇〇〇、推進ベクトル変更。
三日〇〇〇〇、夜勤朝勤交代。三十四時間経過
三日〇八〇〇、朝勤昼勤交代。
三日一六〇〇、昼勤夜勤交代。
四日〇〇〇〇、夜勤朝勤交代。五十八時間経過
四日〇一〇〇、SRB点火、一二〇〇米毎秒毎秒減速
四日〇二〇〇、到着。始業準備開始
四日〇八〇〇、朝勤昼勤交代。始業。
また三班がベクトル変更の勤務なんだな。この時間ならエリスも起きている時間だから、新人教習には都合が良いのかもな。スケジュールを聞いてグーンはそう思った。
これに対してエリスから質問が上がった。口の中のものを飲み込んでからの発言だ。お行儀が良い。
「SRBって何ですか?」
「あー、そっか、知らねっかぁ。……グーンは知ってっか?」
「はい、おおまかには」
「じゃグーン、説明しといてくれ」
おわ! 船長の丸投げ癖がついに俺にも来ちゃったよ! グーンはびっくりした。
ソフィは船長を睨んでいるが、口は出さないということは、グーンに説明させるということに賛成のようだ。
「エリっさん、説明させて貰うッス」
「は、はい」
「SRBってのは頭文字をとった略字でして、サブ・ロケット・ブースターって意味ッス」
「ソリッド・ロケット・ブースターな」
「あ! そう、ソリッド・ロケット・ブースターッス」
「固体ロケットブースターと補助推進システムを混同しないようにな」
程度の知れてしまったグーンの知識に、ソフィは突込みを入れたが、説明自体はまださせる方針のようだ。
「で、その固体ロケットブースターを使うと、一時的に大推力が使えるようになるんスが……あれ? なんでわざわざ使うんスかね?」
「え、速くなるんでしょ? 早く到着できれば、そのぶん生命維持関係の重量を節約できるって」
「や、固体ロケットって推力だけはデカいんスけど、そのぶん重いんスよ。だから節約目的には適さないなーって。ソフィ姐さん、なんか知ってます?」
グーンがソフィを向いて、説明の説明を希望した。
「使用期限間近なんだよ、そのブースター」
ソフィは呆れ顔でため息までついて説明を始めた。この反応は、説明できなかったグーンに対してではなく、そんな理由でペイロードを削る決定をした整備と監督の判断に対して、呆れているのだろう。
「……思ったより生臭かったッスね、使う理由」
「まぁな」
そして食後。
「眠くねッスよ先輩」
「まいったな、全然眠くなんねぇや」
食事をとれば眠くなるかと期待したが、そのような様子はひとつも感じられなかった。
グーンもエリスも、普段借りている訓練用ハードスーツを着用済みだし、改めて倉庫管理員に貸出票を提出し直してきてある。個人用荷物もバッチリ持って来てある。今回は長丁場なので、お風呂セットも持って来てあるくらいだ。
推進剤、酸化剤、保存食などの消耗品や、現地で使う工具一式については、倉庫管理員たちの管轄だ。エンジンの暖気や始業前点検などは整備員の仕事だ。資材は別の業者が工場からの直送で現地に配達していることだろう。
そんなわけで彼らには仕事がなかった。
「そんなにヒマなら、操縦席で着座訓練でもしてなよ」
ソフィがそう提案してきたので、グーンは言われた通り着座訓練を開始した。確か入社九日目での記録は、約三分だった。日頃の地獄の特訓の効果は現れるだろうか?
サルバ、エリスとともに船内に入って、実際に操縦席に着座してみた。
「おお……?」
以前までは引っかかっていた手や足の外し方、障害物からの避け方が分かってきたのか、そのタイムは約一分だった。大幅なスピードアップと言えた。
エリスもまた同じように着座してみて、約二分で着座完了できていた。
「おおー」
「や、グーンより遅いし……」
エリスは謙遜しているが、その前は五分以上かかっていたのだ。自分も含めて、二か月でここまで伸びるのか、とグーンは少し感動していた。
「それにしても、あんまり荷物積まないモンッスねぇ」
グーンは乗務員室をぐるりと見回した。
前回の遠征では、七日間でもキャビンがいっぱいになるほど段ボール箱で溢れていた。しかし今回は二か月なのに、むしろ少ない。
「そりゃ追加の物資が届くからだよ」
「ああ、なるほどッス」
「え、すいません、話がよくわかんないです」
船から降りながらサルバが軽く教えてくれた内容を、グーンは理解できたがエリスは理解できなかったようだった。
サルバは丁寧に教えてくれた。今回は現地まで往復できるギリギリの食料しか積んでいないから、だから荷物が少なく見えるんだ、と。
足りない分は現地調達となるとも話してくれた。
船の積載重量は決まっている。この船だと四十トンだ。このうちどれだけを人間や荷物に割り振り、どれだけを推進剤や水に割り振るかは、船長の裁量に委ねられていた。もっとも船長自身も、監督からの参考通達で物資割り振りを決めているようだが。
今回のような遠隔地への遠征では特に顕著だが、積載していく推進剤と酸化剤と水の量は、出発地から目的地まで往復できる量とするのがセオリーだった。片道ぶんしか積まないと、もし途中で事故があり引き返すことになった時、帰還不能に陥る危険があったのだ。
だから積載重量に割く優先順位が上位なのはこれら推進剤、酸化剤、水だった。その次に大事なのは人数だ。そこから食料、その他生活必需品と続き、最後に仕事道具となる。もっとも目的によって順番は前後する。今回は食料が減らされた訳だ。
今回の航海は片道六十時間程度と見積もられていた。だから保存食は往復五日間×一日四食×六人=二四〇食、一二〇キロしか積んでいない。その代わり補助ロケットブースター二トンを二本装着して、それぞれ推進剤十一トン、酸化剤十五トン、水八トン、人間と宇宙服合計一トン半、合計三十九トン半に及んでいた。
当然だがこの量では現地に到着することしかできず、とても二か月間を過ごすことなどできない。だから先ほどの話の、現地調達ということになるのだ。
エリスはそんなサルバの説明を聞いて、素直な疑問を言った。
「へー、そうだったんですか。でも酸素や水や食料はともかく、燃料なんかも手に入るんですか?」
「いつもはクライアントが小型タンカー呼んでくれてんだよ」
「タンカーってあのタンカーですか、豪快ですね……」
「いや、大型じゃねぇよ? 小型だかんな? それにウチだけじゃなくて他の業者の分も含んでんだからな?」
タンカーとは、地球にあった油槽船と同じく、宇宙での油槽船のことだ。
メインベルトで一般的な燃料である炭化水素は、プラントでも生成されているが、主には採掘によって供給されている。小惑星によってはメタンという形で内部に蓄えているものもあり、それを採掘するか、鉱山炉で丸ごと溶かして分離精製するかで入手するのだ。
そしてそれを、遠隔地から都市圏に輸送するのがタンカーだ。
大型タンカーは大きくて重い船体を効率よく輸送するため、どこかの大型惑星でスイングバイ慣性航行するのが普通だ。メインベルトでは伝統的に火星が使われていた。そのためタンカーは無人で、しかも運用計画は数年がかりで考えられるものなので、とてもではないが突発的にチャーターなど出来る代物ではない。
しかし弱小鉱山炉所有がほとんどである小型タンカーは、むしろこういう大型タンカーの手が及ばない場所での仕事が主だ。推進剤と酸化剤と水を積み込んで、ついでに生活雑貨を積み込んで、動くガソリンスタンドとして商売するのだ。
どちらが上等でどちらが下等という話ではなく、どちらも重要なライフラインであったが、一般人の持つタンカーのイメージと言えば大型タンカーであることも、また事実であった。
そんな話をしているうちに、出発時刻一四〇〇まであと三十分となっていた。今やサルバ、エリス、グーンのいる船内に、ライフリー、ソフィ、ロリエの三人も荷物とともに乗り込み、発進チェックリストを読み上げていっていた。
モニターパッドで外の様子を探ると、整備員がエンジン暖機用のパイプを取り外して、あちこちをチェックしつつ、サービスパネルを閉めて封印する様子が見えた。しかし例のあの整備員コンビではなかったようで、グーンは顔を見知った相手がいなかったことに少しだけ寂しさを持った。
「港湾コントロール。こちらメリ建十七号船担当ユニッヒアルム、応答願います、どうぞ」
ソフィの通信の声が聞こえた。この瞬間から、二度目の遠征が開始だ。
グーンは、二か月間で覚えた色々なことで船のクルーのお役に立って、今度こそ恩返しをと考えていた。
牽引車両によって桟橋に移動した十七号船は、管制とのやり取りのあとスラスターで重そうに浮き上がり、船舶用エアロックを通して宇宙に出た。初めての出発の時と同じ、極めてスムーズなやり取りだった。
もっともそれは、正操縦席に座っているソフィの力量のたまものだ。バディのエリスが座るべき副操縦席はいまだ逆さまで、彼女はまだ一切運行に関わっていなかった。
しかしエリスも船のことを学び、小型とは言え免許も取得して、知識も得た。それら学んだことを目の前で実演される機会を得て、ソフィのノウハウを急速に会得していった。
もちろんそれはグーンとて同じことで、彼もまた改めて学んでいた。管制とのやり取り、操作手順、操縦。ソフィの手順と自らの脳裏に描いた手順が、全く同じであることを確認していた。スラスターのラッパの音程と音量で、どちら側にどのくらい推進しているのかが分かるのは、やはり大きかった。
やがて船は水平方向への加速によって惑星周回軌道に乗り、遠心力で高度を上げつつランデブーを行い、六隻編成船団に連結する時間を迎えていた。
「エリスとグーン、外に行きな。サルバ、引率頼んだよ」
「了解」
順番にエアロックを使って外に出ると、すでに十五号船と十六号船は連結を開始していた。その通信のやり取りを聞きながら、三人は船首側に移動した。
『二人とも、周回軌道上で無重力だから、命綱はちゃんとかけとけよ』
『了解』
連結開始を待っていると、やがて十五号船と十六号船の連結が完了した通信が耳に入り、十六号船のクルーが現れた。二人現れたうちの一人は、真新しい純白のハードスーツを着ていた。
『十六号、こちら十七号。牽引のロープを渡します。どうぞ』
サルバがロープを十六号船に投げ渡し、少し古びたハードスーツがロープを受け取った。
『十七号、こちら十六号。ロープ捕獲に成功。フックよし、牽引準備よし。どうぞ』
『十六号、こちら十七号。牽引はじめます』
サルバはフックにかけたロープで引っ張り、足で十六号船を蹴り出し、だいたい二十秒程度で連結装置をガチンと噛ませた。
『連結装置連結成功、確認を請う、どうぞ』
サルバの声に、十六号船クルーが連結装置の噛み具合を確認した。
『十七号、こちら十六号。連結装置確認。ロープを離す。どうぞ』
『十六号、こちら十七号。連結手順全て完了。協力を感謝します。通信おわり』
その言葉に、十六号船の二人は緊張を解いたようにその場を離れた。しかしこちらは引き続き船尾に行かなければならない。
『エリっさん、頭ん中の手順と一致してたッスか?』
『うん、グーンは?』
『最後のロープを外すあたりを忘れてたッス。繋ぎっぱなしと勘違いしてたッス』
繋ぎっぱなしなのは、港の桟橋への係留時の話だ。グーンにとってここらへんは混同しがちで紛らわしいポイントだった。
さて船尾に移った三人は、今度は十八号船からのロープを受け取る側だ。もっとも受け取り自体はサルバがやるが、いつ何時サプライズ的に受け取りをやらされるか分かったものではない、とグーンもエリスも考えていた。その点でサルバは信用されていなかった。
だから受け取り側の手順を脳裏に思い浮かべて、それ通りに自らの身体を細かく動かし、サルバの動きと違っていた点を探し出していた。今回の相違点は、フックへのロープの掛け方だった。それ以外では一致していた。
『十八号、こちら十七号。連結装置確認。ロープを離します。どうぞ』
『十七号、こちら十八号。連結手順全て完了。協力を感謝する。通信おわり』
『うしっと、これで連結は完了。次はSRBの引き出しと安全装置解除だ』
固体ロケットブースターへの移動の合間に、グーンはサルバに確認を取ってみた。
『サルバ先輩、フックへのロープの掛け方なんスけど』
『おん?』
『船首側では半掛けで、船尾側ではあだ巻き掛けだったッスね』
『お、よく見てたなぁ、そうだよ』
『へへー』
フックへのロープの掛け方は、玉掛け技能講習で習っていた。グーンが思い描いていたフックへのロープの掛け方は半掛け(フックにロープを一度だけ通す掛け方)で、サルバが行っていたのはあだ巻き掛け(フックに複数回ロープを巻く掛け方)だった。それが相違点だった。
考えてみれば、ロープを渡した側は、向こうの船のフックにロープを半掛けで掛けている。これは船を引き寄せるためには、ロープがフックに力を伝達しつつ長さが変わらなければいけないからだ。一方、渡された側のフックでロープが滑るようでは、渡した側が細かく引っ張れない。だからこそのあだ巻き掛けだったのだろう。
ケースバイケースで最適なロープワークを行うというのは、船務も玉掛けも一緒なんだと、グーンは改めて納得していた。
『私わかんなかった』
『やー、いつ先輩から急に、お前やってみろ、とか無茶ブリされっか分かんないもんで、集中して見てたんス』
『え、俺そんなことしないって』
『嘘ッスね、俺知ってるッス』
『えー、エっちゃんなら信じてくれるよなぁ?』
『あ、いや、あははー』
『あらやだ、笑って誤魔化されちゃったよ俺』
サルバは船の底側に吊り下げる形で格納されていた固体ロケットブースターの取り付けアームを正規の位置に展開しようとした。
『二人とも手伝ってくれ、これ重ぇから』
『了解、ふぬぬぬぬ』
三人がかりでようやく持ち上がったブースターは、話によると約二トンの重さがあるそうだ。無重力空間でも質量は変わらずあるので、静止状態から運動状態にするには力が要るのは変わらないのだ。いや、ロック位置で運動状態から静止状態に戻すのに同じだけ力が要るぶん、苦痛は二倍だ、とグーンは一人思っていた。
展開してアームをロックしたあと、サルバはブースターに制御ケーブルを接続した。
続いて船の甲板側に回り、同じ位置にあったブースターを展開した。そして同じくケーブルを接続した。
『ソフィ姐さん、こちらサルバ。SRBの展開及び最終チェック完了。接続チェック頼んます、どうぞ』
『サルバ、こちらソフィ。接続チェック完了、異常なし。安全ピンを抜いてくんな、どうぞ』
『ソフィ姐さん、こちらサルバ。SRB一番の安全ピン解除。SRB二番……安全ピン解除。準備完了、どうぞ』
『サルバ、こちらソフィ。安全ピン解除信号受信。お疲れ。船内に戻っといで。どうぞ』
『ソフィ姐さん、こちらサルバ。了解、船内に戻ります、通信終わり』
エアロックから船内に戻った三人は、改めてソフィに報告した。
「ああ、ご苦労さん。あとは十五号船が集中コントロールするから、休めるね」
「でもここから六十時間の長旅なんスね、初めてッス」
「前の遠征と対して変わんないよ、安心しな」
やがて二十号船まで連結完了した船団は、周回軌道でタイミングを計って一斉推進を開始した。加速度一メートル毎秒毎秒で二一三八四〇秒の行程、約千二百万キロ彼方の場所まで。
次話は、第四七話 SRB点火(船舶、地球事情、運動)です。
※持参保存食量の計算を間違えていましたので、修正しました。