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第三一話 初帰還(航路・航海)

前話は、第三〇話 初もやい(航路・航海)です。

 現在時刻二二三五(フタフタサンゴー)、三班当直監視任務中。グーンはサルバの意地悪な要求を受けていた。


「おうグーン、コーヒー淹れてきてくれよ」

「えっ、りょ、了解」


 どのへんが意地悪かというと、グーンは現在ハードスーツを着っぱなしなのだ。

 着用していない生身でも、着座する時に足を引っかけてスムーズに座れないというのに、ましてハードスーツで着膨れした状態では、足以外にもあちこちぶつけて引っかけてまともに座れない。同じくハードスーツを着た船長の見事な着座がどれほどの熟練の技なのか、グーンは今身をもって思い知っていたところだったのだ。

 着座するのに苦労するのだから、席を立つにも苦労するに決まっている。

 それを知っていてコーヒーの使いっ走りをさせるサルバの要求は、意地悪と言えた。


「あいでっ!グーンお前気を付けろよ、今アタマにかすったぞ」

「すんません、身のこなしが……」

「だからこうやって練習の機会にしてんだろ、落ち着いて抜け出ろ」

「頑張ります」


 とはいえ船に乗っている以上、ハードスーツを着ているときは操縦席に座れません、などという言い訳が通用するはずがない。むしろ本来この船は、ハードスーツ着用を前提に作られた軍の小型艇なのだ。

 だからグーンが現在苦労していることは、必要な苦労なのだ。もちろん後でエリスも同じ苦しみを味わうことになるだろう。

 それを頭では理解できていても、身体はついてきてくれない。そしてその歯がゆさによって、感情はなおさらついてきてくれない。癇癪(かんしゃく)を起こしそうになる自分をなだめながら、グーンは自分の体を使った「知恵の輪」を解こうと頑張っていた。


 コーヒーを淹れて戻ってきたグーンは、再び操縦席地獄に掴まっていた。

 再び四苦八苦して着座したグーンに待っていたこと。それは。


「グーン、ゴミ捨てといてくれ」

「……了解」


 またもや四苦八苦して操縦席から抜け出すグーンであった。

 結局その後グーンは、一班との交代まで延々と、立ち座りを繰り返し練習させられて、そして二三四五(フタサンヨンゴー)、ようやく操縦席地獄の終わりが見えた。

 グーンは船長とロリエを起こしに行った。ロリエは比較的すぐに起きてくれたが、船長はひどくむずがり、二度寝までしようとする始末だった。エアロックの中でソフィと一緒に減圧して、睡眠時間は足りているはずなのではないのか。謎は深まるばかりだった。

 グーンは、船長用のブラックコーヒーとロリエ用のアイスコーヒーの他にも、私物で持ち込んでいた飴玉を用意していた。

 起きた二人はテーブルでコーヒーをすすって目を覚まそうと努力していた。


「アメなんて積んでたのか、脳に糖分は嬉しいな」

「船長、アタシにもちょうだい」

「ホレ。そんじゃいただきまーす、カロン」

「サンキュ。アメちゃんなんて久しぶりだ……カロン、ガキン!」

「ちょ、おいロリエ!」

「ん、何?ゴリンゴリン」

「アメって噛むものか?今クチに入れてノータイムで噛み砕いたよな?」

「いいだろ好きずきで。ゴリッゴリッ、もう一個ちょうだい」

「お、おう……」


 船長とロリエがそんなやり取りをしている間にも、グーンは操縦席に座ったり立ったりを繰り返し練習させられていた。

 もちろん、そんな状況ではグーンの当直監視任務はおろそかになるが、サルバはさりげなく二人分の監視をこなしていた。

 とはいえ、元々ひとりで当直監視が出来るように、この船にはワッチキープ・サポート・システムが積んであるのだ。船団を組んでいる現在ではさらにその難易度は下がる。だからこの当直監視は、一応仕事してますよという日報のための仕事、何かあった時の責任分散のための仕事、そんな認識がされていた。


〇〇〇〇(マルマルマルマル)、右舷前方、および左舷前方異常なし」


 サルバは行程表に書き込むと、ひとつ息を吐いた。


「了解。これで三班は一応終了ッスかね」

「そうだな」


 しかしグーンはちょうど、もう少しでまた着座できるというタイミングで、船長に呼ばれた。


「おう二人とも、お疲れさん。メシにすんべ」

「了解、行くぞグーン」

「了解ッス」


 そして操縦席を降りることになったグーンは、再び四苦八苦して抜け出した。途中までは身のこなしの知恵の輪を覚えたのだが、いつもどこかで間違っているらしく、以前に経験した身体の絡まり方にならず、毎回もどかしい思いをしていた。

 サルバはすでに席から離れてテーブルについており、船長と話をしていた。


「グーン、ハードスーツの身のこなしの練習してたのか。感心だな」

「アザッス」


 ロリエが四人分の食事を配膳して、第一食が始まった。船長への仕事引継ぎも、サルバはこの場でついでに済ませていた。


「つーわけで、全監視時間で問題なしっす。所見としては、グーンの着座が当初の十分から約三分に改善しましたが、まだまだと思いました」

「おう、ご苦労。問題ないのはいいこった。グーンは引き続き訓練」

「了解」


 一方グーンは、ロリエに話しかけていた。


「ロリエ先輩、アメなんて噛んで歯ぁ大丈夫ッスか?」

「平気だよ、あのくらい」

「あのくらいねぇ……なんかたまーになんスけど、ロリエ先輩が規格外の人間に感じることあるッス」

「アンタらが貧弱なんだよ」


 そんなやり取りのあとは、三班の二人は勉強だ。サルバは鳶資格の過去問題を解き、グーンはロープの結び方を練習していた。

 いつしか時間は〇三〇〇(マルサンマルマル)の臨時就寝時間となっていた。


「そんじゃ船長、俺ら寝ます」

「おう、おやすみ」


 続いてサルバはロリエにも挨拶をした。


「ロリっち、おやすみ。寝袋借りるぜ」

「おう、おやすみ。中でオナニーすんなよ」

「しねーよ、したこともねーよ」

「ウソつけ」


 サルバはロリエの寝ていた一番壁側の寝袋に入る。その隣はソフィ、エリス、空きだ。

 グーンは当然空いている寝袋に入ることになったが、エリスの隣りというのが気にかかった。数日前にエリスと同じ寝袋に寝て、夢精してしまったことを思い出したのだ。

 自分で制御できるものではないとはいえ、やらかした負い目は未だに残っていた。

 グーンはできるだけ意識しないために、寝袋の中でひっくり返って眠ることにした。加速重力に対して仰向けになると光は入ってこなくなり、その暗闇の中で擦過音だけの口笛を吹いた。


(グーン、グーン。目を覚ますのです)

「うーん……」


 徐々に覚醒する意識。しかし真っ暗闇で息苦しい。そうか、仰向けで眠っていたんだっけ。グーンは自分の状況をうすぼんやりと認識しながら、意識の次に身体を覚醒させていった。うん、夢精はしていない。

 寝返りを打って寝袋の穴から顔を出すと、ちょうどグーンを覗き込む顔があった。妙に近くて誰だか一瞬わからなかった。


「はい、女神さま」

「え?寝ぼけてる?私エリスだよ?」

「へ……あ?あれ?エリっさん?女神さまじゃなかったんだ……」

「変な夢見てた?」

「や、覚えてねッスけど、たぶん」


 寝袋のファスナーを内側から開けて外気を取り入れると、急速に身体が覚醒していく感覚があった。グーンはそのまま寝袋から上半身を垂れさがらせて、周囲をうかがった。サルバは先に起きて眼下のテーブルで眠そうに片肘をついていて、エリスは対面の壁に手足を突っ張らせて、グーンの寝袋の横にいた。


「現在一一〇〇(ヒトヒトマルマル)。あと十五分で船団分離だから、早くハードスーツ着ないと」

「了解ッス」


 グーンは片手で寝袋を掴んだままそのまま滑り落ちて、空中で体を回してからキャビンの床に降りていった。後からエリスも続いてきた。

 操縦席に座っているのはソフィとロリエで、船長はすでに船外に出ているようだった。

 急いでハードスーツを着込んでエアロックから出た新人二人は、そのまま船長の下に向かった。


『おう、目ぇ覚めたか。起き抜けで早速だけど分離作業やんぞ』

『了解ッス』


 船長は船尾側にはまわらず、そのまま荷台で十八号船の分離を待った。分離の主導権は船首側に連結装置を持つ十八号船が持っているのだ。そして現在は噴射こそ終わっているが、ロケットエンジンはまだ人が近づくには危険な状態だ。

 ロリエと十八号船の通信が、新人二人の通信にも聞こえてきた。


『十七号船、こちら十八号船。これより分離のため連結装置を解放します、どうぞ』

『十八号船、こちら十七号船。了解。ご安全に。どうぞ』


 船尾のほうから船の構造体を通してガチャンという振動が聞こえてきた。そして十八号船はゆらりと離れた。


『十七号船、こちら十八号船。連結装置を解放した。どうぞ』

『十八号船、こちら十七号船。解放を確認した、以後ご安全に、どうぞ』

『十七号船、こちら十八号船。協力感謝する。そちらもご安全に。通信終わり』


 今度は十七号船の番だ。船長と新人は船首側にまわり、コックピットの外に身体を乗り出した。十六号のエンジンは止まっているが、ノズル付近はまだ赤熱していた。


『ライフリー船長、こちらロリエ。連結装置解除、許可。ご安全に。どうぞ』

『ロリエ、こちらライフリー。了解。どうぞ。

 ……よし新人、やるぞ』

『了解』


 船長は連結装置にかがみこむと、レバーを引いた。途端に連結装置はロックが外れ、足のひと蹴りでゆっくりと離れていった。


『ロリエ、こちらライフリー。連結解除。どうぞ』

『船長、こちらロリエ。了解。解除確認まで待機。どうぞ』


 そしてほんの数秒後、十六号からの連結解除確認の通信が入った。


『よし、これで船団分離は終了だ。連結より簡単だったろ?』

『はい』

『じゃエリス、グーンの順でエアロック使え』

『はい』


 エアロックを通って船内に戻り、ハードスーツを着たまま待機していると、やがてサルバの声が全員に届いた。


『ポーン、ご搭乗の皆様、ただいま本機は定刻一一三〇(ヒトヒトサンマル)に、シアリーズ低軌道に到着いたしました。着陸まで今しばらくお待ちくださいませ』

「ぷっ」


 そのやけに抑揚の付いた裏声に噴き出したのは、エリスだ。他の全員も苦笑いしている。

 あとは港湾管制から港湾エアロック使用許可が降りれば、順次そちらに移動して入港、桟橋到着、着陸、格納だ。


メリ建十七号船メリケン・セブンティーン、こちらシンタナ港湾コントロール。入港を許可する。南三番エアロックに向かわれたし。どうぞ』

『港湾コントロール、こちらメリケン・セブンティーン担当ブランクルツ。了解。南三番エアロックに向かう、どうぞ』


 遠くエンジンブロック付近から甲高いモーター音が響き、ぐぐっと船体が方向転換を始めるとともに、グーンの身体は置いて行かれた。

 身体が持っていかれないように踏ん張っていると、コックピットのグラスからシアリーズの灰色の大地が見えた。帰ってきた実感がとたんに湧いてきて、グーンは妙に嬉しかった。


 メリ建の六艘の船は、港湾エアロックから与圧港湾区画に入り、スラスターで浮きながら会社の桟橋へと向かっていった。


メリ建管制メリケン・コントロール、こちらメリ建十七号船メリケン・セブンティーン担当ブランクルツ。着陸許可を請う。どうぞ」

『セブンティーン、こちらコントロール担当ロワデフルール。着陸を許可する。おかえり。どうぞ』

「……なんで社長が管制やってんですかねぇ……」


 すでに船には微小重力が働いているので、逆さまになる副操縦席は使えていなかった。そのため現在十七号船は、サルバひとりの手により運行されていた。


「ありゃ、地上誘導員いねぇじゃん……」

「他の船もそうっぽいな」


 会社の桟橋上空にまで近づくと、桟橋に誰も来ていないことが見えた。そのことをサルバが口にすると、船長もまた同じ状況を目視確認して言葉を重ねた。

 そんな中、十五号船から通信が入った。


『メリ建総員。こちらメリ建十五号船メリケン・フィフティーン担当ポコ。都合により地上誘導員はいない。各船は任意のクルーを地上に先行させ、地上誘導員としろ。以後着陸は自由とする。通信おわり』


 なんだか出鱈目な状態になっている模様だ。


「しゃあねえ、俺が降りて誘導やるわ。あとヨロシク」

「了解っす」


 腰の軽い船長が気軽にエアロックに向かい、外に出た。現在船の中と港湾与圧ブロックは同じ気圧なので、エアロックはただの玄関扱いだった。

 恐らく船長は、そのまま飛び降りてスーツのスラスターで軟着陸し、そのまま誘導員を務めるのだろう。前方に見える十五号、十六号もまたクルーを先行して地上に降ろしている模様だった。


『十七号サルバ、こちらライフリー。地上誘導を行う。どうぞ』

「船長、こちらサルバ、了解。ギヤダウン、降下開始。どうぞ」

『サルバ、こちらライフリー。現在高度二十。傾き適正。位置右五後一に調整。どうぞ』


 そんなやり取りのあと、十七号船はその着陸装置を地上に接触させた。船の構造体を通して聞こえてくる、固いガリッという砂の音と、サスペンションがたわむ音。


一一四二(ヒトヒトヨンニー)、着陸完了。着陸チェックリスト開始」

「お疲れさん、チェックリストのダブルチェックはアタシがやるよ」

「おっ姐さん、お願いします」


 着陸を成功させたサルバに、ソフィは手伝いを申し出た。元々この時間帯の就業は二班だったので、当たり前と言えば当たり前の行為だ。

 いつもの遠征仕事に、いつもの帰着、いつものチェックリスト。あまりにもいつも通りの仕事なのだろうが、やり遂げた。

 グーンはその達成感を、どこか誇らしく感じていた。


第一部 入社と平和な仕事の日々 第三章 省略を最小限度とした仕事の描写、終了です。

第一部 入社と平和な仕事の日々 第四章 追加脇役キャラクターの顔見せ、始まります。

次話は、第三二話 着陸後のミーティング(ハードスーツ、独身寮、ソフトスーツ、排泄インナー)です。


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