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第三話 入寮式(施設)

前話は、第二話 入社式(礼儀作法、商談会)です。

「かー、やっと終わった、誤算だわー……」


 グーンはバッグを背に社屋から出て、一息伸びをした。

 周りの同期も同じように緊張を解き、自然と笑顔がこぼれていた。


 さて、お次は入寮式だ。

 それが終わったら荷物を置いて着替えてルームメイトに挨拶して、本日は終了。

 あ、新人歓迎会があったかも。まぁとにかく仕事は明日からだ。

 そうグーンが心の中だけで予定を確認していると、サルバから声がかかった。


「おい新人、遅かったな」

「あ、待っていただいて、ありがとうございます」

「いや、俺たちも営業攻勢かけられてたんだけどな」


 社屋前の路上はサーチライトじみた明るい照明で照らされて、そこにはサルバ、ロリエ、エリスの三人が、缶ジュースを飲んでいた。

 船長夫妻は社屋に残ったままらしく、ここにはいなかった。

 三人は特に暗い顔はしておらず、一人だけ暗い顔のグーンがやけに目立っていた。


「で、なに買わされたのよ」

「えーと、クレジットカード、銀行口座、積み立て生命保険、財形貯蓄、共済、礼服ッス」


 サルバの質問にグーンが素直に答えると、先輩は大声で笑い始めた。


「ぷはははははっ!いっぱい買ったな!まぁどれもあって困ることはねぇモノばっかりだから、気にすんな」

「気にするッスよぅ、そのぶん給料から天引きされて、手取りが減るんスから」


 まあなー、とサルバは返事をして、次いでエリスに目を向けた。


「エリスちゃんは何買わされたんだっけ、コイツに教えてやってくれよ」

「はい、クレジットと口座と、あとは資格学校の資料を貰いました」

「え、そんだけ?」

「な、これが賢い買い物だよ」


 サルバはまるで自分の手柄のように自慢していた。


「サルうぜぇ。ほどほどにしとけよ」

「いいじゃんロリっち、新人とのコムヌィケィシュンじゃねぇのよ」


 ロリエがサルバをたしなめたが、イラっとする発音で返していた。効き目は微妙だ。


「そんじゃ寮に行くぞ、遅れんなよー」

「はい、わかりましたー」


 新人二人は先輩二人に連れられて、独身寮へと向かった。


 独身寮は、会社の敷地の奥にある作業船格納庫の、さらに奥だった。

 桟橋側の作業船格納庫は二十番まで番号が振られており、通りを挟んで向かいの陸側には資材庫と軽整備ドックがあった。

 町暮らしではまずお目にかかれない、しかしグーンにとっては訓練校では見慣れた光景。

 街灯に照らされた薄暗い道を、他の船も含めた全員でぴょんぴょんと跳ねながら進むと、やがて四階建ての建物が三棟見えてきた。


「中央棟の食堂に荷物を持ったまま入っとけよー」


 そう先輩の誰かに声をかけられて、グーンたちはそのまま中央棟に入っていった。

 玄関は非常に広いもので、靴箱にはすでに自分の名前がプリントしてあった。

 グーンが寮監の爺さんにお世話になります、と挨拶したら、名前札を裏返して中に入れと指示が出た。寮監の窓口の右横には確かに赤白の細長い札がびっしり並んでいて、グーンは自分の札を探し出すと、赤から白に裏返した。左横の名前札ではエリスが一生懸命探していたので、先輩も交えて四人で探した。


「じゃあ終わるまでここで待ってっからよ」

「ありがとうございます、お願いします」


 サルバは玄関ホールの長椅子に座り、新人二人に声をかけた。ロリエはその隣に壁に背を預けて立っていた。一緒に座って待つつもりはないらしい。


 大きなバッグを抱えたままスーツ姿で入った食堂は、長机にビニールのテーブルクロスがかけられた、いささか前時代的なものだった。

 グーンは手近な丸椅子に、荷物を横に置いて腰かけた。隣には、エリスがそっと腰を下ろしていた。

 良かった、初日から妙に離れて座られないで、とグーンはひそかに安堵した。


「はい注目ー!入寮式を始めます、席前に詰めて」


 体格のしっかりした二十代後半と見える男性と女性が一人ずつ、前に出て挨拶を始めた。

 思い思いの場所に座っていた新人が、一斉に前の席に詰め始めた。

 その男性は寮長と自己紹介して、列の一番前の新入社員に紙の束を渡し、その紙束を後ろに回すように指示した。


 そして、その間に寮生活の注意点を話し始めた。

 内容は起床・食事・入浴。就寝の時間割や門限などの、ごくごく普通の内容だ。

 飲酒や不純異性交遊に関しては特に注意がなかったが、社会人になれば自己責任ということなんだろう。


 紙束が回ってきてみると表面は寮生活の注意点、裏面は部屋割り表だった。

 グーンは一枚抜き取って、後ろに回した。


「以上で入寮式を終わります。

 ……えーそんで、この後は同室の者同士で顔合わせして、部屋に向かってくれ。

 私服に着替えた後、新人歓迎会を行うので一八〇〇(ヒトハチマルマル)にこの食堂に再び集合な。

 質問はあるか?」


 寮長がそう声を上げて五秒ほど沈黙が続いたあと、誰からか「ありません!」の声が響いた。

 ちなみに時刻は現地時刻ではなくGMT(グリニッジ標準時刻)で、時刻の軍隊式読み方は単純に便利だからだ。家でも学校でもそうだった。


「では一時解散、おつかれ」


 ふぅと一息ついたところで、グーンはエリスに肩をたたかれた。


「行こ。あっちで待ってるみたいよ」


 指の先に顔を向けると、先ほど入社式で顔を合わせた先輩たちが手を振っていた。


「おう、来たな新人。どうせお前二〇一号室だろ?」


 扉から顔を出したサルバ。彼が言った部屋番号は、確かに貰った部屋割り表に書いてある部屋番号だった。


「え、良く分かりますね」

「そりゃそうだろ、同じ船だもん。ルームメイトは俺だ。こっちでもよろしく」


 サルバが差し出した右手をグーンも軽く握り返して、握手を交わした。

 ということは……


「ってことは、ひょっとしてロリエ先輩も、エリスと同室なんスかね?」

「そうだよ」


 グーンの質問に、サルバの隣りにいたロリエがそう返事した。


「やっぱりそうなんですか。船でも寮でも同じメンバーなんですね」

「なんか連帯感だかを育てるためってね」


 エリスのつぶやきにも、ロリエは答えていた。


「じゃ改めて部屋を案内するから、着いて来てくれ」

「はい、お願いしゃす。……そんじゃ後で」

「うん、あとで」


 サルバが先導するのに着いて行きながら、グーンはエリスに挨拶した。


「……なんだよ、早速ナンパ成功か?」

「そんなんじゃないッスよ、やだなぁ」


 中央棟の一階からは、男子寮女子寮それぞれへの渡り廊下が繋がっていた。

 一応非常口はあるものの、男子寮女子寮それぞれには玄関はなく、必ず中央棟を介して外と出入りする仕組みになっているようだ。泥棒や夜這い、それと無断外出を防止するためなんだろう。


 男子寮の一階から二階へは、当然階段で登るのだが、階段そのものは非常にキレイなまま保たれていて、ほとんど新築だ。

 そのかわり階段の踊り場の壁や天井は、薄汚れていた。


「はは、学校の寮と一緒の壁じゃん」


 遠心ドラムが装備された重力ブロックなら、階を上るには階段が有効だ。

 しかしここは微小重力エリア。地面から一気に、三階までにも飛び上がる真似事が可能な環境なのだ。誰もが面倒がって階段を飛び越すせいで、方向転換の足跡が踊り場の壁に染みつく、という訳だ。

 ちなみに降りるときは手すりの交差部分から飛び降りるので、反動をつけるための天井には手あかがつく。

 何のための階段なのか、時折わからなくなるグーンであった。


 そして二階の廊下を一番南側まで向かい、サルバが突き当りの部屋のドアを開けた。


「ここが部屋だ」

「……えっ、なんスかコレ」


 目を点にしたグーン。


「何って、俺らの部屋に決まってんだろ」


 五ないし六平米程度の狭い部屋には三段ベッドが置いてあり、それ以外はなかった。机もタンスもくつろぐスペースすらもない。

 三段ベッドのうち二つには段ボール箱が積み重なり、いずれも布団ではなくシュラフ(寝袋)が置いてあった。

 この時代には失伝した言い回しだが、まさに「カイコ棚」か「潜水艦の寝室」だった。


「何もないじゃないッスか、ベッド以外」

「ベッド以外いらないだろ?どうせほとんど船暮らしなんだし」


 あぁ、そういうことか。納得。

 いざとなったら眠れるっていうだけの、クローゼットって訳か。

 グーンは察することができた。


「船に必要ない私物は実家に送るか、寮母さんに預けておいたほうがいいぞ。ただしスーツだけは実家に送らず、ちゃんと畳んで仕舞っておけよ。寮母さんに頼めば給料天引きでクリーニングに出してくれる」

「わかりました」


 グーンは先輩の言葉を聞きながらも、スーツを脱いでハンガーにかける動作を続けていた。

 微小重力なので、生地を重力で伸ばす効果は期待できないが、型崩れを防止するためにはハンガーは必須だ。

 脱いだ革靴も新聞紙を詰めて布袋に収めた。


 先輩も同じようにスーツを脱いで、タンスがわりの段ボールに詰めていたはずだった。ちなみに並んだ段ボールは、全部先輩のだったようだ。

 だがグーンが気が付いてみると、もうジャージ姿だった。着替えの速度が尋常じゃない。


「早!」

「こんくらい普通だよ。あと、郵便物とかも船じゃなくてここに届くからな。住民票は実家から移してあるんだろ?」

「はい、移してあります」


 パンツとシャツ姿になったグーンは、ちょっと焦りながら着替えを進めた。


「食堂に行く恰好は、普通の私服でいいんスよね」

「んー、できればジャージが良いな。汚れてもいいように。あとついでに入浴セットな」


 先輩はそう言うと、左手に持った小さなビニールバッグを見せてきた。


「えっ、汚れることするんスか」

「いやまぁ、たまにな、食いカスが飛び散ったり、酒かけられたり、ゲロが着いたり」

「……ジャージにします」


 私物なんてそもそもトラベルバッグ一つ分しかなかったので、ジャージに着替えてバッグをベッドの片隅に置き、寮母さんにスーツのクリーニングを頼むまでに、十分もかからなかった。

 しかしそれでもなお、サルバより行動が遅い自分がいることに、グーンは気づいていた。


 寮の新人歓迎会で何をされるのか、気が気ではないグーンであった。


次話は、第四話 新人歓迎会(一発芸、先祖、風呂)です。

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