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第四三話 実家への帰省(買い物、交通事情)

前話は、第四二話 初任給(給与、個人売買)です。

 次の日の朝礼の前。

 ライフリー船長は、サルバにクレシア先輩の件で文句を言われて、さらにソフィに詳しい事情を聞きだされて、しどろもどろになっていた。

 船長がクレシアに、グーンが個人売買スーツを探しているとリークしたがゆえに、グーンが怪しげなブツを掴まされそうになった件だ。

 しばらく朝礼は始まらない予感がしたグーンはその間に、祖母への贈り物を探しに行く約束を、エリスと手早く結んでいた。


「ってなわけで、お願いしゃす、エリっさん」

「いいけど、私もお年寄りが好みそうなもの、良く分かんないよ?」


 結局その日は朝礼をやる時間的余裕がなくなって、そのまま本社屋に入って勉強会を始めた。


「そういやエリっさん、体調の方どうッスか」

「うん、今月は軽く済んでる」


 独身寮食堂での夕食時、グーンはエリスに質問していた。話の内容は生理痛についてだ。食事時にわざわざ口にする必要もないと考え、あえて主語を省略していたのだ。

 その暗号めいた会話を察せるのは、同じテーブルにいたロリエとサルバだけだろう。


「ロリエ先輩もサルバ先輩も、身体辛かったら言ってくださいね、マッサージするっすよ」

「俺生理ねぇし」

「マッサージつっても、サルの手コキの手伝いとかしなくていいからな」


 お、下ネタでからかいに来たッスか、望むところッスよ。グーンはロリエの挑戦を受けて立った。


「やんねッスよ、ロリエ先輩の仕事取ったりしねぇッス」

「アタシがいつそんな仕事したよ」

「ロリっちの手コキなら百まで出すな」

「値段言うな生々しい!」

「ホ別、口一五〇、ゴ有二五〇、生五〇〇」

「やめろっつってんだろ!」

「やれっつってんだろ!」


 勝手に参戦したサルバによって、ロリエは次々に被弾していき、グーンは労せず勝利した。

 軽々しく人をからかうからッスよ。つかプロ並の値段付けるサルバ先輩パネェ。

 ちなみにエリスは、赤くなって俯いていた。


 さて、エリスと約束を交わした休暇を迎えた。

 グーンはエリスとともに午前中から街に出て、グーンの祖母向けの贈り物を探した。予算は一〇〇ダラーで、食べ物や消耗品ではない形が残るもの、という指定で町中を探した。


「こんなのどう?」

「お、条件ピッタリっすね、流石エリっさん」


 購入したのは、買い物にも使えそうな大ぶりの、しかし小洒落た柄の皮革製トートバッグだった。

 贈り物を購入したグーンは、エリスと一緒に喫茶店に寄っていた。グーンはエリスの分の飲み物も負担したが、エリスはグーンの懐事情を知ってしまっているため、遠慮するわ畏まるわで大変だった。


「やー、助かったッス。俺だけじゃどうにも出来ないとこっした」

「大丈夫かな、そのバッグで。お年寄りには大きくないかな」

「そりゃ、まあ、分かんないッスけど、エリっさんの見立てなら喜んでくれるッスよ、きっと」

「だといいけど」


 そう言ってエリスは少々影のさした表情で、自分の紅茶カップを傾けた。カップには透明の蓋が付いていて、微小重力でも飛び散らない工夫がされていた。飲み口程度の穴では表面張力の関係で零れ出したりはしない。


「あと俺、この後雑貨屋も行きたいんスよ。付き合って貰えます?」

「うん、いいよ。飲み終わったら行こうか」


 雑貨屋でグーンは、サルバが持っているようなペン型の懐中電灯を選んだ。仕事でも役立つし、光モールス信号でナイショ話をするのにも役に立つはずだ。お値段十五ダラー。

 エリスにもまた、そのモールスの逸話を教えてあったので、同じ懐中電灯を選んだ。

 だからグーンはエリスに打診してみた。


「エリっさん、コレとソレ、お互い買いっ子してみないッスか?」

「ん? うん、いいよ」


 エリスは気軽にいいよと言ってきた。

 女の子とお揃いの商品を持てることに、グーンはちょっぴり嬉しさを感じていた。エリスは……特別なことを意識しているふうではないが、まあいいか。グーンはその嬉しさを自分一人だけで楽しむことに決めた。宝物決定の瞬間であった。


 その夜、グーンは久しぶりに光モールスをしてみた。返信はあったが、相手はエリスではなくアンネだった。それでもモールスでのやり取りは、当たり障りない会話なだけのはずなのに、妙に面白く感じた。

 やりとりにかかった時間は一時間だった。もっと早くスラスラと会話できるくらいにならなければ。


 その一週間後、グーンは事前の電話連絡通り、ハウラニの実家に帰省した。

 その道のりは、港湾ブロックの独身寮から直接、宇宙港へ。徒歩十分。

 ハウラニ行き宇宙船の往復チケットを買い、一時間四十分待った後に乗船、出発、三十分で到着。

 そして地下鉄で港湾ブロック宇宙港駅から都市ブロックバスターミナル駅に移動、十分。

 ここでも居住ブロック行き往復チケットを購入、待ち時間約五十分、出発、ドラム到着まで二十分、ドラムからエアロックまでニ十分、エアロックから自宅まで徒歩ニ十分。

 合計四時間二十分なり。

 これは通勤には使えない。グーンはウンザリしつつそう確信した。


「ただいまー」

「おかえり、グーン」


 二か月ぶりの祖母の声を聞いて、何だか安心したグーンであった。

 玄関から実家に入ったグーンは、先に玄関から上がった祖母を呼び止めて、家に上がりきる前にお土産を渡した。


「婆ちゃん、これお土産どうぞ」

「あら、ありがとうね。落ち着いてから見せてもらうよ」


 土産を受け取った祖母は、その土産の荷物を開封せずにテーブルに置き、グーンの世話を始めた。とは言ってもグーンが肩に掛けている旅行バッグは年寄りには重すぎるため、グーンはいいよいいよ座ってな、と辞退していた。


「ふぅー長かったぁ。午前中に出たのに昼過ぎだよ」

「お疲れさん、シンタナだったっけね、六百キロも離れてるところから帰ってくるんだから、そりゃ時間かかるよ」

「でも宇宙船に乗ってる時間なんてたったの三十分なんだよ、ほとんどが待ち時間でさ」

「そうなのかい」


 グーンは実家に帰って、とても寛いだ気持ちでいた。

 実家の様子は、全く変化がないように見えた。二か月前とも、三年間の全寮制訓練校暮らしに入る前とも、特に変化はない。

 その三年二か月で唯一変わったとすれば、祖母そのものだ。明らかに足腰が弱くなっていることが伺えた。


 グーンが実家の周りを散歩して、知人に挨拶を済ませて戻ったときには、来客が増えていた。


「おかえり」

「あれ? 姉ちゃん? 久しぶりじゃん」

「ああ、婆ちゃんからグーンが帰ってくるって連絡が来てね、出発の時に見送れなかったから、それじゃあってね」


 そこにいたのは、グーンの姉のファリだった。隣に座っているのは嫁ぎ先のアテントだ。


「あ、失礼しました、お久しぶりッス、アテント義兄(にい)さん」

「や、久しぶりだね」

「まさかお見えになるとは思ってなかったんで、お土産の用意がないんス、すいません」

「顔を見れただけでも充分さぁ」


 四人が揃った席で、祖母は改めてグーンからの初任給の贈り物を開封した。

 出てきたのは皮革製の小洒落たトートバッグ。


「あら素敵」

「ホントに素敵ね、グーン、これ選んだのアンタじゃないでしょ」

「な、なんだよ姉ちゃん」

「このセンスは女の子よ。ホラ白状なさい、ガールフレンドと買ったんでしょ?」


 そうしてグーンは苛烈な尋問に屈して、エリスの存在を自白(ゲロ)する事態に追い込まれてしまった。

 その後は言うやもがな。手が速いわね、いつウチに連れてくるの?告白したの?いくつ?どこ住み?DM送っていい?と五月蠅(うるさ)いことこの上なかった。

 そしてグーンは気が付いた。ほとんどエリスのことを知らない自分のことを。


 すでに夕方だったので、祖母は四人分の食事を作りにキッチンへ向かい、姉のファリもまた手伝いに向かった。なのでグーンは義兄のアテントの接待を行わねばならなかった。

 グーンは義兄とはそれほど面識はなかったが、互いに程よい距離感を保って話したせいもあるだろう、仕事はどうだいとか、どんな友達が出来たんだとか、お子さんの様子はとか、無難に話に花を咲かせられた手ごたえを、グーンは感じていた。

 そして夕食時にも、話題の種は尽きなかった。


「そうそう、婆ちゃん、仕送りの件なんだけど、しばらく待っていてくんないかな」

「わかってるよ、初任給が思っていたより安かったんだろ」

「うん……あんなに安いとは思ってなくてさ」

「大丈夫。グーンの置いてった口座にアンタの分のベーシックインカムが振り込まれてるから、いざとなったら使わせてもらうからさ」

「うん、出来るだけ早く稼げるようになっからさ」


 やがて就寝時間となった。元々この家に住んでいたグーンと姉は昔使っていた自分の布団、アテントには来客用布団が敷かれ、みんなで寝ることになった。一人アテントは床にじかに寝るということが珍しいらしく、妙にワクワクとしていたのが印象的だった。

 室内灯を落とした暗い部屋に声が響いた。


「ねぇ婆ちゃん」

「なんだいファリ」

「向こうの家で、アタシたちの子どもの面倒を見る気、やっぱりないの?」

「ナチュラちゃんはね、アタシだって面倒見たいよ。でもアタシャもう歳だから、面倒見るより面倒見させる羽目になっちゃうかと思うとね」

「お義祖母(ばあ)さん、遠慮はしなくていいんですよ?」

「そう言われても遠慮しちまうもんだよ、それに住み慣れたここを離れるのも恐くてね」

「……」


 誰かが身じろぎしたのか、布団の衣擦れの音がした。


「父ちゃんと母ちゃんには、今回の俺の帰省を連絡したんだろ?」

「そりゃ連絡したさ。でもどうしても離せない仕事があるってね、無理だったんだよ」

「冷てえ親だなぁ、実の親と実の子だろうに」


 祖父母世代が子育てを担当するメインベルトの風習の弊害が、ここにあった。自らの親世代と子世代に思い入れがなくなるのだ。彼らは最も稼ぎやすくて、仕事も面白く感じる年代でもあるので、それを放り投げてまで親族の世話をしたがらない傾向にあるのだ。

 そんな仕事人間と化している彼らを、強引に引退に追い込むために、確実な手段が一つあった。


 俺がとっとと子ども作ればなぁ。

 そう、結婚世代が子作りをして庇護対象を与えれば、その親世代は嫌でもリタイヤせざるを得ない、そういう社会になっていた。家庭によっては三十代後半で孫を持ち、リタイヤして子育てしつつ、居住ブロックの商店で働くということもできた。むしろそういう人手によってブロック内の商店は人手を集めていた。

 そして子育て世代の祖父母は、その親世代の曾祖父母の老後の世話も見ることが、常識だった。

 だがグーンは、この当たり前のことを言えないでいた。言ったが最後、姉のファリはエリスのことを根掘り葉掘り聞いてくるに違いないからだ。


 現在おそらく二二〇〇(フタフタマルマル)前後。居住ブロックは寝静まっている時間帯だ。通りを通る車の音も聞こえず、歩行者の足音もない。居住ブロック内の集中エアコン吹き出し口から風が出る音と、遠心ドラムが回転する低周波音、そして四人分の呼吸音、それしか聞こえなかった。


 布団に横たわるグーンの頭をよぎるのは、婆ちゃんの老後。エリスのこと。仕事のこと。ソフトスーツのこと。給料のこと。

 どれも現時点では、自分がどう思っていようと力不足でどうしようもないことばかりだ。

 唯一どうにかなりそうなのは、金さえ用意すれば問題がなくなるソフトスーツぐらいだったが、家族に借金することはグーンのプライドが許さなかったし、かといって犯罪行為やギャンブルに走ることはもっと許せなかった。

 グーンは若かった。

 これらの五つの問題は、彼の中では乗り越えるべき壁であった。そしてこれら問題をスマートに手早く解決して見せることこそが、彼にとって出来る大人像であり、その姿を見せてこそ命の恩人と対等に戻れる道であった。そして問題を諦めることは敗北で、先延ばしは唾棄すべき現状維持と思っていたのだ。

 本当はこの場合、力を蓄えて時を待つことこそが正解で、問題を放棄しても現状維持なだけで実害はほぼなく、むしろ拙速な行動こそ身の破滅の第一歩であるとは、少しも思わずに。

 グーンは若かったのだ。


 いつしかグーンは眠っていた。


 朝起きると、すでに祖母は起きて朝食を調理していた。姉夫婦も起床済みだが寝起きらしくぼんやりしていた。グーンは昔から寝起きの立ち上がりが良く、頭痛さえなければ起きてすぐ行動できた。

 グーンは三人に朝の挨拶を言うと、三人分の布団を畳んで片付け始めた。


「婆ちゃん、姉ちゃん、おはよ。アテント義兄さん、おはようございます」

「おはよ」

「グーンくん、おはよう。布団って良いものだね、気に入ったよ」

「いやははは、お粗末様です」


 手早く布団を畳んで押し入れに入れて、物陰で寝間着から普段着に着替えて出てくると、ようやく姉のファリが動けるようになったようだ。グーンと正反対に朝が苦手なのだ。

 朝食の準備は、祖母一人の手から姉の手が入り二人分の手となって、順調に進んだ。


「これは……フランスパンのサンドウィッチかい?」

「そうよ、バインミーっていうの」


 アテントの言葉に祖母が答えた。アテントという自分たちより上等な暮らしをしてきた来客をもてなすために、我が家に伝わる伝統的な朝食を出したらしい。

 ただ、大きなフランスパンにかぶりつくのはいささか下品にもなるので、アテントの皿にはナイフとフォークも添えられた。しかしアテントは他の三人と同じ食べ方を体験する選択をしたらしい。

 フランスパン四本分を四等分した十六個のバインミーのうち、祖母は一つ、ファリは二つ、アテントは三つ、残りの十個はグーンが食べた。


「スゴい食欲だね、さすが若いだけあるな」

「や、肉体労働者なんで、腹が減るんスよ」

「そういえばグーン、アンタ身体大きくなったわね」

「姉ちゃんがいつ頃の俺と較べてんのか、そこが分かんないんだけど」

「直前に決まってるじゃない、七歳の頃となんて較べないわよ」

「直前……ああ、春節(テト)か」

「たったそれだけの期間で、身体が二回りくらいデブってるわよ」

「デブゆーな」


 他のみんながコーヒーを楽しんでいる間もモグモグ口を動かして、グーンは十個を平らげた。

 ご馳走様と言って朝食の後片付けをして、一息ついたらもう帰らなければならない。何しろ居住ブロックからどこかへの移動は、四時間ほどかかるのはザラなのだ。


「それじゃグーン、気を付けてね」

「うん、ありがと婆ちゃん」

「あとコレ、アタシたちと婆ちゃんからチャージャー」


 チャージャーとは、正確にはキャッシュチャージカードと言い、任意の額を内部にチャージして他者に贈ることができる、小切手のようなものだった。カードから自分の口座にお金を移すには、銀行の窓口かキャッシュディスペンサー機械にかけなければならないが、このおかげでお手軽な金銭授受ができた。


「え、なに姉ちゃん。これ小遣い?」

「そんなとこよ。安い初任給で無理して帰省したでしょ、受け取っておきなさい」

「……はい。婆ちゃん、アテント義兄さん、姉ちゃん、有難く頂戴します」


 グーンは気を付けの姿勢から三十度のお辞儀をした。


「それじゃ」

「また帰ってくるんだよ」


 後ろ髪引くように見送られ、グーンは帰路に就いた。


「ポチ袋にいくら入ってんだろ……二百五十!? うわ、俺の初任給、小遣い並かよ……」


 グーンは五時間十分をかけて会社の独身寮に帰った。


次話は、第四四話 つまんない話(スーツ事情、金融事情)です。

※2020/02/03 地名・施設名などを最新話に準じて修正。


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