第二四話 初完了(建築手順、帰還スケジュール)
前話は、第二三話 初漏らし(ソフトスーツ洗濯、船舶構造、水回り)です。
『こちらチェック完了。船長どう?』
『ちと待て……よっしゃチェック完了!』
『これで全部終わり?』
『そのはずだな……うん、終わってんな、おつ!』
『おっつー』
その日〇三〇〇、改造小惑星鉱山炉の港湾ビル建設第一期工事のうち、足場仮設工事が完了した。
次の工程は別業者の担当で、囲いや土留めを行う予定だ。
最終的には港湾ビルの外壁躯体を、足場の内側に作った囲いを鋳型として、破砕岩石と太陽炉で焼成、足場と囲いのはつりと化粧を行い、躯体を地盤にカポッとはめてコンクリートで接着すれば、第一期は完成だ。
第二期以降はまたその時心配すれば良い。
船長のライフリーとバディのロリエドールは、仕上がった足場を前にハイタッチを交わしていた。見ると他の船のバディも作業を完了させていて、そして残ったバディが今終了した模様だ。
監督のマミー・ポコからの通信が入ってきたのは、それから数分もしないうちだ。
『総員、こちら十五号監督ポコ、メリ建割り当ての全工程が完了した。メリ建作業員は北極ポール前に集合。通信終わり』
完了のねぎらいの言葉でもあるのだろう。ライフリーとロリエはそう予測して、集合場所に移動した。
北極ポールに各船の朝勤が全員集合したことを確認すると、マミー・ポコは口を開いた。
『礼。……はいみんな、お疲れさん』
その内容を要約すると、このようなものだった。
さきほどの通信でも話した通り、ウチ割り当ての全工程が完了した。予定より一日早い完了、よくやった。ついては、浮いた一日を利用して、朝昼夜勤合同で慰労会をやるよ。すでに鉱山炉さんにお願いして、第一会議室をお借りしている。
そのため片付け撤収を本日〇九〇〇までに完了すること。その後各自の船で用意の上、一〇三〇までに南極ベイ第一会議室に集合、一一〇〇に慰労会を開催する。
悪いけど、各自の保存食を一緒に食べるだけになる。こちらで用意できる食事も酒もない。勘弁しておくれ。最長で二一〇〇までお借りできるように話はつけてある。ゆっくり楽しんで欲しい。
とのことだった。
『以上、お疲れ様でした』
『お疲れ様っした!』
解散後、ライフリー船長は船に慰労会の件を通信で話すと、あとはただウキウキと撤収作業を進めていた。きっと愛妻とのひとときを期待しているのだろう。
そんな船長にロリエは特に話しかける用事はなかったので、無言のまま撤収作業を進めた。しかしロリエはロリエでひそかな企みを期待していた。
さて、それと同じ〇三三〇頃、十七号船内部。
船の中には、トレーニングのあとの洗濯を終わらせた三班の二人がいた。やっていた勉強を中断してライフリーからの通信を受け取っていた。
「船長、こちら十七号サルバ。了解。まずは帰船をお待ちします。どうぞ」
「……どうだったスか?」
船長からの通信をギャレーの汎用モニターで受け取ったサルバに、グーンはどんな様子だったかを聞いてみた。
サルバはニヤッと笑ってグーンに伝えた。
「おう、やっぱり一日前倒しで完了だとよ、やったな」
「おおー、おめでとうございます」
サルバが見立てた通り、足場は完了したようだ。ということは……。
「で、一一〇〇から朝昼夜勤合同慰労会だとよ!」
「おおっ!」
「ただし酒ナシ、食事は持ち寄った保存食のみ、だとよ」
「おおぅ……」
「そのかわり二一〇〇まで鉱山炉で遊び放題だとよ!」
「おおーっ!!」
「つっても三班は〇六〇〇から一四〇〇まで就寝なんだけどな」
「おぅ……」
サルバの上げて落とす話が続いたあと、グーンはすっかりヒネた目の少年になってしまった。サルバは内心の、やっべコイツ楽しい、という心を表に出さずに質問していた。
「で、どうする?」
「どうって?」
「姐さんやエっちゃんと遊んだ時みたいに、早めに寝て睡眠時間を調整するかってことだよ」
「オフコース!ッスよ先輩!」
グーンはその提案に、ニカっとした笑顔とウインクとサムズアップまで付けて賛成した。
「うーし、そんじゃ気合入れて寝るか!」
「おおーっ!」
「〇四〇〇の第二食を用意してからな」
「おーぅ」
グーンの気合を入れたガッツポーズは、一瞬後にへにょへにょとしおれた。
その後帰ってきた船長とロリエと共にテーブルを囲み、第二食を開始した。
サルバが船長に、持っていく保存食の献立はどうするかを質問した。船長はそれに口をもぐもぐさせながら答えた。
「そうだな、第四食ぶんの六つはビフテキにでもすっか。温めてタッパーで持ってってよ」
「六つはってことは、他にも持っていくんすかね?」
「そりゃオメー、長時間現地にいられるんだぜ?冷えててもうまい飯をもう十二個ほど持っていこうぜ」
「第四食だけじゃなくて、第五食と第六食のぶんっすか、豪儀っすね」
「こういう時にフンパツしねーとな!」
船長とサルバは笑いあった。なんだか浮かれムードなのが逆に怖い。
一方でそれほど浮かれた雰囲気でないのが、ロリエだった。
「遊ぶのはいいけどさ、船の出発と帰着のスケジュールの確認は?」
「ん、ああ、ちゃんとするよ、うん」
「するよってこたぁ、まだしてないってことだよね」
「お、おう、でも予測はつくぞ」
ロリエに突っ込まれてしどろもどろのライフリーは、そう言って誤魔化した。
「最長で二一〇〇まで借りるってことは、減圧時間を見込んでるんだろうから、減圧しない奴で用意すればたぶんすぐ出発可能だ」
「ま、そうだね」
「行きで約十三時間かかったけど、木星の重力圏の心配はないから、帰りも同じくらいだろ」
「この星回りなら、そうだね」
食べ終わった船長は、口をもぐもぐさせながら壁の汎用モニターを剥がして、なにやら計算して、時間は暫定とのことだが言った。
二二〇〇、桟橋から離脱。
二二一五、船団連結。出発。加速開始。
〇〇〇〇、三班と一班の業務交代。
〇四四五、ベクトル変更。減速開始。
〇八〇〇、一班と二班の業務交代。
一一一五、船団分離。到着。
一一三〇、桟橋到着、機体格納。
一二〇〇、荷降ろし完了、ミーティング、解散
ロリエがその予想スケジュールに同意を示した。
「妥当だね」
「それって三班の就寝時間中に着いちゃうッスけど」
グーンが口を挟んだが、船長とサルバのやりとりで会話は進んだ。
「おう、だから全員少しずつスケジュールずらしてよ、行きと帰りのもやいを新人が体験できるように、調整すんだよ。三班は出発と到着両方仕事するために、三時間前倒しで寝起きしてもらうぜ」
「三時間前倒しはキッツいなぁ、寝付けっかな」
「だから今日も前倒しで寝てもらうぜ。〇四〇〇就寝、一二〇〇起床だ」
「はい」
「了解ッス」
全員で食後の挨拶を交わして、解散した。
船長とロリエは撤収作業のため、現場に戻っていった。
船内では、サルバとグーンは頭と腰と腕と足にマジックテープのベルトを巻いていた。ギャレーにゴロ寝すると撤収準備の邪魔になるので、壁に貼りついて眠るようだ。
結局サルバの言っていた睡眠時間調整を、船長も提案したということは、それは確定ということだ。
しかも、早起きして慰労会の準備を手伝わなくても良いときた。
さらに、帰りのスケジュールに三班の業務時間はほとんどかぶっていない。
「っつか先輩、あのスケジュールだと俺ら三班ばっかり楽で、申し訳ねッスよ」
「行きの船でガッツリ仕事したんだから、良いんだよ」
「いやそれでも、ちょっと、ねぇ」
「まぁ寝ろ。慰労会の最中にでも、みんなと相談しようぜ」
「はい」
サルバとグーンはロリエの寝袋の真下の壁に貼り付いて、就寝した。
ピルル。ピルル。目覚ましのアラームが鳴った。一二〇〇の起床予定時間より前にセットしておいたものだ。
サルバとグーンはその音に睡眠を邪魔され、しかし腹も立てずにまどろみから徐々に抜け出てきた。
「おあよザース、先輩……」
「おう、アラーム切ってくれ……」
「あーい、って何じゃこりゃ!」
寝る前に着けた、壁に貼りつくためのマジックテープが、どう見ても寝る前より増えていた。眠気は吹っ飛んでいた。
「せ、先輩、動けねッス」
「うあ!俺もだ!誰だこんなイタズラした奴!」
ピルル。ピルル。アラームの音が無常に響いていた。
次話は、第二五話 初慰労会(船長就任の経緯、ドール)です。