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第三五話 モールス(通信事情)

前話は、第三四話 新人の課題(港湾ブロック、会社、資格)です。

「サルバ先輩、この後どうします?」

「ん?寝るだけだろ?」

「眠くねッスよ、あんな時間に起きたんスから」


 現在時刻二三三〇(フタサンサンマル)。良い子は寝る時間だ。悪い子の二人は中央棟を通り過ぎて男子寮に入り、ちょうど階段を昇るあたりにいた。

 彼ら三班は遠征からの帰途、到着間際の業務見学と体験のために、〇三〇〇(マルサンマルマル)に就寝して一一〇〇(ヒトヒトマルマル)に起床するという臨時タイムスケジュールを過ごしたのだ。もうちょっと経たないと眠くはならないだろう。


「そう言われてもな、暇つぶしなんて何もねぇし、外にも出れねぇし」


 現在時刻を考えると、食堂の大型モニターで動画配信を見るのはどう考えても迷惑行為だ。男子寮や女子寮と別棟になっているから音や光を出して良いというものではない。寮監室の二階には寮監夫妻が暮らすプライベートルームがあるし、住み込みの調理師の居室だってあるのだ。

 そして暇つぶしの遊具や書籍は、個人個人で用意するものだったので、寮のロビーにあるはずもない。

 一方遊ぶ相手といえば、まぁいなくもない。本来だったら同じ夜勤を行った他船のクルーと遊べばいいのだが、グーンは接点を持っていないのだ。となれば同じ船のクルーとなるのだが、現在最も眠いはずなのは今朝〇六三〇(マルロクサンマル)に起床した二班だから、恐らくエリスは望み薄だった。朝勤だった一班は昨晩二三四五(フタサンヨンゴー)から帰還まで働きっぱなしだったが、常識で考えれば帰還後一四〇〇(ヒトヨンマルマル)から数時間程度は仮眠をとったはず。だからロリエならまだ起きている可能性が高かった。

 とはいえ……。サルバは部屋の鍵を開けながら、諦め口調で話した。


「ロリっちと遊ぼうったって、連絡手段ねぇしな」


 現代に生きる諸兄には最初から想像もつかないこと、もしくは既に忘却の外だろうが、携帯電話の無い生活はどういうものだっただろうか。

 基本的にここメインベルトには、個人が持つ携帯電話というものは存在しなかった。せいぜい軍や行政や大企業などの緊急無線、もしくは権力者くらいなものだろう。いずれにしろ庶民には無縁の代物だった。

 携帯電話が無いからと言って、モバイルデバイスの技術自体が無かった訳ではない。ただしそのデバイスも、広くネットに繋がる今日(こんにち)の接続環境はなく、有線で繋ぐローカルエリアネットワーク以上のものは存在しなかった。これもまた、存在したとしても庶民には無縁の代物だ。

 なぜ携帯電話や無線接続がないのかと言えば、これは無線の帯域がほぼ全て埋まっているためだった。

 宇宙は電波の減衰が起きないため、たとえ遠い場所で発信された電波でも容易に混線してしまう。なので帯域幅ごとに使用可能域を細かく割り当てられるのだが、地球連邦、火星連邦、木星連邦という大組織がほとんどを占有していて、メインベルト向けに解放されている狭い帯域幅では、どんなに圧縮しても軍と行政と大企業のぶんしか空かないのだ。その中でも民間用に開放されているのはたったの数チャンネルで、そこは極度に圧縮されたデータがひしめく激戦区となっていた。当然アマチュアが手を出せる領域ではない。

 しかし賢明な諸兄はすぐにお気づきだろう。外に電波が漏れない閉鎖空間内だけなら、もしくは絞りに絞った指向性であれば、電波を使っても構わないのではないのか?と。しかし世の中には一定数のバカがいるものだ。もし宇宙で使うことを禁じられている電波発信源を使うバカがいたら、それだけで国際問題だ。だからバカを排除するための免許制度が確立しているし、おいそれと気軽に使えないようにされているのだ。

 さて、そんな便利な携帯電話やモバイルデバイスが使えない世の中であれば、個人の間の通信手段は全くないのか。いやそんなことはない。


「連絡手段、本当にないもんッスかねぇ」

「こんな夜中だから、声かけて呼び出す訳にも行かねぇだろ。通信だってねぇし」

「いや、例えば光でモールス信号やって、意思疎通するとか」

「……モールスかぁ……、そういえばそんな技術もあったな」


 モールス信号。それは前時代に制定された全世界共通の符号だ。トン、ツー、休みで構成され、この組み合わせによって様々な文章を送受信可能となる、最も原始的なデジタル通信手段だ。

 元は電波で行われていたモールス信号だが、やろうと思えば音波、振動、光、のろしなどさまざまな伝達手段で実行でき、なにより機械によるエンコード・デコードの手間がいらないという、非常に応用範囲の広い生きた技だった。

 ただし、それもこれもモールス信号を理解できる者がいないと、話にならない。


「そんじゃグーン、モールスでロリっちに遊ぼうぜって送ってくれ」

「え、俺モールスなんて習ったことねッスよ。先輩知ってるんじゃ?」

「俺だって覚えてねぇよぉ」


 モールスは生きた技だったが、同時に死にかけていた。音声を発信すれば用は足りるので、普段から使う人間などほとんどいなかったためだ。

 サルバはそのまま自分のベッドに身を投げ出した。


「じゃー駄目じゃん、バカらし、期待して損したぜ」


 グーンの立っているベッド脇からはサルバの表情は直接見えないが、その声音から多少ふてくされているのは分かる。グーンは自分の発言で相手をぬか喜びさせてしまったことを、少々悔いていた。

 なにか力になれないかなとグーンがあたりを見回すが、段ボール箱しかない。しかし中身はなんだろう?ひょっとして過去にサルバが習った教本が入っていたりしないだろうか?


「教本に書いてねッスか?」

「教本?教本なぁ……」


 サルバは三段ベッドの一番上の段から真ん中の段に身を移し、案の定段ボール箱を物色し始めた。


「ここの段ボールのどこかだな……」


 そして予想通り、段ボール箱をひっくり返すと、中からはサルバが過去に受験した資格教本が出てきた。


「あったじゃないッスか、モールス教本」

「あったけどよ、俺読み取れねぇぞ?」


 モールス信号の章に書いてあったアルファベット符号と、簡易交信法(QSO)を眺めながら、サルバは青い顔をして言った。

 宙技士のチュートリアル動画で見たことがある気がしたが、本職の通信士が行うモールス信号の速さは、とても素人が読み取れるスピードではない。


「読み取ったトンツーを紙に書いていって、ゆっくり読み解けばどうスかね」

「まぁ、二人がかりなら間違いもねぇかもな、でも送信どうすんよ」

「そっちもあらかじめありそうな文面用意しておいて、トンツーで紙に書いておくんスよ」


 そう言ってグーンは教本にあった例文集を開き、この場合に即したように文を修正したうえで、紙にトンツーを直接書いていった。別の行にアルファベット符号とその意味を書くのも忘れない。サルバもまたグーンと同じように調べながら書いていった。


「グーン、このARって符号の意味、そっちに書いてねぇか?」

「AR……送信終了符号ッスね、通信途中に使うと、第三者の局に現在こちら通信中ってことを明示する、って意味になるらしいッス」

「んじゃマンツーマンのモールスの場合は要らねぇ符号ってことかな」


 そんなふうに調べながら書き終わると、すでに〇一三〇(マルヒトサンマル)になっていた。自分たち夜勤の就寝時間である〇六〇〇(マルロクマルマル)も近くなり、だんだん二人は、俺たち何やってんだろう……という気分になってきていたことも、正直なところ事実だった。

 しかし一方で二人とも、書いた以上は送らないと気が済まなくなっていた。苦労を無駄にしたくなかっただけだ、とも言う。


「よしグーン、送ってみようぜ」

「ウッス」


 男子寮と女子寮は、お互い直接部屋を見ることができないように、間に廊下が挟まれるレイアウトになっていた。それでも心配なクチは、扉の明り取り窓にカーテンを付けていた。

 ロリエとエリスの部屋は確か四一一号室だったはずだから、男子寮と並び順が一緒であればあの辺の位置のはずだ。サルバはだいたいの目星をつけて、光が集中するようにレンズを絞った懐中電灯を手に、点灯ボタンを押し始めた。押すたびに点灯または消灯で固定されるオルタネイトボタンだから、点滅させるのは忙しそうだ。


LKAO(ロリエ)LKAO(ロリエ)LKAO(ロリエ)DE(こちら)SALVA(サルバ)SALVA(サルバ)SALVA(サルバ)PSE(応答せよ)(どうぞ)


 一度目は応答がなく、二度目になると扉が開いて廊下に人影が出てきた。その位置から懐中電灯の光が男子寮の二階に届いた。


SALVA(サルバ)DE(こちら)X9CCMF(コールサイン)X9CCMF(コールサイン)(どうぞ)


「ええー!?ちょっと待って、解読するッス……ああこれコールサインかな」

「コールサインじゃ、相手がロリエかどうか分かんねぇじゃねぇかよ」

「とりあえず返信してみるッス、ここをこう直して……」

「おい、同じ文面が二回目届いてんぞ」

「急かさないでー!」


(ラジャー)X9CCMF(コールサイン)DE(こちら)SALVA(サルバ)GE(こんばんは)TNX(返信) UR CALL(ありがとう)CUD U(あなたは) COME(ロビーに) 2 LOBBY(来れますか) ?、BK(どうぞ)


 これでどうよ?


(はい)BK(どうぞ)


 おお!


「先輩!通じたッスよ!はいだって!」

「うし、通信終わらせてロビー行くか!」

「どうやって終わらせるか調べて!早く!」

「何だとぉ?コノヤロ……」


TU(ありがとう)X9CCMF(コールサイン)VA(通信おわり)


 よし、これでオッケーだ。


「うし、早速行ってみようぜ」


 サルバはなんだか興奮気味だ。正直ちょっとキモい。この様子だとグーンまで同類に見られかねないので、自分はお供に徹しようと心に決めた。

 部屋を出た二人は、階段を飛び降りて、一回の渡り廊下を目指した。


「モールスなんてカビ生えた方法でも、通信できるモンだな、おい」

「そッスね、なんか感動したッス」


 感動したのは本当だ。グーンは、ハムやアマチュア通信にハマる奴の気持ちがちょっと分かった気がした。

 そして渡り廊下を通ってロビーに繋がる出入口。


「先輩!」


 目の前を跳躍移動していたサルバの首根っこを掴んで後ろに引っ張り、反力でグーンは前に出た。天井付近から何かが頭に向かって振り降ろされた。


「この野郎!」


 グーンはそのインパクトにタイミングを合わせて足を接地し、左内回し受けでその何かを身体の左側に捌いた。

 グーンは捌いた相手の手首をグリップして引っ張ったその反力で、相手のアゴにあたるであろう位置に右裏拳を飛ばした。同時にそれ自体をフェイントとして左ひざ蹴りを手首に叩きこみ、得物を取り落とさせようとした。

 あれ?ロリエの声じゃないけど女の声?

 相手が誰なのかは無力化してから確認すれば良い。グーンはそう考えていた。


「おいグーンやめろ!」


 ピタリ。急に裏拳を止めたので、反動でグーンと襲撃者の身体が泳いだ。しかし膝蹴りは手首に入っており、相手が得物を手放したことは感触で分かった。


「先輩、賊ッス」

「賊じゃねぇよ、副寮長だよ!すいません、ウチの新人が」


 現在玄関ロビーは照明が落とされて常夜灯しか点いていないため薄暗く、顔の判別はできなかった。しかし確かに人のシルエットは二人ぶんあった。身体の大きさからロリエではない。

 襲撃者の身体が空中でグーンに覆いかぶさり、胸板に相手の胸が接触した。確かに柔らかい。女性だ。


「痛ってぇー、放せコンニャロ」

「あ、すいません」


 グーンは相手の手首を放し、ゆったりと着地した。視界の端を天井付近にたゆたっていくのは、どうやらスリッパだったようだ。


「とりあえずそっちの明るいところに行け」


 玄関ロビーには常夜灯と自動販売機の明かりがあり、その近くならお互いの顔も見ることが出来そうだった。

 副寮長はサルバとグーンを玄関ロビーの中央に誘導して、もう一人後ろに潜んでいた女子社員とともに姿を見せた。

 副寮長は非常に不機嫌な顔つきで、サルバに向かって命令をした。


「はいサルバ君、説明」

「女子寮四一一号室のロリエ宛で、モールス信号による通信を試みました」


 副寮長の命令に、サルバは抵抗する様子もなく返答した。


「ったく余計な真似を……そんでそれをアンネ、アンタが受信したってことね」

「はい」


 そこにいたのは、秀でた額と鷲鼻が少々目立つが清楚な雰囲気を持った、同年代の女子社員だ。確か同期主席のアンネ・エルディとか言ったはずだ。ということは一号船か。


「宛先と発信者の名前を隠す様子がなかったので、私の手持ちのコールサインで身元をごまかしつつ、意図を探りました。玄関ロビーに呼び出しを受けたので、副寮長に報告した次第です」

「なるほど」


 あの安定したモールス信号は、この新人主席の女の子の手によるものか。グーンは内心で感心していた。

 アンネの説明を受けて、副寮長はサルバに目を向けた。


「それで私が折檻(せっかん)しようとしたのを妨害したのは、サルバの後輩か?」

「そっす」

「賊って呼ばれたけど」

「グーン」


 そこの説明は、サルバはグーンに任せるようだ。


「暗がりからの襲撃だったんで、とっさに泥棒かなんかと思いました」

「見事な捌きだったね、空手かい?」

「押忍」


 副寮長は再びサルバに目を向けて、また質問した。


「で、意図は?」

「寝付けないんで、寝てなさそうな知り合いと話そうかと思ったんす」

「アンネの返信とわかっていた?」

「いや、全然。ロリエからの返信と思ってました」

「根拠は?」

「ロリエは一級宙技士(通信)の資格を持っているので、コールサインを持っていても不思議じゃないと思いました」


 げ、ロリエ先輩って一級だったんだ。グーンは少々ビビりを感じた。


「性的暴行や強姦を目的には?」


 その言葉を聞いた途端、サルバに怒りのスイッチが入った。


「するわけねっすよ副寮長!さすがにそこまで見縊(みくび)んねぇでください!」

「どーだか。サルバの評判は女子寮にも届いてんだよ」

「俺ほど純粋な男ぁそうはいねぇっすよ!」

「口だけなら何とでも言えんよなぁ」


 サルバは珍しく真面目モードになり、本気で反論していた。

 しかし自分で純粋って言っちゃうのはどうなの?グーンは内心ため息をついた。


「ま今回は不純な意図がなかったってことにしといてやんよ、以後二度とこのような騒ぎを起こさないように」

「やです」

「は?」

「嫌ですっつったんすよ副寮長」


 サルバはしれっと拒否した。その顔つきは不自然なまでに自然体。すなわち煽りの体勢だ。

 副寮長とアンネとグーンの驚きの視線がサルバに集中した。そして副寮長のせっかく治まった怒りが再燃した。

 強姦未遂犯扱いされたせいで、サルバに反発心が生まれているのかも知れない。グーンは巻き添えにならないように、自分はできるだけ空気になろうと心がけた。


「舐めてんのかコノヤロー」

「せめて同僚との話ぐらいさせてくれたっていいじゃねっすか。各部屋への内線電話の設置を具申します」

「そんなことしたら金いくら掛かっと思ってんだ!」

「金なら自分たちで払うっすよ、必要と思ってる奴らだけで頭割りしてもいいし、それぞれ直通ホットライン設置でもいいし」

「駄目だ駄目だ!そんな寮に工事が必要な提案、許可できる訳ねぇだろ!」

「そんならせめて光モールス許してください」

「それも駄目だ」

「じゃいいもんねー、ハンドスピーカーで呼びかけちゃうもんねー」

「安眠妨害だろ!いいかげんにしろ!」

「じゃ光モールス」

「しつけぇぞ、そんなに女遊びがしてぇのか!黙って仕事だけしてろ!」

「んだとこのアマ」


 空気になろうと思っていたグーンもまた、自らの怒りのボルテージが上がってきているのを自覚した。副寮長の底が知れたと言ってもいい。サルバを侮りたいがあまりに、目上の者として言っちゃいけないセリフを吐いた。

 しかしそこでアンネ主席が、発言許可を求めて手を上げた。この空気を平穏に戻そうとするなら、グーンとしても大歓迎だ。


「なにアンネ」

「光モールスは私も賛成です」

「アンタ何言い出すの、こんな女の敵に賛同すんの!?」


 女の敵と来たか。

 副寮長はサルバを指さして言った。他者を指さすのは失礼な行為のはずだが、どうも副寮長はヒートアップのあまり失念しているようだ。

 これはさすがに聞き捨てならないという怒りの感情、しかし空気空気と自分に言い聞かせる保身の理性。グーンの心もまたせめぎ合いの真っ最中となった。


「社員のスキルアップにつながります」

「は?」

「現代の通信は音声通話が浸透しましたけど、そのせいで従来型の通信手法が失伝しかけてます。モールスを存続させるいい機会かと」

「それとこれとは……」

「エロで釣るのがモチベーションに繋がるのでは?」

「くぅぅ、これだからインテリは……」


 そこでやっと副寮長は、サルバ、グーン、そしてアンネに冷たい目を向けられていることに気が付いた模様だった。


「わかったよ、社長と寮長とで協議してみる。解散。アンネ行くよ」

「すいません副寮長、アンネさんにお礼がてら会話させていただきたいッス」

「……ちょっとだけだよ」


 そこにグーンが自ら割り込んだ。この場の第三者として動けるのは自分だけだと理解できていたためだ。

 グーンが言い出したお礼のはずだったが、先に口を開いたのはサルバだった。


「やっほい!ありがとなアンネちゃん」

「ち、ちゃん付けは気安すぎないですか……?」


 アンネはとまどっている。


「先輩、困らせちゃ駄目ッスよ、俺に話させてください。……アンネさん、ありがとうございます。険悪な雰囲気になってたんで、助かりました」

「いえ、こちらもその雰囲気は望むところではないので、出しゃばりました」

「そんでも謝罪はさせてください。ご迷惑をおかけしました。ウチの先輩がモールスなんて始めたことで、アンネさんを巻き込んじゃった形なんだから」

「その謝罪はありがたく受け取ります。ところで……」


 そこで言葉を切って、アンネはグーンとサルバの顔を改めて見つめた。


「先ほどのモールスはどなたの提案ですか?」

「そこのグーンが言い出して、採用して実行したのは俺。文面は二人」


 サルバが声を上げた。


「そうだったんですか。このご時世にモールスを操る人が同じ社内にいるとは思ってもみませんでした。お察しかと思いますが、私は自分のコールサインを持つアマチュア通信愛好家です。ちょっと嬉しかったので、お礼申し上げます」

「ああ、こりゃどうも。道理で見事なモールスだったッス、たどたどしい通信で失礼しました」


 そんなアンネの丁寧なお礼に、グーンは頭に手をやりながらへコヘコと返答した。


「いえ、ですので先ほどのモールスなんて始めたせいでというセリフの、なんてを訂正してください」

「え、あ、すいません、訂正します」


 トーンダウンとともにグーンは訂正を口にした。なんかお堅い子だなという印象も持って。

 サルバはそんなグーンとアンネのやり取りに、あえて割り込んだ。


「それじゃアンネちゃん、遅くなんないうちに副寮長んとこに戻ったほうがいいぜ。なにせ俺は、強姦魔で口だけ男で仕事以外評価されねぇ女の敵らしいからよ」


 こりゃ根に持ってるなぁとグーンは嘆息したが、アンネはそんなサルバにも真面目な視線を向けて言った。


「どうやら副寮長はそのような評価のようですが、私は私の評価をいたします。ですので今日のことはあまり気に病まないでくださいね。それでは」


 うぅわ、出来た子だわ。サルバもまた同じような印象を抱いたのか、毒気を抜かれたような表情で見送っていた。

 副寮長とアンネが去った後の玄関ロビーに残された二人は、ようやく緊張を解いた雰囲気で、鼻から息をついた。


「やーれやれ、とんだ騒ぎになっちまったな、グーン」

「そッスね、あ、俺フルーツ牛乳でいいッスよ」

「あん?自販機オゴれってか!くっそ、今回ばっかりは仕方ねえなぁ」


 サルバがクレジットカードを自動販売機に当てて飲み物を買い、フルーツ牛乳をグーンに投げてよこした。グーンはそれをなんなくキャッチして、ゴチになります、と声をかけた。

 自分の分のコーヒー牛乳をすすりながら、サルバは長椅子に腰かけた。


「なーんかな、気ぃ抜けちったよ、これ飲んだら帰って寝ようぜ」

「そッスね」


 玄関ロビーの時計は、〇四一〇(マルヨンヒトマル)を指していた。


次話は、第三六話 ボール遊び(倉庫、ハードスーツ、宙球)です。

※文中のルビが上手く動いていなかったので、やむを得ず分割ルビにしました。

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