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第四五話 ソフトスーツ初体験(ソフトスーツ、排泄インナー、真空発汗)

前話は、第四四話 つまんない話(スーツ事情、金融事情)です。

 サルバと約束していたソフトスーツ体験のために、グーンは休日までに準備を重ねていた。

 まず自らの体のサイズの測定から始まった。

 本当ならショップに行けば、高性能な三次元スキャナーを使って、体の実測サイズとソフトスーツモデルとの照合から、各タブの最適なトルク数値を紙にプリントして貰えるのだ。

 しかしそのためには、貴重な余暇を消費してショップに行かなければならないこと、測定に三十分、計算に三十分、費用に五十ダラーかかることから、グーンは自分で計算する選択をした。

 なので仕事終わりに寮の部屋に帰ってからは、ソフトスーツのマニュアル片手に、体の各所をメジャーで計っては紙に書き留めて、マニュアルの膨大な数値表の中から目当てのトルクを探し出し、また別の紙に書き留めるという作業を、グーンは根気よく行っていた。


「どう考えても、金払って時間節約したほうがトクだろうによぉ……」

「そうかも知んないッスけど、いいんス、これで」

「五十ダラーをケチるために何時間かけてんだよ、これじゃお前の時給二ダラー未満だぜ」

「いいんですってば」


 サルバはそんなグーンの頑張りに理解を示すことはなかったが、グーンにとっては楽しかったので問題なかった。


 さて休日の前日夜の、共同大浴場である。グーンはここで、排泄インナーを装着する手筈になっていた。

 グーンはサルバから、排泄インナーの説明も受けていた。お互いに性病やインキンなどは持っていないことも確認していた。排泄インナー準備よし、アプリケータよし、麻酔ローションよし、ビニールチューブよし、心の準備よし。

 風呂場で局部と肛門、それと肛門内部まで指を突っ込んで洗い、いよいよ装着となった。局部用のインナーを裏返してカテーテル部分にローションを塗り、アプリケータを差した。アプリケータはちょうどカクテルマドラーのような形をしていて、なめらかで引っ掛かりのない形をしていた。ただし最大直径部で八ミリという大きさは、グーンをためらわせた。

 思い切ってズブリと尿道に差すが、麻酔入りローションを使っているはずなのに痛い。一度引き抜いて、ゆっくりと慣らしながら入れると、なんとかスムーズに入ってくれた。最大直径の部分は、陰茎内の海綿体と亀頭のつなぎ目のところで引っかかるように出来ているらしく、挿入しても自然と出てしまうことを何度か繰り返して、ようやく引っかかってくれた。

 次に肛門への挿入だ。こちらのアプリケータは大きなドングリのような形をしていて、最大直径部で三十ミリ。そしてやはりズブリとは行かず、徐々に慣らしてようやく入る大きさだった。もちろん引っかかりが上手くいかずに、何度か入れ直しになったのも一緒だ。


「おいグーン、装着できたか」

「はい、なんとか」

「そんじゃ耳の周りの毛ぇ剃れ」

「あそうか、それやんないとマズいっすね、了解ッス」


 シェービングフォームを耳の周りにたっぷりつけて、グーンは剃刀で髪の毛を剃り始めた。途中でサルバにちゃんと剃れているか様子を見てもらい、それを見たどこかの先輩が声をかけてきてくれたりと、ワイワイと進めていった。

 まぁとにかく全ての準備を整えて、グーンは意気揚々と部屋に戻り、今日の分の勉強を始めた。


 途中、尿意を感じたのでトイレに行って、実際に排泄インナーを装着した状態で排泄ができるのか、検証してみた。

 結果、いきまないと小便が出てくれないことがわかった。腹圧任せでダラダラと垂れ流す小便の出し方では出てくれないのだ。幸いグーンは若いので、小便の勢いに不自由しなかった。

 大便のほうは、普段通りのいきみ方で充分に出ることが確認できた。インナーに付着した大便の洗浄も拭き取りも、問題なかった。むしろ素肌よりも滑りが良いので、楽だったくらいだ。


 そうして次の日。


「サルバ先輩、電動インパクトレンチお借りシャス」

「……お前今何時だと思ってんだよぉ……近所迷惑だからもう少し寝てろ」

「えー、了解ッス……」


 現在時刻〇六〇〇(マルロクマルマル)。仕事のある日の起床時間ではあるが、もう一時間ほどしないとインパクトレンチの音を響かせるのには抵抗がある時間帯だった。

 その間にグーンとサルバは食堂で通常勤務の連中と同じ時間に朝食をとり、自室に戻ってソフトスーツを着直した。それだけの余裕がとれる時間に早起きしてしまったという訳だ。


 さてソフトスーツの装着は、当然であるがまずは着ることから始まった。

 幸いにもグーンとサルバの身長はほぼ一緒だった。正確にはサルバのほうが三センチほど高いが、ソフトスーツはその程度の誤差であれば吸収することができる構造だった。

 しかし体格は別だ。サルバはやせ形で、グーンは筋肉質だ。とはいってもタブの長さには余裕があり、タブのボルトを手で仮締めしてみた感じでは大丈夫そうだった。


 さてそれでは、とグーンはゴクリと唾を飲み、電動インパクトレンチを手に取った。

 電力で回転するモーターが内部のハンマーを打ち、その衝撃でレンチを回転させるというインパクトレンチという工具は、当然であるが人体に使うことを考慮されていない。その独特の音と衝撃が自分の身体にどう響くのか、グーンは楽しみなような恐いような複雑な心境でいた。

 インパクトレンチのトルクダイヤルを設定して、まずは右脚から締めてみた。


 ブォン、ブォン、ブォォガガガガ。


「ひー、恐ぇぇ」


 その衝撃は骨に響き、恐怖感を掻き立てた。同じトルクで締められる部分を次々に締めていく。右脚が終われば左脚、左腕、右腕、背中。トルクを変えて同じようにどんどん締めていった。締めるたびに骨に響き、身体がぎゅうっと締め付けられ、だんだん呼吸がしづらくなっていった。

 そしてフェイスガードだ。耳にかぶる髪の毛をどかしながらフィッティングパッドを皮膚に密着させて、その状態からずらさないように後頭部のタブを仮締めするのは、案外骨が折れた。それでもなんとか仮締めを終えて、インパクトをあてた。

 フェイスガードのタブを締めてみると、その衝撃は手足の比ではなかった。脳を直接揺さぶられる不快感と、髪の毛を巻き込みながら締まっていくジャリっとした音と痛み、締まるたびに固定される顎の関節とノドの気道。インパクトレンチの衝撃も相まって、どこか自らの手で人体改造を行っているような、不思議な恐さと背徳感を感じていた。

 ともあれ、これで全てのタブを規定トルクで締め終わったはずだ。グーンは耳のスピーカーのジャックにコードを差して、外部音声を聞ける体勢を作った。


「サルバ先輩、念のため確認してください」

「おう、待ってろ……大丈夫だ」


 その後は、サルバはグーンのハードスーツを装着していき、その間にグーンは補器類を装着していた。生命維持装置、推進装置、通信装置、念のための貼り付けディスプレイ。これらは前日のうちに会社の倉庫管理員から借りだしていたものだ。

 最後にグローブとソックスを装着した。これは加圧効果に加えて末端部加温効果のための装備だ。手首や足首に入った水袋によって、手の甲や足の甲に体温を伝達させ、指先の凍傷を防ぐのだ。もっともこれで足りない場合もあるので、電熱線も念のため仕込まれている。

 すべての装着を終えたグーンは、ソフトスーツの柄でサルバと誤認されることを避けるため、その上からジャージの上下を着た。スーツに土がつかないようにスニーカーも着用した。

 サルバもまたハードスーツを着終わっていた。


「そんじゃグーン、こっちも念のため確認してくれよ。かなり久しぶりだからな」

「了解ッス。……大丈夫ッスね」

「おう、そんじゃグラウンド行ってポール抜いてくるか」


 二人はグラウンドに来て、一番端にあったポールを抜いた。ボールは与圧環境下用の空気入りのものなので、宇宙空間では使えないので、置いて行った。


「外でも宙球すんなら、ボールどうするんスか」

「持ってきてあんよ、真空用ボール」


 サルバは肩から掛けたバッグを叩いた。確かにボールが入っている程度のふくらみがあった。真空用ボールとは、空気圧を使わずに同等の特性を実現した、プラスチックボールだ。二等辺三角形が組み合わされたような多面体になっており、フレームの剛性でボールの特性を実現していた。


 そして徒歩十分で、港湾ブロックの人間用エアロックに到着した。エアロック管制室に寄って、空間遊泳士免許証を見せて外出証を書き、外出の許可を得た。

 二人はエアロックに入って、エアロック管制員の指示に従って生命維持装置などのチェックを行った。

 エアロックの中が赤いランプに満たされ、ビープ音が鳴り出した。船や鉱山炉のエアロックと違い、港湾ブロックの空気ポンプは高性能なので、あっという間に空気は吸い出された。

 グーンはその間、自分の身体がわずかに膨らんだ感覚を覚えた。そしてフェイスガードグラスから聞こえてくる、パキン、パキンという減圧の音。ビープ音は急激にくぐもり、遠くなっていき、やがて完全に聞こえなくなった。

 ここまでの行程で、グーンはハードスーツを着ていた時以上の恐怖を感じていた。身を守るハードスーツという殻がなく、たった一枚のカーボンファブリックを介してすぐに真空という状況は、ひどくグーンの心を焦らせた。


『おいグーン、大丈夫か?』

『大丈夫ッスけど、恐いッスね、真空』

『あ、お前今冷や汗かいてんだろぉ、いったん減圧中断だ。凍傷になっから』


 言われてみれば、体のあちこちから湯気のような白い靄が出て、そのまま凍り付いていた。確かに寒い。

 サルバの通信により、エアロックには再び空気が充填された。身体の靄はその風圧に飛ばされて、エアロックの隅で再び液化して、そのまま水蒸気に転じたようで、どんどん消えていった。

 そして緑色のランプが点き、内部へのドアが開いた。


『すいません、ツレが発汗しちゃったので、ちょっとその辺で休ませて貰っていいっすか』

「はいはい、そちらの長椅子をお使いください」

『お手数かけます、お借りシャス』


 ソフトスーツにはいくつか弱点があるが、重大な順に言えば、排泄は一つ目に、発汗が二つ目に来る。

 ソフトスーツはハードスーツと違って身体の周りに空気の層がないため、汗はすぐさま沸騰蒸発して、潜熱を奪っていく。それが微量なら問題はないが、大量の発汗があると途端に凍傷の危険が深まるのだ。

 大量の発汗は、体温上昇、または緊張、もしくは体調変化によってもたらされる。これらはどれも危険なのだが、特に体調不良の冷や汗は、発汗が治まる条件が体調に左右されるため、ソフトスーツ使用禁止事項と免責条件には、病気など体調不良の際の使用を禁じる旨が必ず書いてあるほどだ。

 先ほどのグーンの発汗は緊張性の冷や汗であるため、緊張の原因を取り除くか、緊張しない心持ちにするかの二択となる。原因は真空への恐怖であるため取り除けないので、とにかくリラックスする以外ない。


 長椅子に座ってグーンの冷や汗が引いたころ、サルバは再度グーンに声をかけていた。


『どうする? また出てみるなら、今度は汗かくなよ』

『自分で制御できるモンじゃなくないッスか、発汗なんて』

『何言ってんだよ、ビビんなきゃいいだけの話だろ』

『無茶言いますね……うーん、もう一回だけ試して、駄目なら諦めるッス』

『よし、そんじゃ行くか』


 もう一度エアロック管制官に話をして、使用許可を得た。

 先ほどと同じように空気は抜けていき、同じように恐怖が心を満たす。しかしグーンは、とっさに空手の右三戦(サンチン)の構えをして、その特殊な呼吸法をした。気を丹田(たんでん)に落とすと、不思議と気持ちが落ち着いた。


『コォォォ』


 身体からはまた白い靄が立ち上っていたが、どうやらさっきよりはマシのようだ。

 手のひらにも汗をかくが、拳を握っているので周囲から温度を移せた。よし。

 完全に空気が抜けて外に出られるようになると、グーンは捻じ込みパイルとポールを外の地面に置き、サルバに断ってから空手の型を行った。

 型の名前は構えと同じ三戦(サンチン)。独特の呼吸法を行いながらゆっくり突きを繰り返す、一風変わった型だ。そのあと、空中に浮きながらの平安(ピンアン)四段。

 終わったころには、身体から出る白い靄は無くならないまでも落ち着いていた。


『変わった落ち着き方すんなぁ、お前』

『なんだかんだで十年以上付き合ってる武道なんで』

『まぁいいや、ポール立ててみようぜ』


 グーンとサルバはすでに何度かやった作業である、捻じ込みパイルの上にポールをかぶせる作業を行った。そして勉強会の成果を見せるとして、ボールへのロープ結索はグーンが行った。もやい結びに片側三十秒かかるのは、正直まだまだだ。しかし結び方をなんとか覚えたことは進歩であった。


 その後の地獄の特訓は、いつもと様相が違った。ハードスーツを着たサルバがグーンに組み付かれて、取っ散らかるという醜態を見せたのだ。


『あれぇ? っかっしぃなぁ、これじゃ俺まるでシロートじゃん』

『やっぱサルバ先輩でもそうなるじゃないッスかぁ、やっぱハードスーツだとなるんスよ』

『うえー、グーンなんかに諭されちゃったよ俺』

『なんかって酷くねッスか』


 しばらく遊ぶと、グーンの身体からまた白い靄が出てきたので、切り上げてポールを片づけて、二人でエアロックに入った。今度のは運動による発汗だった。

 エアロックを抜けた二人は、会社の独身寮に帰って、ソフトスーツを脱いだ後はすぐさま風呂場に直行した。時は既に一一三〇(ヒトヒトサンマル)であった。


「おお、ガッチリ青くなってんな」

「うわ、ホントッスね、こりゃ困るな」


 グーンのヒジやヒザは、皮膚の表面が軽い凍傷になった後で解凍されたためか、毛細血管から内出血して紫色に変化していた。それらは汗腺は存在するが筋肉がついていない部位で、奪われた潜熱を筋肉で温められなかった部位とも言い換えられた。手や足の指先が無事だったのは幸いだった。


「いやでも、いい経験できましたよ、先輩アザッス」

「あ、おい」


 グーンは何の気なしに、排泄インナーをそのまま抜き取っていた。麻酔ローションなしで。ヌポンと。


「うひゃおうっ!?」


 グーンは、肛門と尿道を襲う、快感にも似た痛みを感じていた。特にジンジンと響くのは尿道で、押さえている間にもグーンのシンボルはムクムクと大きくなっていった。


「やーだグーンったらボッキしちゃってるー」

「ちょ!? 大声で言わなくても!」


 幸い風呂場はまだお湯も張られていない状態で、二人の他は誰も入っていなかったので、その声を聴かれる心配はなかった。

 しかし男湯と女湯は隣接していて、過去には天井付近で繋がっていた両方の浴場が、数年前にのぞきが発生したという理由でベニヤ板で仕切られた状態だった。視線は通らないが音はよく通った。


「風呂場に誰もいないから良かったもんの、誰かに聞かれたらどうすんスか!」

「オトコ二人でボッキするほうが、どうすんすか案件だろお前、やーだ大っきぃいー」


 グーンは困った人だなと思いながら、排泄インナーを石鹸で綺麗に洗い、サルバに返した。

 そして風呂から上がったら、玄関ロビーで牛乳タイムだ。


「あーサッパリしたッス」

「おう、スッキリサッパリで、午後からも遊べんな」


 そう話しながら長椅子でくつろいでいた目の前を、赤い顔をした風呂上がりのエリスがそそくさと女子寮に去っていった。視線はグーンをガン見していた。


 さっきのセリフ、聞かれちゃったかぁ……。グーンは遠い目をした。


第一部 入社と平和な仕事の日々 第四章 追加脇役キャラクターの顔見せ、終了です。

次話は、付録 手ひどいネタバレを含む、主要登場人物紹介と時間割です。


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