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第四話 新人歓迎会(一発芸、先祖、風呂)

前話は、第三話 入寮式(施設)です。

 グーンは同室の先輩サルバと一緒に、サンダルを突っ掛けて部屋を出て食堂に着いた。


 食堂はほぼ全員がジャージもしくはTシャツ姿で、会社に入社した気がしないほど学生チックだった。

 少しして到着したエリスとロリエも、当然のようにジャージ姿だった。

 グーンは、化粧顔にジャージはあまり似合わないことを知った。


「揃ったな。……それではこれよりメリ建独身寮、新人歓迎会を始める!はい拍手ー!」


 寮長の号令で、歓迎会は割れんばかりの拍手で幕を切った。寮生が言い含められていようと、明るい歓迎をしてくれようとしていることに、グーンは感謝していた。やる気もなくパラパラとした拍手で迎えられるよりはずっといい。

 そして全員に酒がふるまわれて、乾杯が宣言された。


 乾杯の後はグーンにとって、お約束のような展開が続いた。

 訓練校でも何度となく繰り返されてきた洗礼。

 すなわち、自己紹介に伴う、一発芸披露である。

 誰が言い出したか知れないが、一発芸は新人の必須スキルとなっていた。


 ここで芸をしない奴は、そもそも集団に溶け込む態度に欠けるとして、要マークとされる。

 かといって芸が思いつかないからと安易に「一気飲み」という選択をする奴もまた、要マークとされる。もちろん先輩方は止める。社会人のコンプライアンスは厳しいのだ。

 そして芸のいかんに関わらず、つまんない者には「つまんない奴」というレッテルが早速貼られる、恐ろしい場所なのだ。


 すでに芸を披露していた連中は、なんとも微妙な一発芸しか持たない者が多かった。有名人の物まね、ダンス、フラッシュ暗算、手品、などなど。しかしいずれもそれなりに軽妙なトークでカバーしていた。

 一人、宙に浮いたまま高速腹筋をやって、テレビで見る海底生物のような気持ち悪さからドン引きされていた新人もいたが、あれはあれで美味しいなとグーンは思っていた。


 とはいえ、微妙でも良いのだ。自らの人となりをアピールできれば。


「ダェ・ヴォン・グーン、十八歳、ハウラニ県立中央高等技術訓練学校体育科出身、グーンとお呼びください。夢はエックスゲームズに出場することです。一発芸は、ゼロG空手の型を披露します」


 自己紹介の番が回ってきたので、グーンはあらかじめ考えておいた言葉を言い切った。

 そして一瞬息を整えて、微小重力をいいことに天井と床の間ほどに跳躍して、空手の型を披露した。


 ゼロG空手は、地面のない無重力下で有効な打撃を与えるための、空手の亜流だ。

 地上武術と違って重力や地面の反発力に頼らず、作用反作用や自転の勢いと相手の力を使う。

 そのため習得はえらく難しい一方で、動きが見切られやすく、しかも地上戦では変な癖がついてしまう。

 しかし無重力の身体操縦法を学ぶにはとても優秀な、生きた技だった。


 型を披露し終わったグーンは、寮長に向かって押忍と礼をしてから席に戻った。

 パラパラとまばらな拍手が聞こえてくるのは、つまりこの会社ではありふれた特技である証拠だった。

 それはグーンの狙った通りの評価だった。もともと宇宙(とび)の会社は、腕自慢が集まる環境だ。そんな中で侮られず悪目立ちもせず、ほどほどのポジションを狙ったのだ。


「お、頑張ったな」

「やー、ありがとうございます、ウケはイマイチッスけどね」


 そんなグーンに声をかけたのは、唯一サルバだけだった。

 声をかけてくれそうなもう一人であるエリスは、次に自己紹介するために立ち上がっていた。

 新人の三分の一を占める女性の中でも、美人さんグループに入るエリスは、ちょっと注目されていた。


「エリス・ザグレート、十八歳、ハウラニ県立第二女学院商業科出身。夢は自家用宇宙船で色んな所と貿易することです。一発芸は、歌を歌います」


 そう言うと、お酒が少し残っていたカップをグッとあおって空にして、左手に持ったカップに右手のひらを打ち付けてポン、ポンと音を出し始めた。

 右手をすぼめて音程を変化させたカップの音を伴奏に、エリスは歌を歌い始めた。


 それは前時代に流行した、故郷へかえりたいとかいうアメリカ語の歌だった。

 歌い始めこそ誰もが雑談をしていたが、サビに入るころにはまわり中から手拍子が飛び交っていた。


 手早く一番だけを歌い終わると、それまでと比べ物にならないほどの拍手がエリスに贈られていた。美人パワーおそるべし。

 グーンもまた、素直な賞賛半分、ちょっとした嫉妬半分で、笑顔で拍手を送っていた。


「やるねぇアンタ」

「やーはは、ありがとうございます」


 ロリエがエリスにそう声をかけていた。エリスは照れながらも感謝を返していた。


「俺とは湧きが違うじゃん、お見事っした」

「うん、ありがとう」


 エリスに続けと、気合を入れて自己紹介と一発芸を披露する同期生を尻目に、十七号クルーは雑談にふけっていた。


「ところで新人、なんでお前名前と苗字が逆なん?ダイって呼んじゃ変なのか?」

「ファーストネームにあたる称名(テンチン)がグーンなんで、グーンって呼んで貰えると馴染み深いッスね」

「ほーん、それじゃグーンって呼ぶことにするけどよ、正直変わってんな」


 サルバからそう話しかけられて、グーンはそう答えた。

 だが、先輩はもうちょっとこの話題を続けたいようだ。

 プラスチックのカップから酒を一口すすって口を湿らせて、グーンは続けた。


「本籍がファミリーネーム・ファーストネームの順で登録されてるんで、こればっかりは俺の一存じゃ」

「そんじゃ一族全部ってことか、どこが発祥なのよ」

「俺の先祖のいたとこッスか?フランス領インドシナらしいッス」

「お、なんだよ、先進国じゃねぇの」


 フランスというだけで先進国という先輩に苦笑して、グーンは話題の矛先を他に回そうとした。


「や、宇宙開発時代になっちゃ、もう関係ないッスよ。そういう先輩はどこの血筋なんすか?」

「俺は、南アメリカ大陸の赤道の国が発祥だよ、カラカスって街、知ってるか?大コロンビアの」


 南アメリカ大陸は知ってるけど、正直あのへんにそれほど興味がなかったなぁ。

 そう思ったグーンは、当たり障りない合いの手を口走っていた。


「コロンビアってことは、コーヒーの産地って奴ッスか」

「大コロンビアの東側といえば、石油のほうが有名よー」


 と、そこにエリスの突込みが入った。物知りだな。


「カラカスってすごい大都市らしいの。いつか地球旅行できたら、行ってみたい都市よ」

「良く知ってて嬉しいねぇ、エリスちゃん。そういうお前さんはドコよ?」


 よく見たらエリスは酔っているのか、ほんのり赤い顔をしていた。

 急に話を振られたが、戸惑うことなく答えていた。


「私ですか?私は……ジョージアのアトランタって街が発祥って聞いてます。アメリカ連合国の」

「ジョージア?なんか聞いたことあんな、船長と同郷だっけか」

「へー、地球から遠く離れたメインベルトで祖先が同郷の人と会うって、なんか歴史感じますね」


 そんな話を聞いていたグーンは、発祥の話題というものが誰とでも自然に会話ができる、当たり障りない話題として使えることを知った。


「じゃロリエ先輩の発祥はどこなんスか?」

「どこだっていいだろ、そんなん」


 決して当たり障りない話題ではないことも、この一瞬で知った。くぅ。


「それよりアンタ、エリスの夢のほうが気になんねーのかよ。自分の宇宙船が欲しいって言ってんだぜ?」


 この時代、自家用宇宙船は決してありえない話ではない。しかし宇宙スクーター程度ならともかく、キチンとした宇宙船などは会社持ちかよほどの金持ちか高額借金か、もしくは後ろ暗い真似事をしなければ、手に入るものではない。

 ロリエの少々強引な話題転換だったが、グーンは乗ることにした。


「そういえばそうッスね、普通買えるモンじゃないけど、あの話ってホラじゃなくマジ?」

「うん、マジ。免許ないけどね」


 エリスも話題転換を受けて、そう返事した。


「実は私のお婆ちゃんも宇宙で行商やってたから、憧れて」

「ほー、品目は?」


 サルバも食いついて、そう質問した。


「それが、聞いても教えてもらえなかったんです。けど、あちこち色んな所に行って、珍しい景色が見れたことが楽しかったって言ってました」

「ふぅん?」


 ロリエが片眉を上げて何かを察したように声を上げたが、グーンにはそれが何なのかわからなかったので、別の質問をすることにした。


「エリスのお婆ちゃんが行商してたってことは、自家用宇宙船がもう実家にあるってこと?」

「ううん、もうないんだって」

「ふぅーん?」


 またもや察したようなロリエの声。

 先ほどのやり取りでロリエへの取っつきづらさを感じていたグーンは、突っ込んで聞こうとすることをためらっていた。

 そんなグーンの葛藤など知らぬかのように、ロリエは言葉をつづけた。


「ま、頑張りな。船の購入はともかく、この会社なら免許取得支援制度あるから、すぐ取れるさ」

「だな、むしろ免許取ってくんねぇと仕事になんねぇしな」


 ロリエとサルバがコメントしたその時だった。


「きゃー、やーだー!」

「わはは、やれやれーい!」


 声のしたほうを見ると、一発芸で脱いだ奴がいたようだ。

 紙皿で股間を器用に隠しながら、コミカルな動きで笑いを取っている。

 それなりにイケメンだったのが、ギャップもあってよりムカついた。


「ちょ、ちょっとさすがに」

「うっわ、オゲフィーン」

「後ろからモロ見えだよバカー!」


 このような場では、エリスの夢の話を続けられる空気ではなくなって、結局うやむやとなった。


 そんな風に建設系職場の歓迎会の割には穏やかに、大人しく会は進んでいって、やがて終わった。

 結局ジャージを着て警戒していた事態には至らず、グーンは胸をなでおろしていた。


 歓迎会の後すぐ、サルバはグーンを風呂に誘った。


「おいグーン、せっかく中央棟来たから、風呂入っていこうぜ」

「はい、ご一緒するッス」


 食堂を出て男子棟への通路を、渡り廊下側に曲がらずに直進すれば、男湯だ。

 サルバと一緒になって更衣室でジャージを脱ぎ、タオルで前を隠しながら扉を開けた。

 そこに広がっていたのは、シャワー&バスルームではなく、大浴場だった。


「おお、ここでも大浴場なんスね、学校と一緒ッス」

「学校でも大浴場なんて珍しいな。まぁいいや、行こうぜ」


 微小重力の浴場は、注意しなければならない。なにしろ重力が弱いので、湯が跳ねると際限がないのだ。もちろんシャワーなどない。洗面器で身体にお湯をかける量の調整が難しく、あちらこちらで先輩に注意されている新人の姿があった。

 グーンにとっては、訓練校の学生寮において微小重力大浴場の経験があったことが幸いだったようで、お湯跳ねの不調法も晒さずに済んだ。ただし一人の持ち時間は十五分と学生寮時代より短く、グーンにはゆっくり湯につかる心の余裕はとてもなかった。

 そんな中でも先輩は妙にテキパキしてて、浴槽でそれなりにゆっくり落ち着いてるように見えた。


 何だろうこの差は。この素早さは真似しなければ……。決心したグーンであった。


 入浴が終わり部屋に戻った二人は、特に話し込むこともなく、寝袋に潜り込んで眠りについた。

 サルバは夜中に一度、トイレに行った様子だったが、帰ってくるまでグーンの意識は続かなかった。


 今日は一日、順調だったと言えた。天引き購入以外は。


次話は、第五話 始業前点検(船説明)です。

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