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第三八話 宇宙服店(宙球、空間遊泳、ソフトスーツ)

前話は、第三七話 整備見学(船舶、整備部、男性心理)です。

「それじゃよろしくお願いしまーす」

「シャス」


 グーンが整備に絡まれた翌日、約束通りグーンとエリスは朝から地獄の特訓を行った。

 宙球のワンオンワンと言えば、ボールを取り合って空中で揉み合うのがゲームの大半となる。それを男子と女子で行うなど、なんと羨ましく怪しからん行為だとお思いのことだろう。確かにグーンも、これがジャージや私服姿で行われるならば、どれほど幸せなゲームになることだろうと思った。なにしろ合法的に抱きつけて、ひょっとしたらほっぺに触れたり、あわよくばおっぱいが胸に当たったり、匂いを嗅ぎまくったり。

 しかしハードスーツ着用だ。色気も柔らかさも何もなく、硬い金属がガツンガツン当たり合うだけのそこには、何のロマンスも生まれなかった。


「やった、ゴール!イェーイ」

「あちゃー、やられたッス」


 グーンが意外に思ったことは、三つあった。

 一つはエリスの運動神経が思っていたよりもよほど良いこと。基礎体力の不足は確かだが、反射神経などはなかなかのものだ。おかげで、エリスの吐息を耳元で聞いていたい、などと不埒なことを考えていようものなら、あっという間にゴールを取られてしまう。

 次の一つは、サルバ相手の時のような空間姿勢制御時の取っ散らかりが、エリス相手だと見受けられないこと。

 そして最後の一つは、この地獄の特訓を見物して、遊びとして認識した層が一定数いることだ。グーンとエリスが特訓をしていると、どこからともなく寄ってきて、俺らにもやらせろよ、ルール教えろ、次俺な、彼女可愛いね遊び行こうぜ、おっいい身体してるね軍に入らない?などと、鬱陶しいことこの上ない。とにかく特訓の邪魔だった。

 そんな感じだったので、昼には特訓を切り上げてしまった。二人が立ち去った後のポールでは、仕方なくルールを教えた社員を中心に、いつの間に進化させたのかスリーオンスリーがプレイされていた。


「エリっさん、特訓で疲れたりしてないッスか」

「あー、うん」


 現在時刻一二〇〇(ヒトフタマルマル)。二人は訓練用ハードスーツを倉庫に返却した後、そのままジャージ姿で食堂に来てトレイに昼食を並べていた。本日の献立はタラのフライとフライドポテト他だ。


「疲れたのは疲れたけど、気疲れのほうが大きいかな……」

「確かに」


 地獄の特訓を見物していた中に、どうも会社への来客も混ざっていた気がしたのだ。妙な返答が出来ないのでひどく気疲れしたことは確かだ。

 テーブルの空きを見つけてそこにトレイを置きながら、グーンは言葉を続けた。


「でも俺が聞きたいのは身体的な意味なんッスよ」

「うん、そっちは大丈夫だよ、ありがと」

「そいつぁ良かったッス」

「あんまりキツくなりすぎないように調整してくれてたもんね、グーン」


 ギクリ。


「や、俺自身がいっぱいいっぱいで、そこまで余裕ないんスよ」

「本当ー?」


 実際グーンは、それほど運動強度が上がらないように調整していた。というのも、グーンとエリスではこの地獄の特訓の目的が違うからだ。

 エリスの目的は、基礎体力の涵養、空中姿勢制御の上達、ハードスーツへの慣れ、だ。そのためには徐々に運動強度を強めていく必要があるので、こんな序盤から飛ばす必要はないのだ。

 一方グーンの目的は、他者との共同姿勢制御の会得、これに尽きた。これに運動強度は必要なく、どちらかというと必要なのは相手の挙動を見極める目、そして相手の一手先を見極める先読みが必要だった。

 そうしてある意味手加減をしていたこともあって、グーンも取っ散らからずに済んでいたに過ぎない、と考えていた。

 食べ始めの挨拶をしてからの食事中、グーンはそれをエリスに伝えた。


「そっか、共同姿勢制御……」

「そうなんスよ、これが難しくて」


 午前中の地獄の特訓で気が付いた三点、つまり一、エリスの運動神経、二、グーンの取っ散らかり、三、見物客の興味、これをエリスに伝えると、一つ目と三つ目ではなかなか楽しい反応を示してくれたが、二つ目で両者考え込んでしまった。

 食べ終わってトレイを片付けてから、食堂を出る間際にもそんな話をしていた。


「具体的にどうなるの?」

「んじゃちょっと外に出てみますか」


 二人は外履きに履き替えて外に出て、例のグラウンドに再び立った。いまだにスリーオンスリーを楽しんでいる先輩方とは距離を置いて、二人で向かい合わせに立った。

 グーンはエリスに、一緒に手を繋いだまま大ジャンプするように言った。

 グーンに言われるままに、エリスは手を繋いだまま大ジャンプした。目的地も何も決めていないので、当然その力加減も方向もバラバラだった。

 そのはずだが……。


「あれぇ?」

「なんともないよ?」


 大ジャンプ上昇中、エリスの跳躍力が足りなかったため、そして互いに離れるベクトルだったため、グーンはエリスと繋いだ手が引っ張られて、力を入れて引き戻していた。それでも、特に姿勢に乱れは起きなかった。グーンも細かく姿勢制御を行っているはずだが、取っ散らかったりしない。

 手を繋いだまま引き寄せたり突き飛ばしたりして貰っても、結果はほぼ同じ。エリスに背後に回ってもらって、胴体を掴んで揺さぶってもらったが、これも同じ。色々試してみたが、グーンは安定したままだ。

 もっとも実際は、身体は安定していても心はグラングラン揺れていたが。なにしろエリスは運動で汗ばんだまま身体をほぼ密着まで持って来るのだ。ああ甘美。

 しかも大ジャンプは、港湾ブロックの天井にあたる岩盤までの約二百メートルまでは至らないまでも、三十メートル近くまで上昇したためエリスが少々怖がったので、抱っこして着地する栄誉にあずかれた。ああ至福。

 いかんいかん、何故取っ散らからないのかの原因を探らなきゃ。


「考えられんのは、一、俺が慣れた、二、サルバ先輩がヘタだった、三、ソフトとハードの組み合わせでは重量差で感覚がズレる、ッスかね」


 再び倉庫からスーツを借りる提案をエリスがしてきたが、グーンはまた今度の機会にしようと断った。実際には備品貸出票を書くのが面倒だったのだが。

 地上に降りたグーンが見やると、スリーオンスリーをやっていた社員たちがこちらを見ていた。お前らも早く混ざれよ、と言わんばかりだ。主にエリス目当てだろう。冗談じゃない、どさくさに紛れてナンパしてたの知ってるんだぞ。

 二人は丁寧に辞退して、そそくさと独身寮に戻った。

 グーンは、特訓で汗をかいたままの共同姿勢制御の実験をエリスにさせてしまったことを、詫びた。


「すんません、臭い思いさせて申し訳ないッス」

「ううん、私こそ……」

「んじゃ身体の汗流してくるんで、今日のところはこのへんで」


 エリスの匂いをグーンは全く臭く感じず、むしろ好きな匂いだったが、それを口にしては大変に変態的だ。それに相手が同じのはずがないと思っていたから、そのことは黙っていた。


「うん……グーンはこの後は? 整備のところ行かないよね?」

「もちろん行かないッスよ」

「……あ、駄目、その目信用できない」


 エリスがジトっとした目でグーンを睨んだ。

 エリスは、汗を流した後にここ玄関ロビーで待ち合わせして、午後も一緒に何かをしようと言ってきた。グーンは信用がないことだなぁと思いながらも、思わぬご褒美に尻尾を振りそうだった。

 そう言って別れて、お互いに部屋に戻って大浴場で汗を流して、再び玄関ロビーで落ち合った。

 なぜか四人で。


「おう皆、午前中に船長ん家に電話して伝えてきたぜ。明日の夜に寮に来るってさ」

「ご苦労サル」


 そこにはサルバとロリエもいた。グーンが寮の部屋に戻ると、待ち構えていたかのように捕まえられたのだ。きっとロリエも似た感じでエリスを捕まえたのだろう。

 とはいえグーンもエリスも、大浴場で汗を流すだけの時間は認められたのは、不幸中の幸いだろう。二人とも濡れ髪のままだが。


「その伝言しに来ただけなんだけどよ、ついでだから皆で遊ぶか、グラウンドで」


 いや待て。グラウンドにはあのナンパ男がいるから、エリスに加えてロリエまで連れて行ったら大変なことになる。だいたいデートのために飲み会の時に買った服を着てきたのに、それはない。


「アタシはパス」

「お、どしたんロリっち、用事か」

「そんなとこ」


 ロリエは空気を読んでくれたのか、脱落してくれた。もう一人だ、とグーンは思い、先ほどの話を切り出してみた。

 グーンはエリスとの地獄の特訓で気が付いた三つのことを話し、次にエリス相手だと空中でも取っ散らからなかった原因の三つも話した。

 話のたびにエリスが赤くなって憤慨したり、赤くなって照れたり、忙しかった。

 締めくくりにグーンは、共同姿勢制御の実験をもう一度サルバとしてみたいと言い、サルバはそれを快諾した。

 グーンは内心ほくそ笑んだ。ポールには未だにスリーオンスリーで遊び続ける他船の社員がいるはずだ。ロリエが辞退した今、上手くそいつらにサルバを押し付ければ、ミッションコンプリートだ。


「そんじゃアタシはここで別れるよ」

「アザッシタ、ロリエ先輩」


 礼を言うグーンに、ロリエは手をひらひらと振って返した。

 そして到着したグラウンドで、実際にサルバと手に手を取って大ジャンプしてみた。


「あっれ、本当だ」

「でしょ、エリっさんとやって気付いたんスよ」

「でもこうすると取っ散らかるのは変わんねぇ、と」

「それやったら誰でもなるッスよ! 何すんスか!」


 着地して意見をすり合わせると、やはりハードスーツが原因なんじゃなかろうかと言うことになった。何しろ例え生身同士だとしてもグーンが共同姿勢制御に慣れるには早すぎるし、サルバはサルバで自分がヘタとは認めなかったからだ。


「じゃソフィ姐さんとエっちゃんが取っ散らかんねぇのはなんでだよ」

「想像ッスけど、ソフィ姐さんに負担が行ってたんじゃねッスかね」

「え、私負担かけてたんですか?」


 考えてみれば、ソフトスーツとハードスーツが共同姿勢制御をしようとすれば、倍近い質量の差によって、ソフトスーツ側の負担が増すのは当たり前だ。

 もちろん、後進を育成した経験の差もあるだろうし、それを言い出したらサルバはソフィに絶対敵わない。そしてその負担を表に見せないのも技量の内なんだろう。


「よー、いつんなったらコッチに混ざんだよー」


 会話の途中に、スリーオンスリーを楽しんでいた連中の一人が寄ってきて、割り込んできた。エリスにナンパを仕掛けた奴とは別の社員だ。サルバよりも先輩の社員に当たるらしく、サルバは敬語で応対した後に、グーンに事情を問いただした。


「あいや、先ほど皆さんに地獄の特訓のルール教えたんスよ」

「なんか新人が楽しそうなゲームやってたから、そこの奴に教えてもらったんだよ。けど元々サルバが考えたらしいじゃん、だから三人ともこっち来て混ざれよ、一緒にやろうぜ」


 おっと話が違う。グーンはサルバだけをスリーオンスリーのプレイに押し付けようと思っていたが、こちらまで標的とは。

 グーンはエリスの耳に口を寄せて、こっそり聞いた。


「どうします?」

「三人で街に行くからって言って断って」


 エリスは、サルバも含めた三人で街に出かけたいと言ってきた。珍しいと思いながらもグーンは頷いた。


「すいません先輩、今日はサルバ先輩と三人で街に出かける用があるんス。また明日お誘いいただきたいッス」

「マジかよ、仕方ねぇな、明日待ってるぜ」


 その先輩社員は、ポールのほうに戻っていった。

 しかしエリスがサルバも交えて三人で街に行きたいとは、不潔を嫌っていたんじゃなかったのかな?

 グーンがそう考えてると、サルバがエリスに口を開いていた。


「え、俺もお出掛け? ゲーム参加してもいいかなーとか思ってたんだけどよ」

「はい、ちょっとソフトスーツのショップを紹介していただきたくて」

「そういうことかぁ。わかった、行こうぜ」


 サルバは特にめかしこんだ格好はしていなかったが、そのままでお出掛けに行くようだ。

 三人はグラウンドからぴょんぴょんと通路を進み、会社の敷地から出た。

 途中グーンだけは、十七号船格納庫で働いていた整備の人間を目ざとく見つけ、笑顔で手を振っていたが。

 整備員はこちらに気付いた途端、ものすごく苦い顔をしていた。おおかた、女連れかよ、けっ!とか思っているんだろう。

 なおその後グーンは、その様子をエリスに見とがめられて、軽く説教を受けた。


 三人は歩いて地下鉄エアーチューブトロッコの港湾ブロック駅にたどり着き、一人二ダラーの乗り賃を支払って都市北ブロック行きのトロッコに乗った。

 ちなみにトロッコに乗らなくても、港湾ブロックから都市ブロックへの移動はできる。地上には道路があるし、エアーチューブに並行した整備点検路を兼ねた歩道もある。とは言え地上は真空なので生身では歩けない。歩道は与圧されているが、約五キロは歩かないと都市ブロックにたどり着けない上、走行禁止なのでとにかく時間がかかる。よほどの理由がない限りトロッコで出入りするのが一番だった。


「それにしてもよエっちゃん、せっかくのグーンとのデートのチャンスだったんじゃねぇの? 俺がいて大丈夫なのかい?」

「え、いや、デートって訳じゃないんです、グーンの例のほら、ハードスーツ着てると空中姿勢が上手くいかないってのを、ショップに相談したかったんです」

「ふーん、あそこで遊んでた中に、女と見るとナンパ仕掛ける奴が混ざってんの見かけたからよ、そいつを避けての話かなぁ、って思ってたんだけどな」

「俺もそう思ってたッス」

「あ、うん、半分当たり……」


 グーンは以前から、エリスがそういった方面に非常に潔癖症というか、奥手というか、恐がっている雰囲気を感じ取っていた。

 その割には今回、サルバの同行を許したというのが、少々解せなかった。

 とは言えグーンは以前から、エリスを恋愛対象として見るのはリスクが大きいと忌避もしていたから、自分には関わり合いのないこととして深く考えるのをやめた。


 サルバは新人二人を連れて、目当ての店に到着した。地下鉄トロッコの中で話していた、宇宙服専門店だ。


「いらっしゃいませ」


 店内は明るく、各メーカーの新作宇宙服がショーウィンドーに飾ってあり、奥にはアクセサリーが並び、壁にはポスターが貼ってあった。グーンはその光景に、心躍るものを感じていた。エリスもその清潔感のある店構えには好感を持っているようだ。


「つーかよ、なんで急にソフトスーツ? しばらく会社のスーツで練習してもいいんじゃねぇの?」

「いや、先輩のバディとして今後も続けるのに、お互いの質量が違うと不都合と思うんスよ、一緒に飛んでも取っ散らかるし、いつでも自由に使える自分のスーツ欲しいし」


 ハードスーツを借りるたびに書かされる備品貸出届に、グーンはちょっぴりウンザリしていた。書く項目が意外に多く、ある程度まとまった期間を借りるならともかく、気軽さとは無縁だった。


「あと、単純にこういうショップに興味があったってのもあったっスね」

「ほーん、そんじゃ自由に見てろよ、俺ちょっと奥行ってっから」


 そういうとサルバはひょいひょいと店の奥に行って、店員と話し始めてしまった。


「お客様、何かお探しですか?」


 一方二人の元にも、店員が来て話しかけてきた。


「あ、はい、ソフトスーツを検討しているので、今の売れ筋の情報を得たくて来ました」


 返答はエリスだ。衝動買いしそうな素振りを匂わせない、しかし冷やかしとも思わせない、なかなか見事かつ無難な返答だ。


「そうですか。今は新年度が始まったばかりですので、お客様のようなお若い方にご購入いただくケースが多いですね。ですので現在の売れ筋は、最新の一つ前の普及モデルが多いでしょうか」

「すいません、最新と一つ前の違いとか、上位モデルと普及モデルの違いとか、教えていただけますか」


 そのエリスの言葉に、店員は懇切丁寧に解説してくれた。


 ソフトスーツは、機能性を重視した宇宙服としての側面、ファッション性を重視した服としての側面、耐久消費財の側面、このような相反する要素を同時に持つ、一風変わった商品だ。

 なので、よほど革新的な新機能が盛り込まれていない限り、最新と昨年モデルの違いとはデザインの違いである。

 そして最新普及モデルと昨年上位モデルは、機能的にはほぼ同価値となる。

 ただしこれは同じ形式、つまり最も普及しているタブ型ソフトスーツの場合なので、違う形式のソフトスーツとは単純比較はできない。

 宇宙服は中古市場もそれなりに充実していて、若い客は新品のディスカウント商品と中古品を両天秤に掛ける傾向があった。

 その価格帯は新品なら一万ダラーから五万ダラーまで程度で、最安値の商品でもグーンの手取り年収の半分に匹敵した。中古なら八百程度から二万程度、上限は青天井だろう。

 現代日本に生きる諸兄に対しては、自家用自動車とほぼ一緒と認識していただければ、分かりやすいだろう。当然購入には銀行からの借り入れによる分割払いが前提となる。

 これらを説明してくれた。


「そうですか、違う形式というのは、どういうものを扱っているんですか?」


 ソフトスーツで一般的なものは、ソフィやサルバが着用しているタブ型と言われるものだ。これは第二・一世代ソフトスーツと言われる、ナノカーボンファブリックを構成材とした非伸縮タイプのもので、利点は体形や与圧を締め付け度合いで自由に変えられること、欠点はタブがはみ出て美観が悪いこと。

 次に普及しているのは、ロリエが着ているワイヤー型と言われるものだ。これも第二・一世代ソフトスーツに分類されるが、タブがないので美観に優れ、電動インパクトレンチを人体に使う恐怖から解放される。その反面、着脱に力がいるため補助人が必要であること、専用治具がないと体形や与圧を変えることはできないことと、それなりに制約が多い。これらの特徴から、児童用、女性用が主となっている。

 このほか、上記ワイヤー型の与圧を電動ウィンチとラチェット機構に変更したものもあった。これは第二・二世代ソフトスーツに分類され、タブがなく、しかも着脱に力もいらない優れモノだ。ただし体形や与圧を変更するには、トルク数値書き換えのためにショップ持ち込みの必要がある。おまけに高いし動作電力も必要だ。

 加えて第二・二世代ソフトスーツには、形状記憶素材型と言われるものもあった。動作電力は必要ないが、さらに高価だ。

 ごくまれに中古市場に流れるものとして、ゴム型もあった。これは第二・〇世代ソフトスーツに分類されるソフトスーツの元祖だ。タブもなく、着脱も一人で行え、与圧の変更はできないが体形はある程度融通が利くものなのだが、メインベルトではこのスーツに使えるゴムの産出ができないため、メンテナンスやリペアは地球からの輸入となるため非常に高くつく。

 さらに最近では、人工筋肉型と言われるものも出てきた。これは第二・三世代ソフトスーツに分類されるが、同時に第三・二世代パワードスーツにも分類される。特徴は与圧とパワーアシストを人工筋肉で行うため、タブもなく、着脱も一人で行え、与圧も体形もある程度自由自在だ。ただしそれも内蔵バッテリーが続くまでであり、おまけに高価だ。

 なお、この人工筋肉型をベースに動作反応素子を圧電式から脳波感応式にした、ドールスーツというものも開発途中にある、という裏話も聴けた。現在、宇宙服協会による第四世代宇宙服の認定の最右翼と目されている。ただしドールそのものが第四世代を自称している現状もあり、しかも当のそのドールメーカーによる宇宙服業界参入という構図から、宇宙服協会の拒否感は強く、どうせ今回もまた認定はされないままなのではないか、という噂もあるらしい。

 加えて頭部の与圧区画として、二つの方式を教えられた。

 フェイスガード式は軽量高機動を追及するもので、生身用のヘルメットなどを追加装備できることも大きい。ただし空気漏れを防ぐため、顔や耳のフィッティングパッドのまわりを脱毛することが必須となり、髪型に制限があるため女性に評判が悪い。

 もう一つのフィッシュボウル式は、軽量高機動を捨てて髪型に自由度を持たせたものだ。見た目はまさに金魚鉢で、耐衝撃性はほぼ無いに等しいので仕事の蛮用には耐えられない。その特徴から児童用、女性用が主で、報道メディアが美人巨乳リポーターにフィッシュボウル式ソフトスーツを良く着せることから、一部コスプレ売春窟でも人気だとか。


「こんなところでしょうか。価格は一番こなれているのがタブ型で、ワイヤー型は少々お高め、他は現実的ではないですね」

「なるほど、ご丁寧にありがとうございます。カタログブックかもしくは専門雑誌を購入したいのですが、よければいただけますか」

「はい、それではお持ちしますので、少々お待ちください」


 そんなエリスのやり取りを、グーンは口を挟まずに、いや挟めずに、見ているだけだった。

 エリスは現場仕事よりも、営業で使ったほうが即戦力なのではないだろうか、グーンはそう思った。

 持ってきてもらった数冊のカタログはエリスが、雑誌はグーンが購入し、検討してみますと伝えて店を出た。サルバは馴染みの店員と話をしていただけらしく、切り上げて後を追ってきた。


「ま、仮にソフトスーツ買うとしてもよ、船長とソフィ姐さんに相談はしとけよ。チーム編成にも関わることだからな」

「了解ッス」

「了解です」


 三人はロリエへの土産を買うにあたり、お菓子と高級酒で意見が割れた末、お菓子を買って、再び地下鉄に乗って帰社した。


次話は、第三九話 技能講習(宙球、対空警報、免許資格)です。

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