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第三六話 ボール遊び(倉庫、ハードスーツ、宙球)

前話は、第三五話 モールス(通信事情)です。

「ローリーエーちゃーん、エーリースーちゃーん、あーそーびーまーしょー」

「やめろ」


 現在時刻一二三〇(ヒトフタサンマル)、サルバとグーンは、食堂で寮の昼食をとっているロリエとエリスの前に並んで、声をかけていた。手にはボールを持っている。

 周りの寮生も何事かと、ジロジロ無遠慮な視線を投げかけてきた。中にはサルバの悪名を知っているのか、クスクス笑っている女子社員もいた。

 声を掛けられた側のロリエはものすごい形相で睨んできていて、エリスは赤い顔をしながら周囲の視線を探っていた。


「ほらぁ、サルバ先輩やっぱ拒否られたじゃないッスかぁ」

「バカおめー、真面目な顔して声かけるほうが照れ臭ぇだろ」

「だからって本当にやるバカがいるかよ」


 スパゲッティをクルクル巻き取りながら、ロリエは呆れた声を出した。


「え、何? 何?」

「帰ってからボール遊びしてみようって言ってたじゃないッスか」

「言ったけど、その声の掛け方は……その……」


 エリスは食事に手を付けないまま、ロリエ以上に小さく縮こまっていた。


「とりあえずお前ら、どっか行け」

「いやいや折角迎えに来たんだからよ、食べ終わるまで待ってるぜ」

「お前らがいると、いつまで経っても食事が終わんねぇんだよ!」


 ロリエの言葉で渋々食堂を出た二人は、玄関ロビーでロリエとエリスが出てくるのを待った。

 未明にこの場所で行われた副寮長とアンネとのやり取りは二人の脳裏にまだ残っていたが、二人はあえてそのことを話題に出そうとはしていなかった。何しろ思い返すだけで腹が立つのだ。

 そんな二人の前を、食事を終えた寮生が次々と通り過ぎていく。中にはサルバに挨拶していく者もちらほらいたが、その都度グーンは立ち上がって礼をしていた。

 そしてようやく目当ての二人が食堂から出てきた。


「よっす」

「いやがったよ。……しっかしボール遊びする気マンマンだな」


 サルバの呼びかけにロリエが応じた。

 サルバもグーンも、デザインこそ違うがジャージ着用だった。


「おう。グーンから聞いたんだよ、エっちゃんとボール遊びする約束してたってよ」

「んでお前もそれに乗ったって?」

「まあな。船長からも地獄の特訓言われてるし」

「昨日も言ってたけど、なんだよそれ」


 ロリエは地獄の特訓についていぶかしんだが、グーンは思い出した。自分とサルバの初仕事の際、ゼロG空手の弊害でうまく空間姿勢制御が出来ず、その報告を聞いた船長が、地獄の特訓という恐ろしげなワードを口にしたことを。そして昨晩の独身寮玄関ロビーでの船長からの指令で聞いた、二回目を。

 さらにそのワードを耳にしたエリスが、とても不安そうに聞いてきた。


「サルバ先輩、私もって言ってましたよね、その地獄の特訓」

「言ってたなぁ。確かに」

「どうしても今日やらなくちゃ駄目ですか?」


 エリスの言葉の後にすぐ繋げるかのように、ロリエが口を開いた。


「今日はこれからエリスと街に出かける気でいたんだよ」

「そっかぁ、んー、方法とかルールとか別個に教えるの面倒だからよ、できれば両方いっぺんに教えちゃいたかったんだよ」

「そういう事情か」


 サルバが自分の事情を話すと、ロリエはその理由には納得した顔をした。とはいえ女子二人の事情を無視した遊びの誘いのほうは、恐らく納得はして貰えないだろう。

 そこにグーンが助け舟を出した。


「俺が先輩から教わった後に、俺からエリっさんに教えるッスよ」

「教えられんの? お前が?」

「そりゃ先輩が教えたほうが確実ッスけど、まぁ最善は尽くすつもりッス」


 グーンはサルバの様子を伺った。サルバが納得して引いてくれれば、この場は丸く収まるのだ。


「だからお二人にはお出掛けに行かせてあげて下さいよ」

「まぁ、そんならしょうがねっか」


 そこにロリエとエリスからの一言が入った。


「お前にしょうがねっかとか言われんのはシャクだけど、そういうこった。悪いな」

「すいません、サルバ先輩、グーン。今度是非」

「おう、エっちゃんまた今度な」


 スタスタと女子寮に戻っていった女子二人。玄関ロビーに残されたサルバとグーンもまた、玄関から外に出た。


「先輩、ありがとうございます」

「ん?おう、まいいってことよ」


 そして向かった先は、通りを挟んで格納庫と向かい合わせに建った倉庫だ。遠征から帰還した後、みんなで積荷を運んだ先だ。


「ごめんくーださいっと」

「ん? おう、サルバ。何の用だ」


 中には倉庫を管理する社員が管理室に詰めていて、入ってきたサルバとグーンに声をかけてきた。

 サルバは管理室の窓に顔を寄せて、来た理由を告げた。


「すんません。昨日お返ししたハードスーツをもう一回貸して欲しいんすよ。理由は新人の訓練のためっす」

「訓練か……だったら訓練用スーツのほうがいいんじゃねぇのか?」


 管理員は手元の紙をペラペラとめくり、目当ての様式を探し出した。


「特にこだわりは無いっす。なグーン」

「ウッス」

「じゃ書類書け、ほれ。出してきてやるから」


 グーンは出された様式に必要事項を記入して待っていたら、しばらく後に倉庫の大型扉が開いて、訓練用ハードスーツをパレットに乗せて運んできたフォークリフトが出てきた。


「ほれよ。返却は一八〇〇(ヒトハチマルマル)で良かったんだよな」

「はーい、お世話様ですー」

「アザッシタ」


 グーンは受け取った訓練用ハードスーツを手早く分解して、ちょっと離れた場所で調整・着用を始めた。仕事中に着たハードスーツよりもモデルはさらに古く、あちこち傷だらけではあるが、基本的な構造は全く変わりなかった。

 ハードスーツは全て装着すると百キロ近い質量となるが、全身にまんべんなく荷重がかかるので、実は重力下でもそれほど不自由せずに動き回れた。同じ体格の人間をおんぶして歩くほうが、質量としては低くてもよほど負担となるだろう。ましてここは微小重力環境なので、普通の筋力を持つ人間なら日常動作はなんなくこなせるだろう。

 今回は別に真空に行く訳ではないので、ヘルメットは被らなかった。


 二人はその格好で、会社の敷地を本社屋とは逆のほうに移動した。


「先輩、そっちって何があるんスか」

「何もねぇ空き地だよ。うちの会社の敷地ではあるけどな」


 確かに何もない土地だった。将来船の格納庫が増えたときのために確保しているのか、それとも社員のグラウンドとしているのか、敷地の範囲に網フェンスが張ってあるだけで、他の何もない空間があった。

 サルバはその空き地の適当な場所に、手で捻じ入れるタイプのパイルを一本突き立てて、その上に足場パイプをかぶせて、即席のポールを作り上げた。そしてボールに着いていたストラップ穴に細身のロープを通して結わえ、もう一端をポールに結わえた。

 メインベルトのボールにはこのようなストラップ穴が着いていることは、極めて当たり前のことだった。何故なら低重力下の物体は、人間の力でもどこまででも飛んで行ってしまうので、周囲の迷惑にならないようにひもを結わえるためだ。


「んん?先輩、今の結わえ方、なんスか?」

「あ?普通にもやい結びだけど」

「早くて見えなかったッス……。ロリエ先輩のも見えなかったし」

「そのうち慣れんよ」


 そう言って、結わえ終わったボールをグーンに投げつけてきた。直径約ニ十センチほどのボールを両手でキャッチしたのを見て、サルバは声をかけてきた。


「それ片手でキャッチして片手で投げ返してみ」

「はぁ、やってみます」


 何度かその状態でキャッチボールをしたが、片手でキャッチはなかなか難しい。グーンの手のひらの大きさは並であり、指の長さも並であったので、掴み切れずに取りこぼすことが多かった。


「うまく掴めねッスね」

「握力足りてねぇんじゃねえの?しばらく鍛錬すりゃ掴めるようになんよ。仕方ねぇから両手使っていいけど、できるだけ片手でやるって心がけてみ」

「ウッス」

「んじゃ次は、ボールのキャッチとスローは必ずジャンプ中に行うこと、これできっか?」

「やってみるッス」


 ボールを受け取る、投げる。これらの動作一つとっても、このような微小重力環境では体は泳ぐ。どちらも空中にいる間に行うとなると、それはさらに顕著だった。とはいえグーンもまた小重力環境育ち。このくらいであれば問題はなかった。

 問題はグーンは、受け、振りかぶり、投げの三アクションだったことだ。サルバは受け、投げの二アクションでやっていた。受けの運動エネルギーで腕をそのまま振りかぶり位置に動かしていたことが、アクションの数に反映されていた。アクションの数はそのまま動きのスムーズさに直結し、グーンのそれは素人臭く、サルバの動きは洗練されていた。


「じゃ続いて、大ジャンプ中に何度もキャッチスローを交わすぞ」

「ウイッス」


 大ジャンプ中は疑似無重力となる。だから受けても投げても身体は泳ぎ、地面でリセットできない。

 これをグーンは、投げるたび受け取るたびに、ゼロG空手の姿勢制御で地面と垂直に保っていた。一方サルバは、投げて得た回転モーメントを、下半身だけ回転させることで上半身を相対的にまっすぐ保ち、受け取りの回転モーメントと相殺していた。

 そして徐々に早く強くなるボールによって、グーンは姿勢制御が間に合わなくなってきて、ついにはボールの受けに失敗した。


「ありゃ」

「身体の使い方が違うんだよなぁ。ま付き合ってやるから徐々に慣れんだな」

「ウッス」

「じゃ最後にバウンドキャッチスローな」


 サルバは大ジャンプの空中からボールを投げて、ポールにぶつけてグーンの位置まで跳ね返らせた。グーンもまたキャッチしてすぐスローし、ポールにぶつけた。しかしサルバの位置とは違う方向にボールは跳ねていった。


「ヘタッピ」

「いやこれ普通に無理でしょ」

「俺が出来んだからお前もやるんだよ」


 何度かやって、ポールとボールの角度の度合いを掴んでからは、グーンもそれなりに返すことが出来るようになっていた。しかしサルバは空中でも、身体を回したり曲げ伸ばししてボールをキャッチしにいける体勢を事前につけていることに較べて、グーンは跳ね返ってからその軌道を読んで、反射神経だけでキャッチしに行く違いがあった。


「まずはこのキャッチボールを普通にこなせるようになってからが本番だな」

「いや参ったッス、先輩ほど動きが洗練出来てねぇッス」

「ならポール打ちして、一人でコツコツ練習するんだな」

「ウッス」


 グーンは、ヒマが出来たらこれを練習しておこうと考えた。サルバの洗練された動きを自分ができていないというのが、なんだか無性に悔しかったためだ。

 しかしサルバは、そんな単純な身体操作法の練習だけで終わらせるつもりは、なかった模様だ。


「で、実はこれは、地獄の特訓の前段階でしかねぇんだわ」

「そうなんスか、上手く動けなくて、こんだけでも充分ヘコんでんスけど」

「残念ながらもっとヘコみます」

「うげー」


 サルバはボールをもてあそびながら、話の続きを語り始めた。


「グーン、お前宙球って知ってる?」

「宙球?」

「そ、宙球。スペースポロ」

「や、体育や部活になかった種目は覚えがねえッスよ」

「だよなー、マイナーだもんなー」


 サルバはガックリと肩を落として、なにやら嘆いていた。


「船長から言われた地獄の特訓ってのはよ、その一はハードスーツでの生活なんだわ」

「そうなんスか……アレをずっとやるんスか……」


 グーンは思い返していた。帰りの船内でずっとやらされていた、ハードスーツでの操縦席着座訓練を。生活と言った以上は、食事も睡眠もトイレも全部ハードスーツ着用で行えということなんだろう。軍隊じゃないんだから……とも思ったが、ことハードスーツに慣れるという観点から言えば、この軍隊式ほど理にかなった方法はない。


「あとで倉庫の管理員に相談しなきゃいけねぇけどよ、まそういうこった。んでその二があるんだわ」

「その二ッスか」

「その二が、さっき話した宙球のワンオンワン」

「はぁ」

「おっ、グーンお前、宙球ナメてんな?」


 そこからサルバは、グーンに宙球をざっと説明した。


 さて、宙球とは。

 宙球(スペースポロ)は、宇宙(スペース)水球(ウォーターポロ)の略だ。これは地球の水球から派生したスポーツで、一辺三十メートルの立方体空間内でボールを相手ゴールに入れた得点で勝敗が決まるスポーツだ。普通は無重力環境にフィールドサイズの檻を用意して、その中で競技する。

 特徴は、推進剤を使ってはいけない点……はほぼ全ての競技に共通だから良いとして、ボールと壁や地面に同時に触れてはいけない点。ボールを両手で掴んだり拳を使ってはいけない点。ボールを連続してキープしていられるのは三十秒以内である点。そしてボールを持っていない選手に妨害してはいけない点だ。裏を返せば、ボールを持っている相手には反則以外許される。

 反則は危険行為全般と暴力行為全般だ。殴る蹴る折る壊す脱がすは反則。押す掴む投げる極めるはアリだ。ただしそれも地面や壁に接触するまでの話で、その状態では相手どころかボールに触れても反則だ。

 一方ワンオンワンというのは、一般的にはバスケットボールの特殊ルールで、オフェンスとディフェンスに分かれて一対一でゴールを競うというものだ。


「つーわけで、元のポロから数えりゃ歴史あるスポーツなんだぜ。はぁとか気のねぇ返事は気に入らねえな」


 サルバはわざとらしいプンスカポーズをとって、グーンをわざとらしく睨みつけた。


「んー、バスケットに近い感じッスかね?」

「どっちかっつーとバスケットよりハンドボールって言って欲しいとこだけど、まぁそんなとこだ」

「だって俺ハンドボールもよく知りませんもん」


 マイナースポーツの悲哀を噛みしめたサルバであった。


 続いてサルバによる即席ワンオンワンルールが制定されていった。

 この場合のゴールはポールにぶつける形で良いだろう。オフェンスとディフェンスの切り替えはボールのロープがいっぱいに伸びて跳ね返った時点で良いだろう。


「そんじゃまずはやってみっか」

「ウッス」

「お前からオフェンスで良いぜ、キャッチだけ両手使っていいけど、あとは片手でやれよ」


 ボールは片手で掴める大きさだが、球技の経験が授業でバスケットを少々程度のグーンでは、片手でキャッチできる大きさではない。

 どう攻めれば良いかわからなかったので、グーンはひとまずボールを空中に投げてゲームを開始した。


「そんじゃ行くッスよぉ」


 空中にボールを投げて、ジャンプして追いかけて空中で掴んだ。

 しかし目の前にサルバが手を広げて迫っていた。

 グーンは片手でサルバを押し退けようとするが、サルバはその伸ばした手を掴んで身体を引き寄せてきた。グーンはついそこから逃れようとして、ボールを取り落とした。

 しまった、と思ったときにはボールはロープいっぱいに投げられていた。サルバは戻ってきたボールを片手で掴んで、攻守逆転。グーンはディフェンス側だ。

 サルバは片手でグーンに掴みかかり、それをグーンは嫌って内回し受けで払ったが、対角線上のサルバの足がスッと入ってきた。これもまたグーンは膝で受ける。宙球のはずなのにやけにゼロG空手っぽい動きだ。

 その間にボールを見事ゴールに当てられていた。


「ありゃー」

「空手の試合じゃねんだぜぇ、ボールキープしたヤツを妨害しないと」


 そう言ってサルバはまたグーンにボールを放ってきた。

 悔しいけど案外楽しい。


 グーンはまたボールを放り上げて、ジャンプで追いついた。しかし触れるか触れないかの距離をサルバも上昇してきていて、身体を掴まれるのを警戒していたらボールキャッチをミスしてしまった。

 グーンの背後に回ったボールをサルバは軽々キャッチして、相手に接触する権利を獲得。すぐさまサルバはグーンを右足裏と左足甲で挟み、地上に落としてきた。

 その反力で滞空時間を延長したサルバは、落ち着いてロープいっぱいにボールを投げてキャッチしてから、地面に激突して痛がっているグーンを尻目にゴール。


「キャッチミスは駄目だよぅ、オムイチくぅん」

「うっわムカつく!蹴り落とすの反則じゃないんスか!」

「あれは蹴ったんじゃなくて押し落としたんだっつの。その前に挟んでただろ?」

「かー屁理屈!」

「屁理屈じゃねーよ、正当なテクニックだっつの」

「……正当なテクニック?」


 その言い方に、グーンは何か嫌な感覚を感じ取り、恐る恐る質問してみた。


「先輩、質問」

「なんだ?」

「先輩なんの国体選手だったんスか?」

「宙球」

「やっぱりだよコンチクショー!」


 グーンがサルじみた様子でウキ―と怒っていると、サルバが言った。


「じゃハンデだ。ずっと両手でボールを掴んでてもいいぜ」

「くー、その余裕ぶった表情ぶっ壊してやりてぇッス!」


 その後三十分、グーンはゴールを一本も取れなかった。


 地べたに寝転がり、荒い息をついたグーンは、船長が的確にグーンの弱点を鍛えようとしていることに舌を巻いた。

 これは打撃や避けや捌きではなく、掴みと崩しが上手いほうが勝敗を制する。

 だったらゼロG柔道で良いのに、あえて宙球をチョイスした理由は、掴みと崩しが主目的ではないからだろう。両者が絡み合った状態での姿勢制御にこそ主目的があった。

 ボールを使う球技であるということも重要だった。握力の鍛錬も必要だし、受け、振りかぶり、投げの三アクションから、受け、投げの二アクションに移行するためには、動きの無駄を見直さねば始まらなかった。空中姿勢の連続性を意識することも重要で、さらに先読み。

 これらは全て、鳶仕事での身のこなしに応用が利くことであった。


「どうしたよカラテマン、もうへばったか?」

「くっそ、悔しい、けど、もう、動け、ねぇッス」


 大の字に寝転がったグーンを見れば、どちらが勝ったかなど誰にでもわかるだろう。グーンはその敗者側になってしまったことに、悔しさを感じていた。


「よーサルバ、面白そうなことやってんな、転がってんのお前んとこの新人か?」

「そうなんすよ、てーんで歯ごたえがなくって。どっすか、ワンオンワンやります?」

「やるやる、ルール教えろ」


 そんな会話が聞こえてきて、グーンが頭を倒すとその会話相手が見えた。

 グーンの知らない顔だった。恐らく別の船の社員なのだろう。

 グーンはなんとか体を起こして、ボールに付いたロープの範囲外まで出ると、網フェンスに寄りかかってそのゲームを観戦した。


 サルバとその社員は、ゲーム序盤から拮抗していた。サルバが宙球の経験者だったとしても、ワンオンワンのエキスパートではなかったのだ。基本的には宙球とは、パスワークで相手を翻弄するタイプの、チームワークを重視する球技だったためだ。

 空中でもみ合って、時折二人が地上に降りてくる。その都度ボールは放り上げられて、それを追って二人が大ジャンプして、再びもみ合っていた。

 三十分ほども続いたそのゲームを終えると、二人とも汗だくになって笑い合っていた。


「いやー、やっぱ強いなお前」

「へへへ、今度またやりましょ」


 そう言ってその男性社員は去っていったが、グーンは実は気が付いていた。

 周り中に集まった、暇を持て余した野次馬の集団を。何故かギャラリーとは呼びたくない。

 そして次俺、いやサルバ休んでろよ、俺とやろうぜ、などと楽し気に声を掛け合っていた。


 そしてグーンは思い知った。この会社は体力の化け物の巣窟だと。


次話は、第三七話 整備見学(船舶、整備部、男性心理)です。

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