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第三九話 勉強会(宙球、対空警報、免許資格)

前話は、第三八話 宇宙服店(宙球、空間遊泳、ソフトスーツ)です。

 休暇四日目。サルバとエリスとグーンの三人は、前日に約束した地獄の特訓をするために朝〇八三〇(マルハチサンマル)から集合して、倉庫でハードスーツを借りてからグラウンドに向かった。

 そこにはさすがにまだ誰もおらず、三人はゆっくりとウォームアップを始めることができた。

 実際の地獄の特訓の前に、サルバとグーンで昨日の共同空中姿勢制御を再び検証してみた。


「わ……ほんとだ……普段あんなにうまいのに……」


 結果はやはり、グーンの取っ散らかりという結果で終わった。初めて目の当たりにしたエリスは、何か信じられないものを見たような顔をしていた。

 比較としてサルバとエリスの共同空中姿勢制御も試して貰った。

 エリスは正直良い顔をしなかったが、ハードスーツ着用だからいたずらされない事を強調して説得した。

 それにしても本人の前でその顔をするのはどうなんだろうとグーンは思ったが、当のサルバ本人は口では、傷つくわー、おいちゃん悲しいわー、とか言っていたものの、実際の大ジャンプ中は非常にジェントルで、むしろエリスが拍子抜けするほどであった。


「おおぅ、エリっさん取っ散らかったりしねぇッスね……」


 そして比較検証の結果、エリスは取っ散らからなかった。サルバの負担はというと、増しているはずなのだがグーンより楽、という証言だった。当然だろう。勝手に暴れる荷物と大人しい荷物では、大人しいほうが楽に決まっている。


「うん、グーンが悪い」

「改めて指摘されると、なんか腹立つッス」


 そしてこのことによって、グーンが全面的に悪いという結論が出た。解せぬ。

 その後一時間後ぐらいに、昨日の先輩方がやってきた。しかも女性も含めて七人もの大人数だ。


「よお、来たぜ」

「先輩オザッス。ずいぶんいっぱいでいらっしゃったッスね」

「おう、興味持ってたやつみんな連れてきたぜ」

「でもこの人数じゃ、ポール一本じゃ遊べないっすねぇ」


 サルバの提案で、スクラップヤードから拾ってきた資材でポールをもう一本立てた。ボールは適当な雑巾(ウエス)をマジックテープで丸くまとめて作り上げた。そのうち誰かが新しいボールを買ってくるだろう。

 ちなみにスクラップヤードまでパシらされたのは、当然グーン一人だった。

 エリスは女性同士で楽しく訓練ができ、そしてグーンはサルバ以外の先輩方にも揉まれ、空中で取っ散らかって呆れられ、色々とアドバイスを貰って、午前を終了した。


 午後も同様に地獄の特訓だった。


「よう、せっかく十人もいるんだしよ、ファイブオンファイブやってみねぇか?」

「いいっすねぇ。じゃ間にもう一本ポール立てましょう。グーン拾ってこい」

「ウッス」


 再びスクラップヤードまで使いっ走りをさせられるグーンであった。

 すでにある二本のポールをゴールとして、ボール連結のポールを間にもう一本立てて、ファイブオンファイブをやってみることとなった。

 ここでのサルバは、そのパス回しの巧みさ、クレバーな試合展開、冴えわたるフェイントで他を翻弄した。そして。


「お前とやるとつまらん」


 サルバはゲームから外されて、審判をやらされていた。悲しそうな顔だった。

 そしてその姿は、他の暇な社員を次々と呼び寄せて、ついに社長の耳に入ってしまった。なんでも、遊びたがる社長を抑えるのに少なくない人数が動員されて、阻止されたらしいが。

 しかしその途中でゲームは中断せざるを得なくなった。


『ウーー、ウーー』

「ちっ、対空警報だ、建物ん中に退避すんぞ」


 対空警報とか、口の悪いものは空襲警報などと呼ぶが、こういったサイレンが鳴ったときは、何かがその地域への直撃コースに乗ったことが判明した時だ。

 滅多にあるわけではないが、隕石やデブリが都市ブロックや港湾ブロックへの直撃コースに乗ることがあった。

 ただしそういう場合は事前に天気予報で報道することになっていたし、直撃コースに乗った物体を遠方から狙撃する、都市据え付けの長距離砲が火を噴く手筈になっていた。

 しかしごくごくまれに、対空警戒監視網をすり抜けた極小物体が、予告もなく降ってくることもあった。その場合でも判明した時点でサイレンは鳴るので、建物内への避難は徹底していた。

 グラウンドで遊んでいた十人は全員、最も手近であった独身寮の玄関ロビーにいたが、すぐにサイレンは鳴り止み、音も振動も何も感じないまま五分が経過した。


「もう大丈夫だろ。グラウンドで遊ぼうぜ」

「なんだったんスかね」

「どうせ小銃弾の流れ弾とかだろ」


 十人は、それまでと同じく外に出て地獄の特訓を行った。

 グーンもエリスも大いに楽しみ、大いに身体を酷使したのだった。


 さて、夜には船長夫妻が寮にやってきたが、すでに風呂と夕食のあとであったためか、そこでのグーンとエリスはもう半分眠っていた。

 まず、今日で休暇は終わって明日からは通常勤務、しばらくは全員昼勤の時間割で動くように、と言われた。

 そして整備に関してだが、件の整備員のような人物のあしらい方に関するグーンの言い分に、船長は多大な理解を示した。格納庫の外から見るのはいいが、直接的な接触は避けて、相手が近寄ってくるようなら適当に逃げて、のらりくらりと挑発して待て、とのことだった。さすが船長。

 モールスに関しては、一級宙技士(通信)の取得にも必要な技能なので、是非ともやれとのお達しだった。そのアンネという新人主席を巻き込めば、趣味で色々教えてくれるだろうから、せいぜい利用して実益としろ、とのことだ。

 グーンとエリスは既に船をこいでいた。サルバとロリエに、明日説明しなおす羽目になるだろうが、すまないが頼む、という船長の言葉で夜のミーティングは終わった。


 そして朝。現在時刻〇六三〇(マルロクサンマル)だ。

 グーンはひどく重たい身体を自覚したが、あんなに身体を動かしたのに筋肉痛にはなっていなかったことに気が付いた。いよいよここから身体の鍛え直しスタートだなと、グーンは内心喜んだ。

 朝食のあと、歯磨きや洗顔で身だしなみを整えて、〇七四〇(マルナナヨンマル)に始まったいつもの朝礼に、会社制服の作業服で参加した。考えてみれば入社式で支給されて以来、初めて袖を通した形になる。

 そこでグーンとエリスは、地獄の特訓その一のハードスーツを着ていないため、船長に怒られた。明日は着るようにと厳命された。

 そして本社屋に移動して、〇八〇〇(マルハチマルマル)業務開始。


「起立、敬礼、着席」


 グーンは作業服に名札を縫いつけることを忘れていて、新人教育を受け持つ大きな中年男性に、大目玉を食らった。


「貴様たるんどるぞ! どの船の所属か!」

「はいっ、十七号船です!」

「ユニッヒアルムのところか。今晩にでも必ず名札を縫い付けるように!」

「はいっ、申し訳ありませんッシタ!」


 どこかの鬼軍曹といったいで立ちの大男が経理担当という事実に、エリスは顔が引きつっていた。朝っぱらから二連続で怒られたグーンは、シュンとなっていた。

 その後は大会議室に机を並べて、個人個人が取得しようとしている資格によって班分けがなされ、その班の中で自習をしていろとのことだった。


 グーンはまずは一級通信、一級電子通信を専攻する班となった。現在は総員三名の小さな班だが、潜在的には新人全員が取得を目指すことになるはずの専攻だ。単に他の連中は一級小型船舶に出席しているから、こちらに来ていないだけだ。

 まずは自己紹介ということで、順番に行っていった。


「十七号船作業員、ダィ・ヴォン・グーンです。グーンとお呼びください。所持資格は、一級小型船舶操縦士、四級宙技士(航宙)、四級宙技士(機関)、空間遊泳士、小型船舶整備士、船舶機関整備士、無線従事者、船舶局無線従事者、乙種危険物取扱者、アーク溶接作業者です」


 自己紹介をしつつも、グーンはどれだけの人間がこの資格を覚えていられるだろうと思った。少なくとも自分は覚えきれないし、人の名前だって怪しいものだ。もっとも顔は覚えたので、あとはお前とかアンタとか適当な呼びかけで誤魔化せばいいだろう。そう考えていた。

 隣の一級小型船舶の班では、ちょうどエリスの自己紹介の番だった。


「十七号船作業員、エリス・ザグレートです。所持資格は、準一級秘書検定、二級文書情報管理士、二級ファイナンシャルプランナー、財務会計技能標準検定(FASS)、二級簿記検定、二級給与計算実務能力検定です」


 ……秘書資格なんて持ってたんだ。道理で受け答えとか上手なわけだと、グーンは感心した。

 そして〇八〇〇(マルハチマルマル)から始まった自習は、申込書の記入を含めて二時間が経過して終了した。

 十分の休憩時間を挟んだ後一〇一〇(ヒトマルヒトマル)から別の班として再開することが告げられた。

 次の結索(けっさく)(ロープワーク)講習受講者は、出席者全員の二〇人が参加することとなった。なので五人ずつの班分けとなり、グーンとエリスは一緒に四班となった。

 やっていることは結索の自習なので、結び方を覚えてしまえばあとは反復練習で、どれだけ早く結べるかの追及になった。

 そういえば主席のアンネは出席していないことにグーンは気が付いた。一号船はどこかに遠征に行っているのだろうか。こちらで言う十五号船から二十号船までのクルー全員を、一艘の船で運べる一号船は、クルーの数なんと四十人を誇っていた。

 そんなことを考えているうち、結索の本日ぶんの課題は済んでしまった。同じ班で進みが悪い者に全員でコツを教え込み、一二一〇(ヒトフタヒトマル)を迎えて大休止となった。

 全員でわいわいと独身寮食堂に向かう、新人の群れ。

 ふと十七号船格納庫を見ると、既に船は仕上がっているのかシャッターは閉まっており、整備員がどうしているのかも判然としなかった。

 ひょっとしてと思い、通路の逆側にあるスクラップヤードを見ても、知らない整備員ばかりだった。いや、後輩整備員くんはいたようだ。グーンは笑顔で手を振ってやった。向こうも気が付いて手を振ってくれた。

 数人分後ろを歩いていたエリスが、グーンに近寄って(たしな)めてきた。


「グーン、整備との直接的な接触は避けろって、船長言ってたじゃない」

「え、今のは直接じゃないッスよ」

「だって直接会って、手を振り合ってたじゃない」

「直接的な接触って文字通りの意味で、口喧嘩とか殴り合いとかの意味ッスよ?」


 一般の人とこちら側でこうも認識が違うのか、とグーンはほんの少しだけ寂しくなった。

 さて、座席待ちに並んでようやく食事が終わった一二五〇(ヒトフタゴーマル)、午後の業務の開始だ。

 三級(とび)技能資格を求める者は、二十人全員だった。なのでこれも先ほどの結索と同じく四班になり、グーンとエリスは再び同じ班となった。

 先ほどの経理担当の大男が来て、申込書、筆記試験過去問題、参考書が配布され、まずは申込書を書くことを言い渡された。全員の記入が終わると大男は去っていった。あとは自習ということらしい。

 そして一四五〇(ヒトヨンゴーマル)自習終了、十分間の小休止、自習再開。

 次は玉掛け技能講習だ。これもまた全員参加だ。しかし配られたプリントによると後日、労働災害防止協会に実際に出向いて講習を受講するということになっていた。

 続いてクレーン免許だ。玉掛け講習の隣りに教習所があり、こちらに通えば実技試験免除ということで、全員で申込書を記入した。

 他にもクレーン組立解体指揮者、エレベーター組立解体指揮者、フォークリフト、高所作業車、小型移動式クレーン、床上操作式クレーン、動力巻き上げ機、次々と申込書を書かされた。正直グーンは覚えきれていないが、全員記入していたので予定を忘れる心配はないだろう。エリスはこれに加えて空間遊泳士資格も書いていた。

 そんなこんなで、一七〇〇(ヒトナナマルマル)に本社屋勤務一日目が終了した。


「ふぅー、手が痛いッス」

「私も久しぶりにこんなに字を書いたよ」


 すぐに倉庫でハードスーツを借りて着用し、会社敷地隣りのグラウンドに移動して地獄の特訓を開始した。誰も来ていなかったので、エリスとグーンは久しぶりに二人っきりで身体を動かした。

 途中、顔を見たことがある先輩社員が寄ってきて、なんだよ、今日もやってたのかよと話しかけてきた。業務終了後にやってるんスよ、とグーンが返答すると、そっかぁと言って去っていった。多分明日は連れ立って来てくれることだろう。

 特訓を一時間で切り上げて、ハードスーツ返却と明日以降の貸し出しを倉庫管理員に相談すると、月末までの長期貸し出しを認めてくれた。月が替わったら貸出証を再提出しろと言ってくれた。記入が地味に面倒だったのでありがたい話だった。そのかわり、置き場所どうしようと悩むことにもなったが。


 そしてようやくの食堂で、今日一日の感想や愚痴を言い合う二人。周りにいる社員も似たような感じだった。今まで意識していなかったモブ社員が、同じ技能取得を目指して頑張る仲間と思えて、ちょっと心強かった。


「ま、他の人たちから見れば、私たちもモブなんだけどね」

「確かに」


 そこにサルバとロリエも合流してきた。手には食事トレイを持っている。


「ようお疲れさん」

「お疲れ様ッス、先輩のほうも講習キツかったッスか?」

「そんでも人数が少ないからな、新人の時ほど鬱陶しくねぇよ」


 腰かけざま手早く食事の挨拶をして、バクバクと食べ始める二人。先に食べ始めていたグーンとエリスが追い抜かれる勢いだ。

 どうにか大体一緒の時間で食べ終わることができた四人は、手早く片づけを済ませて食堂を後にした。何しろ座席待ちの列が食堂の外に繋がっているのだ。


 その後は風呂に入るために順番待ちの列に並び、手早くあがると一度部屋に戻り、今度は洗濯場の順番待ちだ。待っている間に読む教本があったため、ヒマが潰せて助かった。

 そして部屋に戻って、忘れないうちに作業着に名札を縫い付けて、ちょっと娯楽のおしゃべりを楽しんだ後は、夜更かししないですぐに寝た。


 さて次の日。前の日の朝礼で船長に怒られたこともあり、以降のグーンとエリスは、訓練用ハードスーツ着用のまま勉強、講習、訓練を行うことになった。

 さぞかし恥ずかしい思いをするんだろうなと思っていたら、他の新人の多くも同じ格好をしていた。やっぱり軍隊式がまかり通る業界なんだなと、グーンは認識を新たにした。


 そして業務終了後の地獄の特訓。グーンはサルバを巻き込むことに成功したが、エリスはロリエに逃げられたようだ。あえて逃がした説もある。

 ただし例の他船社員が勝手に参入してきていたので、特訓相手に事欠くことはなかった。というか増えてない? なんかハードスーツ姿だけで十人近くいない? あれアイツ新人だよね? ナニ俺たち便乗されてる? という事も、あったとかなかったとか。


「ひー、キッツイキッツイ」

「おうハク、おつ」


 グーンは傍らに流れてきた、ハクという同期の男性に声をかけた。確か十九号船の新人で、この新人講習の間に少し仲良くなった同期の一人だ。ひょうきんで親しみやすい人柄だったがどこか抜けていて、ややもすると空間遊泳中に推進剤をひんぱんに使い、肝心なところで使い切って漂流しそうな、そんな危うさがある男だった。


「グーン、お前こんなの毎日続けてたの?すごいなぁ」

「半ば無理やりだけどなー。……あエリっさんお疲れ様ッス、タオルどうぞっ」

「……なぁグーン、なんであのエリスちゃんには敬語なん?」

「まちょっとな」


 そしてグーンとエリスはこのような生活を、もうひと月半ほど続けることとなったのだ。


次話は、第四〇話 生理痛(女性生理、頭痛、マッサージ)です。

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