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第二三話 初漏らし(ソフトスーツ洗濯、船舶構造、水回り)

前話は、第二二話 初工具(鳶仕事、サルバの過去)です。

『終わった終わった、ただいまー』

「ただ今戻りましたッス」


 現在時刻〇一〇〇(マルヒトマルマル)。先ほど一班と業務を交代して船に戻ってきた三班のサルバとグーンは、そう声をかけてエアロックをくぐってきた。

 もちろん返事はない。船に残っている二班のソフィとエリスは、就寝時間だからだ。


「今日のご飯は何だろねっと」

「何スかね、酸っぱい匂いするから、寿司とかッスかね」


 フェイスガードを取り外したサルバがそう言うと、ヘルメットを脱いだグーンもまた言った。


「ん?保存食のレパートリーに寿司なんてねぇぞ?」

「そうなんスか、そんじゃ何でしょうね……ホワイトシチューとイングリッシュブレッド?酸っぱい要素ねぇッスね」


 恐らくロリエが用意してくれたであろうその第一食を、グーンは失礼にも匂いをクンクンと嗅いだ。しかしそこから酸っぱい匂いが吹き出ているわけではなさそうだと判断した。


「別に悪くなってる訳じゃなさそうッスね、いただきましょう」

「おう、いただきます」


 それではどこが匂いの元なのか、グーンは食事を食べながら考えていた。徐々に匂いは薄まっているが、これは鼻が慣れているだけだとグーンは思っていた。


「んー、ひょっとして……」


 最後の一口をもぐもぐしながら、既に食べ終わっていたサルバに顔を寄せたグーンは、あーやっぱりと思いながら口のものを飲み込んだ。


「サルバ先輩、そろそろソフトスーツ洗濯どきなんじゃねッスかね」

「んー、酸っぱい匂いってそれか。やっぱ」

「まぁ俺も仕事の汗で匂うはずなんで、人のこと言えねッスけどね」


 今日が現場での仕事二日目ではあったが、すでにサルバもグーンも鉱山炉に二回行っていた。その一方で、グーンは毎日清拭(せいしき)シートで身体を拭っているものの、サルバにその様子はない。


「しゃあねぇ、スーツ脱いで洗濯すっか。グーンお前先にトイレ使っていいぞ」

「ウッス」


 グーンはハードスーツを脱ぐと、すぐさま着替えの下着を持ってトイレに入った。

 用を済ましつつ、清拭シートで全身の汗をぬぐい、手早く着替えてトイレを出た。

 グーンのハードスーツの中はかなり汗臭くなっているので、あとで分解清掃しなければならないだろう。さもなくば悪臭発生源として白い目で見られること請け合いだ。

 グーンが出てくると、サルバはすでにソフトスーツを脱いで、ソフトスーツ柄のブーメランパンツ一丁の姿になっていた。

 その手に持ったスーツは、あちこちで塩を噴いていた。ソフトスーツ内でかいた汗は真空中ですぐに蒸発してしまうためだ。


 そもそも真空は熱を伝えないので、ソフトスーツでは基本的に暑さを感じないので汗をかかない。

 微量に出る汗もあるが、すぐに蒸発してしまうし、奪われる潜熱も少なく、すぐに体温で温められて補填されるのでその影響はない。

 汗が汗腺のすぐそばで蒸発すると、残りの塩で汗腺が詰まる恐れはあるが、ソフトスーツは水分を吸い取る素材なので、よほど長期着用しない限り塩分は拡散される。

 しかし匂いは駄目だ。塩分とともに皮脂も固まるのだが、着用者が汗をかくと再び匂いを発するのだ。


 なおかなり稀だが、激しい運動や冷や汗など、ソフトスーツ着用中に大量の汗をかくケースでは、話が違ってくる。汗の蒸発で潜熱が奪われすぎて体温が表皮に到達しきれず、凍傷となるケースも考えられるのだ。凍傷を防ぐためにはその部位を積極的に動かして発熱を促しながら、徐々に平熱に戻るのを待つことが必要となる。しかし根本的に対策できるものではないので、体調不良の際のソフトスーツ着用は取扱説明書の禁止事項一番、補償適用外の一番となっている。

 このように、ソフトスーツにとって汗は鬼門なのである。

 何より、洗濯できない環境ではこれまた悪臭発生源となるので、その意味でも汗は鬼門である。


 トイレで清拭してスッキリしたサルバは、ジャージ姿で出てきた。

 そしてまずフェイスガードを分解して布地部分だけにして、次にそれとソフトスーツを丸ごと大きなジップ付きビニール袋に入れた。

 続いてギャレーの電動ポンプを持ち出して、極微小重力では使えないはずの蛇口から水を吸い出して、ビニール袋に入れた。

 その間グーンは、サルバの分との二人前のホットコーヒーを温めていた。


「蛇口使えたんスね」

「吸い出せばなんとかな。飲料水のストックはあるから普段は困らねぇけどよ」


 サルバはソフトスーツの入ったビニール袋をジャッポジャッポと揉みしだき、中身を洗っていった。透明だった水はすぐに白く濁り、発汗量をうかがわせた。


「おお、結構汚れてたんスね」

「これじゃあ確かに匂うなぁ」

「けど、乾くんスか?」

「エアロックを使えば、水分は沸騰蒸発してカラッとなるって寸法だ」

「あ、なるほど」


 と言いつつサルバは、洗濯水をトイレに流した。無重力対応のトイレはこういう場合に水を捨てる先として最も便利だった。

 そして濡れたソフトスーツをエアロックに放り込み、空気ポンプを作動させた。


「これでちょっと後から取り出せば良し、と」

「……しかしそれが、デブリに貫かれた十七号のクルーが残した、最期の言葉となるのであった」

「おいっ!縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ!心細いんだから!」


 実際、人間が真空に暴露されて生きていられるとされる九十秒間で、無事装着が完了できるスーツはまず存在しない。あらかじめ着ておくものなのだ。

 その短時間で装着できる可能性があるのは、せいぜいハードスーツくらいだろう。

 そして電子レンジの完了音が鳴った。


「あはは、すんません、調子に乗ったッス。はいコーヒー」

「おう、でもホント勘弁してくれよ、スーツ着てねぇとマジ恐いんだからよ」


 現在時刻〇二〇〇(マルフタマルマル)。二人はしばらくの間談笑して、コーヒーを楽しんだ。その間サルバはフェイスガードをキュッキュと磨いていた。

 そしてサルバが口を開いた。


「そういやお前、足場での足運び教えてほしいって言ってたよな」

「ウッス」

「直接教えてはやれねぇけど、トレーニングは教えてやれるぜ」

「おっ、どんなのッスか」

「これだよ」


 そう言ってサルバは、ギャレーの天井と壁に手足を突っ張って、ナナメに滞空してみせた。手のひらと足の裏の摩擦を上手く使った、忍者張り付きだ。

 さらに、その状態で体勢を変えたり、移動したりもしてみせた。カサカサと。


「おおー」

「これが出来るようになれば、足場もちょっと楽になると思うぜ」

「早速練習してみます、アザッス」


 そのやり取りのあと、サルバはエアロックからソフトスーツを取り出してトイレに入り、軽く着用して出てきたあとで、電動インパクトレンチでタグを締め付けしていった。


 その間グーンは、キャビンとギャレーの天井付近で、カサカサと何かを試みていた。

 カサカサ、カサカサ。


 第二食の中休みまで続くことになったその姿を、寝袋の中から目撃した証言者によると、その動きはひどく不気味で不快だったとのことだった。


「んじゃ行ってくんわー」

「ウッス船長、いってらっしゃいッス」


 そして現在時刻〇四三〇(マルヨンサンマル)、三班と一班の第二食が終わり、後半仕事に船長が向かうところだった。


「んじゃアタシはまたシュラフで仕事すっけどさ、お前らまた気ぃ散らすんじゃねーぞ」

「すいませんってば、ロリエ先輩。これから勉強タイムなんで、もうやんないッスよ」

「ったくよ、壁面カサカサ動かれる身にもなってみろってんだ、ゴキブリじゃあるまいし」


 ブツブツ言いながらロリエは自分の巣に戻っていった。

 先ほどグーンがカサカサと練習していたその姿はまさに、ゴキブリが部屋の隅をカサカサ走り回るかのようで、苦手な人には生理的嫌悪感を引き起こすものだった。


「怒られちゃったッスよ、サルバ先輩」

「なーんかね、心に余裕がねぇよな。ひょっとしてロリっち、便秘なんじゃねぇかな」


 その言葉に、キャビンの奥から盛大にイラっとする気配が漂ってきた。きっと隣で眠りについているソフィとエリスの手前、大声で言い返せないストレスのせいだろう。


「先輩ぃ、そういう他人(ひと)を挑発するようなこと言うの、やめてくださいよぉ」

「お前結構、事なかれ主義だね」


 サルバとグーンはそれぞれ汎用モニターを持って、ギャレーのテーブルにかけた。


「そんじゃ勉強タイムな。就寝まで二時間ねぇけど、キッチリやれよ」

「ウッス」

「そんじゃ始め」

「ウッス」


 さて昨日グーンは、船舶整備教本で見知ったスラスター整備を体験したいと申し出たせいで、スラスターのカーボンだらけになって鉱山炉に洗いに行く羽目になった。

 今日もグーンが教本を読むのは変わらないが、彼は昨日のような面倒は遠慮したいと思っていた。体験は後日だ。

 そして汎用モニターの教本ページを開いた。


「水回り系か……」


【水回り系】

 水回り系は、上水ライン、下水ライン、循環ライン×六、排水ラインの九つに区切られる。全ての水回り系は、五〇〇時間または帰還ごとにライン全体の高圧水流洗浄を行う。

◆上水ライン

 上水ラインは、上水タンク、加圧ポンプ、上水ホース、居住ブロックコネクター、各飲用蛇口までのラインを指す。特に衛生面に注意が必要である。

 時間メンテナンス:水タンク殺菌剤投入。

 緊急メンテナンス:各ホース・コネクターパッキン交換。水充填(エア抜き)。

◆下水ライン

 下水ラインは、下水口、遠心分離器、浄化槽、蒸留分離器、下水タンクまでのラインを指す。うち遠心分離器、浄化槽、蒸留分離器からは、排水ラインへのバイパスが分岐する。

 時間メンテナンス:遠心分離器フィルター交換。

 緊急メンテナンス:浄化槽・遠心分離器の毛髪など固形物の除去。

◆循環ライン(居住ブロック放射線防御循環ライン、エンジン冷却循環ライン×四、コンピュータ冷却循環ライン)

 循環ラインは計六つのラインの総称で、それぞれアッパーホース、アッパータンク、防御(冷却)ラジエータ、ロワータンク、ロワーホースのラインを指し、下水タンクに循環する。いずれもレイアウトは共通。発電系の温度差発電部に合流する。

 緊急メンテナンス:アッパーホース・ロワーホース交換。水充填(エア抜き)。

◆排水ライン

 排水ラインは、下水タンク、誘導ホース、排水ノズルを指す。推進系のメインエンジンノズルホーン部に合流する。

 緊急メンテナンス:誘導ホース交換、排水ノズル詰まりの除去。


 学校で水回り系を初めて習った時のことをグーンは思い出した。宇宙船の水をリサイクルせずに推進剤として捨てるのは何故?と教官に質問したことがあるのだ。あんなバカ学校で質問されるなんて思ってなくて、ビックリしてたっけなぁ。

 メインベルトでは何でもリサイクルする。都市には必ずリサイクルセンターがあるし、水資源も鉄ゴミも紙ゴミもプラゴミも生ゴミも死体も排泄物すらもリサイクルだった。バカ学校の生徒でも知っている常識だった。


 教官の答えは、水とは船のシステムから見れば、あらかじめ積み込んだ燃焼済み推進剤兼冷却剤であり、たまたま生活用水に転用できるから利用しているだけだ、というものだった。

 これは生活拠点と宇宙船という、似て非なるものを混同するから起きる誤解だ、とも語った。

 なんとも屁理屈的な誤魔化しに満ちた回答だったので、周りのクラスメイトは文句ブーブーだったが、グーンはなんとか理解できた。要は優先順位の差なのだ。


 長期滞在する生活拠点であれば水のリサイクルは当然の処置だ。

 一方で宇宙船は、拠点と拠点を行き交うのが仕事だから、大量の推進剤(液体メタン)と酸化剤(液体酸素)を持ち運んで、燃焼反応で出た水と酸化炭素を高速で捨てることで、推進している。

 であれば、他の水を推進に捨ててもいいじゃないか、という理屈だ。

 なにしろ水リサイクル機器は大きくて重いし、処理ラインも複雑だ。

 しかしそれより、人や荷物にペイロードを割くほうがコストは安く済むし、軽くして少ない推進剤で航行できれば、リサイクルよりもよほど節約になる。長期にわたる旅でも、寄港しつつ短期の旅を連続して、その都度推進剤と酸化剤と水を補給すれば、メインベルト内での不便はない。

 それなら、使用済みの下水をロケットエンジンのアフターノズルから吹けば、余熱で水蒸気になって推進剤の一環として使える。その過程でノズルの冷却材ともなってくれる。雑菌も熱消毒できて環境にやさしい。

 こういう理屈だった。


 これは、メインベルトでは水資源の入手が比較的簡単だからこその発想だ。

 メインベルトの小惑星には案外多くの水が含まれていて、鉱山炉で溶かせば簡単に手に入る。彗星ハンターが土星以遠から捕獲してくる彗星も水資源の宝庫だ。おまけに準惑星や主要小惑星の地下には氷のマントルが存在している場合が多いので、今のところ環境保護のため採掘されていないが、いざとなったら使える。

 水資源の乏しい水星や金星ではこんな贅沢はできない。


 ふわあぁぁぁ……。


 グーンは強い眠気を感じていた。考えてみれば朝は二班と一緒にスラスター清掃と鉱山炉行きをして、睡眠時間が足りていなかった。おまけに地獄の特訓で身体が疲れているところに、この勉強だ。数日筋肉痛になって慣れたのか痛みはないが、疲れで眠気が酷かった。


 ピルル。ピルル。ピルル。


 と思っていたら、〇六〇〇(マルロクマルマル)の就寝時間が近づいていた。サルバもまたグーンの隣りで船をこいでいた。


「先輩、先輩、二班の起床時間ッスよ」

「う……あやべ、居眠りしてた……悪ぃ」

「寝袋交代して、俺らも寝ましょ」

「おう……二班のぶんのコーヒー淹れとくわ……」

「ウッス」


 そう言ってサルバは再び突っ伏した。二度寝かよ……まぁきっと起きてくれるだろう。


 グーンはキャビンに降りて、ソフィとエリスを起こし、ギャレーに案内して就寝の挨拶をし、サルバとともに寝袋(シュラフ)にもぐった。


 ジャンケンで決めなくとも、サルバはソフィが寝ていた真ん中のシュラフに潜っていった。おかげでエリスの(かぐわ)しい体臭と残った体温が、グーンの疲れた脳髄に染みわたっていった。エリスが寝袋から転がり落ちたときの柔らかさと感触を思い出しながら、グーンは眠りに落ちた。


「おい、新人、起きな」


 すぐにグーンはロリエに起こされた。あれ、さっき寝たばっかりなのに……。


「さっき寝付いたばっかりなんッスよ、勘弁して下さいよぅ……」

「何寝ぼけてんだ、もう一四〇〇(ヒトヨンマルマル)だぞ、起床だ」

「えー、うそぉ……」

「嘘じゃねぇよ、いいから起きろ」

「うぁい……」


 寝ぼけ頭のままシュラフのファスナーを開けて、外気が入り込むひんやり感とともに、押し出されるように中の空気が外に逃げて、グーンは急速に覚醒した。


 ……やべっ!!


「お前もサルか……」


 ロリエがグーンをひどく冷たい目で見ていた。

 グーンのシュラフからは、失伝して久しい「栗の花」の香りが漂っていた。


「え、わ、ああっ……!」


 ひどく疲れて、ひどく寝不足で、ひどく煽情的な寝心地で、ひどく溜まっていたため、グーンはこの船で初めて夢精した。きっと夢の中でいいことをしていたはずだが、その一切合切をグーンは覚えていなかった。


 床を見下ろすと、こちらも急速に目を覚ましたサルバの顔が、ひどく楽しいオモチャを見つけた喜びで歪んでいた。


「んふっ、むっ夢精か!んふふっ、おまっ、夢精したのかよ!んくはははっ!」

「わー、先輩、大声で言わないで!」

「んふっ、しょうがないボクちゃんでちゅね、おもらししちゃったんでちゅか!」

「うっわムカつく!」

「ぎゃはははははっ!お前、男女混合チームで夢精とかしてたら、お気に入りのエリスちゃんに嫌われちゃうよーん?」

「う、うっせ!うっせ!」

「キャハハハハ、サイコー!」

「そっそういう先輩はどうなんスか!夢精したことねぇはずがねぇっすよ!」

「俺?生まれてこのかた一度もないよぉ。ちゃんと制御してるもん」

「なっ……」

「こういうのは日頃こまめに処理しとくモンなんだよ、大人のマナーだよマナー、わかるぅ?」

「くぅっ……」

「とりあえず姐さんとエっちゃんにも報告しねぇとな!」

「やめれぇぇ!」


 そう言って操縦席の扉を開けようとしたサルバの後に迫りくる影があった。


「調子にのんな」

「あがっ!!」


 サルバは、ロリエの蹴りを後頭部に受けて、その反動で扉に鼻頭をぶつけて悶絶した。


「あとお前のオナニー癖をマナーとか美化すんな」


 そしてロリエはくりっとグーンに目を向けて言った。

 ロリエの目に映るグーンは、マジ泣き五秒前というところだった。


「おい新人、お前も男女混合職場で働く以上、自制心持て」

「は、はい……」

「ったくよ、普段からそういうことばっか考えてっから、そういうことになんだよ……」

「あ、あの、ロリエ先輩……」

「ああ、黙っといてやるよ。忘れずに消臭スプレー吹いとけよ」

「はい……アザッス……」


 自制心とはまた、ご無体を仰る……。

 ロリエからの短い説教を食らったグーンは、続いて操縦席に続く床付近で後頭部と鼻を押さえて涙目のサルバに近寄った。グーンはこっちこそ涙目だよ、と言いたいのをぐっと堪えた。


「先輩、折り入ってお願いがあります」

「あー痛ぇ……おう」

「この件、同じシュラフのエリスさんには、是非とも内密にしていただきたいのです」

「……内密ぅー?」

「是非」

「んっふ、どうしよっかなー」


 うっわ、超ムカつく!

 グーンは奥歯をギリリと噛みしめながら、その場に正座をして床に手をついた。


「内密にしていただけた暁には、先輩の好物をひとつご馳走させていただきます」

「好物、ほう、好物」

「はい、好物」

「しっかたねぇなぁー、今回だけ黙っててやっかぁー、で、いつよ?」


 グーンは内心のイライラ度のゲージの伸び方を気にしながら、絞り出すように言った。


「せ、先輩の望むとき、望む店で……」

「え、俺まかせぇ?好きに選んでいいってか、いや悪いなぁー!」

「そのかわり、なにとぞ」

「わーかってるってぇー!可愛い後輩の願いだもんな、叶えなきゃ先輩の名が廃るってモンよぅ!」


 くぅぅぅぅっ!なんでこんな奴に弱み握らんなきゃなんないんだ!チクショー!


 グーンはその後の第五食の時間にも、サルバに念を押していた。

 二班と三班の交代を行う一六〇〇(ヒトロクマルマル)など、グーンはエリスの顔をまともに見ることが出来なかった。それは照れなどではなく、言わば罪悪感だったことは、男性にしか理解できない心理だろう。

 エリスは、そんなグーンの変化に気が付いたが、それが何故なのかは結局理解できなかった。


 グーンは仕事に打ち込んだ。

 とはいえ足場での足運びを試行錯誤し、サルバの確認作業を後から見学し、時折レンチ使いをトレーニングするだけだったが。

 今はそれしか考えられないグーンだった。


次話は、第二四話 初完了(建築手順、帰還スケジュール)です。

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